第三十九話『戦いの前に』
「これで最後、か。早いもんだな」
城でクエストの進行具合を確認してきたわけだが、大体想像通りだ。
対象となるデスタウロス討伐の準備に向けて、アルアさんはアイカさんと露店通りへ出かけていった。
敵の属性をあらかじめ推測できているのだから、俺自身は特に準備するものはない。
アロマの生産でもしようか、そう思いインベントリを眺めていると使いどころが分からないアイテムが目に入る。
【ミノタウロス変身マスク】――ミノタウロスの頭部を模し、精巧に作られたマスク。被れば気分は魔物そのもの!
そういえばこんなもの拾ってたんだな。
防御力が低いし遊びアイテムでしかないんだが何故か捨てられなかった。
システムじゃなく、気分的に、な。
……そうか、今こそ使うべきということか!
戦いを前にメンバーの過剰な緊張を解きほぐすのも、リーダーの大事な仕事だ。
変な高揚感を携えながら、チームハウスに魔物襲来! というドッキリイベントを計画する。
いやマスクを被りこっそり忍び寄って『魔物がきたぞおおおお』ってやるだけなんだけどさ。
まだ帰ってきてないだろうけどケイタ辺りはガチでびっくりしてくれそうだ。
ミルは……、どう動くか読めないな。
リサやカイには多分馬鹿にされるだろう。
まあ何でもいいや、真面目ばっかりだと空気が詰まるから、たまにはリーダー自ら馬鹿にならねえと!
チームハウスに帰ってきた。
まだマスクは被らない。
中の様子を窺うが声が聞こえないので1階には人がいないのかもしれない。
忍び足でハウスに入り、やはり人がいないのを確認するとそのままのペースで2階を目指す。
階段を上りきり、慎重に進んでいくとある部屋の前から人の気配を感じる。
だれがいるのだろうか、そっと扉に耳を近づけて中の様子を探る。
「なるほど。ほとんど進展していない、ということなんですね」
「う、うん。ごめんね、気をつかってもらってるのに」
お、この部屋にいるのはカイとアミか。
まあ二人なら驚かしても怒られないだろうし、まずはここで練習だな。
大きなリアクションは取れなさそうだが、この組み合わせなら失敗しても心に負うダメージは少ないだろう。
いかん、わくわくしてきたぞ。
ちょっと臭うがマスクを被ってと……。
「いえ、私も予想外でした。まさかここまでメンバーが増えるなんて思ってませんでしたよ。リサさんに加えてアルアさんまで加入するなんてね。ダイキももうちょっとこちらの意図に気付いて欲しかったんですが」
「ううん、しょうがないの。私もゲームを楽しんでたし、ダイキに対して積極的に動けなかったから……」
ん? 俺の話なのか?
いかんな、なんか入りづらくなったぞ。
話題が変わった頃に突入しよう。
「しかしそろそろ夏休みに入ります。それまでにどうにかしたかったんですがね。リアルで一緒の時間が確保できないから、時間を稼げるこのゲームを選んだのですが」
「本当にありがとね。私は現状でも満足、してるから」
「それでいいんですか? ダイキのこと、ずっと好きだったんでしょう?」
「う、うん」
え……。
「あはは。ダイキはどう思ってるのかな」
「本人はこの手の話に慣れていないですから分かっていないでしょう。いや、万一分かっていても自分の気持ちをこう解釈する。『彼女が俺に惚れている気がするのは気のせいだ。経験値が低い俺の勘違いだ』とね」
心臓の鼓動が高鳴る。
既にドッキリイベントのことなんざ頭から消えうせてしまった。
話の内容が繰り返し頭をめぐる。
……そうさ、確かにカイの言うとおり、俺は勘違い野郎だ。
だってあれだけ長い時間、女の子と一緒にいれば男子だったら考えてしまうだろ?
妹みたいに全くの恋愛対象外の存在ならともかく、クラスメートで、優しくて、癒されて、ずば抜けて美人ってわけじゃないけど、その、ちょっとかわいい子。
そんな子が俺の近くにいてくれる。
勘違いでもさ、そういうこと考えてしまっても仕方がないじゃないか。
あのときも、それで失敗したんだ。
ここは学校じゃない。
俺にとって大切な場所で、大切な仲間もいるんだし……。
「そんな感じ、だよね」
「逆にそれで助けられてる面もありますが。迂闊でしたよ、僕が情報収集に力を入れたばかりにダイキと繋がりができる女性が増えるとはね」
「ダイキ、優しいから。リサの時もそうだけど、すごく仲間を大事に思ってる。確かにアルアさんやリサが加入して焦った気持ちがあるのは事実だけど。でもリサと仲良くなれたのも、ダイキの行動があったからだし。そういうダイキだから私は好きになって良かったなって思うの」
マスクを被ってるせいだろう、汗が額をつたう。
アミが、俺を?
ははは、何だよこれ。
「そこまで想われてダイキも幸せ者ですねえ。リアルでもゲーム内くらい活動してくれるといいんですが」
「ふふ、そうね。……今更なんだけどさ、カイはどうして私に協力してくれるの?」
「そうですね。おせっかいだとは思うんですけど、僕なりに借りを返したいって考えたのです」
「借り? それは多分私への借り、じゃなくてダイキへの借りだよね」
そんなもの、ない。
借りがあるのは俺のほうなんだ。
あのときのことは、忘れてしまいたいのに。
去年、クラスにちょっと気になる子がいて、カイに相談したら『まかせといてください』って告白のセッティングをしてくれたんだ。
そこまでしてくれるとは思ってなかったけど、チャンスを無駄にするのも嫌だったから当たって砕けろな感じでそれにのったんだよな。
結果は、『友達としてなら』だったんだけど、不思議と悔しさは無かった。
馬鹿みてえだけどさ、もし付き合ったとしても俺は何すれば良いのか全然わからなかったんだ。
逆に別れるのは凄く鮮明にシミュレートできるんだよ、情けないが。
だって友達としてならって言ったその子に、俺はその後なにもできなかったんだから。
「ええ、そうです。それにもったいないと思ったのです。誰でもいいとまではいいませんが、彼のことを理解してあげられる子なら一緒にやっていけると思うんですよ。でも彼はオクテだ。そしてアミちゃんも」
「……うん」
「付き合った結果、相性が悪かったり嫌な面が見えてきて別れることになるかどうか、そればっかりは一緒になってみないと分からないことです。まずは機会を活かさないとね。失うことはすぐにできるのですが、手に入れることは結構難しいものなのですから」
「そう、だね」
「僕はチャンスを活かして欲しいのです。アミちゃんに協力しているのは事実ですが、ダイキのためでもありますから。彼が僕にチャンスを与えてくれたように、僕はそれを返したい」
チャンス? 俺は何もやってない。
馬鹿ばっかやってるけど、俺はお前が友達でいてくれるだけで満足してるぞ。
中学から知り合って、それからずっと。
「彼、学校じゃ適当ですけど、中身はクソ真面目ですからね。なんとなく、じゃ付き合わないでしょう。でもアミちゃんも真剣ですから、きっと伝わりますよ。最初はお互いに戸惑うでしょうけれど、ゲームで過ごした時間があるんですから多少はやりやすいと思います」
「……ありがとう。ゲームに誘われたとき、最初はすごく警戒してたけどまさかこんなことになるなんて、想像できなかったよ。頑張ってみるね」
「成功しても失敗しても、大事な仲間だというのは変わりませんから。それだけは忘れないでください」
「それ、ダイキっぽいね」
「そうですね。彼と行動して2年になるでしょうか。多少影響されているのかもしれません」
だめだ、この部屋に入るべきじゃない。
外に行こう、考えをまとめないと、気持ちを整理しないとだめだ。
俺はどうすればいい?
1階に降り、ロビーを通り抜け外に出ようとする。
そんな気分じゃないのに、こういうときに限ってメンバーと遭遇してしまうんだな。
あれはケイタにミライか。
「う、うわ! 姉ちゃん、敵がいるよ!!」
「そんなことあるわけ……、きゃあ!! な、何で!? 魔法を!!!」
やばい、マスクかぶったままだった!
全力ダッシュで外にでるぞ!
追いかけてくる二人を煙にまき、通行人の驚きをスルーして走り抜ける。
ケイタ達が見えなくなったのを確認し、人通りの少ない路地裏で俺はマスクを脱いだ。
吹き抜ける風が俺の顔を撫でる。
だけど体の熱のせいで、それを涼しいと感じ取ることは今の俺にはできなかった。
二人の会話が、何度も何度も脳内で再生される。
……何でこのタイミングで聞いちまったんだろうな。
恋愛とかそれどころじゃない、といえるほどゲームの世界に危機感を感じることは流石にない。
クエストに成功しようがしまいが、リアルは何の変化も影響もしないのだから。
でもチームを作って、人が集まってくれて。
ゲームだけど意思を持った人間が集まっているんだから、適当は嫌だ。
以前ゲームであるギルドに入ったときの話だ。
そのギルドのリーダーは彼女と一緒にゲームをしてて、当然ギルドには彼女も在籍していた。
露骨ではなかったが、それなりにいちゃいちゃしてたもんだから嫌気がさして俺は抜けた。
やるべきことをやっていればいちゃいちゃしてようが別に構わないさ。
でも二人が二人の世界に入ってしまっていて、チャット欄がそういう会話で埋め尽くされて、新しく入ったメンバーをないがしろにしているのが俺は許せなかった。
どんなに俺が新人と一緒に狩りにいったり装備や戦略の話をしようが、トップがあれじゃだれもついていかない。
そんなことがあったもんだから今のメンバーを大事に思うことはあっても、恋愛だとかお気に入りだとか、そういう風には彼女達を見たくなかった。
でも俺は現実を生きている。
学校に行けばアミがいる。
俺のことを真剣に考えてくれているなら、やっぱり現実を、アミの気持ちをないがしろにしてはいけないんだ。
俺が彼女をどう思っているのか?
友達であること、それは間違いない。
でも一人の女性として考えたときに、それでも友達だと思えるだけなのか?
少なくとも彼女はそうは思っていない。
いや、難しく考えるのは止めよう。
好き嫌いはともかく、一緒にいて癒されている自分がいるのは間違いがないんだ。
最初は大人しかったけど、だんだん打ち解けて明るくなって、本来の彼女自身がだんだん分かってきて。
意見をガンガン言ってくることは無いけど、話を聞いてくれて、理解してくれて。
今の関係でも不満は無い。
だけどゲームは一時の夢。
楽しい場所もいつかは無くなっていく、でもそれを現実へ繋げることはできるはずだ。
そうだな、戦いが終わればじきに夏休みに入る。
クエストを終わらせて俺は彼女に、気持ちを伝えよう。
今まで動き出さないように、適当に扱っていた自分の想いを、きちんと形にして。




