第四話『非日常へ』
「ただいま~」「おじゃまします」「……お、お邪魔、します」
普通の一軒家。
慣れ親しんだ我が家の玄関。
一人の少女が俺を出迎える。
「おっかえりー、兄ちゃん! あ、それに九浦先輩こんにちは! それと……」
「ああ由香里、遠尾さんっていって、俺のクラスメート。今日は三人でゲームやるからさ、部屋入ってくんなよ~」
「えぇー、うん。まあ、わかったけど」
俺の家に慣れ親しんでるカイが先行し、遠尾さんを案内させる。
残念そうな顔をしている妹のそばを通り過ぎる際に、ささやくように
「由香里、昨日渡してくれたやつ、ありがとな」
「うん! あとでゲームとかの話、聞かせてね!」
これでよし。てきとうにあしらうというような行為で、恩を仇でかえすのはよくない。今日は妹のおかげで突破口が開けたのだ。
「おぉ、ダイキ、良くやりました。準備がある程度終わってますね」
「ああ、親父の使ってないサブPCを使ってるからな。だから昨日のうちに三台分セッティングしといたんだよ。由香里の分の『ヘッドコントローラー』を拝借して接続っと」
ゲームの準備中、落ち着かないのか、そわそわと周囲を見渡す彼女がやがて棚の1コーナーを注視する。
「精油に、ディフューザー。本当に、やってるんだ。」
「あ、ああ。気のせいかもしれないけど、香りを拡散させとくとなんか落ち着くんだよね」
「アロマって顔じゃないんですがねぇ」
「うるさい! ほら、準備できたぞ」
モニターに電源が入る。俺とカイがアカウント入力をする。
「遠尾さんはとりあえず、このアカウント使って。情報の編集は、まあ家に帰ったらやるってことで」
「ん、わかった」
「さってとその間にアロマでも炊いておくか。って、そこ! 笑うな!」
全員の設定が完了した。これからVRMMOの世界に入り、そこでのキャラクターの設定を行っていくわけだがカイが待ったをかけた。
「悪いのですが、最初の世界設定は中世編を選んでもらえないです?」
「どうしてだ?」
何かこだわりがあるのだろうか。
ルーイン&シティ3は始める際に古代編、中世編、近未来編のいずれかを初期スタート地点として選択する。
今作は最初に選択した時代をクリアしなくとも、制約はあるものの別の時代に移動できるらしい。
だから別段、最初の時代をこだわらなくてもよいはずなのだが……。
「亜美ちゃんはゾンビ映画とかスプラッター映画といった類のものは好き?」
「え、ううん。怖い映画は、ちょっと、苦手かな」
「なるほど、そういうことか」
中世編は、ありきたりではあるが王道の中世風ファンタジーとなっている。
古代編は凶暴な獣を狩るハンティングと、邪霊と呼ばれるいわゆる幽霊のような存在と対峙する世界。
近未来編は、銃器でゾンビを撃ちまくる設定だったように思う。
「活動する時代は後で変えられるけど制約がある。近未来編は銃が使えて面白そうだけど、敵がゾンビだからグロ系になってしまう。古代は古代で、獣はどんなのか良く分からないけど幽霊っぽいのがでてくる。たしかに女子向けじゃないなあ」
「やはり王道といいますか、剣と魔法の世界にはみんなの憧れが詰まってるのです。ゲームで不便さを表現しているかまだ分かりませんが、古代なんかは宿屋や食料、照明、そういった生活面に悩まされそうな気がします」
「……そうね」「確かにな」
カイはカイなりに、ゲームを楽しみにしていたんだろう。多少は情報を仕入れているようだ。
「それに、衣装にカワイイの多そうなのが中世なんです。プリンセスドレスとか中世じゃないとまず装備できないでしょう。だから絶対、女子プレイヤーは中世が多いはず。逆に近未来を選んで、ゾンビを銃器で頭に風穴あけときながら笑い倒していく女性には近づきたくないです」
「遠尾さんのためにじゃなくて、結局そこなのかよ」
「特別扱いはしませんよ。さ、分身、というのも変ですがキャラクター作成をしましょう」
端末を頭に装着する。
まもなく俺達はいよいよVRMMOの世界へ飛び立っていく。
まだあちらの体を持っていないからか、視界は青白い光で覆われている。
――お名前はなんですか?
おっと声が入ってくるのか。 優しい声だ。 ああそうだ、キャラクターの名前を決めろってか。 ラージウッドっと。
――ラージウッド、あなたの始まりの時が今、この瞬間からはじまります
青白い光から一転、目に入るものから判断するに、ここはどこかの建物の中だ。
周囲を見渡すと俺と同じなのか、新規プレイヤーなのであろう人々がまわりをきょろきょろとしている。
自分の体を見てみるが、周りのプレイヤー同様、半そで半ズボンの村人Aといった格好だ。
もちろん性別や体系にあわせて服の規格や種類が若干変わっているが、地味目にできているという点は変わらない。
(キャラクタークリエイトもへったくれもないよな。名前だけ決めて見た目はリアルそのまま反映って感じなのか?)
自身の顔は見えないが、周囲のプレイヤーを見れば自分が思っていることが正しいとわかる。
リアルとかわらない、とでも言えばいいのか、間違っても麗しい美男美女の集まりという感じではないからだ。
多少の補正はかけられるものの、原則はリアル準拠。
まあカッコいいのやかわいい子も、リアル同様に一定数いるみたいだが。
ってあれはカイと遠尾さんか?
「合流、合流です。ダイキは見た目が変わりないです」
「カイも変わってないよ」
「ああ、僕の場合変わってしまったら困ります」
そうだな、もしこのゲームで顔を自由自在に変えることができても、お前はわざわざかっこよくクリエイトする必要ないもんな。
イケメン野郎の頭上には『クーラ』と表示されている。
彼の苗字が九浦だから、それをちょっと変えたのだろう。
自分の頭上にも他人からみるとラージウッドと表示されているはずだ。
「…少し恥ずかしい、感じ」
『ゼラニウム』
カイのやや後ろに隠れている遠尾さんの頭上にはそう表記されている。
地味な半そで半ズボンを着ているためか、普段よりも薄着になったためか、あるいは両方か、彼女は少し落ち着かないようだ。
「顔はおいといて、とりあえず落ち着いたら服は買わないと。ダサい上にみんな同じ服装なのは居心地が悪い」
「ああ。しっかしキャラクリが名前だけとはな。リアル反映となると人によっちゃマスクみたいな装備がほしくなるか」
「いやいや。たぶんそういう方はこのゲームやりません。しかし開発も馬鹿ですね。僕はともかく何が悲しくて仮想空間のゲームで"かっこいい"や"かわいい"をキャラクリで表現できないのか。まあリアル反映のほうが、僕は女の子探せていいですけど」
苦笑しつつもそれはそうだなと納得する。
とりあえず仮想空間での感覚や行動は、ゲーム運営上の制約はあるもののほぼ現実のように動けるようだ。
逆に現実世界と違う点も当然ながら多くある。
「情報表示」
俺は手を顔の前にもっていき、そうつぶやく。
するとPCのモニター画面を一部切り取ったような光、それにゲームなどでお馴染みの『ステータス情報』が浮かび上がっていた。
タッチパネルを操作するように、画面の中のステータス情報を開いてみる。
ステータス情報
名前 :ラージウッド
レベル:1
LP :100 MP :50
生命力:1
防御 :1
素早さ:1
器用さ:1
筋力 :1
精神力:1
知力 :1
運 :1
残りのレベルポイント 10
詳細は分からないが、機能の予測がつきそうな名詞がならんでいる。
レベル1で能力オール1、下に表示されているレベルポイントという点数を各能力に割り振って、能力値上のキャラクターメイキングをしていく仕様のだ。
このように、自身の情報は何の端末も使わず空中展開できる。
そして能力は数値化、可視化される。
他にも友達登録機能やメッセージ、メールの送受信も可能。
またゲームに関する情報交換用の掲示板もこの画面を通して利用可能。
目に見える画面や機能は機能的そして機械的だが、なんら道具を使わずにそれらの行動ができるその事象はなんとも魔法的である。
俺達は情報を確認し終わると、ゲームで遊ぶためのチュートリアルを受けに行くことにした。
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「ああ、なんとなく冒険者という様になってきましたね」
身長ほどの長さの槍を持ち、質素な皮鎧を装着したカイが俺達を見てそう言う。
俺は鎧こそ同じだが腰には80センチぐらいだろうか、何のありがたみもなさそうなショートソードを、左手には木製の盾を装備していた。
遠尾さんは、いかにも魔法使い!っていう感じのローブにみすぼらしい杖を両の手に抱えていた。
「ほんとだな。 俺達が普段着ているような服が買えなかったのが残念だけど、ゲームの雰囲気にはこれが合ってるな」
「……そのうちデザインの良いものが手に入るって期待、したい」
彼女が残念がっているのも仕方がない。
俺達がスタート地点として選択したこの中世編、コラール大陸のスルア王国の城下街。
最初に合流した地点は王国の兵舎だったらしく、いま装備している武器防具類は希望種類を伝え支給されたものだ。
そこでチュートリアルを受け終え街の商店街に繰り出してはみたものの、そこでの商品は今の所持金で購入できるものは消耗品くらいのものだった。
そのついでにある程度の、このゲームにおける世界情勢やモンスター情報を他プレイヤーから聞いてまわったりはした。
「まあ、先行プレイヤーらしき方々が見栄えのよろしいものを着ていましたし、冒険していればそのうち手に入るでしょう」
「お金を稼ぎましょうってことだな。俺達プレイヤーは冒険者。冒険者ギルドによせられる依頼をクリアして報酬をいただくと」
「ちょっとありきたり、だね」
「人間同士が争っている様子がないし基本的に平和と言えるのかもな」
王国があり、冒険者ギルドがあり、モンスターがあり。
何もかもがありきたり。
しかし設定がありきたりでも、こういったゲームにはゲーマーへの一定の吸引力が働くのだ。
「設定は平凡だけど、手だけでキャラをピコピコ動かすゲームじゃあねえからな」
「住んでいる町、ううん。外国にだって存在しない、世界を歩くことが出来る。まだ僅かだけど、いつもの毎日とは違うものが、ここにはある」
そういう彼女が白く儚げな手の平を上にして差し出す。
その先からは、薄いながらもゆらめくものが確かにある。
火、それは頼りなさげな彼女を反映するようなゆらめきだが、それでも触れてしまえば火傷をしてしまうだろう。
「現実では剣や槍を持って戦うなんてシチュエーションが想定できないですからね。ましてや魔法なんて口にだせばある種の病気から抜けきれない、肌寒い人間というレッテルを貼られかねません。だけれども今の僕達はそんなものがあたりまえのコラール大陸民。楽しんでいきましょう。パーティー申請飛ばしたので承認頼みます」
「パーティーを組むっと、良し。スキルの説明もうけたし、さっそく外の草原でモンスターを倒してみるか」
「承認。……ちょっとわくわくしてきたかも」
二人の王国兵士が立つ、映画でしか見たことが無いような大きな門をくぐる。
柔らかい緑色の一面、コンクリートではないが舗装された道、遠くには森林が見える。
観光にきたんじゃない、これはアクションゲームなんだ。
胸を弾ませながら、そしていつもよりちょっとだけ速いペースで俺達は歩き出した。




