第三十四話『集い』
「アミ、ピッキングの炎を防ぐ障壁を! ピノンさんは仲間の治癒、ミルは【気配察知】で状況を教えてくれ!!」
モンスターの群れが接近する。
普通なら起こりえない事象。なぜならば魔物のAIにそんな行動は設定されていない。
しかも視界が開けてる場所ならともかく、わざわざ隠し部屋にまで集結してこようなんざ魔物でない者の意図がそこに存在しているのが明らかだ。
「わ、分かった! 【フレイムピラー】」
「癒しの波動、【ライトヒール】」
可能性が見えてきた。
しかし絶対ではない。
召喚されたピッキングに加え消耗しているとはいえ5人のプレイヤーと敵対している。
俺も衝撃波を放ち牽制、アイテムの準備を始める。
「反応が近くなってきた。……来るよ!」
複数の騒がしい足音が隠し部屋まで聞こえてくる。
ミルが教えてくれたようにもう魔物の接近は目前だ。
「おい、ダノン! モンスターが接近しているぞ!! これでも退かないのか!?」
俺からヤツへの最後の通達。
攻撃をやめ、生存を優先するならばこちらも攻撃をせずにここから脱出する。
モンスターは倒そうと思えば倒せるかもしれないが、そうなっては体力を浪費しアイテムを散財する泥沼の戦いだ。
「言ったはずだ。俺達のほうが有利なのに逃げるわけがない。モンスターなぞお前達ごと範囲魔法で殲滅してくれる」
「そうかい、分かったよ」
あくまでも個人的な執着で俺達をいたぶるのを止めない、というわけだな。
ならば俺にも考えがある。
最初の目的は何らかの形で戦場に混乱を生じさせ、逃げることができればそれで良いというものだった。
国民性、と言っていいのか分からないが俺達の国のプレイヤーには基本的にPKというシステムが馴染まない。
PKを嫌うという性質が根強く意識の中に存在している。
相手がまだPK認定されていない状態で返り討ちにすればこちらがPKになってしまう。
そういうプレイだと割り切ってるプレイヤーならばいいが、俺達はそうじゃない。
PK行為を行った、そのイメージで失ってしまうものは多いのだ。
最後まで実行したくなかったが、脱出かつPKをしないという条件を満たすためにはあの手段を取るしかない。
「リサ! 隠し部屋入り口に【アイスウォール】をもう一度頼む!!」
「了解だよ、先輩!」
何もないはずの空間から女性の姿が現れる。
説明するまでもない、リサそのものだ。
返事を聞くと同時、ピッキングをスルーしダノン達のもとへ駆ける。
リサは言われたように氷壁を展開し、モンスターの足止めを実行。
かなりギリギリのタイミングだ、氷壁から透けて見える向こうには魔物がひしめきあって声を上げているのが分かる。
「ど、どういうことなのだ。どうしてリザラーザがここに……。逃げたハズでは」
混乱するのも無理は無い。
彼女は初めから保身のために隠し部屋を離れたわけじゃないのだ。
リサの特技に、『異常に速く走れる』、『回避力が高い』、『姿を消せる』というものが揃っている。
ダンジョンに生息する魔物を掻き集めてこの部屋へ誘導することができるのは彼女くらいのものだ。
「壁が壊れる前にやっておかないとな。本当はあんた達みたいなのにはもったいないアイテムなんだぜ?」
液体の入ったビンを複数取り出し、ダノン達に投げつける。
ビンが割れ、中に入っていた液体が彼らに降りかかる。
「う、なんだこの臭いは! それにこの液体は何だ!?」
「タマゴを使ってくれた御礼に、ちょっとした生産物のプレゼントだ。【カナンガ水】って言ってな、モンスターの注意を惹き付けてくれるありがた~いアイテムなのさ」
「な、なんだと……」
ダノンのヤツ、先ほどまでは怒りに打ち震えていたのに今度はうろたえだしたぞ。
そりゃそうか、ピッキングがヤツの方にクチバシを向け始めているし、外の魔物の咆哮もヤツら目掛けて放たれているしな。
「【アイスウォール】が持ちそうにありません! ミル、【ヘイスト】をみんなに!」
「今、やってるところ。精霊にも頼んでる」
間もなく氷が砕かれる音が響いたかと思えば、魔物の大群が部屋へどっとなだれこんでくる。
そう、特定の方向へ。
「リ、リーダアアアア!!」
「バリアーだ! 防御魔法を出せ!!」
「MPがさっきまでの戦いで残ってない。何かアイテムを出してくれよ!!」
「いかん、ピッキングが魔法をチャージしているぞ」
よし、上手くいった。
モンスターの注意をあいつらが全部惹き付けている。
「自業自得だ。巻き込まれないうちに逃げるぞ!!」
「みんな、急いで!!」
行きの慎重さを置き去りにして、遺跡の入り口に向かって全力で駆ける。
悔しさなのか、それとも魔物に囲まれる恐怖なのか。
恐らく前者だろうが、叫び声が聞こえた気がする。
結局、俺が取った手段というのはモンスターを使って間接的にプレイヤーを倒すMPKと言われる行為だ。
PKに認定されることは無いが、意図的にやれば評判を下げてしまう行為だということではPKに近いものがある。
だからこそ最後まで実行したくなかったが、あっちは召喚アイテムまで使用してこちらに攻撃を仕掛けてきた。
止むを得ない判断だったと思う。
遺跡の入り口が見えたところで走りを一旦止め、体力の回復を待つ。
勝利も敗北もここには無いが、死亡者を出すこともなく生還できて本当に良かった。
「みんな、ありがとう。私を信じてくれて……」
「俺がリサに指示を出したわけだし、リサは何も悪くないからな? それにみんなは分かってたよ、逃げたんじゃないって」
メンバーが一様に頷く。
確かに対人戦は辛いが、たくさんのモンスターを誘導するという行為を一人で実行するのもそれに劣らず危険な行為だ。
途中で回避を失敗して魔物に捕まれば終わりなのだから。
「ごめん、迷惑かけちゃって。私がみんなを遺跡に誘ったばっかりに」
「リサ! もういいよ」
「え?」
珍しく声を上げる一人の女の子、アミ。
「私はね、とても楽しかったんだ。 年の近い女の子と、一緒に冒険できて、戦って。迷惑だなんて思ってない。あの人のことだって、全部あっちが悪いと思う。あんなのと一緒にいたら絶対ダメだよ! リサがゲームを止めちゃうってそんなの嫌だから!」
「アミ先輩……」
アミがリサの手を優しく触れる。
普段口数が少ないからあっけにとられてしまったが、それと同時に理解したことがある。
RC3を俺達と始めたこと、『ゼラニウム』の名前に込められた願い。
俺は『友達』という考え方と関係性がとても大事でかけがえのないものだと思っている。
でもそれは失くしてはいけない、ということであって。
失くすためにはまずそれを『もっている』ことが必要なんだ。
だけどアミはそうじゃなかった。
アミは失くすためのそれを、最初はもっていなかった。
だからこそ渇望と言えるレベルでそれを望んでいる。
「アミ、でいいから。これからも、よろしくお願いします」
まだ敬語が抜けきっていないのが彼女らしい。
だけどそんなことは些細なこと、想いが伝わればそれでいいのだ。
「うん、うん……!」
リサのリアルでのことは全く知らない。
だが少なくともゲームでは利害上の関係で仲間はいても、友達といえる存在は無かったのであろう。
彼女にとっても、これからが変わっていくきっかけが詰まった今日になったのだと思う。
他所からみれば情けなく、子供じみて、馬鹿っぽいやりとりかもしれない。
だけど二人の気持ちは、本人達にとって大事であれば他人の感想なんてどうでも良くって。
いかんいかん、俺はこういうのダメなんだ。
だから映画はホラーとかアクションしか見ないようにしてるんだってんだ。
「よし、みんな! 狩りは終了だ。宿に引き上げるぞ。清算やらお話はそこでゆっくりやろうぜ」
ーーー
「そういうことがあったのですか。ダイキ、これからはすぐ連絡してください。何のために友達やってるんですか」
「悪いな。余裕なかったもんだから」
デスペナルティの影響も消え、すっかり元気になったカイ、そしてアイカさんを含めていつものテーブルを囲む。
アルアさんは……来ていないようだ。
「しかし困りましたね。あ、いえ、みなさんの行動を責めているのではありません。ただ相手が……」
「そこまで勢力を伸ばしているチームだとは知らなかったんだ。すまん」
宿に戻って落ち着いたリサやカイから聞いた話だ。
ダノンが率いるチーム"ブラック・ナイツ”は効率重視プレイヤーとして有名だったヤツが立ち上げ、買占めや転売、RMTで財を成し勢力を拡大している集団とのこと。
力を付けた集団には色々な思惑が重なり、さらに人が集まっていく。
例え毛嫌いされるような集団であってもだ。
そして集団自体も戦力を拡大するために勧誘を行っている。
特にマルタのような優れたプレイヤーを確保しておくことはボス攻略などの面で重要だ。
ボスはドロップアイテムがおいしいからな。
「どこのゲームでも、こういったしがらみから抜けられないのですね」
「ピノン姉さん……」
「まさかお二人がダイキと再会してるなんて思ってませんでしたよ。ダノンさんにしてもお二人にしても、あの青い森の時から僕達と繋がっていた、ということなんですね」
事前に少し聞いてはいたが、二人はRC3以前にも一緒にゲームをプレイしていたらしい。
リアルでは体が弱いミルを気遣って、二人でゲームをプレイし熱中していった。
熱中するだけに所持するレアも増え、プレイヤーとしての腕も上がっていき、それなりにそのゲームで有名になっていく。
だけど有名になればなるほどしがらみや負担が増え、それに耐えかねてRC3にやってくる。
最初は古代編を選択し、まったりスキル上げを集中してやっていたが、やがてベースレベルに見合わないスキルレベルを獲得。
狩場で目立ち始めたために、生産スキルでゆっくりできそうなこの中世編に移動した、ということだった。
「だけど、分かったのです。やはりぶつかるときはぶつかっていかなければならない、と。力と組織力のあるものだけが楽しめる、虚しい世界になってしまう度にゲームを止めてしまうのはダメなんです」
「私、ゲームのことは経験が少ないものですから、状況をはっきりと理解しているとは思えません。ですが、カイや皆様が語っているのを見ていますと、なんでしょうね。体の中から熱いものが湧き上がってくるような、そんな感じがするのです」
「アイカさん……」
「レベルだけは無駄に高い私ですが、今後、私にできることで協力は惜しみません。そのダノンという悪党も、野放しにできないでしょう」
アイカさん、やはり表情からは感情が読み取りにくい。
だけど言葉に偽りは無いだろう。
「友達ができた場所、失くしたくない。私にとって、ここは第二のリアルだから」
「私もそうです! アミやミル、先輩達と一緒に。私、もう一度やり直したい」
俺達は腐敗した政治や悪徳企業、凶悪なテロリストと戦うってわけじゃない。
だってここはただのゲーム世界なんだ。
だけどそんな虚構の世界であっても、思い通りにはいってくれない。
一人一人にとってはささやかな場所、それだけなんだ。
しかし俺達は不本意ながら勢力を伸ばしているチームと敵対してしまった。
まっとうな対立ならともかく、あっちはRMTやPKにも躊躇いがない集団だ。
そのうち遺跡での件を”MPKされた”と吹聴してまわるだろう。
そうなってくると活動に支障がでるのは簡単に予測できる。
「やっぱり頃合、だな」
ゆっくりと、決意して席を立ちみんなに向き合う。
いつかはそうしようと、考えていたことが今求められている。
少し予定が繰り上がっただけだ。
「みんな、聞いて欲しい。俺はこれからチームを発足させる」
テーブルを囲むメンバーが、黙ったまま俺に視線を定める。
「何のためにチームを作るのか? 組織になれば縛りや諍いが生まれて自由が損なわれるんじゃないか? そんなことをずっと考えていた。今までで充分楽しかったし、スキルの育成が他と違ってもやってこれてたからな。チームの必要性を感じていなかったんだ」
組織化すれば面倒事は増える。それは間違いない。
人間は機械でもその部品でもない、意志や異なる考えを持った生き物の集まりなんだ。
だから目的を同じくした、俺とカイ、アミの三人をベースにやっていければそれでいいと考えていた。
「だけどそれじゃだめだって分かった。俺にはやりたいことがある。だけどそれを通そうとすれば、今後は妨害も入ってくるかもしれない。一人じゃそれを跳ね返せない。だからさ、だから俺と同じように、やりたいことがある人間が、それを成し遂げられるような、そんな場所が欲しいと思うんだ」
生産職でも遠方で採取できるように。
変わったスキル育成をしていても馬鹿にせずそれを活かす道を模索できるように。
困難を目前にしても、一緒に笑って楽しんでいける、そんなかけがえのない仲間が集まれるように。
友達と呼べる関係性を育める、そんな場所を存在させるために。
「だから今ここで、俺はチームをつくる。みんなの力を貸して欲しい」
みんなが頷いてくれる。
「ダイキ、微力かもしれないけど、私、頑張るから。私もつくりたい」
「いつそれを実行してくれるのかと、ずっと待ってたんですよ。もう一回、暴れようじゃありませんか!」
アミ、カイ、ありがとう。
他のメンバーも参加の意志を俺に告げる。
「ところでラージウッドさん、チーム名はどうしますの? 対抗して”ホワイト・ナイツ”なんてしないでくださいね」
「ははは、そりゃしないよ。あいつの影響下にあるみたいでいやだからな。そうだな名前は――」
俺達の、個人としてではなく、チームとしての冒険が今日ここから始まっていくのだ。




