第三十一話『執着』
「お前が何でここにいる?」
そう言葉を発する男、前衛向けの鎧と片手剣を装備したプレイヤー。
はっきりと覚えていたわけでは無いが、顔と声、何より表示された名前であのときの記憶が鮮明に蘇る。
そうだ、青い森で俺達より前にエントロードに遭遇していたパーティーのリーダー、ダノンだ。
あの時とは比べ物にならない豪華な装備をしているな。
後続として彼の後に2名のプレイヤーが付いている。
「そっちこそよくここにこれたな。まさかこんなところで会うなんて」
「ダノンさん……」
ここに来るために必要な要素は二つ。
一つに広大なグラス平原で遺跡の入り口を見つけるということ。
二つに隠し扉を発見できるほどの高いスキルレベルが必要だということ。
あの時点でのダノンはおそらく汎用型の前衛タイプだった。
とても探索向けのスキルを確保しているとは思えないのだが。
「ん、そこの男に俺は用は無いぞ。リザラーザ、これはどういうつもりだ!?」
みんながリサの方を見る。
言葉自体にそこまで強い敵意は無いが、語感にはリサに対する非難の色が強く表れている。
俺やピノンさん達じゃなく、初めからリサに対して向けられた言葉だったのか。
実際俺はダノンからはスキル育成の非難はされたものの、別に敵対するほどのレベルでは無かった。
気に食わないやつだ、そう思って記憶からいずれ完全に消えてしまうような、その程度の関わりで終わる。
そのはずだったのだ。
「どういうつもりも何も、私がここを発見したんだ。その私が仲間を連れて探索する、何もおかしいことは無いね」
「それは俺達チームの利益を害することになる。それにどうして俺にドロップアイテムの買い取りを依頼しなくなったのだ?」
「私はチームに入った覚えは無い。買い取りの件のよしみでペアでここに来たが、それだけだ。それ以上などない」
二人だけのやりとりになっている。
おそらくリサは俺達以上にダノンと何らかの関わりがあったのだろう。
ただその関わりが平穏なものでないことだけは、あからさまに変わっている彼女の口調で判断できる。
「リサ、どうしたんだ? どういうことなんだ?」
「すみません、先輩。実はこのゲームを始めた初期の頃、アイテムの類は彼に買い取ってもらっていたのです。買い取り額もおかしくなかったし、外見から想像できる年齢からも子供じゃなさそうでしたので問題は無いって思ってたのですが」
「会話に割って入らないでもらえるか? もう一度聞くぞ、リザラーザ。どうして買取を他所にまかせるんだ? 価格も相場とそう差は無いし、一緒に上手くやってきたじゃないか」
「理由を言ってしまってもいいんですか?」
何のことだ、と多少仰々しいそぶりをする。
その様子を見てリサの雰囲気に怒りが混じり始めたのを俺は見逃さない。
「ダノン、あなたはRMTに手を出しているでしょう?」
おいおい、それはマジかよ
RMT――リアルマネートレード。ゲーム内マネーやレアアイテムなどを現実のお金を通して売買をする行為だ。
詐欺の温床やRMT業者の介入、ゲームバランスの崩壊を招く可能性が考慮され、ほとんどのゲームでは規約違反行為と定められている。
法律上で禁止されているわけではないが、ゲームの寿命を縮めたりゲーム性が損なわれるため、行為が発覚すればアカウント停止措置をとられてしまう。
そういった重大な規約違反を指摘されているのにも関わらず、ダノンはおろか彼に付くプレイヤー達でさえ余裕の薄ら笑いを浮かべている。
「なにが原因かと思えば、それだけのことか。RMTの何が悪いんだ?」
「分かってるのか!? 規約違反だぞ」
「ああ、そうだな。だが需要があって供給があるのだから利用を望むプレイヤーは少なからず存在している。そして運営は一切、プレイヤーの違反行為を取り締まっていない。つまり建前だけの、黙認ってことだよ」
「それはお前の勝手な解釈だろ!」
「通報したければ勝手にしてもらってかまわん。証拠をお前が提出できるとは思わんし、仮にあったとしても運営が動かない。仲間に捨てアカウントで試してもらったが全く警告がこないからな」
ヤツの言葉の正当性を確かめる術は俺にはない。
だがあれだけ堂々と公言しているのだ、おそらく事実なのだろう。
「規約違反かどうかはどうでも良い。私はゲームのあり方を変えてしまうRMTを認めない。そしてそれを私に知らせないで加担させていたあなたとはもう関わりたくはない!」
「ソロ気質で、効率がでないスキル育成をやってるお前に俺は最高の場所を提供できるんだぞ? 戻ってきてくれ」
「ここに来れたってことは、私の代わりを見つけたってことだ。戻る必要は無いでしょう」
「スキルのためだけじゃない。お前が必要なんだ!」
なるほど、話が見えてきた。
リサはソロプレイヤーでやりたいことをとことん極めようとする性格だ。
相場の把握、アイテムに関する知識、そして高い向上心、それらがそろって彼女はソロプレイにしてはだいぶ稼いでいるはず。
とはいえ仲間を持たない以上はドロップアイテムを自力で裁く必要がでてきてしまう。
それでアイテムの買取をダノンに依頼し、都合によっては協力関係を結んでいたのだろう。
戦力、金銭、または彼女自身をダノンは欲している。
いや、言葉から察するに彼が欲しているのはリサそのものだろう。
RMTに恋愛か。まあカイに恋人作るぞっていう目標を立てられた俺には全く縁のない話ではないが。
本人の意思を無視して関係を求めても上手くいくはずなんてない。
リサはRMTを認めていないが、ダノンはRMTを悪びれも無く肯定する。
おれ自身は何が正しいのかは分からない。
だが事実として、RMTとそれに味をしめたヤツがBOT――人間が動かさない、プログラムで勝手に動くキャラクターを放流し、狩場をめちゃくちゃに荒らしているゲームは今も存在している。
それに嫌悪感を持つ人間は少なくない。
「悪いけど、私はこの人の仲間なの。縁が無かったと思って諦めて欲しいわね」
そう言いながら、リサが俺の背後に回って背中を包むように手を首に回してくる。
「あらあら、リサさんったら大胆ね」
「それは仲間というより、恋人がやること。ラージウッド、あの男をどうするの?」
おいおい。仲間なのは否定しないが、一人の女をめぐる男と男の戦いって構図に勝手にしないでもらえないか……。
「詳しいことは分からんが、リサはあんたを避けてるみたいだし関係を持ちたくないようだ。この場所は俺達が制圧したしもう何も無い。帰ってもらえないか?」
ダノンは確か大学生だ、俺より年上だしガキじゃないんだ。
この雰囲気を察してくれるだろう、そう俺は考えた。
しかしヤツは冷静な態度に努めようとはしていたものの、リサの行為を目の当たりにして怒りを抑えきることができなくなった、そんな様子に今は変わっている。
「何か見覚えがあると思っていたら、青い森で会ったヘボスキル前衛じゃねえかよ! しかもなんだ、あてつけか!? あんとき俺と一緒だった使えないヒーラー女と雑魚なアーチャーまでいるときたもんだ。あれ以降お前らは俺のパーティー募集に応えなかったしどういうつもりなんだ!!」
「どういうつもりも何も、彼女らと俺が組んでるのは偶然だ。誰とパーティーを組むかなんて自由だろう。お前の発言は個性を認めようとしない、偏った思考がだだもれ過ぎなんだよ。効率、効率、効率ってな。……ああ、なるほどな。あそこでドロップアイテムに執着してたのはRMTをしてたからか」
「くそっ、女ったらしのテメエだけはただじゃおかねえ。あんときだってエントロードに手を出しやがって。あの後死に戻りで使える戦力を補充し、討伐する予定だったのが、お前のせいで全部パーだ!!」
思い出したように逆恨みしてくるな。
むかついてはいたが『デスペナは俺が引き受けるから逃げろ』って言葉、俺は男らしいって思ってたんだよ。
結局はボスを独り占めしたい、ただそれだけだったのな。
「あの、そちらが帰らないなら、私達が帰りますので」
黙っていたアミがそう告げる。
彼女もダノンに対してはめちゃくちゃ嫌悪感抱いていたからな。
本性を知った今こそ『顔もみたくないから帰りたい』って状態なはずだ。
「あんときの魔法使いの女か。ドロップをちょろまかした気分はどうだ?」
「えっ!?」
アミが驚くのも無理はない。俺もそうだ。
何でヤツが知っているのだ?
【エントロードの人形】のドロップは俺達しか知らないはず。
「ククク、そうだったか。そりゃそうだ、俺があんときのお前だったら同じことをやっただろうからな」
クソ野郎、カマをかけたのか。
「お前と彼女を一緒にするな。別に何もでてねえし、仮に出てても倒したのは俺達だからイチャモンつけられる筋合いはねえよ」
「そうですよ。現に私達じゃ倒せなかったじゃないですか」
「メンバーを活かせなかった、あなたの失策。あのときのことを掘り返すなんて、苦笑」
あのときダノンと組んでいた彼女達でさえ、彼を擁護はしない。
ヘボとか雑魚とか言って他人を貶したんだ、当然のことなのだがそれが彼には気に食わないのか、怒りが更にヒートアップしている。
「もういい! お前達は俺のチーム、”ブラック・ナイツ”の敵対勢力とみなす。それ相応の報いを受けるんだな!!」
「PKでもしようってのか……。ペナルティを受けるぞ!」
俺の言葉に、ダノンはおろか取り巻きすらニタニタとした笑みを浮かべて動じない。
このゲームにおいてPKは仕様だが、基本的にデメリットが強く実行するのものは少ない。
そりゃそうだ、キャラクターが一体しか作れないうえにVRMMOだから顔がお互いはっきりと分かってしまう。
リアルであるが故に、悪印象を受けてまでPKしようなんてよっぽどの対人好きか盗賊ロールプレイ好きくらいだろう。
一度プレイヤーを殺してしまえば表示されている名前が赤色に変わり、PKをしたということが広く分かってしまう。
NPCの店ならともかく、露店でそんなプレイヤーに協力する変わり者は少ないだろう。
「ペナルティ? 構わねえよ。PKに認定されると倒した相手がアイテムドロップするようになるからな。それに俺の主な活動は転売に移行してある。狩りもチームで行けばいいし、そもそもPKも仲間内でローテーションでやらせるからな」
認定されたヤツは狩りに行かず転売、認定が解除されるまで待つことになるが認定されなかったプレイヤーは自由に行動できる。
PKの報復をしようにも街では戦闘行為ができないし、認定されなかった仲間に攻撃を仕掛ければこちらがPKになってしまう。
PKを殺してもPK認定されないが、PK認定されてないやつを報復すればPK認定されてしまう。
「そうだな、取引をしよう。俺達も何も鬼ってわけじゃねえんだ。そこの宝箱のドロップを渡してくれれば見逃してやる。そしてリザラーザの身柄をこちらに渡せ」
「断る、と言ったら?」
「人数差で余裕だと思ってんのか? スイッチを押しに行ってる別働隊が合流すればこちらも五人だ」
「PKで倒してアイテム落としても何を落とすかはランダムだぞ? PK認定のリスクを負ってまでやるには分が悪んじゃないのか?」
「言うとおりにしねえっていうのなら、苦痛を与えるまでだ。ゲームだから死にはしねえが、トラウマになるようなダメージの与え方っていうのはあるもんでね」
カイが火だるまになった、あの光景が思い出される。
ゲームなのだから死にはしないしやけどだって起こらない。
だがあの苦しみようは、痛みが別のものに置換され緩和されるといっても、決して無痛になるというわけじゃない。
あいつらをそれを知ってて、その上で人にそれを仕掛けるっていうのか!?
(ダイキ先輩、ごめん。私のことに巻き込んじゃって)
背後からささやくように、申し訳無さそうにリサが小声で呟く。
(私が、あいつらのところに戻る。頼んでPKをやめてもらう)
あいつらと対決した場合どうなるか?
単純にはいえないが俺達は不利だ。
PKになっても構わない集団と、PKになることは避けたい俺達。
大げさだが殺す覚悟がある人間とそうでない人間とでは大きな差があるのは明白だ。
(今までありがとう。あいつに目をつけられたのが終わりの始まりだったみたい。何とか街に戻ったら、ログアウトすればいいだけだから)
そう、これはゲームであっていかに身柄を拘束されようが、街に戻ってログアウトしてしまえばいい。
ここでの関係が、リアルにまで強制力をもたらすはずはない。
(潮時かもしれないし、私、RC3止めるの。だから、先輩、もういいの)
ゲームをやめればダノンと関わらずに済む。
安直だが事実であり最も簡単にヤツとの関係を絶つ方法。
だがそれは俺達との関係をも断ってしまう、それを意味する。
(リサ、ピノンさんやミルと、フレンド登録したよな?)
(う、うん。先輩達も登録してあるけど、このメンバーとカイさんだけだし、友達少ないから……迷惑かける人もすくない)
――馬鹿野郎。友達の価値ってのは人数の大小じゃねえぞ。話したり笑ったり、ときに喧嘩して感情のやり取りを共有する、そんな大事な関係性なんだ。
(迷惑だとかそんなこと言うな! リサは俺の大事な友達だ。たとえ出会って間が無くてもな。お前やみんなは俺が絶対に守って見せる)
(……先輩)
俺の首に触れている彼女の手が震える。
(一仕事やって欲しいんだ、頼むぞ。内容は……)
(わ、分かったけど、それじゃみんなが!)
(最悪、俺一人でもやる。だから頼む)
こちらがどう出るのか示さないからだろう、ダノンの苛立ちが強くなっている。
時間が無いな。
――send mail to party members
『ヤツの条件を飲む人はそう言ってくれ。責めたりはしない。俺は一人でもあいつと戦ってリサを守る。もし、協力してくれるなら、厳しい戦いになるがなるべくトドメを刺さずに弱らせるんだ。俺に考えがある。そして最後まで、リサを信じて欲しい』
戦いの時が迫っている。やっとのことでメールをパーティーメンバーに送信する。
メールに気付いた面々がそれを確認する。
すると間もなく、アミにピノンさん、ミルが俺の体を軽く叩いたりしてくる。
分かっている、それが怒りや抗議じゃないってことを。
俺の作戦に当然のごとく乗ってくれるということ、それをみんなの表情が示しているのだ。
卑怯かもしれないが、俺はみんなが乗ってくれることが分かっていた。
「話し合いは決まったか? ……フン、どうやらやるようだな。こちらもお前らがこそこそやってる間にメンバーと合流できた」
5対5、数の上では互角。
レベル、スキル、装備、問題は質に委ねられるな。
あいつらは共同でRMTに手を染めているのだろう、装備がしっかりしている。
だがよ、勝負ってのは力とか装備とか、そういった数字だけで決まるわけじゃないからな。
「だまってやられるわけにはいかないからな! あんときぶん殴らなかった俺の拳、今こそあんときの分を使わせてもらうぜ!!」
訪れる人など無いこの遺跡の隠し部屋。
経験したことがない、最悪な形の対人戦が今、行われる。




