第二十八話『ダンジョンの入り口』
「そういえばグラス平原って一時期、色々と話題になってた場所だな」
「前にダイキが情報をまとめてたよね」
俺は過去にまとめたレポート……、と呼べるほど立派なものじゃないが情報ページを展開する。
――レポート5『人気狩場グラス平原について』 筆者:ラージウッド
グラス平原――くるぶしまでの高さしかない草が当たり一面に生え、剥き出しの岩がぽつんと点在しているフィールド。
ボスモンスターはスピットジャガー。レアモンスターはアンシーンスネーク。
障害物が少なく戦闘が行いやすい場所であり、【薬品生産】スキルの素材が採れる。
これだけだと普通の中堅プレイヤー用の狩場に思える。
だがこの狩場は今、非情に荒れている場所らしい。
障害物がほとんど無い。移動の障壁も無い場所なもんだから、一つの狩り方が定石として既に決まっている。
足の速いプレイヤーが敵の注意を惹きつけながら掻き集め一箇所にまとめる。
罠や魔法なんかで動きを封じつつ、範囲魔法などで一網打尽。
いわゆる効率狩りってやつだ。
俺らは効率狩りやパーティーと縁が無いのでグラス平原にはいかないが、その狩り方が問題でたびたびプレイヤー間の衝突が起きているらしい。
モンスターを掻き集めての占有、他プレイヤーの排斥、集めすぎたモンスターの惹き付けや殲滅の失敗による間接的なMPK。
アミは知らないかもしれないがMPKとはモンスターをプレイヤーにけしかけて間接的にプレイヤーへ被害を与える行為だ。
第三者視点だと意図的であるのか事故なのであるか判別が付かないため、多くのゲームでは運営はこれに関して対処しない。
判別が付かない点もあるが、『仕様上可能で禁止できない』という点も大きいのだと思う。
もしMPKを禁止するならば、客観的に裁く基準が必要になる。
そしてその基準が逆に悪質なプレイヤーによって利用される可能性がないわけじゃない。
運営がルールを設定すれば、それを利用して特定の人間を貶めることが可能になってしまう。
実際、集めすぎたモンスターが処理しきれずに他所のパーティーへ流れ込んでも、一応それは事故の範囲だろう。
だがそれで納得できるほど、心の広いプレイヤーばかりじゃない。
報復として偶然の事故を装いモンスターの集団を流したり、場合によってはボスモンスターまでも引き連れてくる。
事故・愉快犯・報復・狩場の占有、様々な事件が生じ、掲示板の関係する情報ページは荒れに荒れている。
何人か名前を挙げられているプレイヤーもいるが、当事者でない限り真実は分からない。
だが名前が晒される時点で、それが事実であれ嘘であれそのプレイヤーを警戒する人間がでてきてしまう。
悲しいことだがな。
俺達は効率パーティーには加われないし、逆にそんな嫌な思いをしてまでその場所に行く必要性を感じてない。
プレイヤー全体のレベルが上がり、グラス平原が込み合うことが無くなるにつれ問題は沈静化するだろう。
だが問題がプレイヤーの心に植え付けた印象、そして可能性は後々まで引きずることになりそうだ。
――
「ってまあこんな感じでこれは俺が以前にまとめた感想だけどよ、今はどうなってるんだ?」
「先輩達、マメなんですね。こんな形で記録を共有、残してるなんて。今は過疎ってほどじゃないですけど静かですね」
まあプレイヤーが分散すれば自然に衝突も減るよな。
RC3の運営、異常なくらいプレイヤーに関してアピールしてこないっていうか存在感が無い。
そうなれば自然とプレイヤー間に暗黙のルールみたいなのができてくるってわけだ。
「しかし想定外でした。三人でも目標は達成できると思いますが、カイさんが加われないとなると少し行動に支障がでるかもです」
「悪い、ちょっと色々あってな。あいつは休憩中なんだ」
「他にパーティー組めそうな人、いないですか? 私はずっとソロだったものですから。レアモンスターを狙ってるお二人なら駆けつけてくれるプレイヤーの一人や二人、いますよね?」
リサが期待の詰まった視線を俺達に投げかける。
アミと顔を見合わせ、苦笑する。
俺は別にコミュ障ってわけじゃないが戦闘ばっかやってたから人脈が無いし、アミは人見知りだ。
「いないんですか……。がっかりです」
「そういうリサだってソロ専でそういうのいないんだろ? お仲間じゃねえか」
「はあ、仕方ないです。三人でいきましょう」
ダンジョンは知らないが戦力不足ということは無いはずなんだがな。
レベル30のフィールドということはダンジョンはレベルが35くらいに調整してあるはずだ。
「なんで人手が欲しいのかな? どうしてもってことなら多少レベルが低くても、臨時で募集するのも……」
「臨時は絶対ダメです。人手に関しては、本来は情報の拡散を防いで分け前を減らす意味でも小数でいきたいのですが、ダンジョン特有の問題があってそうもなかなか言ってられないんです。特に私は……」
「私は?」
「あああああああ!!そうだった!!!」
「ん、ダイキ、びっくりするよ。どうしたの?」
「先輩、何か知ってるんですか?」
すっかり忘れていたぜ。
ファイアドレイク討伐前日のことをな。
「いや、ダンジョンについては俺は全く知らん。だがフレンド登録してくれてて組んでくれそうな人がいたのを思い出した」
「お! やっぱりいるんじゃないですか! 最初からお願いしますよ」
「すまんすまん。そうだ、連絡する前に聞いておきたいんだが、別にまったりプレイヤーでもいいよな?」
「うーん、自衛できるならいいですけど。最低条件として『信頼できるかどうか』を提示します。そうじゃないなら三人でいきます」
「ああ、それは大丈夫だ。さっそく連絡する」
さっそくメールでパーティー募集を打診する。
まあ急に連絡したから断られるかもしれんが、ダメでもともとだ。
「リサ、さん。最低条件って何のために?」
「私、ちょっとある筋で有名でして。その、ストーカーっていうか粘着されているものですから」
「そ、そうなんだ。大変だね、ゲームなのに」
「ほんとですよ~。そういうのってリアルだけでも手一杯なのに……」
よし返信が来たな。
狩り中みたいだったから通話じゃなくてメールにしといて正解だった。
「ちょっと聞いてくれ。誘ってるのは二人のプレイヤーなんだが、どうやら今、青い森で採取と狩りをしてるらしんだ」
「レベルはいくつくらいなのです?」
「35と34だ。生産用のアイテムを集めてるんだとよ。良かったら参加させてくださいって返信きたぞ」
「じゃあ調度いいですね。青い森にある泉に集合しようと伝えてもらえますか? そのレベルなら体力を消耗してることもないでしょうし」
「わかった。俺達もすぐ出発しよう」
---
連絡を取った後、すぐさま青い森の泉へ俺たちは急行した。
途中、トレントやエントといったモンスターに遭遇したが既に俺たちの敵ではない。
リサの気配察知を活かしスルーできるところはスルー。
初めて来たころとは随分早く目的地に到達できた。やっぱり強くなってるんだな。
俺たちは強くなったり仲間が増えたりと変化してきたが、この視界に入る青い湖はきれいな姿のままだ。
クエストとかストーリーが無いのが本当にもったいない。
「お、いたいた! 待たせたな、二人とも」
「あ、ラージウッド。こんにちは」
「もう少しでこんばんはになりますね。今回はお世話になります、ピノンと申します。こちらがミルです。よろしくお願いしますね」
アーチャーのミルと治癒魔法使いのピノンさんだ。
このゲームに職業選択は無いが、装備品で俺が勝手にそうイメージしている。
動きやすい格好に肩まで届くくらいのブロンドヘアー、小柄で弓を装備しているのがミル。
ピノンさんは白いゆったりめのローブを着こなし、手には杖。大人びた表情と艶のある黒髪が神秘的な雰囲気を醸し出している。
初めて会った時のことを思い出した。
偶然このフィールドのボス、エントロードと戦っているとこに俺たちがなだれこんで。
そのときはミルは気絶状態、ピノンさんも疲労困憊だったがさすがに今はレベルも上がり、素材採取が目的だったので消耗はしていないようだ。
「お久しぶりです。あのときは声もかけずに、ごめんなさい」
「あ、いえ。気にしないでください、ゼラニウムさん。こちらこそ不快な思いをさせてしまって申し訳ないです」
そういえばアミはあのとき素材回収してたから二人とはやり取りができなかったんだよな。
多分年齢がそう離れている事もないだろうし、テンションが若干高めのリサよりは二人の方が付き合いやすいかもしれない。
「また女性ですか。本当に硬派なんですかね、ダイキ先輩は」
「ラージウッド、この人は?」
「ああ、今回の協力者のリサだ。ってリサ、俺は別に硬派なんて一言も言ってないぞ」
「まあ、いいです。リサと言います。どうぞよろしくお願いします」
そういって深々と頭を下げるリサに、新メンバーは少々面食らっている。彼女たちもリサの外見と行動のギャップを感じているんだろう。
「早速ですみません。お二人の得意とするスキルをできれば教えていただきたいのですが」
「私は治癒魔法と土属性の攻撃魔法、それと【杖術技能】を少々」
「ピノン姉さまの後ろから、弓で攻撃。【気配察知】もそれなり」
「なるほど、ピノンさんにある程度の自衛力があって、ミルさんは後衛ですね。ありがとうございます。それではさっそくグラス平原に向かいましょうか」
行動が早いな。
まあ親睦を深めるのは道中で雑談でもしていけばいいだろう。
そう考えながら早速、歩みを開始する。
ついでに話題も振っておこうか。
「ところでミル達は何のためにここにいたんだ?」
「【薬品作成】のための素材調達。前もいったけど、ポーションの値段、また少し上がってる」
「それにこの場所、風景が綺麗なんですよ。エルフなんて種族、このゲームにはありませんけど、もしあるならこんな森にいそうだなって思うんです」
「私もこの場所、好きかな。思い出もあるから」
エントロード討伐のことだな。
俺たち高校生三人が始めてボスモンスターを倒した場所だ。
「ポーション、今のうちに大量作成して全部売り払った方が良いですよ」
「え、そうなの?」
「ええ。ポーションの値上がりが顕著ですので、そろそろ集団で素材を駆り集めようとする動きがあります。高いうちに捌いて、どうしても必要ならまた作るか買いなおすのが得策ですね」
「ですって。ミル、どうする?」
「今まで通り、余ったら売るです。ゆっくりやります」
「売る売らないは個人の自由でいいですけど、金策してる集団が本気出すと狩場は荒れますから。気をつけてくださいね」
「さ、流石にリサは詳しいな。金策とかフィールド攻略に力いれてるだけあるね」
……。
んーなんかリサの言葉にトゲがあるような無いような。
ちゃんと話したの今日が初めてだし、彼女のことを分かったつもりはないけどさ。
「そ、そうだ。あのエントロードの後、パーティーはどうなったんだ? 確かケンイチっていうプレイヤーもいたよな」
「あ、はい。ダノンさんがラージウッドさん達にいちゃもんつけたもんですから、パーティーの雰囲気が悪くなってしまって」
「ケンイチがダノンと喧嘩した。パーティー、即解散。ドロップはダノンが全部持っていった」
「おいおい、なんだそりゃ。エントロードが落とした【青い枝】、分配しなかったのかよ」
「喧嘩別れのどさくさにまぎれて、うやむやになった。ケンイチ、私たちに謝った」
あの野郎。
人にいちゃもんつけるだけじゃなく、パーティーへの分配も放棄したのか。
俺より年上だろうにどんだけ自分勝手なんだよ……。
「ダノン!?」
「あら、リサさんお知り合いなんですか? すいません、悪口を言うつもりは無かったのですが」
「いえ、すいません。名前を知ってるだけですので気にしないでください」
意外と世間って狭いのな。
ミル達と露店で再会したり、あのダノンをリサが知っていたり。
「そろそろグラス平原にでます。メンバーの戦力としてはモンスターは問題ありません。遺跡についたら一旦説明をしますね」
「ああ、頼む」
「ときどきここには来てたんですけど、まさかダンジョンが用意されてるとは思いませんでした。ねえ、ミル?」
「私のスキルレベルじゃ、発見できなかった。リサ、凄い」
「くれぐれも他者に漏らさないでください。知ってる人間がまだ少ないですから」
「パーティープレイできるだけで充分です。頑張りますわ」
グラス平原を突っ切る。
青い森に比べ、樹木が無いし視界も開けているから移動が楽だ。
モンスターもたいした強さじゃないし、プレイヤーの姿もまばらで過去に俺がまとめたような衝突も特にないようだ。
途中、リサが【気配察知】でレアモンスター"アンシーンスネーク"を発見、俺たち五人総がかりで討伐するというアクシデントに遭遇する。
しかしそうした戦闘に慣れてるリサが的確に罠や魔法を行使、ほとんどアイテムを消費することなく戦闘を終わらせる。
「【神秘の鱗】が7枚ですか。一枚ずつ分配して、残り二枚を私が買い取りますがよろしいでしょうか?」
「ああ、俺は構わないよ」
みんな頷く。
豊富な知識に的確なスキル使用、次第にパーティーの主導権はリサが握るようになってきた。
「凄いですね。蛇を見て何の物怖じもしないであれだけの動きができるなんて」
「ゲームですからね。それにレアモンスターなんてレベル差があればボーナスモンスターでしかありませんから」
「出番、あまりなかった」
ちょっとしたハプニングはあったが、リサが見つけた遺跡の入り口らしき場所に無事たどり着く。
「恐らくこの入り口は【罠解除】、【気配察知】といった特定のスキル値の合計が条件になって発見できるようになっています」
「流石、スキルレベル50だな」
「ええ。普通はスキルレベルが40を超えてくれば、ベースレベルがグラス平原を卒業しておかしくない状態のはずです。だから発見が遅れたのでしょう」
「そっか。じゃあやっぱりこれは必要なかったな」
そっと【手練の指輪】を取り出す。罠関係のスキルレベルを上げてくれるアクセだが俺たちには必要が無い。
リサに貸しておけば役に立つと思ってたんだが、レベルMAXなら必要ないか。
「そ、それ……!」
「ピッキングが落としたのはいいんだけど、だれも罠スキル持ってないからな。露店でも見かけないし相場が分からないから売るにも売れん」
「じゃあ借りてもいいですか!? いいですよね!? 担保として片手剣【レッドムーン】とか魔法耐性が上がる【ミラーシールド】渡しますから!!! ね!?」
「わ、分かったから落ち着け!」
「リサの目、ギラギラしてて怖い」
5人になってからどことなく近寄りがたい雰囲気を出していた彼女だったが、取り出された装備品を前にすると態度が急変する。
レアを複数持ってそうなのに、こんなアイテムを欲しがるなんて。
「スキルレベルが50なのに、その指輪が必要なの?」
アミの疑問ももっともだ。スキルの上限値は50。
仮にレベルが上限に達していなくても、その有用性は疑わしい。
スキルレベルの上限が10くらいのゲームであれば、装備しただけでレベルを2上げてくれる装備は確かに強いだろう。
だがRC3では一部のスキルを除いて上限が50もある。
レベルが1上がっても効果の上昇率はそれほど上がらないように設計されているのだ。
1レベル上がるごとに大幅に威力が上昇してしまうと、レベル50なんて達成したときにはゲームバランスが崩壊してしまう。
そう思っていたのだが違うのか?
「必要も何も、超強力ですよ。スキルレベルって実は限界突破があるんです」
「なんだそりゃ?」
「通常はレベル50までしか上がりませんが、装備品などの外部条件でレベル上がる場合は上限を超えることができるんです。つまり私がその指輪を装備するとスキルレベルが52になるんです」
「2レベルだぞ、上がるの。せいぜい2から4パーセントくらいしか効果上昇しないんじゃねえの?」
「通常はそうでしょうが、限界突破は別です。50を超えた場合、既存の上昇率よりも高く効果が上がるそうです」
まじか。じゃあもし【パワーストライク】のレベルを上げる装備品があったらまっさきに買おう。
担保なんて渡されてもやっぱり馴染んだ武器がいいからな、とりあえず指輪を渡しておくか。
「ピッキングが落とすんですよね、これ。私一人では討伐が厳しいので自力調達は諦めていたんですが。まさかこんなところで」
「いっとくけど『貸し』な。みんなで出したものだから俺の一存じゃ決められん」
「分かってますって! フフ、この指輪はデザインも私の好みなんですよね……。フフフ」
本当に分かってるのか?
俺達じゃ扱いきれないアイテムではあるが、それなりに思い入れがある。
アルアさん達と組んで、連携が上手く決まって倒したボスのアイテムなのだから。
「ではスキルレベルが上がったことですし、開けます。……やはり効果が上がってますね。解除がラクになってます」
俺達には良く分からないが、何も無い筈の空間に向かってリサが手を細かく動かしている。
「みなさんには見えないかもしれませんが、入り口を開けるための装置を作動させてるんです。カギが掛かっていますので、その解除ですね」
「パントマイムか何かしてるみたいだな」
「【罠解除】スキルが無いとそう見えるかもです。まあ電撃ムカムカ棒をやってる感じだと思ってください」
電撃ムカムカ棒……。あれか、ゲーセンにおいてある大きなゲーム機。
金属でできたコースに触れないように、プレイヤーが短い金属棒をゴールまで運んでいくヤツ。
俺はあれ苦手だから、【罠解除】スキルを取るのは止めよう。いや、そのつもりは微塵もなかったが。
「開きました!」
「おお!?」
「わあ。こんな感じで開くのですね」
「草原に似つかない、不自然な仕組み」
草が茂っている地面のある地点。
その場所が4角形状に切り取られ、横にスライドしていく。
秘密基地の入り口みたいで格好いいな、これ。
そのスライドして開いた空間には階段が確認できる。
「適宜説明を入れますが、基本的な注意事項を言っておきます」
「ああ、頼む」
「まず私が先頭で進みますので、みなさんは絶対に私より前に出ないでください。【罠解除】できるのは私だけですから」
「そりゃそうだな。他には?」
「敵自体はおそらくそこまで苦戦しないはずです。ボスは別ですが。一応状態異常には注意してください。後はスイッチとか仕掛けとか勝手に作動させないでくださいね」
入り口の仕掛けといい、ダンジョンらしいダンジョンだな。
ダンジョン攻略は初めてだから気を引き締めていかねえと。
「それではいきましょうか」
草原にぽっかりと現れた、下へと続く階段。
俺達のダンジョン攻略が今、始まった。




