第三話『楽しい昼食』
四限目が終わり、遠尾さんがお手洗いに行っている間に彼女の隣の座席を拝借して、彼女が戻ってくるのを待ち構えた。彼女が食堂に行かずに教室でお弁当を食べるということを、同じくお弁当組である俺は知っている。
そして、彼女がお手洗いから戻り、お弁当を取り出したところで、俺は声を掛けた。
「っと、遠尾さん、ちょっといいかな?」
「……なに、か用事? 坂口くん」
お弁当を開けようとする手を止めて応える。さあ、いまだ。
……でも、このシチュエーションで食事の同席の許可もらうの、かなり恥ずかしいな。
食堂組や庭での食事組が教室から出て行ったものの、全体の三割くらいはまだ教室に残っている。
男女の組み合わせで食事するグループというのは、共学の高校ではあるのもののここではそんなに多くはない。
なくはないが、カップルやその友人の集まりといった風に、そのグループが集まっている理由が分かることが多い。
――って考えてても仕方がない、切り出すぞ。
「あのさ、い、一緒に昼ごはん、食べない?」
「!……いいよ」
「あ、えっとね、これにはわけ」
「いいよ。食べよ」
えって聞き返そうとした言葉を飲み込み、俺も弁当箱を開けた。
賛同を得られたことは不思議ではあるが、逆にクラスメートの申し出を断るのも、それはそれで勇気がいるように思う。
心臓のバクバクする感じはいっそう加速する。
ま、まだこれからだ!
彼女の顔をまともに見られないから口元を見て話す。
「遠尾さんってさ、ゲ、ゲームとかやったりする?」
「う、うん。少しね」
「それは意外だねー。あはは……」
ゲームを少しでもやっているという重要な情報を受け取りながらも、頭の中は話題探しという行動でいっぱいになる。
心なしか周りの視線も気になる。気にしすぎなのだろうが、気になってしまう。
ただただ、会話するだけなら別に女子と話すことぐらいなんともないんだが、今回は色々と目的があるし、何より普段見られない組み合わせだから
周囲から浮いている気がするのだ。
「あの、さ。ラベンダー、好きなの?」
「!? ああ、ちょっとね。というか良く分かったね」
「薄いけど、市販のスプレーじゃない、香りがしてたから」
「由香里っていう妹がいるんだけど、どこで知ったかアロマテラピーにハマってしまってさ。どうせあと少しで飽きてくると思うけど、ハーブとかの精油を色々買っちゃったみたいで。使い切れないからって、デオドランドスプレー作ってくれたんだよ。 他にもなんか色々と作ったものの処分させられてる」
「良い、趣味だね」
まさか向こうから、そしてアロマの話題をだしてくるとは思っていなかった。
「化粧品みたいで、男の俺が使うのもなんか気持ち悪いなあって最初は思ってたんだけどさ。 けっこう癒されてる自分を発見しちゃって。……ってやっぱキモイかな?」
「ん、そんなこと、無いよ。意外だった、けど、良いものは良いもの」
「ありがとう! そう言ってくれるのは遠尾さんだけだよ。カイは興味は示してくれたけど、お前っぽくねえって言われたし」
「確かに、坂口君っぽくは、無いかな」
「えええ~!? ま、まあそりゃそうだよな……。さわやか系ってよりは熱血系だよな俺は」
しばらく好きな香りや精油の使い道について話し込んだ。
共通の話題が意外な点で見つかる。ちょっとだけウザキャラ扱いしてた妹だけど、帰ったら良くしてやろうと心に決めた。
それにしても、こうやっておしゃべりする分には普通の子なんだよな。でも普通なんだけど、他人を遠ざける雰囲気があるっていうか……。
「ちょっと失礼、会話に花が咲いていますね。僕も混ぜてください」
「ああ、カイか」
「……どうぞ」
けっこう強引に、離れていた隣の座席の机をひっつける。
躊躇がないならカイが初めからやれば良かったのではと思う。
「いや、僕の名前がでていたみたいですので。それで、ダイキ、あれを聞いてみました?」
「い、いやまだだ」
「あらら、楽しそうにお話してると思ったら。目的、忘れないでください」
彼女が少し表情を曇らせてお弁当のおかずをつまむ。カイが苦手なのかもしれないな。
仕方が無い、いくか。
「あのさ、遠尾さんにお願いがあるんだけど……」
「……なにかな」
「あ、えっとさ、ゲーム少しはやってるって言ってたじゃん? それでさ、今新しいVRMMOやろうとしててさ。まだインストールしただけなんだけど。よかったら一緒にどうかなあって……あはは」
(とうとう言ったぞ! って告白でもないのになんでこんな緊張しないといけないんだよ!!)
何の気なしに言っただけだが反応が薄かった。
次に彼女の言葉が聞こえてくるまでには少し時間が必要だった。
「……ってるの?」
「え」
「からかってるの!? 九浦君と一緒になって、私の反応みて楽しんでるの!?」
「あ、ごめん。えっと……」
どきりとした。
もちろんからかってるわけではないが、誘いの中身に脈絡が無かったからふざけていると思われたのだろうか。
「違う」
カイが鋭く口を開いた。表情が乏しかった彼女だが、いつもとは違って真面目な表情のカイを見て驚く。俺もそうだ。
「ごめんごめん。そんなつもりは全然ありませんでした。僕は普通に遠尾さんと友達になりたかったのですが、僕、なんとなく避けられてると思っていたので。だからダイキに助けてもらったんです。からかって人の反応をみて楽しむという悪趣味な行為は、神に誓って僕はしません」
「……なんで、私、なの?」
「それは、部活に入ってる人だと時間がなくて遊べないでしょ?」
「遠尾さん、気分悪くさせちゃったらごめんね。俺もさ、なんだかんだで日ごろの組み合わせじゃないこの三人でゲームやるってなったらさ、それはそれで楽しそうだなって思ったんだ。ほんとに悪意は無いんだ」
「まあ、もっともらしい理由つけると、さっき言ったみたいに部活に入ってる人はゲームなんてできません。僕の友達は馬鹿ばっかりですから、頭の良い人が欲しいのです。 魔法とか道具の管理ができるようなね」
俺もカイも真面目になる。いや、こういう『友達』に関わることはふざけることが出来ない。
目的はゲームを一緒にするという遊びにすぎないが、一緒に遊ぶ仲間という関係性。
それは、ちゃらんぽらんに生きてきた俺の中でとても優先順位が高く、かけがえのないものなのだ。
彼女は、それまで高く上げようとしなかった顔を上げた。
「怒って、ごめん。……いいの? 私、なんかで」
「ああ、もちろんだよ! ゲームに興味がないやつよりは、少しでも関心ある人とやったほうが楽しいからさ。な、カイ」
「そうそう。それにですよ、アロマセラピーというんですかね? そういう女子っぽい話題ができる男子は貴重だと思いませんか? ねえダイキ」
ニシシ、と声を上げずに笑う。こいつそこも聞いてたのかよ。
「妹から余りものの処分まかされてるだけだっつーの! ……いや、確かに少し癒されてる自分がいることは否定しないけど……」
趣味を同じくした少女が先ほどとは雰囲気をかえ、控えめに、柔らかく微笑んだ。
「それでは、放課後、靴箱に集合です! 目的地はダイキのおうち~!」
「すっげえ嬉しそうにすんなよ。……あいよ、了解」
「え! あ、うん。……わかった」
こうして無事?三人目のゲーマーを確保し、カイへの貸しも返すことが出来た。
周囲の目が少し恥ずかしかったが、いったん楽しく会話ができればそれもなんということはない。
今まで接点がなかったのだから、まだまだ彼女には遠慮がある。
だけどそれは、今日のランチのような時間を重ねていけば、いつかこなれてくるはずだ。
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午後の休み時間、お手洗いをすませトイレからでようとする俺を、カイとその友人が呼び止めた。
時間もまだあるし雑談に加わる。
「お前ら、新しくスタートしたVRMMO、なんつったかな。あ~ルーインアンドシティってのをやるんだろ?九浦から聞いてたけど、いいよなあ帰宅部のやつはよ」
「部活、やめちゃえばいいでしょう。一ヵ月後の夏休みには他にも新作目白押しですよ?」
「もうやめられねえわ。まあ青春してるっちゃしてるのかもしれんが、たまにはクラスのやつと昼休みや体育の授業以外で遊びてえよ」
「佐藤は真面目に練習してるしレギュラーだもんな。まあサッカー部はマネージャーかわいいの多いし、それはそれでおいしいんじゃないのか」
放課後の帰り道にグラウンドを走り回る彼らを見ると、部活に入らなくてよかったと思う。
けれどその反面、熱心に打ち込むことがあること、そしてかわいいマネージャー達がそれを応援してくれるという環境を羨ましく思う自分もいる。
「ああ、それはいえてんな。うちのマネ、九浦がいうところの美人度7のやつが二人もいるしな」
男子の間ではカイの美人度という女子の評価尺度が浸透している。
又聞きで女子もそれを知っているだろうが、あまりいい気分はしないだろうな。
「それよりよ、坂口と九浦。今日の昼休みに……んーっとなんだったかなあの子」
「遠尾」
「っそそ、遠尾とご飯食べてたろ。ありゃなんでだ? いつものお食事会ってやつか?」
「違います。まあ違わなくもないですが、交友関係を広げようと思って。さっき言ってたVRMMO、一緒にどうかなと誘ったんです。ね?ダイキ」
「まじかよ……。相変わらず九浦はよくわからねえな。あいつ地味でちょっと暗いし、話しかけても会話がもたねえよ、俺だったら」
友達になりかけてる彼女のことをネガティブに評価されて、俺は少し不快感を感じた。
しかしそれは仕方がないことだとも思った。
成績は優秀だが笑っているところどころか、クラスメートと話すところすらあまりみたことがない。
部活にも入ってないし、同じ教室にいるという必要最低限の接点しかない。
「いやあ、話せば意外となんとかなったよ。たぶんいままでにそういうチャンスが無かっただけなんじゃないかな」
「そうです、アロマの話ができる男子なんてあなたくらいですよ! よかったですね、珍しい趣味をお持ちで。くくくく……」
「坂口もちょっと変わってるよな。一見ふっつーだけど、見た目が女子用っぽいアイテムもってるもんな」
「うるせー。妹が処分という名目でくれた一応の好意を、無碍にはできないだろうが!」
「はいはい、お前は無駄にいい香りするときあるからな」
誰に何と思われていようが、彼女をゲームに誘って、それを彼女がのってくれた。
今後一緒にやっていくことで彼女のこともわかってくるだろう。
友達になったばかりのときって、相手のこともまだよく分からないから話しかけるのもそれなりにドキドキする。
まさかアロマの話になるとは思ってもみなかったが。
「ああ、そっか香りか。ほんのちょっとだけど、そばを通ったときにいいにおいがするから、遠尾さんのことが頭にひっかかってたのかもしれん」
「変態かよ」「おっと、それはまさか……」
しまった。思ったことをぽろっと口に。
「ダイキ……。応援しますよ、僕は」
「あ、ああ。俺も手伝えることがあったら全力で支援するぜ。部活がないときになるが」
「ちがうって!!」
真面目なセリフをニヤけ顔でいう二人。なんと悪意に満ち溢れた顔。
カイは人の反応を楽しむような悪趣味なことはしないと、さっき神に誓ってたはずだが。
まあ、ただこうした馬鹿なやりとりも、いつものことだ。本気じゃなくふざけた冗談。
話題の人物を貶めるためのものじゃないと、分かっているからできる受け答え。
いつものことではないことになりそうな、今日の放課後。
トイレの窓から見える遠くの通学路を見て、その時がくるのをまた待ち遠しく感じるのであった。




