第二話『誰と一緒に』
今朝は憂鬱だ。太陽は昇りきってはいないが、季節は夏、肌に吹き出る汗が体の不快指数を上げる。それが分かっているから、俺は遅刻ぎりぎりの駆け込み登校はしない。しないはずだった。
(はあ、はあ、やっべえ、ギリギリセーフか!?)
肩で息をし、靴箱に靴をしまいながら、携帯電話で時間を確認する。
(おっとまだ三分ほど余裕あるか)
教室に行く前にトイレだ。便意があるわけではないが、汗を処理しないとこのまま授業受けるのは気持ちが悪い。ささっと、朝のトイレに入る。
「ふう、あついですね。あ、ダイキ、おはよう」
先客がいた。俺の親友のカイだ。九浦 櫂。制服を着崩し、下敷きでパタパタとだらしなく扇いでいる。言葉遣いや雰囲気がこの場所には合わないが、ここは彼のお気に入りらしく、よくここで遭遇する。俺もカバンからタオルと制汗スプレーを取り出して、汗の対策をしながら言葉を返す。
「おう。 今日は起きるの遅くなって、朝から走りこむことになっちまった。 張り付いたシャツが気持ち悪いのなんのって」
「ははは、汗っかきですからねダイキは。 それにしても珍しいですね、遅れそうになるなんて。お気に入りのムフフ動画でも見つかりました?」
下品にくすくす笑う男。まあ俺が彼をどういうやつか知ってるからそう見えるだけで、冷静に見るとやっぱかっこいいんだよな、カイは。
「ちがう! ほら、約束してたろ? 『ルーイン&シティ3』っていうVRMMOを一緒にやろうって。それのマニュアル読んだり情報集めてたら寝るのが遅くなっちまったんだ」
「そうですか! いいですね。 フライングはしてませんよね? それとあの件は準備できました?」
「インストールはしたが、まだキャラ作成すらしてないぞ。やりたくて仕方が無かったけど約束だからな。ところで何で複数アカウントとらせたんだ? ゲームのインストールは無料だが、月額課金だ。レベル30までは無料とはいえ二体分のキャラクターを課金してまで育てるのか?」
「ふふふ、青春っていいですよ。 限りある時間です、充実した学生ライフをおくりたいですよねぇ」
「わけわからんぞ。 質問に……」
答えろよ、と言おうとした矢先に、いつものチャイムが鳴る。朝礼の始まりだ。
「おっとまずい、朝礼が始まります。 あとでまた話をします」
「オッケイ、だがちゃんとした理由を聞かせてもらうからな」
慌しく、俺と親友は間違えようも無く慣れ親しんだクラスに走りこむ。2年2組、トイレが近くでありがたい教室だ。
後方から急ぎつつも、目立たず音を立てないように席に着く。
「ほらほら、チャイムなってるぞ! ……そろったな、よし。 日直は号令!」
「きりーつ、れい、ちゃくせきー」
今朝はイレギュラーで慌てたが、始まってしまえばなんともない。いつもの毎日のスタート。
朝礼に続いて授業が開始される。世界史の資料集を開き、適当に黒板に書かれたワードをノートに書き取る。手は動かすが、心は『ルーイン&シティ3』に持っていかれてしまっている。
……『ルーイン&シティ3』、Ruin & City3。 頭文字をとってRC3。
俺がずっと注目していたタイトルだ。
パソコンに映るモニター上のキャラクターをせかせかと操作する時代は終わった。いや完全に終わったわけではないが、ゲーマーの関心はVRMMOという、仮想構築された世界を冒険することに向かっている。『ヘッドコントローラー』という、ダサい名前のヘルメット型被り物操作デバイスをPCに接続、ゲームプログラムを起動するとまるで自分自身がそのまま異世界に飛んでいってしまうかのように、仮想世界の中を自分の体で動き回ることができる。もちろん自分達の体は一種の催眠状態で現実世界に留まるが、意識は仮想空間上の身体に移る。
一昔は一般市民が親しむことができるような技術ではなかったが、研究や数々の運用報告の末、日常にだんだんと溶け込むようになってきた。外科手術などのシミュレーション、世界に飛んでいる会社重役達のヴァーチャル会議、学習塾にセミナーなどなど。とはいっても、リアルでの自分達の体はデータの集まりではなく細胞の集まりだから、食べたり飲んだり、運動しなくちゃいけない。だから技術を親しむ窓口は用意されているが、それ一色にそまらないように制限はある。
(しっかし、まさかVRMMOとして続編がでるとはなあ。 一作目と二作目はふつうのゲーム機の作品だったっていうのに)
RC3は3という数字がタイトルにつくように、シリーズでいう三作目だ。
基本的にはアクションRPGなのだが、その特色は世界設定のあり方にある。
(今回のRCは、古代編に中世編、そして近未来編っていうわけ方なんだけど。 どれをスタート地点にすべきかなあ)
RCシリーズは共通でない世界や時間軸、例えば日本でいうところの平安時代、江戸時代、平成というように異なった軸でのプレイができる作品だ。ストーリーは省くが、一作目では主人公がスタートの時代を選択し、ボスを倒すなりなんなりしてその時代をクリアさせる。それだけではエンディングとならず、別の二時代もクリアしてはじめて、いわゆるラスボスと戦うことができる。
たおせばエンディングとスタッフロールだ。
面白いのはクリアする時代の順番によって、話の展開などが変わっていくということ。つまり一作目は六通りのプレイシナリオがあり、最大で六回もゲームを楽しめるってことだ。ちなみにRC2は時代ではなく、まったく関係ない平行世界、いわゆる複数の異世界を選択し楽しむゲームだった。
(あれから五年、ほんとに続編がでるなんてなあ。 ああ、早く学校から帰りたい!!)
なんてことを色々と考えていたらチャイムが鳴った。さっそくとばかりにカイが寄ってくる。
「世界史の時間は退屈です。 世界地図を見るくらいなら、RC3のフィールドマップでも眺めていたいものですよ。 まだプレイしていませんが」
「だよな、さっさと帰ってゲームやりたいとこだ。 ところでカイ、複アカのことなんだけど……」
「あぁ、そうでした。ダイキ、教室を見渡してみてください」
相変わらず言葉のキャッチボールが成り立たないが、言われてつい広くも無い教室を見渡す。
何人かの友人と目があったりするが、彼らは彼らで別の人たちと絡んでいるからこちらに反応がくることはない。
「なんも変わったことないぞ?」
「男ばっかり見ないで。 女子を見て、女子を」
異性を特段に意識しているつもりはないが、あんまり女子をじろじろ見るっていうのはためらわれる。
男子と変わらず、友達同士で雑談していたり、授業の予習をしていたり本を読んだりしている。
斜め後方に首を向けたとき、読んでいる本からふと視線を外す女の子と目が合った。
けれど、なんでもないような感じで彼女はまた本を読み始める。
あんまり女子の名前は覚えてないが……でも確か遠尾さんだ。
「よし、あの子、アミちゃんをゲームに誘いましょう」
「アミちゃんって……。遠尾さんのことか? てか下の名前覚えてるんだな。ゲームに誘うって、そんなに仲いいのか?」
「女性の名前覚えておくのは当然です。まあ、二、三回しかしゃべったことがありませんが」
「おいおい。なんでそんな変化球いくんだよ。それより普通に男子の友達誘えばいいじゃないか。どうしても女子ってことなら、お前の仲いい人でいいと思うし」
カイは馬鹿だと思うが、実際はちょっと違う。知識が無いとか頭の回転が悪いんじゃない。発想が良く分からない上にその理由を端折るから、こちらに伝わりきれずもどかしい思いをたびたびする。
「美人度が6」
「え?」
「美人度が6なんです、これが大きい。5の人は平凡、10段階評価では半分より下。逆に6は半分より上。大多数の人は4から5の人と暖かい家庭を築いていきます。容姿だけが人生の全てではありません。7、8は好みの問題もありますがいわゆる高嶺の花、マドンナとでもいいますか、まあクラスに一人いるかどうかの綺麗どころです。平たく言えば親に感謝ですね。何をしてもかわいいです。人生をゲームでいえば初期ステータス『容姿』が高い。僕と同じ」
やっぱ馬鹿かもしれん。
「で?」
「まあそんなに嫌な顔しないで。6の人はですね、そのまま平凡よりほんのちょっと上で無難に進んでいけますし、努力すればさらに上にいけるっていう絶妙なポジションなんですよ。それが面白い」
人の顔の美醜にランクをつける、彼の行為自体は好きじゃない。だがカイは彼流ランクでいうところの1から8、つまりあまり可愛いくない子から美人まで分け隔てなく同じように接する。『交流を深める食事会』という名目のデートを、色々な人に申し込んでいる。良く分からない。
「僕の話はどうでもいいって顔ですね、ダイキ。でも男ばっかりでゲームするよりはいいでしょう? 女の子がいると違ったものの見方があって楽しいですよ?」
「……そもそも、遠尾さんが一緒にゲームなんてやるかなあ。大人しくて、あまり他人と絡んでるとこ見たことないし。ノリがいい子ならともかくいきなり俺達男子と遊ぶとは思えないぞ。どうやって誘うんだ?」
「誘うのはあなたですよ? 僕、前に食事会誘ったのですが断られました。そうだ、ダイキ、あのときの貸しを忘れてませんよね? それ、いま果たしてもらいます」
「唐突にここでかよ…。間違いなく断られるだろうけど、これで貸し借りチャラな」
「はい、それでいいです。実行は昼休みにしましょう。心配しないで、必ずうまくいく」
そう言い捨ててカイが自分の席に戻る。
二限目のチャイムが鳴る前に、俺も席に座る。その際ちらっと遠尾さんの方を見たが、彼女はいつもどおり本を読んでいるだけだ。万人にカワイイって言われるタイプじゃないけど、個人的には好きな顔ではある。いや、ちょっと違う。見たままの顔っていうより、彼女の仕草とか雰囲気とか、総合的な印象が心にひっかかってしまうのだ。好きだとか、惚れたとかとはちょっと違うのだが、言葉にできないのがもどかしい。ただまあ、一言でいってしまえば、大人しいという印象が先にきてしまうし、もったいない気はする。
って何を彼女の評価してんだ俺は。昼休みまでに誘い方を考えないとなあ。 まあ無理だろうけど……。どうせ山口とか田中の野郎を呼んでゲームやることになるだろ。
授業はあと三限、ヒマな時間のときにでも考えるか。




