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Ruin & City 3 ―それぞれの世界で―  作者: 夕陽倍施工
第1章:ラージウッド編~楽しむということ
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第十七話『草原の死闘』

 


 RC3の地に降り立った初日、テラーウルフを狩りまくったあの草原へと俺達は繰り出した。

 相変わらずヤツらは襲い掛かってきたが、問題なく倒していく。

 パーティーメンバーの構成や装備、そしてスキルの育成によって三日前とは強さが格段に上がっているのだ、ただの狼モンスターなど相手にならない。

 空は橙の夕焼けが終わりを迎え、黒と青が混ざったような、そんな色をしている。


「なあ、カイ。どうして今日の夜にレアモンスターが沸くって分かるんだ?」

「あ、それ私も気になってた」


 カイはふふん、と得意げな顔をしてこう話す。


「僕の情報網、この四日間で結構なものになったんですよ。やはり男性よりは女性のほうが協力的ですね。フレンド登録したプレイヤーの中にちょっと変わった方がいましてね。その方が教えてくれたのです」

「むしろ協力者に普通な人がいない気がするのだが……。まあ、変わったって何か特殊なスキルでも特化してるのか?」

「いや、その方はある意味特化で、ある意味汎用ですね」


 意味が分からない。

 例えば一つの技術に特化しながらも、その技術自体で近距離戦から遠距離戦までこなせるとかそういうスキルなのだろうか。


「ダガー系のスキルと、各種属性の魔法をバランスよく取得しているんですよ」

「近距離から遠距離まで幅広くやれそうだが、それはただの汎用じゃないのか?」

「いえ、彼女は戦闘ではなく捕獲やトラップ、魔法による行動妨害といった支援戦闘、つまり育成方針をその方向で特化しているのです」


 なるほど、そういうことか。

 スキルを1系統だけ伸ばすというわけじゃなく、様々なスキルの中から妨害や支援になりそうなものを選りすぐんでいるということか。

 って質問の内容がズレてきてるな。


「情報をくれた人のことについては分かったが、何のメリットがあって俺達に?それに何故レアモンスターの出現が今日だとその人は予測できるんだ?」

「どうやら彼女はレアモンスター狩り、というよりもレアハントをしているみたいなんです。金策をいかに効率よくするか、を考えるのが楽しいそうで。その一環で良いレアを持つモンスターの情報収集にかなり力を注いでいるみたいで。ちなみにほぼソロらしいです」

「情報はあるがソロプレイなのでレアモンスターを狩る戦力は無い、と」

「ええ。私も細かい理屈は知りませんが、今日の夜に沸くのは確定している。でも彼女では倒せない。だから確実に倒してもらって、次に出現する時間の予測を確定させておきたいらしいです。今回は"ブラッディファング"が沸く時間を教えてもらいましたが、次回以降は情報提供は無いでしょう」


 情報を提供する代わりにレアモンスターの出現時間を把握しておきたい、ということか。

 準備が整い次第、いずれその人も狩りに行くのだろう。

 ギブアンドテイクだな。


「まあ、俺達も現実に戻らないといけないし、レアモンスターにずっと張り付いていられないしな」


 レアモンスター狩りを目標にはしているが、それらが落とす特定のアイテムを狙っているわけじゃない。

 もちろん資産を増やす意味でドロップアイテムは欲しいが、それも結局は次のモンスターを狩るための準備みたいなもんだ。


「……カイの兄ちゃん達、今夜の戦いが終わったら帰っちゃうのか?」


 そういうイェリコの顔を見ると少し寂しそうだ。


「そうですね、一旦帰りますよ」

「一旦、ということはまた来るのだなー!? 絶対だぞ、絶対また来るんだぞー!」

「イェリコちゃん、また来るから、そのときはよろしくね」


 イェリコの素性は分からないしリアルを詮索する気も無い。

 だがおそらく一緒に行動をするプレイヤーを見つけるのは不得手なんだろうと思える。

 何のためにゲームをやっているのか、それは分からないがスキルや装備、対人戦の手際の良さを含めてけっこうガチでやっていることは分かる。


「よっしゃ、探索を開始しよう。今回の戦闘の主軸はイェリコだ。よろしく頼む」

「任せろー! 犬っころなぞ、魔女の弟子たる私の敵ではないからなー!」


 グーで俺のフトモモをどつく。

 いや、強いのは分かってるからそういうことはしなくていい。


「イェリコ、痛えよ。……俺とカイは"ブラッディファング"を追い込んでイェリコの魔法範囲から逃げられないようにする。また、雑魚モンスターが寄ってきたときにその排除もする」

「ええ、頑張ります」


 カイが銀の装飾が施された槍を構える。

 俺の【シルバーソード】同様、獣系の敵に対してダメージが増加するのだろう。


「アミは今回、チャージ魔法を使わなくていい。イェリコの氷魔法にとっても、敵の属性にとっても相性が悪いし、単体魔法は避けられる可能性が高い。俺の後方で明かりとなる炎を召還してほしい」

「分かった。イェリコちゃん任せになっちゃうけど、ゴメンね」

「気にするなー。アミ姉ちゃんの分まで私が頑張るのだー!」


 戦闘方針は決まった。

 今日は最後の夜だ、今までの成果を出し切って俺達の力を証明する。

 最適解じゃなくても、連携、工夫、準備、そして意思の力があれば困難なことも成し遂げられるってことを。


「いくぜ、みんな!」

「「「おー!!!」」」


 夜の草原を、4人は駆ける。




---




 レアモンスター――各フィールドやダンジョンにおけるボス的位置づけである"ボスモンスター"と違い、出現期間や条件が特殊、その名前に"レア"という形容詞が付いてあるように存在が珍しいモンスターだ。

 今回の討伐対象は初心者フィールドのレアモンスター、"ブラッディファング"。

 討伐可能とされているラインがレベル20のフルパーティー、つまり5人がかりということ。

 掲示板には以下の言葉で報告が締められていた。

 

『周りに出現するのはテラーウルフのような低レベルモンスターばかり。それなりに苦戦はしたが、各人がとれる最善の行動をとっていれば撃破は難しくない。レアが確実に落ちるわけではないので、いつ出現するか分からないコイツをわざわざ狙って狩るメリットは薄い』


 数少ない討伐報告だが回復アイテムを湯水のように消費し、死人を出しながらなんとか攻略した、という情報では無かった。

 むしろフルパーティーなら倒せて当然、のように受け止められる。

 俺達は4人だが、属性相性が良いイェリコがいるので勝てないはずは無い、そう思っていた。

 だが……。



「なんなんだ、あいつはよ……」



 四人に対峙する獣が一匹。

 体はテラーウルフより一回り大きく、体毛と牙が赤く染まっているそれは月明かりと照明用の炎で照らされて恐ろしく凶悪なものに見える。


 モンスター名――ブラッディファング


 そうだ、俺達が討伐目標を立てていたモンスターだ。

 だが名前は同じでも討伐報告とは姿が違っている。確かやつの体毛は銀色だったはず。


「攻撃が来るのだー! 兄ちゃん達、早く氷の影に隠れて!!」


 イェリコが叫ぶその途中、轟音を上げながら複数の火球がこちらを目掛けて飛んで来る。

 彼女が展開した【アイスウォール】を壁にしてその攻撃をやり過ごすが、その攻撃だけで氷壁は既に半壊状態となっていた。

 

「なんて火力です! とても『20レベルのプレイヤーが最善を尽くせば撃破は難しくない』と言えるような強さじゃない……!」


 初心者プレイヤーを横目に草原を駆け回ると、レアモンスターは既に出現していた。

 遭遇は予測済み、各種インセンスを焚いて準備は万端……のはずだったが、いざ俺とカイがヤツを囲もうとすると想定外の恐ろしい火球を放って牽制してきたのだ。

 出鼻を完璧に挫かれてしまい、なんとか防壁で凌いでいる現状である。


「闇雲に【パワーストライク】を撃っても当たらないし、俺達は接近するしかない。防壁もすぐに壊されるだろうから、少しでも隙を作ってイェリコに仕留めてもらおう」


 そう良いながらみんなの顔を見渡す。

 不安と緊張が強く滲みでているが、戦意は削がれていない。

 アミは既に何らかの魔法を詠唱している。

 シルバーソードにシルバースピア、銀に輝く剣は俺、槍はカイ。

 お互いに頷き突進のタイミングを図る。


「このままじゃ守るだけだから、【アイスウォール】を爆破するのだー!」

「ああ、それで行こう。爆発に乗じてカイは右から行ってくれ」

「了解。あの火球は当たるとおそらく即死、前に進むことだけを考えます」 


 作戦が決まった。標的を睨みつけ前進のタイミングを図る。

 しかしヤツは俺達の作戦に全く意を介さず、タメの体勢を取る。

 魔力が一点に集まるその流れ、魔法系スキルを取得していない俺でも感じられるほどの力だ。


「ウオオオオオォォォォォン!!!」


 地まで震えるような雄たけびと強力な熱気。

 その様相はアミがかつてエントロードに放った【フレイムキャノン】に似ている。

 チャージ魔法の破壊力、それは実際にチャージ魔法を行使するアミと行動を共にしてきた俺達には分かる。

 あの恐るべき火力を誇る一撃が、今度は俺達に向かって放たれようとしているのだ!


 ……まずい! 氷壁の爆破などと考えている場合ではない。 この一撃を放置すれば半壊している壁ごと全滅、幸い直撃は免れても爆発に巻き込まれて戦闘を継続できないダメージを負ってしまう。



 「や、やばいですよ。みんな散開してください!!」


 

 カイが叫ぶように、たとえ確率は低くとも散開すれば耐えられるかもしれない。

 だがその行動が取れるのは【ステップ】がある俺とカイだけなのだ、アミやイェリコは助からない可能性が高い。

 だめだ、ベストな選択肢が浮かんでこない!

 

 

 行動の決断をする間も無く、ついに凶悪な魔力と熱気に包まれた火炎弾が俺達に放たれる。



 く、盾スキルを発動させてあの火球に飛び込むか!?

 全滅よりはマシだ、イェリコが生き残れば勝算はあるかもしれない……!

 俺は盾を身構え、スキルを発動させて飛び込もうと足に力を入れる。

 その瞬間。 


「チャージ、完了」


 火球が飛んで来る前方ではない、俺の後方から凄まじい熱気を感じる。



「猛る炎よ、その力をもって我が敵の進入を封じよ。【フレイムピラー】!!!」



 アミの詠唱と共に、視界前方の数箇所に轟々と燃える火柱が立ち上る。

 その火柱は一過性のものではなく、何かを焼き尽くすまでは消えない、そんな強い意志が感じるほどの熱量を有した複数の炎の塊。

 

 ブラッディファングが放つ火球は火柱に命中、爆発を起すことも無く消滅する。

 熱気の主がポーションを口にしながら告げる。


「【ファイアシールド】をチャージして火柱を召還、した。次が来る前に、行こう!!」


 彼女は肩で息をしながらも戦意を掻き立てる。

 迫り来る火球を同じ属性である火柱を召還し相殺する。

 俺の『チャージ魔法は撃たなくていい』という指示があったにも関わらず、状況を鑑みてそれを破った。

 そう、彼女のほうが冷静にこの戦場を見ていたのだ。



「私でもやれることがある!ダイキやカイにも、やれることがあるはずよ!!」



 指示に従うだけの、守られるだけの彼女じゃない。

 これまでの経験から取るべき行動を選択し、実行する。

 誘われたからついてきた、そんな弱々しい姿と決別した彼女はこれまでにない意志の強さを見せる。

 


『強くなる』、それだけを任された俺がすくんでどうするんだよ!



「イェリコ、頼んだぞ!!」


【ステップ】を全力で繰り出す。

 途中飛んでくる火球はアミが前方へ出してくれた火柱を盾にする。

 動かないから狙いを付けられる、逆に動き続ければ敵も狙いがブレるに決まっているのだ。


「集結、形成された氷の魔力、再び弾けよ。【アイスブレイク】!!」


 氷壁が砕け、その破片が魔力でも帯びているのか、誘導ミサイルのようにヤツへ向けて飛翔する。

 俺がイェリコと決闘したとき、氷の盾を砕いて放った攻撃はこれか。


 これで倒れてくれれば良いと思ったが、高速で飛来する氷の破片をヒラヒラと回避している。

 氷弾に対する反応速度と速すぎる身のこなし、やはり隙を作らなければ倒すのは不可能だ。

 だがその隙をどうやって作るのか?

 近づくのも大変だが、近づいてもあの素早さなのだ、剣を当て動きを止められるのか?

 やつを捉えるには『速さ』が必要だ。一挙一動に対応できる、圧倒的な速さが。

 

「アミちゃんがやってくれたんだ、僕も行きます! 【アクセラレートスピア】!!」


 スキルの宣言、その効果なのだろうか、カイの動きが急速に加速する。

 その加速に【ステップ】の踏み込みが重なり、驚異的な速度で槍の間合いにヤツを収めていた。

 いつの間にあんなスキルを覚えていたのか分からない、だが速度という強さを得たカイの連撃がこれから始まるのだ。



――ダブルスティング、ダブルスラッシュ、バーチカルスライド 



 見知ったスキルの連撃に加え、他の動作の攻撃もいくつかプラスされているようだが、その速くも優雅に流れるような動き全てを関知することはできない。

 カイの体の動きはなんとか目で追えるが、槍の動きは切れ目が無くスキルの始まりと終わりを判別することができない。


 

 銀の槍と赤い爪牙が交錯する。


 

 接近戦に持ち込まれ、ヤツは火炎攻撃を止めて肉弾戦に切り替えた。

 俺も加勢するべきだと思ったが、凄まじく速いその攻防には第三者が割って入る余地が存在しない。

 だが、そんな恐るべき速さの攻防の中にあっても、互いに致命傷を与えることができていない。


「加速が終わる、その前にっ!」


 爪の攻撃を掠りながらも【バックステップ】で回避、だがその距離は避けるだけにしては過剰すぎる距離で、既に槍の効果範囲を超えてしまっている。

 あまり離れすぎるとヤツには火球という飛び道具がある。ここで飛び退くという判断はミスだと思えた。

 

 槍の有効範囲は短い。

 この世界では衝撃波が飛ばせる剣に対して、現実の剣と槍の関係とは逆の状態を強いられている。

 開いた間合いを詰める隙を作るために、俺が戦闘に割り込むとすればこのタイミングだと一瞬思った。

 だが標的から絶対に視線を外すまいとする親友の表情は、俺にそのときはまだなのだと悟らせる。


「はああああああああああああ!!」


 親友が珍しく叫ぶ。日ごろ飄々としている彼のイメージとは大きく離れたその声。

 槍の穂先を後方へ向け、タメを作ったまま弾けるように前方へ飛び出す。 

 【ステップ】から繰り出される普段の跳躍よりも、それはずっと速く、力強い。

 


「【スカイゲイザー】!!!」



 激しい跳躍と同時に繰り出される斜め打ち上げの一閃。

 【バーチカルスライド】に突進の勢いを付加したような一撃、振り切った槍の穂先は夜空を仰ぐ。

 

 親友は『槍が届かない距離』という無理に対して、彼なりに自身の意志を通す力を構築していた。

 槍には備わっていない中距離戦を、超人的な踏み込みによってカバーしたのだ。

 加速した槍の連撃、そして突進した勢いが加わった渾身の一撃がブラッディファングを見事に捉える。

 

 強力なスキルが命中し、ヤツは後方へ激しく回転しながら吹き飛ぶ。



 「グオオオオオオォォォォ!!!」


 

 強烈な一撃を受けたはずなのに、毛を逆立たせ雄叫びを上げる。

 恐るべき相手だ、あれだけの一撃を受けて吹き飛ばされながらも、次の瞬間には魔力を練っているのが感じられるのだ。

 一方カイは槍を構えてはいるものの、既に追撃をしかけることができる状態では無い。

 回避以外に防御手段を取れない彼にとって、足が止まるということは致命的なシチュエーションである。



「ウォォォォォォォォォン!!!」



【フレイムキャノン】ほどではなくも、1プレイヤーのLPを終わりにするには充分な火炎攻撃がカイを襲う。



 できることをやる。俺にできること……。

 俺が鍛えてきたのは。そうだ、俺が今握っているのは剣と……盾!!


「【ディフェンシブインパクト】!!」


 カイの前方に割り込み、盾を構えスキルを発動。

 【パワーストライク】と【ハードシールド】の合成スキルであるこのスキルは、盾に気の力を纏わせることで防御の力を飛躍的に上昇させる。

 硬いだけの盾では高威力の魔法は防ぐことは不可能。

 だが盾の物理的防御力に、衝撃波による気の防壁を重ねることでそれを可能にする。


「弾けろ!【シールドバッシュ】」


 盾に火炎が着弾するその刹那、【シールドバッシュ】による強打を熱気を帯びた魔力の塊にねじ込む。

 俺の叫びが現実となり、炎は弾け四散する。


「カイは下がってろ! 今度は俺の番だ!!」

「任せます!」


 カイは下がり、俺は【ステップ】で踏み出す。

 上手く火炎弾を防ぐことができたが、あの動作は足が止まる。

 攻撃を仕掛けるには回避して距離を詰めるしかない。


「援護、上手く使って!【フレイムピラー】!」

 

 ブラッディファングと俺との間に、複数の火柱が起こる。

 その柱を火炎弾に対する防壁にして、俺は柱を縫うように前進、ヤツを追い詰めていく。

 二歩ほど大きく踏み込めば剣が届く、その距離まで。



 力を抜いて、必要最低限の力で……。すぐに次の行動へ移せるように。



【パワーストライク】を通常でなら仕掛けない距離で放つ。

 必要以上のタメ動作を行わず、モーションを最小限に。そして攻撃がヒットするか確認することもなく前進する。


「せやあああああ!」


 衝撃波をかわされてしまっても、距離は詰める。

 カイほど連撃の錬度は高くないが、力みを減らすことで敵の攻撃に上手く対処し、反撃を加える。

 連続攻撃のタイミングがやってくるまでは防御とカウンターに徹する。

 動きが速くても物理的な牙と爪の攻撃、こちらの盾を抜けないのであればそのチャンスは必ず来る!


 数回の防御に回避行動を織り交ぜて、敵の近接攻撃に対処する。

 レアモンスターだけあって火炎弾ではなく爪の攻撃も驚異的、外れた爪の一撃は地面を削り取る。

 攻撃が通らないことに痺れをきらしたのか、ヤツが後ろ足にタメ動作を作り跳躍、そして強力な体当たりを仕掛けてきた。


「ここだ!」


 強力なレアモンスターの渾身の体当たり、くらうとまずいが凌げれば反撃のチャンスになる。

 盾では防ぐことが難しい、だから【ステップ】で回避する。

 

 しかしそれは決して易しい選択ではなかった。


「があっ!」


 考えが甘かったのか? やり方がまずかったのか?

 テラーウルフの比ではない速度の突進はかわしきることができず、勢いが乗った攻撃が俺の横腹にヒットする。


「ぐっ……! ぐうううう」


 突進で飛ばされて仰向けに倒れる。

 ダメージは全て衝撃に置き換えられるために実際の痛覚に比べてだいぶ緩和されているはずだが、それにも関わらずすぐには起きられないほどの攻撃を受けてしまっていた。

 

 立たなくては。立ってスキルを撃ち切らなければ。

 ヤツを倒すこと、それを目標に行動してきたのだ。

 この手にした銀の剣も、インセンスも、技の練習も、仲間との連携も、全ては目標を突破するために。


 起き上がることに全ての神経を使い、気力を奮い立たせて起き上がる。

 今度こそ視線を外さない、そう決意しヤツを睨みつけるも、ブラッディファングは再び体当たりの構えをしていた。

 今の状態で、かわせるか……!?



「【スロウスピア】!ダイキ、突っ込んで!!」

「カイ!? 分かった!」



 脳で状況を判断する過程を飛ばし、親友の言葉通りの行動を実行する。

 銀の閃光が飛翔し、ヤツの体を捉える。

 その一撃の威力は決して大きいものではないだろうが、体当たりを中断させて隙を作るには充分のものだった。

 カイが唯一の武器である槍を投擲したのだ、次からの攻撃は俺に託される。


「ここだ!【フラッシュストライク】!!」


 高速の突きの一撃、効果範囲が点であるが故に有効範囲が狭く、他の剣技より使いどころが限られる。

 だが攻撃を受けたものを硬直させることが可能な一撃だ。

 槍と剣による連続ダメージはブラッディファングを怯ませた。

 この機を見逃すわけにはいかない!


 

 冷静に、冷静に。


 

 チャンスの到来は気力と戦意を最大限に昂ぶらせる。

 相手が無防備であればここぞとばかりに、大技をぶち込んでしまうのが普通だ。

 倒せるのならばそれで良い、だがこいつは強いのだ。


 スキルでない通常攻撃を2発打ち込む。

 お返しとばかりに爪の一撃が返される直前、今度は盾の一撃を与えて硬直時間を追加させる。

 そしてまた通常攻撃やスキが小さめのスキルを打ち込み続ける。


 カイがスキルの連続攻撃で敵を圧倒するのに対して、俺は敵の攻撃を読み、カウンターを適宜打ち込んでいくことで接近戦の主導権を握る。

 スキルのクールタイムの掌握、適切な行動の選択、動きの読み、全てをこなさないとできない攻防の応酬。

 神経が磨り減る思いだが、俺は託されたのだ。熱情を冷静さで飲み込んで最善を尽くし、最上の環境をつくりあげる。

 

 しかしMPは有限、そろそろ踏み切るか!

 行動の比重を、いよいよ攻撃に傾ける。


「【シールドバッシュ】!」


 襲い来る爪牙に、盾の強打を合わせる。

 激しい攻撃にこちらも攻撃を合わせたのだ、先ほどの攻防のダメージもあって盾はもうボロボロだ。

 

 今こそ防御を捨てる時。

 カウンターによって発生した隙、俺は盾を投げ捨て剣を両手持ちにする。

 

 

 両手で握る理由、それはありあまる意志の力で剣が手を離れないようにするため。

 俺の意志の塊を、今ここに振り下ろす!



「これが俺の全てだあああああああ!!【ストライク・ゼロ】!!!」


 

 剣の握りをつぶすような、そんな思いを乗せながら一撃を叩きつける。

 俺の最上級の一撃だが、敵の生命を終わらせるところまでは届かない、それが感触で分かっている。

 しかし隙を作るという目標さえ達成できればそれでいい。現にヤツは未だに体勢を立て直していない。

 

 

 できることをやる。そう、俺は俺ができることを果たしたのだ。


 

 追撃を行わず連続【バックステップ】で下がる俺の前方に、火柱が連続して湧き上がる。

 アミが防御用に炎の防壁を展開してくれたのだ。

 イヤリングの効果がどれほどか分からないが、チャージ魔法を連続して行使できているので役に立ってくれたのだろう。

 ここまでみんなやったんだ、後は頼むぞ、イェリコ!!



「魔力増幅、最大限。いっくぞ~!【スペルチェイン】!!」



 可愛らしい声色が響き、この戦闘の主役がいよいよ活動を始める。

 遠くからでも魔力の凝縮が分かる、そんな凄まじい冷気をイェリコは放出している。

 いや冷気だけではない。

 いつもの子供っぽい表情や態度は消え去り、戦場に臨む戦士のような、そんな雰囲気に一瞬で変わっていた。


「戦慄させるは魔女の吐息、現れ出でよ!【アイシクルスピア】!」


 聞き覚えのあるスキル名、しかし俺と対決したときとは比較にならない数の氷の刃が地面を裂いて出現する。

 だがブラッディファングに当てるつもりが無いのだろうか?

 まだ充分に動けないはずのヤツに全く命中せず、狙いがバラバラだ。

 イェリコは詠唱を続けている。


「我は氷を操り統べる者、意志に従い砕けよ、【アイスブレイク】!!」


 イェリコの宣言通り、無数の氷の刃は形を崩し粉々に崩れ始める。

 破片が月明かりに反射し、幻想的で美しい世界を作り上げる。

 ここで分かったのだ。先ほどの無数の刃はそれ自身を当てるために生み出したのではないということを。


「氷は否定する。生命の活動を、敵という命の存在を。大気を支配するは冷気! 凍えよ、【ブリザード】!!!」


 強力な冷気の範囲魔法、【ブリザード】。


 その凄まじい雪嵐に先ほどの氷刃の欠片がキラキラと舞い踊る。

 俺には氷属性魔法のことは分からない。だが一連の魔法連鎖には意味があったのだと確信する。

 宝剣をかざす少女、大量のMPを消費しているであろうにも関わらず魔力の宿った眼は力強く、凛としている。

 


 そして彼女が最後の言葉を放つ。



「我こそは偉大なる氷の魔女を継ぐ者。一切の憐憫が存在しない、無情の氷結地獄を味わうがよい」



 イェリコの周囲に生えている草花が凍結している。

 普段とは違う言葉遣いと雰囲気に引きずられているのだろうか、眼に入る彼女の姿が一人の大人の女性として映る。

 吹き荒れる雪嵐でだんだんと視界が塞がっていく。



「生命の終わり、【ダイヤモンドダスト】」



 氷属性に特化した魔法、それを連続行使することで辺り一帯はもはや草原とは呼べないフィールドと化す。

 夜の闇、月明かり、雪風に舞う氷の結晶、反射する光。

 幻想的なその光景、しかしそれは人の気持ちを感動させるためのものではなく、全ての命を終わらせるための現象だ。


 ブラッディファングは恐ろしく素早い。

 だがカイと俺の攻撃で体勢が崩れている状態で、この規模の範囲魔法を回避することはもはや不可能だ。



 ウォォォォォォン……。


 

 宣言は実行される。

 体が凍結しながらも雄叫びにならない雄叫びを上げ、炎を操る狼の命は今ここに断たれたのだ。





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