第十六話『準備』
ゲーム内四日目の朝。
俺達三人にイェリコを加えた四人は、手早く朝食を済ませるとプレイヤーの露店が数多く並んでいる通りに向かう。
今日の夜は初のレアモンスター討伐となるわけで、それに向けて装備を新調しておきたいからだ。
一応城下町だけあってゲーム側でNPCが経営する武具店や防具店は用意されてはいる。
そういったお店で武具や防具は買えるのだが、残念ながら性能は良くない。
このRC3での装備調達方法は三つ。
【武具作成技能】などの生産スキルで自己生産するか、他人が生み出した武器を露店にて購入するか、モンスターを倒すと低確率で落とす装備品を拾うか、である。
俺達も何回かは装備品を拾ったことがある。
始めて間もない頃、俺の盾は【粗末な木製の盾】だったが、今愛用しているのは"青い森"のモンスター、トレントが落とした【ウッドシールド】だ。
木製という点は変わらないが【ウッドシールド】の方が硬くて軽い。
それに装備品に属性を付与したり特殊効果を付与するためのスロットが二つ付いている。
NPC販売の装備品にはスロットが付いていないので、この点もそれらを避ける理由なのだ。
「俺に必要なのは剣と鎧だな。みんなはどうだ?」
「僕は槍ですね。ダイキ以上に接近戦を強いられてますから、鎧の方は適宜、購入してあります」
魔法系スキルを取得していない俺とカイにとって、武器はそれ自身で切ったり叩いたりするものだから重要である。
今夜のために良いものを購入しておきたい。
「私は杖と、魔力を高めるアクセサリー、かな。イェリコちゃんは何か欲しいものあるの?」
「あたしには師匠から授かった【宝剣アロクエア】があるからいらなーい。あ、でも何か買ってくれるならもらってあげてもいいのだー」
「宝剣って、いかにもレアっぽい武器だな。うらやましい。んじゃ戦士系と魔法系に分かれて露店巡りを始めるか」
似たような戦闘スタイルの者同士で商品を見て周れば、互いにアドバイスができるだろう。
「ああ、ちょっと待って! ここは僕とイェリコさん。そしてダイキとアミちゃんで組みましょう」
「ええ? いや、別にそれでもいいけどよ……」
おう、まさかの反対意見。
カイのやつ、やっぱり男とショッピングするより、たとえお子ちゃまでも女子と一緒の方がいいってことか。
イェリコの方を眺める。
某アニメの魔法少女とまではいかないが、大きめでゆったりとしながらもかわいらしさが失われていないデザインの服。
そうした服に負けないくらいの美しさ、というよりは少女特有のかわいさがあって、現実世界ならばそっちの層に大きな支持を得ることだろう。
「ちなみにイェリコって年、いくつなんだ……グエっ!」
「年頃の女の子に年齢のこと聞くなー! あたしは絶対カイ兄ちゃんと一緒に回るー!!」
騒ぐほど痛くはないがそこそこの速度でジャンピンググーパンが飛んできた。
もし身長差がなかったら結構痛かったのかもしれない、彼女も殴った手を擦っている。
そしてそのままカイを引っ張っていってしまった。
「年頃って……。16くらいか? どうみても中学生なりたてくらいなんだが。設定守るってのも大変だな」
「いまのはダイキが悪いよ。私も、魔法スキルについて教えてもらいながら露店周ろうって、思ってたのに。……でも、まいっか」
「俺は一人でも見て周れるから、今からでも追いかけていけば間に合うさ」
「うーん。やっぱりいいよ。多分スキルについて聞いても『師匠から教わった偉大な秘術を他人に教えるわけにはいかないのだー』とか言いそうだし」
「違いない。んじゃ俺達もいこっか」
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あれから二時間ほどだろうか、アミと周るショッピングだったが色々と収穫があった。
まずは当初の目的、装備品の新調だ。
「やっと剣を新しくすることができたぜ。でもこのタイミングで良かったかもな。今でこそ何に着目して購入すればいいか理解できるが、始めてすぐだと何を買えばいいのか分からなかった」
「そうね。魔法は魔法で属性があるから、今なら迷いなく火属性の強化ができる、かな」
武器で重要視される要素、まずはそれが『物理攻撃向き』なのか『魔法攻撃向き』なのか見極めることだ。
例えば片手剣は先入観だけで考えると切ったり殴ったりするのだから、武器攻撃力や筋力補正、扱いやすさで考えればいいと思ってしまう。
だが片手剣の中にも微妙に枝分かれがが生じていて、俺が使うような一般的イメージの片手剣、魔法攻撃力を高める儀礼用片手剣、その両方をバランス良く高めてあるマジックソードというカテゴリーがある。
知らずに購入してスキルとの相性がズレていたら買い物失敗もいいところだ。
次に重要なのが火、水、風、土といった『属性』。
その武器が影響を受けている属性を知ることによって、敵対する相手との相性や自身のスキルとの噛み合わせが変ってくる。
一般的に、純粋な物理攻撃用の武器というものには属性が付与されていない。
弱点も強みもないだけなので通常ならそれで困らないが、モンスターの中には無属性だとダメージが通らない敵がいるらしい。
「ってなわけで俺が購入した武器がこれだ」
【シルバーソード】――残スロット2 無属性 特殊効果:獣系のモンスターに対してダメージが5パーセント向上
おれが買ったのは【片手剣生産】スキルで作れる、一部に銀の装飾が施された片手剣だ。
攻撃力が以前までの俺の片手剣より高いし、特殊効果も今夜の目的に適っている。
「値が張ったけど、これをスロットに入れて完成っと」
【リバーフォークの人形】――差し込まれた装備品に、水属性を付与する。筋力+1。
モンスター人形を剣に近づけると、それはすうっと形を残さず消えた。
だが効果はきちんと反映されているようで、改めてアイテム性能を確認してみると、
【水のシルバーソード】――残スロット1 水属性 特殊効果:獣系のモンスターに対してダメージが5パーセント向上。筋力+1。
このように変わっている。
これで武器に関しては今日の"ブラッディファング"に向けてできる限りの準備はしたつもりだ。
鎧は迷ったが、火属性の敵とはいえ火炎を吐いてくるとは限らないから、生産スキルで無難に作られたモノを選択した。
「アミも装備が良くなったね」
「う、うん。色々、ありがとう」
彼女が購入したものは二つ。
まずは【魔法杖生産】で作成されたベーシックな杖、そのスロットに以前草原で拾った【火炎結晶の欠片】をセットしたものだ。
効果は対象の火炎属性抵抗力を5パーセントカット、というもので微弱な効果であるのだが魔法属性を火に絞っている彼女にとっては恩恵が大きいだろう。
もう一つは水晶のようなものが付いているイヤリングで、日を受けると弱いながらも赤く発光する。
【赤い祝福のイヤリング】――スロット2 炎属性 特殊効果:赤系統スキル、並びに火炎属性スキルの消費MP、クールタイムを20%低減。
たくさんの露店が並ぶなか、こういうものに興味が無い俺ですらデザインでまず目を惹いた、そんなイヤリング。
シルバーの素地に透明な水晶、だがその造詣と組み合わせは日光にさらし水晶を赤く発光させた状態を計算した上で作られている。
赤い光とそれを受け止める素地の美しい融合、見た目用のアイテムとしても優秀な気がする。
その効果というと、『赤系統スキル』の意味は残念ながら分からないが、火炎属性スキルで使用するMPの消費量を下げてくれる上にクールタイムまで減らしてくれる。
かなりのレア物だと思い、おそらく俺達では買えないだろうとダメモトで店主に値段を聞いたが案の定高かった。
けれども全くどうしようもない値段でも無かったのだ。
値段交渉、そして俺が作成したアロマ系アイテムの新製品をお金と一緒に渡すということでどうにか譲ってもらった一品。
そのときの店主の言葉はこうだ。
「レアなアイテムを入手できたのはいいんだが、古代編で赤のスキルは人気が無くてね。だからこの世界で売ろうとやってきたんだが、こっちはこっちでみんな属性スキルを複数育ててるから需要が低い。近未来編にいたってはそもそも属性が無いときたもんだ。入手の労力考えるとこんな値段で売りたくないんだが、需要が低くちゃしょうが無いからね」
と残念そうに語っていた。
購入の決め手になったのはアミの反応だ。
「ダイキ、お金、良いの? 無理に買わなくても、その、スキル育成頑張れば大丈夫、だから」
と良いつつも、視線はチラチラとイヤリングの方に向けられている。
やっぱり女の子なのだろう、分かりやすい。
お金に関して言えば、ここはゲームだしリアルで支払うわけじゃないから気にすることでは無かった。
確かに俺はアロマでお金を稼いだが、本来ならアミだって取得できたスキルなのだ。
物欲しげな様子を彼女が見せることは珍しいのだから、それに応えてあげたいと思った。。
「いや、アミの強化は俺達パーティーの戦力増強に直結するからさ。欲しいかどうかで言えば欲しいでしょ? 俺、こういうの詳しくないけどデザインもいいしさ。アミに似合うと思うよ」
「……ありがとう。魔法、頑張るね。だ、大事にする」
「あ、ああ」
頬を赤く染める彼女、やっぱり異性に贈り物をするのもされるのも、お互いにちょっと照れくさいものがあった。
ゲームだから、戦力増強だから、と割り切って俺も購入を推したのだ。
こういった一連のやり取りを顔色を一切変えず、言葉を寄こすことも無く店主は眺めていた。
だが俺が作ったアロマ製品を受け取るときは、そんな無表情な彼もとても喜んでくれたのが印象深い。
一瞬、貴重なアロマ仲間が増えたかと思ったが、そういうことではなく喜ぶだけのそれなりの理由がある。
古代編では生産系スキルがほとんど存在しない。
そのためこういったステータスアップアイテムはあちらでは貴重品らしいのだ。
それに他にも目的があったようで、
「戦闘のたびに使うわけにもいかないし、こちらもこれを誰かへの贈り物にさせてもらうよ」
と言って店をたたんだ。
彼に渡した製品は俺が作ったモノの中で、今のところ一番力が入っているものだ。
元の世界に帰るのかどうか分からないが、そういう風に俺が作ったアイテムを見てくれたのは嬉しかった。
第一目的である、装備の新調は達成した。
完璧ではないだろうが、30レベルに達していないプレイヤーとしては充分すぎるほどの装備なのだろうと思う。
アロマ様様、ゲームが終わったら妹に大好物のプリン買ってやろうと思う。
また、良い装備品を入手できたこと以外の収穫として、扱いを保留にしていた"エントロードの人形"の効果が分かったことがある。
今回は【鑑定技能】持ちプレイヤーではなく、NPCの鑑定屋でわざわざ鑑定してもらった。
何故プレイヤーによる鑑定を避けたのかと言えば、このレアアイテムの効果と所有者の情報を隠蔽するためだ。
効果はボスモンスターのレアだけあって強力だった。
【エントロードの人形】――差し込まれた装備品に土属性を付与する。土属性攻撃のダメージが30パーセント向上する。火属性攻撃によって受けるダメージが10パーセント増加。精神力、知力+5。
土属性は風属性の敵に有効だし、風属性が多目のおいしい狩場があるならばこの人形の価値は恐ろしいことになる。
デメリットも付随してあるが、メリットに比べたらたいしたことが無い。
これだけの効果だ、情報が広まれば"青い森"は上位レベルのプレイヤーに荒らされる可能性がある。
「……超強い、ね」
「……ああ。武器に付与すればその攻撃が土属性に固定されるのがネックだけど、全ての攻撃が1.3倍になるのはやべえ……」
「土属性魔法に特化してる人にも、いいよね、これ」
相談した結果、繋ぎの武器に装着するのはもったいないと判断、このレアを活かせるような環境が整うまでは扱いを保留ということになった。
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「ってな感じだったよ。装備品に使われるんじゃなくて、装備品を使うんだっていう気概を持ちたいってのはあるんだが……。やっぱり装備が揃うとわくわくするな」
「良い装備で身を固めても、上手く扱えるかは自身の能力によりますからね。ただ、装備が良いことでできることのラインが上がるのも事実。それにアミちゃんのそのイヤリング、似合ってますよ」
「あ、ありがとう。リアルじゃアクセしてないから、ちょっと新鮮」
「むー。あたしもカイ兄ちゃんに買ってもらったのだー!」
なるほど、イェリコもネックレスを買ってもらったようだ。
自慢げに前面へ張り出している胸には、金属の輝きとその飾りが目につく。
「雪ダルマの彫刻?が飾りとして付いてるのか。イェリコのために存在するような一品だな」
「だろー? 地味に氷属性の魔法威力が上がる効果もあるんだぞー」
何度も雪ダルマを愛しそうに撫でるイェリコ。
言葉は能力の増強を喜んでる風だが、実際のところはカイにアクセを買ってもらった、そのことが重要なんだろう。
アミも髪をかきわける仕草の中に、イヤリングをしている耳たぶに触れる動作を組み込んでいる。
これがリアルでの充実したひと時だったら良いんだが、全ては仮想、そして強さのためということを考えるとちょっと悲しくなった。
ま、まあ宝石付きのアクセ買うお金なんて無いし、仮にお金があっても渡す相手なんていないが……。
「しかしアミちゃんのイヤリング、そんな効果なのによく手持ちのお金で買えましたね。相当なレアだと思うのですが」
「古代編のことはよく分からんが、あっちはあっちで人気がない育成方針があるみたいでな。それにアロマの新製品を提供することで安くしてもらったんだ」
「いくらアロマ製品がまだ希少とはいえ、一時の増強アイテムがそこまで高くはならないでしょう?」
「ふっふっふ。これを見てそれが言えるかな?」
俺は鞄からあるアイテムを取り出す。
【美しき青い森の恵み】――青い森で獲得できる希少な素材を、惜しみなく使用した上質のラックインセンス。その香りを嗅ぐ者に青の泉を想起させ、安らぎと森の加護を与える。
効果:30分間、運+10。アイテムドロップ率を2倍にする。
「……課金アイテムみたいな性能ですね。もしかしてエントロードが落とした【青の枝】で?」
「そうそう。4本あったから3個作った。手持ちはこの2個だけになっちまったがさっそく今日、使ってみようぜ」
俺が今まで作成したアイテムのどれよりも存在感を放っている!
……気がするだけなのだが、効果は実際のところどのくらい実感できるのか分からない。
いくらレアをゲットする確率が2倍になろうが、そもそもの確率が1パーセントだったらそれが2パーセントになるだけだ。
というかこの手のゲームでレアが1パーセントで出るなんてありえないのだから、実際は説明文以上に実感がないだろう。
まあ、そんなことはどうだっていいのだ。
「ダイキ兄ちゃん、まだレアを出してもいないのに嬉しそうだなー。余計にバカっぽく見えちゃうぞー」
「いえ、イェリコさん。あの顔は『レアドロップなんてどうでもいい。レアなお香の香りを早く嗅いでみたい』という意思が表れてますね」
「そこまで楽しんでるなら、【アロマテラピー】をわざわざゲームに組み込んだ製作者も、きっと喜んでる」
作った物を試したい、製作者としてその欲求には抗えないのだ。
狩り、食事、睡眠の他に新しく加わったこの欲求を満たす環境が今夜、整う。
「なんとでも言うがいい。ああ、今夜の狩りが楽しみだ」
いつもと違っておおっぴらにアロマを楽しもうとする俺に、アミを除く二人は遠い目をするという行動で、俺の意思に反応したのだった。