第十五話『アドバイス』
「アルア、さん……。何してんすか?」
カジュアルで身軽な格好をしたお姉さん、アルアさんがそこにいた。
何かを捕まえようとでもしていたのか、顔の前で両の掌をパーにして構えている。
「だーれだ、しようと思ったのに。損したね、ラージウッド」
そう言いながら、細く白い手で彼女自身の顔を目隠しする。
『だ~れだ?』
『はは、目隠ししても分かる。○○ちゃんだろ? そのかわいい声で俺には分かるよ』
『かわいいだなんて、そんな……。フフフ』
『アハハ』
という風に仲の良い人達がやるであろう、この年齢で実行すると恥ずかしいアレか……。
アルアさんにはやられてみるのも良かったかもしれない。
「ゲーム内とはいえ夜の闇にまぎれて気配を消して、背後取ろうとしたら流石にこっちも感覚が鋭敏になりますよ! てかお姉さんのキャラが掴めねえなあ」
「ふふ、癖みたいなものよ。近未来編の敵はゾンビとか化け物ばっかりだからね。自然と音や気配に敏感になる。あいつら予測もしないような場所からでてくるから」
そういえば目の前の美人さんは趣味が少し変わっているのか、グロそうな世界観の近未来編でスタートしたプレイヤーだ。
腰にかけているサブマシンガンは、今この俺達が活動しているレンガブロックの世界観では異質に映る。
「そういえば、アルアさんはどうしてこっちの世界に?」
当然、気になっていたことを質問した。
疲労度を消費してまでこちらに来た理由、そして他の世界はどうであるのか。
今は無理だが、いつかは古代や近未来にも行きたい、そうしないとRCシリーズをプレイする意味が無い。
アルアさんは腰のサブマシンガン二丁を取り出し、それを撫でながら話し始めた。
「アイカ、いや私の友達なんだけどね。ゾンビばっかりの世界じゃなくて可愛い服とかもありそうなこっちの世界にも来てみたいって言ってさ。 まあ私も鍛えたいスキルがあったからこっちに来たんだけど。ただね……」
「ただ?」
「自由に世界を渡れるくせに、こっちじゃ銃の弾丸とか売ってないのよ。それに敵もファンタジーなのばっかり。もうちょっと、なんというかグチャデロなのがいてもいいと思わない? ここにいると何千と倒してきたあのグロいゾンビですら恋しくなってくるわ」
「う、うーん。俺もそういうの、嫌いじゃないけどパーティ組んでる女の子がそういうの苦手なんですよね。俺はしばらく中世暮らしです」
「ふふ。その女の子、ラージウッドのいい人?」
「そんなんじゃないですよ。友達です」
「友達……、そっか」
少し会話の間が空いた。
話題が尽きた、空気が重い、そういった類の間では無く、ただ彼女が物思いにふけっているような表情で視線を地に落としているものだから、俺の言葉で思考を遮ってしまっていいものか躊躇した結果だった。しかしこのままアルアさんを眺めているのも、なんとなくおかしいことだと思えてくる。
何か話題を。
「弾丸買えないって、めちゃくちゃ不便ですね」
「……え、ああ、そうなのよ! こっちに来る前にものっすごく買い込んでおいたからしばらくは大丈夫だけど。それに一部、銃器以外の攻撃スキルを育てているの」
「わざわざこっちでとなると……。魔法系スキル?」
「いやいや、魔法の炎でゾンビを焼くのは私の感性に合わないわ。取得したのは【キックアビリティ】と【ステップ】系。銃で手が塞がってしまうのを足でカバーする。攻撃も、回避も、ね」
なるほど、遠距離攻撃である銃撃に対して、近距離をカバーし銃弾を消費しない体術はなかなかいい組み合わせだ。それに前衛をやっている俺には分かるが、このゲームで接近戦をやるなら【ステップ】のスキルは必須。武術の達人ならともかく、スキルの補助なしに間合いを詰めたり離れたりするのはかなり厳しい。見た目を重視せず動きやすい格好だし、やはりアルアさんはこういったゲームに慣れているようだ。
「それにしてもラージウッドは、こんな時間までスキルの鍛錬かな?」
「ええ、今日はちょっと決闘で負けたんで。しかも年下の女の子に。リアルじゃなくてゲームだからそんなこともありえるって分かってはいるんですけどね、やっぱり悔しいものは悔しい」
「なるほどね。レベルとかスキルの育成具合に差があったの?」
「その子のステータス見せてもらえなかったから分からないですけど、少なくともスキルの威力は俺のほうも負けてる感じじゃなかった。行動の読み合いなのか集中力なのか、ただ純粋に勝負に負けました」
「それで、スキルの育成をしてる、と」
「はい」
ふむふむ、とそんな風に腕組みし彼女が再び思考に入ってしまう。
このまま放って置けば、思考が完結するまでだれも視界に入らない、そんな雰囲気を持つ沈黙。
「ちょっとここで何かスキルやってみてよ」
「唐突ですね。分かりましたよ」
剣を今一度握り直し、そして上段へ構える。戦闘中や一人で鍛錬してる時ならともかく、ギャラリーがいるなかで技をぶっぱなすっていうのはちょっとした緊張感がある。作文の発表とか、鉄棒の逆上がりのテストとか、そんな感じだ。
「はあっ!」
気合を発し、上段に構えた剣に力を込め、振りぬき【パワーストライク】を発動させる。
剣そのものでなく、気を練りこみ発生させた衝撃波を飛ばす片手剣スキル。
衝撃波に抵抗できるほどの防御力を持たない敵を真っ二つにし、ボスモンスターにも小さくない傷を刻み付けることができる。
実戦と練習、すでに何回放たれたか忘れたが、俺の中で信頼性が最も高いのがこのスキルだ。
練習場にある動かない的なぞ、もはや外すことは無い。
「なるほど。君の中の、最も錬度が高いスキルが今の技ってことね」
「そうです。片手剣スキルの初期技にして強力な俺の手札の一つです」
「能動的に発動させる【アクティブスキル】、か。ちょっと取得スキル見せてもらってもいいかしら?」
「どうぞ」
ずいっとアルアさんが近寄ってきた。眼前に展開させたスキル画面を見るためではあるが、その距離は彼女の吐息が肌に触れそうな距離だ。っていうか肩が既にぶつかり合っている。
「近い! 近い!」
「だって見にくいじゃない」
「拡大しますから、ちょっと待って!」
惜しいことをしたかもしれないが、このままだと心臓がもたないのだ。
心の平静を取り戻しつつ画面を拡大させる。
ラージウッド
レベル20
適用スキル――【片手剣技能Lv19】【盾技能Lv17】【ステップLv14】【パワーストライクLv19】【バックステップLv7】【ハードシールドLv11】【シールドバッシュLv9】【スロウシールドLv3】【パワーストライクⅡLv8】【ストライク・ゼロLv7】【フラッシュストライクLv5】【ミラージュストライクLv4】【防御技能Lv7】【採取技能Lv9】【アロマテラピーLv15】
待機スキル――【カウンター技能】new!
スキル取得枠 144/1000
あらためて取得スキルを見渡すとけっこう数があるな。
スキル合成をしてしまっても良いけど、削りたいスキルも今はないし後回しでいいか。
……などと考えていて、他人に見せてはならないものがあることをしっかり失念してしまっていた。
「あら、香水とかお香を作るのって何の生産スキルになるのかと思えば、【アロマテラピー】というものがあるのね」
「うあああああああああ! アルアさん、お願い!! これは秘密ということで、どうにか……」
ふふん、と得意そうな顔をされた。
弱みを見つけて嬉しそうににやけているその表情、遊び道具を見つけてそわそわしている猫みたいだ。
「香水とお香のリクエスト追加~♪」
「……わかりました、口止め料として納めます。ってああもう! お姉さんといるとペース乱されちまう」
「そうそう、敬語とかいらないから。ってごめん、香水の作り方知りたいわけじゃなかったんだった」
俺に伝えるべき本題を思い出したのだろう、表情に真面目さが戻った。
「現在のベースレベルキャップが60、私が40。先輩風吹かせるわけじゃないけど、経験者として気になったことがあるわ」
「気になること? 見ての通り、一部例外を除いて剣と盾のスキル、そして前衛としての動作を補助するためのスキルを取ったんだ。それ以外は他の武器のスキルも魔法も取得していない。やっぱり特化してあるのってレベル40くらいになると厳しい?」
今現在、適正レベルのただのモンスターなら当てることができればスキルの一、二発で倒せる。
だがレベルが上がり敵も強くなるとこういった育成だとどうなるのだろうか。
とはいえもしもこの育成が後の冒険を困難にすることになっても、今更引き返すことはできないのだが。
「問題ナッシングよ」
「え……。そっか、良かった」
いい回しが本人とのギャップがあり少々困惑したが、その言葉を聞いて安心した。
「私のスキルも特化傾向だし、近未来でもここでも狩は成立している。 実際40までレベルを上げてきてるしね。 近未来でプレイしている他のプレイヤーは大抵、弱点を補うために複数の武器スキルを育ててたけど」
「なんで他の武器に手を出さなかったんだ?」
「"数字に表れない力"のためよ」
「!!」
俺が考えていた感覚、考えを彼女は言葉にして表現する。
「自分の弱さや欠点をスキルで補う。それは間違いじゃないしゲームとしてもそういう風にデザインされてある。だけどね、スキルも所詮は道具であり選択肢に過ぎないわ。やりようでどうとでもなるの。私もこのように、武器はサブマシンガンだけしか使っていないから手札は少ないけれど、ここまでやってこれた」
武器にそうとうな愛着を持っているのだろう、銃に触れているアルアさんの表情は普段より穏やかに見える。
「私はこのゲームの世界が好き。ヴァーチャルが流行る前のゲームはステータスにしろスキルにしろ、規定されていることしかできなかった。でもここは違う。自由があるし、こだわれる理由がある。あなたもそうよね?」
「ああ。やれることが多くて戸惑うくらいだ。まだPTプレイしか熱中していないけど、やり込める要素がRC3にはある」
例えストーリークエストが未だ実装されていなくとも、年下の女の子に負けることがあっても、俺はこのゲームが楽しい。
「もう一度、スキルを撃つ姿勢に構えてみて」
「え?」
「ほら、早く! さっきの衝撃波飛ばすスキル。あれよ、あれ。構えたらじっとしててね!」
「あ、ああ」
言われるがままに右手の剣を上段にして構え、姿勢を制止させる。
「その姿勢、ずーっと維持できる?」
「いや、無理だ。流石に疲れる」
「だよね。だからこうするの」
アルアさんが俺の背後に回ったかと思えば、なんと背中から抱きしめるように張り付いてきた!
右手を俺の右手に沿うように這わせ、左手は俺の左肩に乗せる。正直姿勢よりも胸の鼓動を抑制するほうが大変だったが、雰囲気からしてアルアさんは無自覚なのだろう。
「右手は力が入りすぎ。左のほうは肩が上がっている。無駄な力が身体の各所に入ってるわね」
「ア、アルアさん……」
「銃器にはアクティブスキルがデフォルトだと存在しない。だから銃器スキルだけ育てていた時は分からなかった。蹴り技系のスキルを取得して気が付いたけど、アクティブスキルは念じれば自動的に行動補助をしてくれる。だから不必要な力は排除して、身体の状態をニュートラルにしておくこと、これが大事」
「えっと、どういうことなんだ?」
俺には武道経験なぞ体育の授業でちょろっと触れたくらいしかないが、アルアさんが俺に触れながら教える指導はなんとなくその手のもののように思えた。真剣に話をしてくれる彼女のことを考えて、俺も頭のモードを切り替える。
「ゲームと現実を使い分ける、そういうことよ。私が持つサブマシンガンなんて、本来は重量やら反動やらで両手それぞれに一丁ずつ扱えるようなモノじゃない……はず。現物を持ったことがないから分からないけどさ。でもここはゲームだし、筋力やらの補正が掛かってるもんだから歯を食いしばって持つ必要は無いでしょ?」
「ああ、なるほど。それはゲームだな。じゃないと俺も剣を軽々しく振るなんてできねえや」
「そういうこと。だから込める必要が無い力は抜いたほうがいい。これは現実の武道でも一緒。必要なときに必要な力を入れるということ、まあこれがなかなか難しいんだけどね」
「やっぱりリアルで武道やってたりとかケンカ慣れしてるほうが有利なのか」
間合いの取り方、踏み込み方、仮想とはいえ現実のように行動できる以上はこれも経験として数字外の力だと言える。
「そそ。まあね、そりゃ経験者有利だけどリアルと違って筋トレとかしないでいい分マシよ。そのためのスキルでもあるしね。力の入れ方、間合いの取り方、視線や気を利用したフェイント。すぐに身に付く訳じゃないけど、意識しないでモンスターを狩りまくるんじゃなくて、頭の片隅にでもいれてやると気が付いた頃にはそれが『差』になると私は思うよ」
「そっか、これがアルアさんの言う"数字に表れない力"に繋がるのか」
「一つの考え方よ。答えや方向性は一つじゃない。力のあり方は色々ある。」
今、彼女からは教わったことは言葉として置き換えると"実戦経験"だったり"対人慣れ"というものになるだろう。
だけど深いところはそうじゃないのかもしれない。
多分アルアさんにとって、このゲームは"ゲームであると同時に現実である"、そういった世界なのだろう。
現実でできることをこちらに応用させること。一朝一夕でできることじゃなないだろうが、俺はやってみようと決めた。
それにちょっとした師匠ができたみたいで、ちょっと嬉しかった。
「じゃあ、もう一回スキルを撃ってみてね」
「分かった!気になる点があったら教えてくれ」
今までよりも実りの多い練習時間になる。俺は一層はりきって剣を握り構える。
「だから余計な力が入ってるって!!」
……アルアさんから合格がもらえるまでには、少し時間が掛かりそうだ。