第十四話『決闘の結果』
「完璧な負けだな、対人戦で後衛の彼女に……」
夕食後の、イェリコとの試合を思い出す。
決して舐めてかかったわけじゃないが、俺は近接戦闘や対人戦に不向きだと考えていた後衛の彼女にほとんど手を出すことができなかった。
「どうだどうだぁー!フロスティア様から教わった氷魔術の数々。ただの一戦士が攻略することなど夢の話、なのだ!」
決闘に勝利し上機嫌の少女。えへん、と胸を張り調子に乗っているが実際にそうするだけの強さがあると認めざるを得ない。
「からかって悪かった。氷の魔女の、最高の弟子というのは伊達じゃない。良い経験になった」
俺は素直に謝り、握手の手を差し出した。年齢だとか選択したスキルだとか関係無く、自分よりも強い魔法使いがそこにいるのだ。自身への反省と少女への敬意を込めたその行動にイェリコも応えてくれ、その差し出した手を握り返してくれた。予想外の反応だったのか、少し恥ずかしそうにしていたのが印象的だ。
「ダ、ダイキの兄ちゃんもけっこーやるなー! 氷壁や氷牢をあそこまで壊すことができる人はそんなにいないんだぞー。明日、一緒に頑張るのだ!」
その後、みんなで宿に戻ったのだが宿泊費がないイェリコが男部屋でカイと二人で寝るとだだをこね、仕方なく俺は別の部屋を借りるためにフロントに下りてきたところだ。フロントはちょっとしたスペースに椅子とテーブルがあり、俺は腰掛けて時間をつぶしていた。
「結局、お部屋をもう一つとることにしたのね?」
「ああ、アミも降りてきたのか。ホント、カイはイェリコに懐かれてるな。男と女って関係じゃないし、まあいいかなと思ってさ」
「面倒見がいいものね、彼。イェリコちゃんも、ずっとソロしてたみたいだし寂しかったんじゃないかな。はい、これ」
「ん、ありがと」
どこからか調達してきたのか、冷たい飲み物がテーブルに二つ。
アミも気が利く女の子だな。
「完敗だったよ。俺、魔法の防壁とかバリアーに頼らずに前衛やってたから、対人の駆け引きはやれるって思ってたんだけどさ」
「すごかったね。距離つめられても焦っている様子が無かったし、剣の扱いも慣れてる様子だったよ。氷属性だけでも、あんなに行動の選択肢が取れちゃうんだなって感心しちゃった」
「遠距離はダメ、近距離も決定打にならない。なんかもうゲームが上手いっていうよりあれは本当に強いって感じだ。世の中って広いよな。俺も氷の魔女かなんかに弟子入りしてやろうか」
「ステータス画面見せてってお願いしても、そんなものないぞー!っとか言われちゃった。役に本気でなりきっているからこその強さなのかな」
「また、相手してもらうよ。いつか絶対に追いついてみせる」
イェリコに関して話し尽くした頃、俺は話題を変えた。
ゲーム内で三日、ともに過ごしているとはいえリアルではほぼ接点がなかったのだ、彼女自身に対しても興味はあった。
「ところでさ、明日で一旦ゲームを終了させるけど。アミは何でゲームに参加してくれたんだ?」
けっこう早くゲームへの参加が決まってしまい追求しなかったが、普通ならたぶん断っていたと思う。
だって友達でもない人に誘われてゲームをしても、会話のネタがなかったりして気まずい雰囲気になるだけだからだ。
「えっ、えーと。そだね、ゲーム自体、興味はあったの。でも、今までゲームの中でもなかなか友達つくれなくて、ね。私、あまり同世代の子に馴染めないんだ」
「でも、俺達の誘いに乗ったのはどうして?」
「……前から見てたから」
「ん、どういうこと?」
「あっ、そ、それはね。二年生になって、ダイキやカイと同じクラスになって。やっぱり私はクラスに馴染めなかった。同性のお友達、作ろうと思ったけど、みんな既にグループ作っちゃってたし。もし私なんかをグループにいれちゃったら、そのグループはランク、下がっちゃうから」
「おいおい、なんだそりゃ。男子もノリとか波長合うヤツで絡む相手が大体決まってくるけど、ランクとかそんなのないぞ。めんどくせぇなそれ」
アミが苦笑するも、それがそうなっているんだから仕方が無い、と諦観したような表情を覗かせる。
「女の子はめんどくさい、よ。全員じゃないけど、裏で気に入らない相手の叩きあいをしたり、悪い噂の真偽を確かめないで広めちゃうし」
「まあ男子にも無くは無いだろうが、そこまではあんまりみねえな」
「そんな中ね、ダイキたちは他人の悪口言ってる感じも、人を差別してる感じも無いし、いつもふざけ合って笑って、楽しそうだった。だからね、憧れてたの。その、友達って関係に。女子どころか異性から遊びに誘われちゃったんだもん、すごくドキドキしたけど、嬉しかった」
「そこまで言ってくれるなら、誘った甲斐があったよ。俺もカイに女子を誘えって言われたときはどうしようか困ってたけどさ」
彼女も慣れてくるとけっこう話をしてくれるんだなと俺は思った。どんな人でも、それぞれが考えを持っている。アミだって大人しいだけで、クラスの置物なんかじゃないんだ。彼女の見ることが無かった一面を、ゲームという異世界で見ることができるのは面白い。
「僕も混ぜてください。おかわりもってきましたよ!」
カイが飲み物で満たされたグラスを三つ、運んでくる。
本当に気が利くヤツだ。
「イェリコは?」
「ぐっすり寝てますよ。家庭環境が複雑なのかどうか分かりませんが、寂しい思いをしてきた様子が見受けられますね」
「ずいぶん、懐かれてるよね」
「ちょっとした妹ができた感じですね。彼女、本当にずっとソロプレイをしていたみたいですよ。ああ見えて人見知りが激しいのかもしれませんし、話をしてもあのロールプレイですから、相手にする人も少ないのでしょう。だから僕の誘いに乗ってくれて、今日のようにみんなでご飯を食べて、ダイキと勝負して、すごく楽しかったと言ってました」
今日の午後のひとときを、楽しいと言ってくれるなら良かった。
ちょっとからかいすぎたのかなと、反省もしていたが本人はそれほど気にしてなかったようだ。
「それにしても、相当強いな、イェリコは」
「すごすぎて、手本にならないかも……。 私も炎だけで、ああいう風になれるのかな」
「そうなんですよね。水属性モンスターに手こずっていたっていっても、僕が手助けに入る前にそこらじゅうモンスターの亡骸が転がってましたからね。でもまさかあそこまでスキルの応酬も優れているとは思ってませんでした」
魔法だけに遠距離や範囲攻撃を仕掛けてくるのは予測していた。だけど接近戦までこなすことができ、対人戦そのものも慣れているのは驚きだったのだ。
「まあ、明日が楽しみだな。本当にイェリコの足をひっぱらないように頑張らないとな」
「頑張りましょう。彼女もイヤイヤじゃなく、善意で協力してくれるのですから」
「うん、やる気でてきたよ。今日は早く寝るから戻るね。 おやすみ」
アミは階段を上り自室へ戻る。
カイはまだここに残るのか、腰を上げる様子は無かった。
「部屋、追い出すことになっちゃってすみませんね」
「いや、いいよ。小学生のころだったけど、由香里もけっこうべたべたくっついてきてたし。かわいいもんさ」
「お兄ちゃん役になるのは初めてですから、新鮮ですよ。それよりダイキはこれからまた訓練ですか?」
「ああ、イェリコに負けて思い知らされた。特化特化いってるけど俺はまだまだだって。前にカイと一緒に暴れたゲームでの対人の感覚に頼り過ぎてたよ。こっちじゃ対人コンテンツが無いから鈍くなってたのかもしれないが、相手を先入観で捉え過ぎてた」
「あのゲームは自分の職業のスキルはもちろん、他職のスキルも研究した上で攻防を読み合うゲームでしたからね。スキルが無数、組み合わせも無数にあるこのゲームじゃ仕方ないですよ」
俺とカイが今現在仲良くやっている理由が、過去に一緒にプレイしたゲームの存在だ。中世ファンタジー風で基本はクエストをクリアして報酬をもらうタイプのゲームだったが、アリーナや集団戦といった対人コンテンツが豊富のゲームに俺達は夢中になった。そのときもカイは槍で俺は剣だったな。
「対人戦のあるゲームでけっこういい成績を残した、その自信が慢心になったんだ。やっぱり妹みたいな女の子に負けたままっていうのは悔しいからさ、ちょっと訓練してくるよ」
「分かりました。付き合えず申し訳ないですが、僕はアミからもらった情報と自分の集めた情報を整理しておきます。無理はしないでくださいね。それではまた明日」
「ああ、おやすみ」
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剣を振りぬくと、以前よりも強く空気を裂く音が聞こえる。俺はこの音が好きだ。
リアルでは武道とか部活を面倒がってやらないくせに、ゲームだと熱中してしまうのはあまり良くないことかもしれない。まあゲームとはいえ、こちらは鍛えた技術がそのまま数字として反映される分かりやすい世界ということが、俺がはまってしまう要素なのかもな。
「こうやって努力して、スキルを鍛えて。自分の攻撃性能や手札を増やすことは時間をかけさえすればできる」
能力が数値化される以上、努力は確実に数字として現れる。なんとも救われる世界だ。
現実では努力の量がそのまま自身の能力に加わることなんて無いのだ。少なくとも俺の高校二年までの人生では実感がない。
「いや、そうじゃない。努力した結果を活かす行動を取れるかどうか、なんだろうな」
歴史の勉強を頑張って、テストで満点を取る。ある意味、現実において分かりやすい数値化だと言えるだろう。だがテストのために蓄えた歴史的知識が、学校を卒業してしまえば何の役に立つのか? そう、努力の蓄積があっても、その結果を利用できる行動をとらなければ活かすことなどできないのだ。
それを見つけることができなかった努力の結果は、時間という暗く深い空間に飲み込まれて沈む。
「俺は特別じゃない。他のプレイヤーだって、意図的に鍛えていけばその分の能力が上がっていく。無双なんてとてもできることじゃないが、他人を圧倒するというのは本当に難しいな」
特化だったり、汎用だったり、プレイヤーの育成の仕方は無限だ。もちろん特化方向に育成している俺はある一方面においては非常に強力だが、相性が悪ければ不利になる。もし俺に他の手札があれば、イェリコにあんな風な負け方をしなかったのかもしれない。
「相性を突き壊し無理を通せる、そんな強さが欲しい。 イェリコだってカイだって、アミだって平等に成長していくんだ。 "数字に表れない力"、それを……」
ステータスやスキルレベル以外の、視認化できない力。
ああ、そうだ、過去にプレイしたゲームで戦ったことのある強豪プレイヤー達のことを思い出す。
ある者はカンが鋭く、先手で放たれる攻撃を瞬時に判別し反撃、強力なカウンター攻勢をしかける。
ある者は計算力が高く、自身の技のクールタイムはもちろん相手のそれをもすべて把握、敵によって行われるであろう行動と自身が行える行動を理解し、ベストの攻撃を繰り出す。
ある者は創造力が高く、定石という攻撃パターンを独自に崩しながらも変幻自在の読みにくい奇襲攻撃を行う。
レベルやスキルといった数値が同じとき、勝利を決する要素は数字以外の要素をどれだけ自身が持っているか、ではないのだろうか。そう、"数字に表れない力"だ。
「イェリコは戦闘慣れをしているし、接近されても慌てる様子が無かった。集中力、精神力、どの言葉が該当するのか分からねえけど、あれは強い」
敵意や悪意、不当な評価、そういった負の感情からくる悔しさじゃない。右手の剣を、強く、強く握り締める。純粋な力のやり取りに敗れた、この苦い経験を無駄にしたくない。
今抱えるのは、そういった明日に進むための悔しさなのだ。パーティー募集の苦い経験やダノンなんかのことは既にどうでもよくなった。そして繰り返し鍛えられるスキル動作に集中する。
「ん?」
ふと、人の気配を感じた。気のせいかと思い振り返ったが、そこには夜の闇が広がるのみ。
正面に向きなおし、再び剣を振る。
シャリ……
空気を裂く音に混じって、地面を踏む音がごくわずかに聞こえた。やはり誰かいる。
再度、今度は速度を上げて振り向こうとすると…