第十三話『特化の氷魔法使い』
「みなさんに紹介します。こちらが氷魔法を特化してる後衛のイェリコさんです」
カイに紹介された彼女がイスから立ち上がり、丁寧にお辞儀をする。
紺色と青色の二色で配色してある、少しゆったりめの服。
髪色を変更してあるのだろう、白に水色がかった髪の毛。
袖と靴には雪の結晶をかたどった刺繍が見受けられる。
いかにも氷魔法を使います!っていう感じの外見だ。
年はどう見ても俺達より下だろうけど、素直でかわいらしい子だな、と最初は見た感じ思ったのだが……。
「偉大なる氷の魔女フロスフィア・シャンディルトンの唯一にして最高の弟子、竜も恐れる最強の氷魔法使い、イェリコ・シャンディルトンとはあたしのことだー!!!」
「ナ、ナンダッテー」
「あはは、すごそうだね……」
「……ほらほら二人とも、もうちょっと感動してあげてください」
声高な名乗りに満足したのか、イェリコは再び席に着く。
精神年齢が見た目以上に低めなのか、興味の対象は俺らに移るわけでもなく、テーブルに並べられたご馳走に向けられている。
「イェリコさん、ディナーに来ていただけたということは、明日のレアモンスター討伐に協力していただけるということですね?」
「もちろんだー。 強力な魔物を狩るのは、力持つ者の宿命。 決して募集パーティーにはいれず、一人ぼっちでモンスターをちまちま狩って得た素材を、全部装備品の購入に当てたらお金がなくなり、丁度都合良く見かけたイケメンのお兄ちゃんに食べ物をねだったということではないぞー」
どうやらこのイェリコはロールプレイというか、漫画かゲームなのかは知らないが架空のキャラクターである氷の魔女に弟子入りした魔法使いという設定でこのRC3を楽しんでいるらしい。
俺達のようにスキルを特化させているからパーティーに拾ってもらえず、ソロでレベル上げをしていたが氷魔法が通りにくい水属性モンスターに苦戦しているところをカイが助け、食事で手懐けたという。
……色々と不安だ。
「おい、カイ……。大丈夫なのか?」
「何がです?」
「ただのモンスター狩りなら別にいいんだが、レアモンスターを狩る戦力になるのか?」
彼女の育成方針は俺達三人から見てもかなり極端。
というのも氷属性魔法というのは、系統で言えば水属性魔法に属する魔法の一つである【アイスボム】を鍛えてそこから派生する【氷属性マスタリー】を習得することで始まるものらしいのだ。
水属性の中の、さらに限定された魔法の一部が氷属性の魔法なのだから、炎全体を特化させているアミに比べても一つの方向に向けて特化してるといえる。
特化しているだけに威力はあるだろうし、ブラッディウルフとの属性的な相性も良いだろう。
でも中身は……。
「ごちゃごちゃいってないで、ご馳走をいただくぞー」
「そ、そうね。ダイキにカイも、もう食べましょ?」
「あ、ああ。聞いているかもしれないが、俺がダイキ。剣と盾、そしてちょっと生産スキルを鍛えてる。よろしくな」
「そうだ、こっちの自己紹介、忘れてた。アミといいます。スキルは炎属性魔法を、特化させています。よろしくね」
「僕のことはもう知っていますね。それでは」
「「「「いただきまーす」」」」
普段より食事のグレードを上げて、食堂から高級レストランのような雰囲気の店に変えた。
インセンスによる収入があったこと、それにイェリコとの親睦会を行うためである。
招かれた客はここぞとばかりに、ご馳走にありつけて満足げな顔をしている。
黙って食べている姿は、保護欲を掻き立てそうで可愛い感じだ。
口を開けばそういう可愛さが消し飛んでしまうが。
レアモンスター討伐の打ち合わせをしつつ、メインディッシュをたいらげたそのタイミング。
「ところでカイ兄ちゃん、レアモンスターの件は引き受けるけども、あたしは足手まといのお守りなんてしないぞー?」
「いやあ、イェリコさん。ダイキは決して足手まといじゃないですよ。私にも対人戦で勝っていますからね」
「ほんとかー? うーん、そう見えないんだけどなー。そっちの女もー、炎神殿の踊り子より強くなさそー」
はは、俺も大人に近づいてるんだ。
今までにけっこう非難とかされてきたんだ、こんな年下のお嬢さんにちょっと言われたくらいじゃへこたれないぜ。
「あれあれあれ、モンスターに手こずっているとこを助けられたのは、氷の魔女のお弟子さんではありませんでしたか? なあカイ?」
「あ、あれは仕方がないのだ! 水属性のモンスターは氷魔法のダメージが通らないことが多いから、精神力の消耗が多くなってしまうのだー!」
「俺の剣は属性関係なく、モンスターを叩き切るぜ? 相手を選り好みする必要がないからな!」
見ていて面白いくらいに少女の顔が赤く、ふくれていく。
ふふ、由香里という妹の存在でこういう対応には慣れているのだ。
「に、兄ちゃん、こいつ生意気だー! 兄ちゃんと違って全然優しくない! 凍らせてもいい? ねえ、凍らせてもいい!?」
「ちょうど暑い季節だからな。かき氷の一つや二つ、欲しいと思っていたところさ」
「ははは、イェリコさんにダイキ、その辺にしといてくださいね。明日は一緒にモンスターを狩る仲間なんですから」
「兄ちゃんがそう言うなら、我慢する……」
見事なまでにカイに懐いてるな。
リアルの情報を聞くのはマナー違反だからやらないが、外見から察するに中学二年か三年生あたりの年だろう。
もっとも精神年齢はもっと低そうだ。
由香里も小学校高学年の時はこんな感じだったなあ、となんだか懐かしく思えてしまう。
「ところでエリコは何で氷属性を選択したんだ?」
「エリコってゆーな! あたしはイェリコ、氷の魔女に選ばれたイェリコ・シャンディルトンなのだ!」
「エリコかイリコか知らないが発音しにくいんだよ。まあでも姓が魔女と同じということは、実力が認められて名前を継いだとかそういう設定なのか?」
「設定って何だよー!? こいつやっぱり氷漬けにしてやるのだー! 決闘なのだ!!」
カイは呆れ顔を、アミが苦笑のリアクションを俺に返す。
「……分かりました。協力して戦う以上、互いに何ができるのか、どういった戦い方なのか知っておいたほうがいいでしょう。店を出てイェリコさんとダイキで決闘モードの試合をしてもらいましょう。多分アミちゃんにとっても有益ですからね」
と、言うわけで俺達四人はいつもの訓練場へ向かう。
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「いくぞーバカなほうの兄ちゃん! 土下座したまま凍らせて、街に放置してやるのだー。覚悟しろー!!」
「あー、いいぞ。準備完了だ」
決闘モードが解ければ状態異常も解けるのだからイェリコが言うようなシチュエーションは起こらない。
けど、少しからかいすぎたかもしれないな。
数年前の由香里はしょっちゅう俺にちょっかいを出してきて、俺は俺で余裕がなかったからそんな妹を邪険に扱ってしまっていた。
あるとき大泣きされてしまって以降、無視したりするのは止めて、からかいながらも構ってあげることにした。
高校に上がってからは俺に絡んでくる頻度もだいぶ減り、人ってのは面倒なものでそうなると今度は寂しさを植えつけられるのである。
だからイェリコを見ていると懐かしさのあまり、過剰にいじりすぎてしまったかもしれない。
「ダイキ、忠告しておきますけど、最初から全力を出したほうが良いですよ」
「え?」
――決闘がイェリコから申請されました。 受諾しますか? 「はい」
おっと始まってしまった。
やる以上は理由が無い限り手加減はしないが、カイがわざわざ忠告するほどだ。
彼にそうさせる強さが彼女にあるのだろうか。
RC3では後衛系と対人戦をしたことは無いが、魔法は必中というわけではないし、おそらく防御に関する技能が無いのだから、こちらが距離を詰めれば勝負は終わるだろう。
【ステップ】で踏み込むタイミングを図るために、おれはイェリコを観察する。
「ん? 杖じゃなくて剣なのか」
彼女の手には俺のショートソードより短く、多少装飾がほどこされ青みがかった刀身の剣が握られていた。
氷属性魔法に特化してあるということは、魔法に特化してあるということなのだから、てっきり杖を愛用していると思っていたが。
「突っ込んでこないなんて、余裕だなーバカな兄ちゃん! 【アイシクルスピアー】!!」
「ちっ、詠唱を済ませていたのか!!」
とっさに【バックステップ】で後方へ移動する。
足元とその前方に薄青色の魔法陣が形成されているのが辛うじて目視でき、今前に進むのは危険だと判断したからだ。
そしてその瞬間、魔法陣からグワっと地面を裂きながら人間大ほどの尖った氷の塊が出現、そのまま前方に進んでいたら避けられなかっただろう。
その氷の発生の勢いと鋭利さは言わば氷でできた槍の一撃、直撃していれば大ダメージを被ると予測される。
俺が元いた場所に天に向かって荒々しく突き出し生える氷のトゲを見て、意識を切り替え剣と盾を握る力を強める。
「かわしたかー。逃げるのは上手いなー! さて次はー……ん?」
「【パワーストライク】!」
ただでさえ、距離を詰められていないのだ。
防御一辺倒じゃ不利になることが目にみえているので、横一文字の衝撃波【パワーストライクⅡ】をお見舞いする。
この俺の得意技、でかいだけの霜柱ならそれを粉砕しつつ標的に強力な一撃を届けることができる。
エントロードをやったんだ、やれないはずがない!
二、三回のモノを砕く音がする。
氷のトゲを砕いたであろう音の後には、ギィィィンと硬いものに直撃したような、響きが広がる。
霜柱を破壊した際に生じた氷の埃で視界が良好ではないが、攻撃が当たったのだろう。
これで、終わったか……?
「【アイスウォール】。 おまえのスキルではこの氷壁を抜くことはできないぞー」
……名前どおり、氷の壁を張ったのか。
俺のスキルで壁の3分の2の厚さまで削ったみたいだがそれも一部分、相当の防御力だ。
やはり接近しないと攻撃を届かせることができないか。
「ならば、距離を詰める! 【ステップ】」
最短距離を行きたかったが、そのままでは氷の壁が邪魔で進むことができない。
氷を迂回するような形で左前方へひたすら前進する。
途中、【アイシクルスピア】を警戒したが地面には魔法陣が形成される様子がない。
クールタイムなのだろう、いくなら今だ!
「【アイスボム】」
「そんな小技で! 【ハードシールド】!!」
水魔法の初級にして氷魔法の基礎スキルであるそれは、氷塊を発生させぶつける魔法だ。
その攻撃を防ぐと予想をほんのわずか上回る反動を手に感じたが、所詮は基礎スキル、俺の防御を抜くことはできない!!
盾で氷塊を防ぎ砕くと、詠唱中なのかこちらを一瞥もせず視界にもいれようともしない少女の姿を捉えた。
「短期決戦! これで終わりだ!!」
俺が持つスキル中、最大ダメージを誇る【ストライク・ゼロ】。
接近しないと有効にならないスキルだが、剣そのものの物理的ダメージと衝撃波のダメージが合わさるこの剣技を、頑丈な鎧が装備できず体勢も無防備な状態の後衛に打ち込めば、試合は確実に終わる。
そのはずだったのだが……。
直撃はした。だがその様子は異様だ。
スキルが炸裂し硬いものが砕ける音、何十もの破片に砕かれ割れていく少女の姿、そして後方に無傷の魔法使いが見える。
「【アイスウォール】を迂回するのはわかりきったことなのだー。【フロストジェイル】、おまえを閉じ込めたぞー」
「しまっ……!」
気が付いた時には遅く、すでに俺は範囲魔法のターゲットにされていた。
強固で鋭い氷の杭が地中から射出、俺を中心とした円周上から発生するそれは円錐を形作るように頂点で先端が重なり合う。
まさに、冷気の魔力で作られた牢獄。
人の体では通れないくらいの間隔で氷の杭が点在、上方からの脱出もできない。
接近戦が求められる俺にとって最悪の状況だ。
「詰んだなー。でも、一撃で【コールドスタチュー】を粉々にしたのはおどろいたぞー」
「く、俺が破壊したのは、氷で作られたダミーだったのか?」
「バカな方の兄ちゃんはやりたいことが見え見えなのだ。それもこれで終わり。【ブリザード】!!」
心から凍える、強力な魔力と冷気に満ちた雪嵐が周囲に巻き起こる。
飛び道具ならば氷の杭の影でなんとか防げたかもしれないが、冷気は人が通れない隙間でもそんなこと関係なく入り込んでくる。
少女が有する氷魔法の中でも強力な魔法なのだろう、前方に突き出した右手とこちらを睨み続けている両目には青白い光が宿っている。
あまりにも強力な魔力は、視認できるほどの存在感を放つとでもいうのか。
「体力がゼロまで毟り取られる前に、やれることをやる!」
終わりじゃない、LPはまだ――0じゃない。
【ブリザード】は強力な魔法だが、魔力の弾丸をぶつけるような直接的な攻撃ではない。
だったら、体と心が凍りつき倒れるまでには、少なくない時間がある。
そう。まだ、スキルを撃つだけの時間は!
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
俺が持つ全ての攻撃手段を放つ。
カイのような連続攻撃こそできないが、一撃一撃が重い、それが俺のスキルなのだ。
剣だけでなく盾スキルをも絡めて、全ての力を一本の氷の杭に注ぎ込む!
割るんだ……この邪魔な氷の塊を。
油断はしていない、そんな中で自分よりも年下の可愛らしい少女に、一撃も加えることができずに負ける。
それだけは絶対に……嫌だ!
音が聞こえた。 物が壊れ始める音、氷が砕かれる音。
「今こそ一点集中!【フラッシュストライク】!!」
瞬く間の、閃光のような鋭い突きを連撃のラストに放ち切る。
牢屋が壊れきったのか確認する時間はない、盾を構えながらやぶれかぶれで前方へ【ステップ】を繰り出す。
破壊具合が充分では無かったのだろうが、盾を構えた俺の突進が氷の柱をぶち壊し、目の前に道が開ける。
左手にわずかな痺れが残っているものの、俺は構わず少女へ詰め寄る。
前進、そして前進、LPは残り2パーセントでMPもスキル一回撃てるかどうかだ。
最強のスキルは撃てないのだ、勝てる見込みは少ない。
だがたとえ通常攻撃であっても、後衛相手に遅れをとることはないはずだ。
選択肢がこちらには無い、近づくしか、ない。
【ステップ】ではなく、自力で地面を蹴り、有効距離まで詰めたその剣を振り下ろす。
強力な範囲魔法を行使した直後で動けない少女を、俺の剣が捉えた!
剣と剣がぶつかり合う金属音が、高く響く。
「むむ、氷の牢獄と氷雪の嵐コンビネーションを乗り越えてくるかー!」
「防がれた、のか! でもこの距離なら!」
剣を届かせるため、幾度も剣を振りぬく。
いまこの、剣の切っ先が届く距離は俺の距離なんだ、これが維持できなければ俺は……。
「シッ! セイ!!」
「……て。……え」
予想外に彼女はこちらの攻撃を捌いていく。
【片手剣技能】を習得でもしているのか、カウンターされる気配は無いがこちらの攻撃を防ぎきっている。
「てりゃああああ!」
「む、……あ!」
やはりこちらに分があるのだろう、ついに俺の一撃が、イェリコの手を捉えた!
剣で防ごうとするも間に合わず、衝撃を殺せずに彼女の刃が手を離れ空を舞う。
「【ミラージュストライク】!!!」
俺のわずかなMPで撃てる、唯一にして最後の選択肢。
気を刀身とその周囲にまとわせ、あたかも剣が三つに分裂したような、三本の剣線。
その線には小規模ながら、いずれも衝撃波の力が込められている。
後衛のLPを全て刈り取れるか分からないが、撃ったあとには立てなくなるほどスタミナを消費した、この一撃に俺は賭けた。
だが相手もロールプレイとはいえ氷の魔女の弟子、先ほど聞こえた小さな声は詠唱だったのだろう、顔色を変えず小さな氷の盾を左手に展開する。
「だがこの一撃は届かせる!!!」
「こ、これは防ぎきれないなー! 仕方ない、爆散!!」
俺の身体は後方へ弾け飛び、空を仰ぐ。
盾は破壊できたが、氷の盾は砕かれながらも破片の弾丸と化して俺を襲った。
いわば氷の散弾銃、小型の【アイスボム】の連弾が回避も防御もとれない状態の俺に何発も放たれたようなもの。
俺の一撃は、とうとうイェリコのLPを奪い去ることができなかったのだ。
――勝利者、イェリコ! あなたの敗北です。
簡素なその一行は、俺が負けたということを伝えた。