第九話『青い森へ』
ルーイン&シティ3の地に立って、三日目の朝。
現実世界の一時間はこちらでの二日間らしい。
すごく濃密な世界だが、流石に一日の流れは体感としても二十四時間はない。
今日はリアルタイムで夕方五時から七時までの二時間の間、つまりここでの四日間をプレイすると決めている。
リアルでのそれぞれの家に帰宅しなければならないから、ゲーム内時間のあと二日だけはこの世界を楽しむことができる。
以前取得したテラーウルフの牙は初級武具の素材になるようで、その方面の生産スキルの無い俺達はそれらを全て売却していた。
三人の合計所持金が5200マニ。
今の拠点としている宿屋の料金が二部屋一泊で2000マニだから、一日にそれなりの狩りをして稼げば低レベルでも安全に睡眠が取れる。
十分な休息を取り体力が回復したところで、次の行動を話し合うため男部屋へと集合した。
表情はみんな普段どおりだが、目の下にはクマがあり若干まだ眠いというのは伺えた。
まあ、俺も眠いが。
「おはようございます。ゲームにしては寝心地が良いもので、寝坊してしまいそうでしたよ。さて、とりあえず情報収集の結果を報告しましょうか」
「ああ、頼む」
「収穫、あった?」
彼はステータス画面を表示、いくつかある項目の中から『フレンドリスト』情報を展開させた。
やはりというかフレンド登録してあるのは女性ばかりだ。
「協力をお願いできそうな人物にはお互いに友達申請をさせてもらいました。比較的にスキルを特定方向へ特化させている方々です。もちろん登録ついでにレアモンスターについての情報もいくつか手に入りましたよ」
「あの一日で、六人も……。 この人は魔法系特化で、ああこのいかにもレンジャー!って感じの子は弓使いか」
「僕達とはスキルが被っていない方々です。特化しつつ、スキルも被ってなくて利害も一致しているという条件を考慮すると六人しか探せませんでした」
「十分すぎるだろ……。しかもよく見たらなんだこれ、美少女コレクションでもやってんのか? 他の男プレイヤーが見たら襲われるようなラインナップだな」
「特にこの人、すごい美人だね。冷たそうな感じはするけど……」
ああ、その人はアルアさんですねといいながらカイは少し難しい顔をする。
「美人度8というだけでも希少な方なのですが、特化させているスキルがなんと【サブマシンガン技能】なんですよ。隣のメガネのカワイイお嬢さん、アイカさんも【スナイパーライフル技能】を特化させています。まあ、このゲームの特色でもある『ワールドリープ』システムで近未来から中世にきたお二人ですね」
「あぁ、たまにこの街では販売してない装備のプレイヤーを見かけるが、この二人も別世界からきたプレイヤーか」
「ええ。 まあ、複数の世界設定でプレイできるのはこのゲームの魅力なのですが、正直なところうまくいってるとは思えないんですよね」
「『疲労度』、消費しちゃうもんね」
すっかり忘れていたが、このゲームには『疲労度』というシステムを採用している。
疲労度はゲームのプレイ時間を制限するためのもので、現実世界の一日に与えられる数値が100。
ゲーム内一日で数値が10減少する。
つまりゲーム内時間十日でリアル一日に与えられる疲労度が0となり、疲労度が回復するまではゲームをプレイできなくなる。
現実世界で言えば一日5時間までプレイが可能で、次の日をまたぐころに疲労度が上限の100へと回復するのだ。
「リアルでの一日に100しか疲労度が与えられてないのに、『ワールドリープ』しちゃったら80も消費しちゃうもんな。開発は"好きな装備で好きな世界を冒険すること"にこのゲームの独自性を出してるはずなんだよな。近未来から銃器を持ちこんで中世編で無双したりとか、中世編の金属鎧なんかを古代編に持ち込んで俺KATEEEしたりとかさ。だがそれも疲労度で積極的にはできないし誰得仕様すぎるぜ」
「先ほどの銃器使い、アルアさんとアイカさんも言っていたのですが、いくら武器としては強い部類に入る銃でも、弾が売っていなければ意味がないと嘆いていました」
「そりゃそうだ。なんか長時間の連続プレイによる健康被害を考慮してんのかな?」
「ほとんどのゲーム、今はこの制度を採用してない。 外国展開も視野に入れているのか、もしくは熱中して健康を害する人がたくさんでてしまうのでは、と開発運営が自惚れているのか」
アミは意外と手厳しいな。
たしかにこのRC3、VRMMOとしては面白いと思うが、似たようなゲームは他にだってある。
世界設定を複数用意してあるようなものは他に無いが、それぞれで見ればゾンビを銃器で倒していくゲームだって別に存在する。
シリーズの世界観が好きだったから俺はこれを楽しくプレイしている。
しかしそういった補正を抜きにした場合、RC3は他より頭ひとつくらいは抜けたゲームかもしれないが、その差は圧倒的というほどではないのだ。
って、ネトゲそのものの話はもういいか。
「話を戻しますが、一応それぞれの分野で特化している方々です。情報を提供する代わりに、こちらも情報と戦力を必要に応じて提供してほしいそうです。まあお互いに益がないといけませんから、当然のことですが。集めた情報から考えると、最初のレアモンスター狩りは西の草原に生息する"ブラッディファング"になりそうですね」
「やはりそこにきたか」
この地に降り立った初日、テラーウルフを狩りまくった草原のレアモンスター"ブラッディファング"。
サイズはテラーウルフよりも一回りほど大きいだけだが、輝くような銀の体毛と、魔力を宿し、犠牲者の血で染められた、鋭く大きな牙を持つ狼型モンスター。
ゲーム開始から数えるほどしか討伐されていないらしく、どうやら一定の時間周期でしか現れないモンスターらしい。
西の草原はビギナー冒険者用のフィールド扱いになっているためか、ビギナーを卒業した冒険者は基本、訪れることがない。
いつ現れるか分からないレアモンスターを倒すために、レベル上、既に雑魚となってしまったテラーウルフを倒しながら草原をうろうろするのは時間がもったいないのだろう。
「最近、討伐報告もなければ市場にそれのドロップ品がでたということも聞きませんから、おそらくそろそろ復活するはずです」
「そうか。しかし聞いた話だと火属性のモンスターらしいが、俺達では厳しくないかな」
「私が、お荷物になってしまいそう。 水属性、少しでも取る?」
「いえ、確かにドロップアイテムなどの分配を考えれば三人で仕留めたいところですが、まがりなりにもレアモンスター。 適正レベルが20の相手です。僕達はレベルが15。そもそも正攻法でやってもなかなか厳しい条件ですので、今回は"氷特化の魔法使いイェリコ"さんに加わってもらいましょう。後で連絡を入れておきます」
ブラッディファングが出現するのは夜間。
カイによると明日の夜という可能性が非常に高いらしい。
どうしてそうなったのかは分からないが、どちらにしてもゲームに滞在できるのは明日までなのだからやるだけやっておこうって感じだろう。
「それでは明日の夜の決行に備えて、残りの時間で可能な限りのレベルアップを図りましょう」
「あ、カイ、ちょっと待ってくれ。 俺からも報告がある」
俺は鞄から腕によりをかけた自信作を取り出しテーブルの上に並べた。
先日、訓練後に作成したアイテムだ。
使用していないのにも関わらず、それは香りをもって存在感を放っていた。
俺達がプレイするこの仮想世界におけるアイテム作成は、現実世界でまっとうな手段を用いてモノを作っている人から見れば冒涜であろう。
レシピに要求されたアイテムを集め、目的に応じた生産スキルを発動することで素材が発光、光が消えると共に作成に成功していれば完成品がそこに現れる。
一応材料となるものの組み合わせや、量の配合を変えたりするというレシピ外の冒険行為も可能ではあるため、生産スキルは生産スキルなりに、ノウハウが蓄積され出来上がる品質も変わっていく。
「もしかして、【アロマテラピー】関連で作成したアイテムですか? いい香りがしますね」
「ああ。南の川辺で草花やその他自然系素材を入手してな。最初は簡単な消耗品とかを作ってたんだがスキルレベルが上がると作れるようになった」
アイテム名――パワーインセンス
「インセンスとは?」
「お香のことだ。火をつけて煙を炊いて、その香りの効果なのか煙の効果なのかは分からないがステータスが一定時間上昇するらしい。まあこれは言わば"力の香"といったところだ。筋力が上昇するぜ」
「掛け合わせる草花のブレンドを変えたら、メンタルインセンスもできたよ。ダイキに作ってもらったの」
カイはしばらく沈黙したが、次の瞬間にはニヤリと口元を歪ませる。
「やはり取得してもらって良かった。これは大きな前進ですよ!」
「おう、やっぱそうだよな! これからは男も癒しを求める時代なんだよ!! いやあカイもこれの良さが分かってくれるとは。この香りに到達するまでにけっこう素材を無駄にしちゃったからな。なんて素晴らしいゲームだよ、こんなスキル用意してあるなんて」
「……やっぱり好きなんじゃないですか、アロマ。残念ですが僕が良いと思ったのは香りだとか癒しではありません。ステータス上昇効果です。ちなみにこれ、持続時間はどれくらいです?」
「もらったの、昨日試してみた。だいたい30分。効果は該当するステータスが5ほどアップするみたい」
なんともまあ、実用的な話のことで。
確かに有用なアイテムには違いないが、おそらくステータス上昇効果があるアイテムは薬剤やら料理やらでも作成できるだろう。
そこまで感激するほどのものなのだろうか
「花より団子、香りより能力アップかよ。まあいい、極めればもっとすごいものも作れるだろうから、そのときは香り高いアロマの力にひれ伏させてやるぜ!」
「いえいえ、ダイキ。これは現状でも本当に良いものですよ。30分とはいえ、一種類使うたびに1レベル上がるようなものです。ステータスにはある一定の数字を超えると体にかかる補正が大きくなるケースがあるのですよ。例えば筋力48と49では攻撃ダメージに差ほど違いがありません。けれど49が50になると変わってきます。ぎりぎり一撃で倒したり倒せなかったモンスターが、50になると確定して倒せるようになったりします」
「確かに筋力は10の倍数で補正が大きくなるから、このお香も効果バツグンだけどよ。たぶん料理とか薬品でもそういうのあるだろ?」
やれやれと首を振るカイだが、アミがすかさず俺に事情を説明してくれる。
「確かに、アロマ以外にもそういうの、ある。でも料理は食べなくちゃいけないから、体が重くなるし保存も大変。薬品は副作用がある」
そういうことか。
確かにお香は一日二日でダメになったりするようなアイテムではないから、保存もしやすいし持ち運びも容易だ。
「そういうことです。しかも他人にはまだ広まっていない可能性が高い。一儲けもできそうですし、しばらくこの技術はあまり言いふらさないようにお願いします」
「ああ、分かった。 まあ、今更これを習得するためにスキル枠埋めるヤツもそうそういないとは思うけどな」
「今後、変わってくると思いますよ。さて、今日は三人で鍛錬することにしましょうか。ついでにお香の素材が多く取れる場所がいいですね」
「南の川辺をさらに上った、森。"青い森"って言われてるフィールドがあるの。そこが良いと思う」
「よし、んじゃ支度して早速いこうか。低級のお香だが、これをみんなに配るから頑張って経験値を稼いでこうぜ!」
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途中、イーティンラディなどの植物モンスターを倒しつつ、"青い森"の入り口と思われる場所へ到着した。
外から見ると、これまでのフィールドよりは木々や植物が多く、進むのが大変なフィールドに思える。
「こりゃ戦いにくそうだな。モンスターがどこから飛び出てくるかわからねえ」
「【気配察知】みたいな索敵向けスキルは、飛び道具を得意とする人やダガーみたいな暗殺系の武器種スキルを伸ばしている人でないと取得できないですからね。僕達に欠けている要素のひとつではあります」
「適正レベル15だから、大丈夫だとは思うの」
俺達のレベルは15。
とはいえ森のように木々が障害物になったりスペースや視界を確保できない場所での戦闘は初めてだ。
適正レベルを満たしているというだけは、少々苦戦するかもしれないが……。
「よっしゃ、森の奥深くに行く前にお香炊こうぜ! 俺とカイはパワーインセンス。アミはメンタルインセンスだな」
「……これから戦闘になるというのに、癒しの行為を行っているのはなかなか場違いな感じがしますね」
「ん、いい香り」
狩りの準備は整った。
お香による能力調整に、特化させたスキルがあるのだ、決まればさくさくいけるはず。
少し歩みを進めると、【気配察知】系スキルをもっていない俺達でも気配が感じとれるほどの距離にモンスターが現れる。
「森だけあって、いかにもなモンスターだな」
樹木型モンスター――トレントとエント二匹だ。
トレントは背丈3メートルを越える樹木にパックリと裂けた口のようなうろ穴、目と思わしき部分にも光が宿らない窪みが二つある怪物で、表情と言ってよいのかその様相にはこちらへの悪意が感じ取れる。
エントは背丈が俺達より少々低いくらいの人の形をしたモンスター。 ただし皮膚や肉とよべるものはなく、木の枯れ枝をつぎはぎして形を成している。
「一応、連携を意識して戦いましょう」
「ああ、おそらく物理攻撃主体の敵だ。俺が前に出るからカイは敵を後ろに行かせないように頼むぜ! アミもいつもどおり頼む!!」
「ん、任せて。たぶん、この敵とは相性がいい」
その言葉を聞いて、俺は防御主体の戦闘スタンスを取る。
複数の敵がいる場合、まずは【パワーストライク】を初っ端に放って注意を惹きつつそのまま間合いを詰める。
だが今回はそうしない。
【ステップ】で前進し、通常攻撃で敵にちょっかいをかける。
足が速くないモンスターにはこれで十分、剣や盾を操り敵の攻撃を流していく。
新たに【防御技能】を適用させたことで、器用さが微量に上昇し攻撃を無理やり受け止めるだけではなく、攻撃のベクトルを逸らすように敵の攻撃を流していくことができるようになってきた。
トレントが腕のような枝を振り下ろし、エントは体から針状に尖らせた枝を伸ばしてくる。
「同じ木製の盾だがな、それじゃ抜けねえよ。 【ハードシールド】!】
結構な力だが直線的な攻撃だ、体の芯を震わせるような打撃ではない。
盾を硬化させつつも、枝と盾がぶつかり合って生じる衝撃を殺す方向へ流していく。
ん、攻撃の波が弱まったか?
盾から感じられる攻撃の勢いが減少している。
「さてと、脇には行かせませんよ!」
俺に攻撃を当てることが難しいと判断したのか、一匹のエントがターゲットを変えこちらの側面を突こうとしていたのだ。
まずいと思ったが、それを防ごうとカイがエントの進行を止める。
流石に二匹の攻撃を防ぎつつ脇にそれたエントを追うことは無理だから、このサポートはありがたい。
「あっちに集まってくださいね。 【バーチカルスライド】!」
カイが下方から垂直上方へ素早く槍を振り上げる。
行動は単純で地味な技だが、スキルの補正がかかっている攻撃を受けたエントは衝撃を逃がすことができず、元いた場所へ吹き飛ばされてしまう。
「チャージ、完了。 集いし炎の魔力を、今開放する。 【ファイアボール】!!」
炎を何重にも重ねた球体、それはアミが杖を振り下ろすと同時に敵へ向かって突き進む。
「「【バックステップ】」」
巻き添えを食らわないように戦士二人が後退する。
それと同時に、炎の球体がトレントに直撃。だが、炎の球体は直撃しただけでなく、命中した箇所を基点に爆発を引き起こし、残った二体のエントをも巻き込んだ。
新たに取得した【ファイアボール】は単純な魔法で、火の玉を敵にぶつけるものだ。
ただ【火炎属性マスタリーLv15】で覚えるだけあって、着弾後に爆発を引き起こす。
そして何より、魔力を溜める――チャージすることができ、時間を稼ぐ必要はあるが威力を増大させることができるのだ。
「ふう、やったぜ! 俺が耐えながら敵をまとめたところで魔法ドッカーンが、一番楽でMP消費も抑えられるな」
「一匹、横に逸れてましたよ。まあそれをどうにかするのも僕の仕事ですが」
「動物型より、足遅いし。たぶん地属性だから、火炎魔法のダメージが大きいね」
「そうそう。ここの敵は足が遅いから効率を追求しているパーティーでは足の速い人が五体以上敵を集めて、そこから範囲魔法で仕留めるようです。僕達とちがって結界魔法や防壁魔法で安全性を高めますから、ほとんど作業のように狩りができるって話ですよ」
「そっか。 まあ、俺達は俺達でできることをやっていこうぜ」
「そうですね。僕も多少のスリルがあった方が楽しいと思います」
モンスターの死骸が消える前にアイテムを回収し、森の探索を継続する。
森だけあって奇襲されることも、群れに包囲されることもあった。だが剣と盾のスキルを伸ばし、前線で経験を積んでいたおかげでどうにか火力担当のアミに触れさせることも無く撃退している。
カイもなんだかんだでレベルを上げていたようで、アミを狙ってきた奴や背後を取ろうとした奴をスキルで妨害したり、時には撃破した。
もし俺に防壁を展開したり、足を止めるようなスキルがあれば楽に敵をまとめて殲滅できたかもしれない。
しかしそうなってくると、索敵系や加速系のスキルで移動力を強化したプレイヤーに敵を集めてもらって、範囲魔法で殲滅するだけの作業になってしまう。
悪いとは言わないが、そうなってくると近接武器のスキル育成はもちろん、実際の間合いの読み合いなんかは身につかないように思えるんだが。
まあ、対人戦が絡むようなイベントも無いっぽいし、どうでもいいのかもな。
「しかし、やっぱり槍強いじゃねえか。 今更だけどよ」
「使い込んでみてわかったのですが、近距離の範囲攻撃、並びに連続攻撃が得意な武器種みたいですね。衝撃波を飛ばしたり気を爆発させるようなファンタジックスキルは無いみたいです。まあスキル合成をすればあるにはあるんでしょうが」
槍は魔法っぽい要素が絡んだスキルが、【槍技能】スキルからは派生しないらしい。
そのせいか二段攻撃や振り上げといった基礎的な動作を、スキル補正で高める攻撃が多い。
非常に地味なのだが、スキル補正のおかげで流れるような連続攻撃を可能とし、極めるとさながら演舞を見ているような美しさがあるのだそうだ。
片手剣は逆に、ファンタジーよりのスキルが多い。
【パワーストライク】のように衝撃波を飛ばす技がいい例だ。
「何か、聞こえない?」
アミがスキル談議を遮った。
確かに、微かだが金属音や人の焦ったような声が聞こえる。
「いってみよう!」
「アイテムの確認と戦闘準備を!」
既に熱が入っているであろう戦場へと俺達は向かった。