表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/23

第9話(距離)

水野さんが倒れた日から、何週間かたった夜。


なぜか胸騒ぎがして、水野さんに電話をかけた。


何度かけても、水野さんのいつもの明るい声を聞くことはできなかった。



僕は、インターネットや図書館で水野さんの病気を調べることが日課になっていた。


知れば知るほど不安が募り、いてもたってもいられない気持ちになる。



ユキとは、なかなか会えない日々が続いていた。


新入生の歓迎のための作品作りで土日も学校へ行っていた。


僕は、そのせいもあって水野さんのことばかり考えていた。


毎晩電話をくれるユキだけど、とても疲れているので5分くらいで眠気がくる。


ユキを応援したいという気持ちと、僕はユキにとってどういう存在なのか、という疑問が入り混じる。


関西弁の酔っ払い野郎との事もやっぱり気になっている僕だけど、あれ以来その話はしていない。


本当は、週末に水野さんのお見舞いに行きたかった。


一人で行くのはとても不安だったから。



僕の調べたその病気についてのこと・・・


ストレスが原因による病気だって書いてあった。


ストレスなんて感じていないような水野さんだけど、実は人一倍気を遣う優しい人。


脳の中のセロトニンという物質が減ってくることによって起こる。


過換気症候群と診断された人は、同じような症状を繰り返すことが多いとも書かれていた。


例えば、電車の中で過呼吸になった人は、次に電車に乗ったときも同じように苦しくなるんではないかと不安になり、その不安がどんどん大きくなり、また発作が起こる。


それを繰り返すことで、電車には乗れなくなってしまうこともある。


それは、一例であって、本当にたくさんの症状がある。


その病気で苦しむ人の数も相当多くて驚いた。



自分の周りにいなかっただけだろうか。


しかし、調べているうちに思い出したことがある。


ゆうじは、遠足になるといつも朝から具合が悪かった。


バスでも酔ってしまって、修学旅行も後半ずっと寝ていた。


ゆうじは、人前に出ることを極端に嫌がっていた。


先生に本読みを当てられるだけで、顔が真っ赤になり、冷や汗をかいていた。


保健室にもよくお世話になっていた。


一度、ゆうじのお母さんに『自律神経失調症』という病気だと聞いたことがあった。


不思議な名前だと思った記憶がある。



水野さんの病気も、自律神経に関係があることがほとんどだそう。


僕のほんの少しの知識だから、本当かどうかわからないけど。




ユキとゆっくり話す時間が欲しかった。


ユキの家に行って、お父さんに話を聞いてみたかった。



夜の10時になってもユキからの電話がないことに、イライラが激しくなった僕は、自分から電話をかけた。


かけなければ良かったと後悔したときには、もう遅かった。



上機嫌な声で電話に出たユキは、学校の帰りに友達とご飯を食べている最中だった。


「ハル!ごめんね。電話できなくて・・。今、イタリアンのお店でみんなと晩御飯食べてるんだ。作品も、どんどん新しいアイデアが生まれてきて、すごく楽しいよ。」


「そうなんだ。良かったな!毎日大変だけど、無理するなよ。」


「うん、ありがと!じゃ、今日は遅くなるからまた明日電話するね。」


ユキは、電話を切ろうとしたその時、聞き覚えのある声が電話の向こうから聞こえた。


忘れはしない、あの声。


あの男も一緒なんだ。


僕は、電話を切りたくなかった。


「あ・・あの人も一緒なの?」


気になって眠れないよりはマシだと思って、ユキに問いかける。


「あ!タケのこと?今日は飲んでないから大丈夫だよ。車でみんなのこと送ってくれるから。」


タケ?


送ってもらう?



ここ1週間で、ユキとの間にまた溝ができてしまっている。


あの夜、ラブホで愛を確かめ合い、また僕らの愛は固く結ばれた・・はずだった。


結局のところ・・・体で得た安心感は長続きしないってことか。



「何時になってもいいから、電話ほしい。」



僕の精一杯のその言葉をユキは拒否したんだ。


「今から、まだみんなでいろいろ話し合いするから、本当に遅くなっちゃうから寝てて。」




本当なら、送ってもらうなと言いたかったんだよ、ユキ。


タケって誰だよって言いたかったんだよ。


どうして、僕について何も聞かないの?って僕はとても不安になったんだよ。



全部我慢して、ただ電話して欲しいと言った僕の気持ちはどうなるの?


僕のやわらかい心には、たくさんの傷がついた。




会いたいといって欲しかったわけじゃない。


でも、ハルは元気?くらい聞いてくれるのが、ユキだったよね。


変わってしまったのは、ユキなのか、僕なのか、2人の気持ちなのか・・・。



こんな時、心底思う。



水野さんに会いたい・・・って。


あの明るい笑顔と、爆裂トークでこの僕の涙を乾かして・・・。



僕は、もう一度水野さんに電話をかけた。


誰も出なかった。


今、どこでどうしているの?


どうして、電話に出られないの?



僕は、どんどん悲しみが膨れ上がり、この世に一人ぼっちみたいな気分になってきた。


早く朝が来て欲しかった。



僕はすがるような想いで、ゆうじに電話した。


忙しいゆうじが出てくれるはずもないんだけど。



『もしもし、ハル君??』


電話の向こうの変わらない優しい声を聞いて、僕は涙がポロポロと出てきた。



『泣いてるの?ハル君!ユキちゃんとケンカでもしちゃったの?どうしたの?ハル君!!ちゃんと話して!!』


僕を心配してくれるたくさんのゆうじの言葉たちが僕の心に染み渡る。


傷が癒えるのがわかる。


『ごめんな・・ゆうじ。ちょっと、寂しくなっちゃってさ。お前の声聞いたら、元気出たよ。新曲発売もうすぐだったよな。がんばれよ!』


『大丈夫?いつものハル君じゃないよ。僕、心配だよ。』


僕は真っ暗な部屋に響く、電話からの声を大事に大事に聞いていた。


『お前は優しいな!いつも・・。もう大丈夫だから!安心して。』



電話をゆうじはなかなか切ろうとしなかった。


ゆうじは何よりも僕のことを心配してくれるヤツなんだ。




次の日の朝、僕は目を疑った。


僕が目を覚ますと、そこにはゆうじの姿があった。


「ハル君、だめだよ!いくら男だからって玄関の鍵開けっ放しだったよ!!」


「え??そうじゃなくて・・え?夢?」


僕は意識がはっきりしないままきょろきょろと部屋を見回した。


「あんな声聞いて放っておけないよ。ちょうど、今日はオフだったから、大野君に頼んで連れてきてもらったんだ。」



「え?お前・・・。今レコーディングで忙しいんじゃないのか?しかも、昨日どこにいたんだ?」


「名古屋だよ。東京までは、結構遠かったけど、僕はいい詩を考えられた。ハル君のおかげでね。」


僕は、また泣きそうになった。


とても遠い場所から、僕を心配してわざわざ会いに来てくれた、僕の大事な友達。


距離なんて関係ないんだ。


遠いからって、本気になれば会えるんだ。


僕も、ユキに会いたかったらそこまで行けば良かったんだ。



「ゆうじ・・ありがと。まじでお前いいやつすぎだよ。今度こそ本当に元気出たから。」


「顔見たら安心した。どうせ、ユキちゃんと何かあったんでしょ?一人暮らしだからよけいに考えすぎて、誰かの声が聞きたかったんでしょ?」


大正解!


「どうして、そこまでわかるんだよ・・・はははは。やっぱ、一人の夜は寂しいな。」


「早く結婚しちゃえばいいのに。そしたら、ケンカしてもすぐに仲直りできる。会いたいときに会える。会いたくないときも会える。なんてね。」


ゆうじは、優しい笑顔で僕に光を降り注いでくれる太陽みたいな存在だった。


「今、大野君がパン買いに行ってくれてるから、3人で食べようね。」



大野君の買ってくれたパンと、甘いコーヒーは、僕にじわじわと染み込んできて、僕はやっと心から笑えるまで回復した。


「うめ〜!このパン!あめ〜よ、コーヒー。」


「ハル君、ブラックだった?僕とゆうじは甘党なんだ。ね、ゆうじ。」


「うん。僕らいつも甘い物ばかり食べてるね。差し入れもいつもケーキだもんね。」



何気ない会話と、何気ない食事、でもこの時間は何気なくない。


ゆうじと大野君が、僕一人のために作ってくれた大きな大きな時間。


忙しい日々を送る2人は、僕のために何時間もかけてここに来てくれた。


かけがえのない大切なプレゼント。



僕は、ちゃんとユキと向き合わなくてはいけない。


そして、水野さんの様子も見に行こう。


この2人の、行動力に負けていられない。



朝焼けの冬の空を見ながら、僕は素敵な仲間をくれた神様に感謝した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ