第6話(やきもち)
「今の電話誰だよ!」
せっかくの2人の時間を邪魔するユキへの電話に苛立ちと不安が隠せない。
日曜の午後、一週間ぶりに会えたってのに。
「学校の友達だよ。なに〜?ハルったらやきもち焼いてんの?」
「声漏れてたよ。男だろ・・・。」
柄にもなく、少し不機嫌な僕に、ユキが低姿勢で謝る。
「ごめんね。電源切っておいたら良かったよね。同じクラスの男の子なんだけど、明日先輩の追い出し会やるからっていう電話だったんだ・・。ごめんね・・。」
そりゃ、当たり前だよな。
僕の知らない友達がいっぱいいて、ユキにはユキの世界がある。
「僕こそごめん。なんか・・感じ悪いよな。やきもち焼いちゃった・・。」
「ううん。嬉しいよ!めったにそんなハル見れないもん。」
ユキは、甘えたような声で話しながら、僕の隣に座る。
いつもなら、このままイチャイチャしながらベッドへ流れ込むんだけど、今日はまったり気分。
「高校の頃は良かったな。毎日会えたから、こんな気持ちにはならなかった。」
「ハル、私のこともっと信じて。私もハルを信じてる。会えないときは、妄想しちゃって勝手に不安になったりするけどね。」
「そっか、ユキもあるんだ。僕もある。見えないから、想像ばかり膨らむんだ。僕が一目ぼれした人だから、モテるに決まってる・・だから、心配になることがある。」
水野さんのせいだ。
最近ものすごく不安になったり、ユキの学校に忍び込みたくなったりする。
「それは私も同じ。ハルがモテるのは昔からわかってるもん。今は慣れたけど、やっぱり心配だよ・・。あんなことがあったんだもん。」
ユキの言う『あんなこと』と言うのは・・・
お互い専門学校に入学して1ヶ月くらい経った去年の5月。
僕の専攻したコースにいい男がいなかったせいもあり、僕はモテまくりの日々だった。
心配すると思い、ユキに聞かれても全然モテないと言っていた。
そんなある日、僕のハイツにユキと2人で帰ってきたら、ドアの前に同じ学校の女の子が座ってた。
手作り弁当を持って来てくれていた話したこともないその女の子は、手をつないで帰宅した僕らを見て、走って逃げた。
彼女がいるってことは知っていたはずなんだけど・・・。
ユキは何も聞こうとしなかった。
明らかに、片思いの顔をしていたその女の子と僕の関係を疑うほど、ユキは子供じゃない。
それからも、何度かその子は家の前に来ていた。
彼女いるから・・って何度も断ったが何度も告白してきた。
入学してから、今までに多くの女子からスキスキ光線を送られた。
僕の心が動くことはなかったし、ユキ以外にモテても意味がないように思った。
最近では、僕の固い決意が伝わったのか、告白してくる女の子はいなくなった。
ただの彼女じゃね〜んだよ!!
いつも、そう思ってた。
離れてるからとか、忙しいからとかで他に気持ちが行っちゃうようなそんな愛じゃない。
「ハルのこと好きな人がいるっていうだけでも心配なんだから。授業で実習とかあるんでしょ?ハルに抱っことかされて喜んでる子もいるかも・・・。きゃ〜〜〜〜〜!!」
ふざけて僕に抱きついて来たユキを優しく抱きしめる。
「抱っこなんかするわけないだろ?もう今ではみんな僕に彼女がいること知ってるから、心配しないで。」
僕は、ユキにキスをした。
その時、ユキの携帯のバイブの音が響き渡った。
昔、僕の家でイチャイチャしてるときもこんなことがあった。
これからだって時にバイブに驚いて2人とも心臓バクバクだったな。
「取れよ、電話。」
また少し不機嫌になった僕に、ユキは申し訳なさそうな表情でうつむいた。
「ごめん・・でもメールだからいいよ。」
「メール見ていいよ。」
「いいって。後で見るから・・」
ユキは目をそらしたままの僕に気を使ってるのがわかる。
「やましくないなら、見れるだろ。最近結構メールよく来るし、それも気になってた。」
「何疑ってんの?やましくなんかないよ。」
ユキは、ちょっと怒ったような口調で携帯を見る。
顔色が変わった。
ちょっとやばいメールなんだと、僕は予想した。
これ以上問い詰めるのは、男らしくない。
非常に気にはなるが、何も聞かないでおこう。
「ごめん、ユキ。疑ってるわけじゃないんだ。せっかく久しぶりに会えたのにごめん。」
「さっきの電話の人からのメール・・。」
「メールもしてるんだ・・・。」
なんだか嫌な雰囲気だ。
僕ら今までこんな空気になったことなかった。
いつも言いたいこと言い合って何でも隠さず話してた。
今は、お互いが探り合ってるような・・。
「ハル、明日の先輩の追い出し会の後、迎えに来てくれないかな?」
「でも、そんなところに彼氏が行くのって感じ悪くない?知らない人ばっかりなのに。」
「ハルのこと、みんなに紹介したかったんだけど。嫌ならいいの・・。」
「嫌ってわけじゃないけど・・。」
「さっきの電話の人にも、ちゃんと会って欲しかったの。会ったら、ハルも心配なんてしなくなると思うんだ。すごく面白い人なんだよ・・ 年上なんだけど・・。」
「もういいって!!」
僕はユキの話の途中で言葉をさえぎってしまった。
これは、僕らに訪れた初めてのケンカ・・かもしれない。
「ごめん・・ユキ。さっきなんてメール来たの?」
ユキは今にも泣きそうな顔で下を向いていた。
「明日、帰り送ろうかって。」
その男はきっとユキを狙ってるに違いない。
そして、ユキもそのことを感じ取っている。
僕を紹介したところで、その彼があきらめるだろうか。
ユキも、少しは気になっているのかもしれない。
あぁぁ。今日の僕はダメだ・・・。
これ以上ユキといても、今日は傷つけてしまうだけだ。
「メール見て・・。」
ユキが僕にメールの画面を見せた。
≪明日、ゆきちゃん車で送ったるわ!夜景でも見にいかへんか??≫
「・・・はぁ。なんて言ったらいいんだろう。」
「・・・・・・・」
黙り込むユキ。
「関西人かよ・・。しかも車持ってんのかよ・・。」
「大阪から出てきた人。今21歳だったかな。」
別れ話を切り出されてる男の気持ちになってきていた。
「そっか・・そりゃ面白いだろうな。大阪の人だったら。僕も、車の免許取りたいな。そしたら、夜景見に連れて行ってやれるのに・・・。」
「最近、こんな風なメールがよく来てて、ハルに言おうかどうか迷ってたの。ごめんね・・。彼氏がいるってちゃんと言ってるんだよ。」
「でも、同じクラスで仲良くしてるヤツなんだろう・・僕が出て行って、ややこしくしちゃったらまずくない?」
「ただ迎えにきてくれるだけでいいの。ハルにはかなうはずないってあきらめるよ!」
「ユキは男心わかってないな〜。よけい燃えるんじゃないかと心配だよ。」
はぁ・・とため息をつくユキ。
「じゃあ、いい!!自分で断るから!」
「ごめんごめん。迎えにいくよ。車じゃないけどね。」
なんとか、いつもの空気に戻ったこの部屋。
だけど、何かが違う気がした。
「もうすぐ、お父さん迎えに来るんだ。ハルの晩御飯だけ作って帰るね。」
今日は、家族で食事に行くんだって。
ユキのお父さんは、とても良い『パパ』をしてる。
ユキは、こんなに楽しい家って今までになかったと話した。
何気ない幸せがたくさん積み重なって大きな幸せになる。
「おぉ!ハル君。ユキを取ってしまって悪いね。また今度ゆっくりうちへおいで。」
ユキのお父さんは、車の窓から片手を出して僕に手を振った。
ユキは、左手に携帯を持ちながら、僕に手を振った。
なんだよ・・。
誰からのメールを待ってるんだ・・・。
明日、迎えに行かなかったらユキはそいつとドライブに行ってしまうかも知れない・・・。
そんな不安が、もくもくと膨れ上がってくる。
目をつぶると、会ったこともないその男とユキの姿が浮かぶ・・・。
やばいな・・僕。
それもこれも、水野さんのせいだ。
あんなこと言うから・・・。
翌日、夜の9時にユキ達の集まる店の前で待つ僕。
どうしてこうもマイナス思考になるんだか・・。最近の僕。
店内から聞こえる楽しそうな笑い声に涙が出そうになる。
そこに僕の居場所はない。
約束の時間を過ぎても、お開きになる様子はない。
僕は水野さんに電話をかけた。
『もしもし、ハルっぺどうしたんだよ?』
明るい水野さんの声を聞きたかっただけなんだ。
『どうしてくれるんだよ〜!水野さんが変なこと言うから、ちょっと僕おかしくなってるんだ。責任とってよ!!』
『ははは!!考えすぎだよ。ばかだな〜!ユキちゃんはお前にチョー惚れてるんだから。』
『・・・そんなのわかんないじゃん・・。』
『あれれ?どした?俺のエロエロ講座がまた必要?あ、明日家来たら?晩飯食いにこいよ!』
『いいの?やった〜〜!でも、想像以上に僕落ちてるよ・・。』
『声聞けばわかるよ。じゃな、また明日!』
不思議・・・。
水野さんの声聞いてたら、マイナス思考な僕がどっかへ飛んでいった。
明日、またバカ話して、僕は復活するぞ!!
店内をチラリと覗くとユキの姿が見えた。
カーテン越しだから、ハッキリ見えないけど、あのサラサラストレートの髪とピンと伸びた背筋は、ユキ以外ありえない。
隣に座ってる男との距離が気になる。
肩と肩が当たってるように見える。
こんな気持ち初めてだ。
僕の天使に触るんじゃね〜〜!!って店の中に入って行きたい衝動にかられる。
深呼吸して、もう一度中を見た。
あ、お開きっぽいぞ。
ドキドキしながら、出口から少し離れたガードレールにもたれる。
精一杯かっこつけて、自分の中で一番イケてる顔を作る。
「ハル〜〜!!ごめん。遅くなっちゃった。」
一番に飛び出してきたのはユキだった。
ユキの友達に見せるはずだった僕の一押し『眉間にしわよせながら物思いにふける顔』は、ユキに見られてしまった。
「ごめんね。怒ってる?今怖い顔してたよ・・。」
「ううん。怒ってないよ。ちょっと緊張してただけ。」
店から何人かのユキの友達が出てきた。
「ユッキー!ユッキーの彼氏??紹介してよ!!噂通りだね。」
「初めまして。ユッキーの友達です。ハル君ですか??」
「かっこいいじゃん、ユッキー!彼氏の友達紹介してよ!!」
僕が答える間もなく、僕の前をさまざまな声が交差する。
ユッキーっていう新しいユキのあだ名も、僕にはユキを遠く感じさせる。
美術系だけあって、個性的な人が多い。
ユキが白だとしたら、この周りの友達は真っ赤と黒のチェックとか、迷彩ってイメージ。
その時、目に入ってきたのは、ふらふらと酔っ払いのような動きをする男。
「まじで〜、俺もうフラフラや〜。ユキ〜、一眠りしてから送ったるわ!」
その男は、ヘラヘラと笑いながら、ユキの肩に腕を回した。
「運転する気ですか?」
僕はできる限り落ちついてそう声をかけ、男の手をユキの肩から離した。
「あ〜〜!もしかしてハル??ハルなん?噂の彼氏にやっと会えたな〜。」
僕に握手を求めてきたその人は、決して悪い人だとは思わないけど、この酔い方はひどすぎると思った。
ユキは、とても悲しい目をしていた。
お酒が好きではないユキにとって、こんな光景を目にするのは辛いだろう。
「僕が送りますので。今日はタクシーで帰った方がいいですよ。これからも、もしお酒飲んだら絶対に車に乗らないようにしてください。もう20才超えてるんですから、それくらいの常識持ってくださいよ・・。」
イヤミにならない程度に、きつく言った。
「お〜い。そんな怒るなって。酔いが覚めてから帰るから安心してや。ごめんやで・・。」
そのまま、地面に寝転んだその人は、ユキに酒を勧めてきた。
「ちょっとくらいいいやんか〜、飲んでみてや。」
僕はプチっと切れる音がした自分の脳に驚いた。
「てめぇ、ユキのことなんも知らないくせに。これから一切ユキに酒飲ますな!」
僕は、その人のむなぐらをつかんで、そう言ってその場を去った。
ユキの手をつかんで、速いスピードで歩いた。
ごめん。ユキ。
友達に悪い印象を与えたかもしれない。
しばらくして、振り向いたらユキはニコって笑ってくれた。
「ハル、かっこいいね。ありがと!男らしかった!あんなハル初めて!ますます好きになっちゃった!」
予想外のユキの言葉に、緊張がほぐれた。
「ごめんな・・明日なんか言われるかもな。みんなに怖い彼氏だと思われたかな。」
「平気平気!あの人酒癖悪いってみんな言ってたから、きっと感謝してるよ!」
強く握られた手から、ユキの気持ちが伝わる。
「ハル・・久しぶりにエッチしよっか??」
僕らは、珍しくラブホへ向かった。
久しぶりのユキとの愛の時間・・・
少し、ほつれかかってた糸がきれいに元通りになった気分だった。
僕らの間にあった小さな溝も全くなくなった。
終わってすぐ、眠ってるユキの顔見てると安心感に包まれた。
一つになることによって得られる安心感もあるんだと、僕は実感した。
Hが大事だと言っていた水野さんの顔が浮かんだ。
こんなにやきもちを焼いたのは初めてだった。
自分がこんなにかっこ悪い男だって知らなかったよ。
まだまだ修行が足りない。
ユキにふさわしい男になる為には、僕はもう一皮むけなきゃな。