第22話(あの空の向こうへ)
プロポーズしたその足で、僕とユキはゆうじの病院へ向かった。
一番に最初に結婚を報告したかった。
いつも僕らを応援してくれていた僕の親友。
僕らの為の歌を歌ってくれる笑顔の素敵な仲間。
静まり返る廊下を一番奥まで歩いていくとその部屋が、ゆうじの病室だ。
「ゆうじ、ハルだけど・・入るよ?」
僕の声に返事がなかったが、ゆうじの気配を感じてもう一度声をかける。
「ゆうじ・・入るからね。」
僕とユキは、ゆうじの寝ているベッドへ近づいた。
そこには、まるで幼い子供のように小さくなったゆうじがいた。
眠っているゆうじの頬にそっと触れると、ぬくもりが伝わってきた。
僕らの足音に気付いたのか、ゆうじは目を開けた。
「あ・・ハル君とユキちゃん。来てくれたんだ。」
体は細くなっていたが、笑顔はいつも通りで安心した。
「どう?しんどくない?」
「うん。大丈夫だよ。暇だから、新しい歌がいっぱいできちゃったよ・・。」
「楽しみだな!!今日はゆうじに報告があるんだ!実は、僕とユキ結婚することにした。」
ゆうじの笑顔は、夏を待ちわびていたひまわりのようだった。
「良かった・・僕ずっと待ってたんだ。もうあんな悲しい顔したハル君見たくない。結婚するなら、もう泣かないよね。大丈夫だね・・」
ゆうじは、僕とユキの手を取り、力の入らない手で精一杯握ってくれた。
「ユキちゃん、ハル君を頼んだよ。ハル君泣き虫だから・・」
僕は、ゆうじの手を握り返した。
「泣き虫じゃねーよ!」
そう強がったが、涙が溢れてくるのがわかった。
ユキも溢れる涙を必死に我慢していた。
「任せて、ゆうじ君。もうハルのこと泣かせたりしないからね。」
「うん。良かった・・ほんとに良かった・・・ハル君・・僕、結婚式で歌っちゃおうかな。」
ゆうじは、大好きな笑顔を僕にくれた。
何度も何度もその笑顔を見てきたけど、今日の笑顔はとびっきり素敵だった。
まさか、それがゆうじの最後の笑顔になるとは・・・・・
僕とユキが病室を出たのが午後6時だった。
それから、すぐにゆうじのお母さんが着替えを持って病室に行った。
お母さんが着替えさせ終わると、「ありがとう」って微笑んだ。
そして、眠るように安らかに静かに息を引き取った。
ゆうじは、6時5分に天国へ旅立った。
とてもきれいな顔をしていた。
少し微笑んでいた。
ゆうじは、僕たちが来るのを待っていてくれたんだね。
僕らにたくさんの笑顔と勇気と愛を残して、ゆうじはみんなより少し早くに旅へと出発した。
ゆうじの微笑むような最期の顔を見て、さすがゆうじだって思ったよ。
どんなに辛くたって、悲しくたっていつも笑顔を絶やさなかったゆうじらしい。
涙が枯れるくらいに、僕は泣いた。
最後に見せたゆうじの笑顔が、僕の頭から離れなかった。
最後に触れた頬のぬくもりが、今も僕の手には残っている。
大野君が言った。
「ゆうじに会いたくなったら、ゆうじの歌を聴けばいい」
お葬式で、『Spring Snow』の曲をかけて欲しいと僕がお願いした。
僕はゆうじが死んでしまったことをまだ信じられずにいた。
だって、歌ってるじゃないか。
こんなにも澄んだ声で、ゆうじは歌っている。
すぐそばで歌っている。
夏に、ゆうじの追悼コンサートをすることが決まった。
僕は、ゆうじのいないコンサートに行くのが怖かった。
現実を突きつけられて、自分が壊れてしまいそうだった。
僕は、ユキと結婚することが決まっていて良かったと思う。
今、僕を支えてくれているのは、未来の僕の奥さん。
泣いてばかりだった僕に、体に優しい食事を作ってくれた。
夜は、僕はユキの腕の中で眠った。
ゆうじ、そっちにはもう慣れたか。
友達はできたかい?
ゆうじの歌をみんなに聞かせてやってるか。
こっちは、まだゆうじがいない寂しさでいっぱいだ。
ゆうじ、見守っていてくれよ。
僕は、お前の分まで精一杯生きてやる。
僕が天国に行ったときに、お前に褒めてもらえるように・・。
僕は、また強くなった。
悲しい想いをすると人は強くなる。そして、優しくなる。
ゆうじがそれを僕らに教えてくれた。
誰よりも強く、優しかった君を・・・僕らは一生忘れない。
僕とユキは、翌年の春に結婚式をすることに決まった。
新居探しや、家具選びでささいなケンカをすると、ゆうじの声が聞こえる気がした。
『ハル君、仲良くしなきゃ!』
ってね。
どこにいても、何をしてても、ゆうじの存在は僕の中から消えることはなかった。
それは、ゆうじの周りにいた人全て感じていることだろう。
僕とユキは、結婚準備の為もあり、同棲を始めた。
ユキと僕は、これから新しいスタートラインに立つ。
そこはゴールではない。
初めてユキを見たあの日から、今も色褪せることはないユキへの気持ちをこれからも持ち続けよう。
ゆうじ!!
お前に誓う!
僕は一生ユキと幸せに生きていく。
約束するよ。