第20話(偶然の再会)
『もしもし、ハルか??俺!!覚えてる?寛太だよ。』
元気いっぱいの懐かしい声に、思わず笑顔がこぼれる。
『覚えてるよ!!久しぶり!!元気か?』
『ハルに報告!!俺、ガキ生まれたよ!女の子だった。もうたまんね〜よ。かわいくって。』
今朝から、やけに子供ネタが多い。
父親になろうと頑張ってる僕の周りの2人の友達に触発されたのか、僕は結婚のことばかり考えてしまう。
『おめでと〜〜!!!予想的中じゃん!女の子か〜!寛太に似ないといいな。』
『俺に似てるんだよ、それが!サルみたいなんだけどかわいいの。毎日変わるんだよ、顔が。』
寛太は、無邪気な子供のようにはしゃいでいた。
『明日会えない?合宿で会ったやつらに連絡取って、集まろうぜ!』
学校と家との往復だけの日々が続いていた僕にとっては、新鮮な提案だった。
翌日、僕はユキを連れて寛太の家に向かった。
車の中でユキが突然思いついたこと。
「ねぇ、水野さんとみずきさんも誘ったら?」
僕はユキの機転の利いた一言に、また惚れ直してしまう。
「さすが、ユキだな!!」
「だって、精神科の先生とかいるんでしょ?それに、寛太君の奥さんもパニック障害だって言ってなかった?」
僕より数倍記憶力の良いユキに、僕は尊敬にも似た気持ちが湧き上がる。
僕の計画では、今日の帰りに結婚について話したいって思ってる。
ユキの気持ちを聞いた上で、ちゃんと改めてプロポーズしようと思う。
水野さん夫婦を迎えに行き、車中では相変わらずのエロトーク。
「ハルっぺ、Gパンなんか盛り上がってない?」
「ほんとバカだね、水野さん。今日だけはおとなしくしててよ。」
僕は怒ったフリしながらも、泣きそうに嬉しかったんだ。
水野さんの口から、また昔のような下ネタが出てきたことが・・・。
少しずつでも昔の水野さんに戻ってくれたら、と願う。
横で、優しく微笑むみずきさんの為にも。
寛太の家に集まった人数は、10人以上だった。
まだ家は買えないと言っていた寛太の賃貸マンションは、家賃8万とは思えない広さと綺麗さだった。
懐かしい面々に、思い出が甦る。
すぐに打ち解けてしまう水野さんは、さすがだ。
本当に病気なの?と何度も疑いの目で見てしまうくらい。
精神科医の先生と、弁護士の先生も奥さんを連れてきていた。
合宿中、一度も話したことのなかった隣の部屋の少年も来ていた。
寛太の奥さんは、出産後体重が戻らなくて大変だと言うだけあってプクプクと太っていたけど、顔は今風な美人だった。
ユキを紹介するときの僕の優越感・・・。
「ハルにはもったいないよ!」
と寛太が言うと、
「何か困ったことがあれば私に電話してください。」
と色目を使う弁護士の先生。
みんなで、お好み焼きを食べながらいろんな話をした。
眠っていた寛太の愛娘の『愛ちゃん』も、大きな笑い声に目覚めたようだ。
大きな口を開けて泣いている愛ちゃんは、寛太に抱かれ、すぐに泣き止み、幸せそうな顔をしていた。
5分もしないうちに、寛太の胸でまた眠った愛ちゃん。
愛ちゃんを見るユキの横顔を僕は見つめていた。
「ユキ、赤ちゃん欲しい?」
僕はこっそりユキに耳打ちした。
ユキは、照れたような表情でうなずいて、
「欲しいね。私とハルの赤ちゃん。」
と言って、愛ちゃんのほっぺを撫でた。
僕は、結婚に向かって動き出す自分の心にブレーキをかけるのをやめた。
水野さんと寛太の奥さんが話している内容は想像がついた。
同じ経験を持つ人と接することは、心が楽になるのかもしれない。
みずきさんは精神科医と真剣に話し込んでいる。
これも、内容は想像がつく。
僕は、愛ちゃんを囲みながらユキとの時間を楽しんでいた。
「あの、ハルさん。俺も彼女欲しいっすよ。誰か紹介してくださいよ。」
初めて話す「さとる」という少年は、いかにも昔荒れていました、という髪型と服装だった。
「彼女いそうなのに。紹介するような子いるかなぁ。どんな子がタイプ?」
僕は、さとるに似合うような女の子が周りにはいないと思った。
「俺と真逆がいい。お嬢様っぽい人がいいな。」
意外なさとるの好みに驚いた。
「ユキさんみたいな人がいいっすね。親父を喜ばしたいんですよ。今うつ病で元気ないから。」
「うつ病?まだ若いんじゃないの?」
「俺、末っ子だからもう親父は60歳くらいだと思う。昔は俺のこと殴るくらいに強い親父だったのに。今では、俺にやさしい言葉ばかりかける。だから俺もやんちゃやめたんです。」
人は話してみないとわからないものだ。
つくづく感じるのは、どこの家庭も複雑だってこと。
僕の家庭ほど、平穏な家庭は珍しい。
「親孝行じゃん。お父さんは、入院してるの?」
「今は退院して、タクシーの運転手してるんですよ。昔は、バリバリの営業マンだったけどストレスでおかしくなったんです。好きだったゴルフもできなくなっちゃって・・。地元で細々とタクシー運転してます。」
タクシーの運転手という響きに、あの笑顔が脳裏をよぎる。
「もしかして。さとるって苗字何ていうの?」
「山之上ですけど、何か?」
こんな偶然があるのだろうか。
「お父さんの名前は、山之上忠?」
「え??どうして?え?知ってるんですか?」
「やっぱり!前に山之上さんのタクシーに乗ったことがあるんだ。その時、お世話になってさ。一度ユキと会いに行ったんだ。お父さんは本当に優しくて、温かい人だよ。」
「あ!思い出した。おいしい饅頭くれた人?」
「そうそう!世間は狭いなぁ。びっくりだよ」
「まさか、こんな偶然があるなんてね。私も山の上さんと会った時に、また会いそうな気がしたんだ。ハルから話聞いて、会いに行ったんだよね。」
僕もユキも、嘘みたいな偶然に興奮していた。
「今から呼んでよ!!」
僕は、また会いたいと思っていた山之上さんに会いたい一心で、寛太にお願いした。
照れながらも、電話してくれた寛太は少し嬉しそうだった。
「土曜日は暇だから、後で寄るって言ってます。近くにいるらしくて・・。」
近いといってもそこまで近いとは予想していなかった。
5分と経たないうちに、玄関のチャイムが鳴った。
あまりの大人数に驚いた様子の山之上さんは、僕の顔を覚えていてくれた。
「いやぁ、あの時の君が、まさかさとると友達だったなんてびっくりだなぁ!!」
1時間で仕事に戻らないといけない山之上さんは、僕らの顔を見渡した。
「若いみなさんにどうしても聞いて欲しいことがあるんだ。私は、若い頃、自分は歳を取らないんじゃないかと思っていた。少しの無理くらい大丈夫だと思っていた。それを、ずっと続けてきて、数年前私はうつ病になったんだよ。」
居間に集合したみんなは真剣なまなざしで山之上さんを見つめていた。
「うつ病ですか?とてもお元気そうですが、今は治ったんですか?」
水野さんの質問に、山之上さんは黙って首を振った。
「親父は、今も薬で治療中なんです。だんだん良くなってはきていますが、元気のない日もあるけど、今は元気だよね。」
さとるは、山之上さんの肩に手を置いていた。
「私を救ってくれたのは、このさとるなんですよ。私が何もできなくて笑うこともできなかった時に、病院で言ってくれたんです。俺が仕事を見つけるのと、親父が退院するのとどっちが早いか競争だ・・ってね。あの時は、涙が止まらなかったね。」
「そんな話すんなよ、恥ずかしいだろ・・。」
さとるは、照れながら髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「さとるは、当時とても荒れていてね。暴走族に入っていたんだ。でも、私の退院より早く仕事を見つけてきたよ。そして、暴走族もやめたんだ。自慢の息子だね・・。」
「あ〜!もういいって。親父。俺なんか苦労ばっかかけてきた馬鹿息子だよ。親父の病気がなかったら今でも働いていなかったかもしれない。俺の方こそ、親父のおかげだよ・・。」
感動のドラマを見ているような気分になってきた。
「みなさんも、自分の人生を大事にしてください。仕事のせいで、人生の楽しみを奪われるなんてもったいない。私の場合は、過度のストレスと不眠が原因だと思うが、会議中に突然めまいと息苦しさに襲われて、そのまま病院へ運ばれたんだ。」
「あ、俺とおんなじ・・」
水野さんは、ボソっとつぶやくように言った。
「君か、あの時病院へ運ばれていた友達と言うのは。私はタクシーにハル君と奥さんを乗せたときに、話を聞いていて過呼吸だと思ったんだ。」
「俺も、めまいと息苦しさで死ぬかと思ったんですよ・・。」
「あの恐怖は経験した者にしかわからない。だが、同じように奥さんや友達も君を失うかもしれない恐怖を味わったんだよ。だから、同じように君の苦しみをわかってくれる。大事にしなさい。」
「はい。感謝しきれないくらいに、感謝してます。」
水野さんは、みずきさんの手をぎゅっと握った。
「私はその日に退院して、翌日から仕事に行った。それが間違いだった。また会議中に苦しくなった時に、社長にからかわれたんだ。そのショックで、私は会社に行けなくなりました。支えてくれるのは、家族だけです。この馬鹿息子のおかげで、また生きたいと思えるようになった。」
僕たちを感動させるだけ感動させて、山之上さんは仕事へと戻った。
みんなの顔が、キラキラしているように見えた。
とてもいいお話が聞けて、僕はこの偶然に感謝した。
その日の帰り道、結婚について話す予定だったが、今日の山之上さんの話で盛り上がり、結局結婚については、また次回話すことにした。
真っ暗な部屋に帰った僕は、実家に電話をかけた。
「仕事、無理すんなよ。もういいオヤジなんだから!!お母さんとも仲良くね。」
柄にもない事を言う僕に、お父さんは明日地球が滅亡するんじゃないか、と笑った。