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第2話(ユキのお父さん)

今年一番の寒さだとテレビのお天気お姉さんが言っていた。


今日、ユキのお父さんが施設を出る。


僕に一緒に来て欲しいと言っていたユキが突然昨日になって、一人で迎えに行くと言い出した。


それ以上、深くは聞かなかった。


ユキにもいろいろな気持ちの動きがあるのだろう。


パートで忙しいユキのお母さんは迎えには行けないので家で手料理を作って待っているそうだ。



晩御飯に僕を誘ってくれたユキのお母さんだけど、僕はなんだか行かないほうがいいような気がして、バイトがあると断った。


家族には家族にしかわからない何か特別なものがあるだろうと思ったからだ。


久しぶりにお兄さんも戻ってきて、家族4人で穏やかにお父さんの帰りを祝う。


そこに僕は必要ない。



ユキのお父さんとは、僕の交通事故が縁でとても親しくなった。


心配するユキのことを想い、僕にこっそり逢いにきてくれたお父さん。


そこで見せた涙、僕の心にしっかりと残っている。


リハビリが必要だった僕に、お父さんが信頼している理学療法士の水野さんを紹介してくれた。


その出会いも僕を大きく変えた。


今でも、水野さんとは家族ぐるみで仲良くさせてもらってる。


ユキと一緒に結婚式にも出させてもらった。


大泣きしている水野さんを見て、将来の自分の姿と重なった。



何度かお父さんの施設に行った。


お父さんは苦労している所をユキに見られたくないと、僕に話した。


だから、ユキに会うときはいつも笑顔で、元気な顔をしていた。



だけど・・・実際は想像以上の苦しみと戦っていた。


長かっただろう・・。


これが2度目。


今度こそ、これを最後にしなきゃ。


ユキとユキのお母さん、お兄さんがかわいそうすぎる。


もちろんお父さん自身も。



僕の家庭にも変化が起こっていた。


ユキのお父さんの事情を知った僕の父と母は、結婚記念日やクリスマスなどの特別な日以外はアルコールを控えるようになった。


僕もユキも気にしないからいいよ、と言ったのだけどそれは両親の僕らへの思いやりなんだろう。


僕は20歳になっても、お酒は飲まない。


ユキは気にしないでと言うけどね。



その日の夜、ユキからの電話がなかなかなくて不安になった。


一人で窓から、星を眺めてた。


流れ星探してた。



12時過ぎに電話がなった。



明るい『もしもし』に安心した。


だけど、すぐに涙声になったユキを僕は抱きしめたかった。


そばにいてあげたかった。


また、同じように繰り返すかもしれない不安が消えないユキのお父さんはお母さんに離婚を願い出たらしい。


悩んだ挙句のお父さんの決意だとわかる。


決して、愛がなくなったわけでもなく、むしろ・・愛しているからこその決心。


複雑な気持ちが入り混じる中で、お父さんが出した答えが離婚だった。


またお酒を飲んで、お母さんや家族を泣かせることだけは耐えられないと思ったんだろうか。


それほどまでにお酒ってやめられないものなの?


1年近くの施設での生活が終わり、これからだって言うその初日に、もうお酒の不安がよぎるということは、やはりお父さんの中からお酒の存在が抜けていないということ。



夜中まで家族で泣きながらの話し合いが行われた。


結局、決めるのはお父さんとお母さん。


ユキはどんなお父さんでも好きだと言った。


またお酒に手を出しそうになった時、そばで私が止めたいと言った。


離婚して一人で暮らすとなると、止めてくれる家族はいない。


あきらめてしまったのか、本気でお酒と向き合って決別しようとしてるのか・・・。


僕がお父さんの退院祝いのディナーに行かなかったのは、心のどこかでこんな悲しい出来事も有り得ると思っていたからなのかもしれない。



僕は、ユキの今までの苦しみやお父さんへの愛を近くで感じてきた者として、お父さんにはもっと家族に甘えて欲しいと伝えたい。


「僕、お父さんに会えないかな。」


ユキは、僕とお父さんが仲良くすることをいつも喜んでくれていた。



「会ってくれるの?でも、ひどい事言うかもしれないよ。お父さん・・。」


「平気だよ。お父さんの気持ちを変える事なんてできないと思うけど、せめて僕の気持ちだけでも伝えたい。」





翌日、お父さんに指定されたのはひっそりとしたお洒落なカフェだった。


こんなお店知ってるなんて、やっぱり素敵な人だ。


時間通りに現れたお父さんは、トレンチコートにマフラー姿。


どこで間違えたんだろう。お父さんの人生・・・。


こんな素敵な人なのに。


「お久しぶりです・・。」


少し緊張気味の僕を見て、マフラーを外しながらお父さんは笑った。


「ははは。何固くなってるんだ?お正月に会いに来てくれて以来だね。元気かい?」


注文を聞きにきた若い女性も、なぜか一目置いたように丁寧に話す。


どこかの偉い人に見えるもんな、ユキのお父さんって。


ホットコーヒーを2つ注文して、お父さんはゆっくり腰かけた。


「ユキから話を聞いたのかな?その顔は。私は、プライドが高いんだね・・。弱い姿見せたくないんだ。ハル君になら見せれるんだけどな・・。」


「今、お父さんには家族の支えが必要だと思うんですが、一人で暮らすことに不安はないんですか?」


神宮司君と呼んでいたお父さんだったが、今ハル君と呼んでくれた。


僕も、おじさんと呼んでいたのに自然に、お父さんと言ってしまった。


「不安だらけだ。だけど、その不安より、家族にがっかりされることのほうが怖い。」


「ユキは、どんなお父さんでも好きだと言ってます。また前のようにお酒に手を出したとしてもお父さんのことは見捨てないと家族で話しているといつも言ってます。ユキは、お父さんの愛情に飢えてるんです。だから、これから少しずつでもお父さんとの思い出を増やしていってあげて欲しい。もし、またユキを泣かせるようなことになったとしても、今離れてしまうことよりユキは幸せです。近くにいて、楽しいことも辛いことも一緒に感じながら生きることが、ユキにとって幸せなんです。」


いつのまにか運ばれているコーヒーから、湯気が広がる。


「こうしていると、ハル君と初めて話したあの病院を思い出すな・・。あの時も今のように君に説教されちゃったな。」


「す・すいません。説教なんてそんなつもりは・・・」


「いやいや、いいんだよ。私には新鮮だった。君は本当にユキの事を愛してくれているんだね。私が今までしてきた事をユキは恨んではいないか、と今でも思うことがある。でも、君があの時病室で言ってくれた言葉が私のその不安を取り除くんだ。ユキも君には嘘はつかないだろうからね。君も絶対に嘘は言わない男だとわかる。だから、安心するんだな。君といると。」


「安心・・ですか?」


コーヒーにミルクを入れる手が止まる。


「私のいた世界は嘘が多かった。嘘というか、権力のある人に皆いやなことは言わないようにする。陰でどんなこと言われてるかなんて、すぐに耳に入る。そんな世界でストレスがたまり、酒に逃げたというのは言い訳になるが・・。実は、今回はもう酒に逃げる気はしないんだ。」


「え?じゃ・・どうして離婚なんて・・・」



「もう大丈夫だって自分では思ってるんだがね。前回退院したときはもっと自信があったんだ。今度こそ人生やり直すぞってね。新しく始めた老人ホームでの仕事も自分にはなかなか合ってると思った。それなのに、本当に・・つい・・なんだ。つい酒に手が出た。今飲んでも、暴れたりしない自信もあったのかもしれない。あの時、もし飲酒運転で捕まってなかったら、あれっきりお酒は飲まなかったかもしれない。でも、飲んだ自分が悪い。しかも運転するなんて・・。

情けない・・。」



「ユキもそれはよくわかってると思います。お酒が飲みたくて仕方なく飲んだなんて思ってない。老人ホームのみんなとの飲み会で、勧められて、もう大丈夫だろうという気持ちで飲んだって言ってた。だから、それは治った証拠だって。」


2杯目のコーヒーをおかわりしたお父さんは、スプーンでずっとコーヒーを混ぜていた。



「これが最後・・最後のチャンスだね。私の。でも、もう悲しませたくないんだ。大丈夫だと思ってはいても、目をつぶると、家族の悲しい顔がよみがえる。飲酒運転で捕まった時のあの夜の。」



「大丈夫です!!!!お父さん。」


僕はお父さんの両手を握り、目の奥を見た。


「自信を持っていいと思いますよ。辛い施設での経験を自信にして、前向きに生きてください。傷つけたくないから、離れるというのは昔のお父さんに逆戻りですよ!逃げていて何も得るものはありません。悲しい家族の顔も見ないですむけど、家族の笑顔も見れないんですよ!!」


下を向いたお父さんの目からは、涙がこぼれそうになっていた。


静かな店内に、優しいボサノバ調の曲がかかっている。



「君に何度助けられたら、私は大人になれるのかな・・。成長してないな。」


病院で初めて会ったあの日から、随分白髪が増えたお父さん。


「今まで苦労した分、安心できる家族との暮らしを楽しんでください。そして、もっとみんなに甘えてもいいと思いますよ。弱くたって情けなくったって、父親は世界にたった一人なんですから。」




それから、お父さんはチーズケーキを注文した。


子供のような笑顔でケーキを食べるお父さんを見て、僕も涙が出そうになった。


「ハル君も何か食べてくれよ。今日はお祝いなんだから・・」


そう言って、照れくさそうに笑ったお父さんの顔、僕一生忘れないよ。



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