第16話(命の歌声)
『♪どうか止まないで この雨
僕の悲しみにも似た雨
僕の涙を隠してくれ
いつからだろう すれ違っていたのは
いつからだろう 君の笑顔をまっすぐに見れなくなったのは
輝いた思い出達が肩をたたく
あんなに愛し合ってたあの頃へ飛んでいきたい
どこまでも続く 愛の一本道
あんなに信じあってたあの季節へ戻ろう
瞳の奥に映る君の涙 いつか見せた悲しみの涙
どうか逃げないで 遠い記憶
僕の全て 包んでくれ
僕の背中 押してくれ
いつからだろう 信じることから逃げたのは
いつからだろう 君の瞳をまっすぐに見れなくなったのは
煌いた思い出達が僕にささやく
あんなに愛し合ってたあの場所へ戻ろう
どこまでも続く 愛の一本道
乗り越えた壁の数だけ 絆は深まる
瞳の奥に映る君の涙 いつか見せた悲しみの涙♪』
会場の拍手がなかなか鳴り止まなかった。
体育館の舞台に、ゆうじと大野君の2人だけ。
スポットライトが2人を照らす。
大野君のギターの音色とゆうじの優しい歌声に、僕らは酔いしれた。
初めて聞いたこの歌は、しんみりした切ないメロディーで失恋の歌のようだ。
僕はユキと別れかけた日のことを思い出しながら聴いていた。
「ありがとう!この曲は、ここで初めて歌いました。まだ、CDにも入っていない新曲です。僕の親友であるハル君という男の子の為に作ったんだ。運命の彼女だと信じていた相手と、何かがうまくいかなくなり、不安になって、僕に電話をくれました。僕はハル君に会いにいく車の中でこの詩を書きました。」
僕は、あの日のことを思い出した。
遠い場所から僕に会いに来てくれたあの日。僕を救ってくれたゆうじの笑顔。
泣きそうな僕の心を暖めてくれたゆうじと大野君。
この歌を聴いているとき、あの日のことを思い出したのは、当然と言えば当然だったんだ。
あの日の僕の歌なんだから。
横でユキがクスクスと笑っていたので、僕はユキのおでこを突っついた。
それから、僕とユキの為に作ってくれた『Spring Snow』を熱唱した。
当然いつものように、僕もユキも泣いてしまった。
そして、ユキのお父さんの退院祝いの時に歌った歌『絆』を歌いながら、ゆうじも涙ぐんでいた。
後ろの席には、仕事を切り上げて駆けつけているユキのお父さんとお母さんも来ていることを僕はユキから聞いていた。
きっと、涙流してこの曲を聴いていることだろう。
「今日は、みんなに話さなくてはならないことがあります。ずっと言おうか迷っていましたが、僕はみんなが大好きだから話します。僕は、昔いじめられていました。・・・それでも、いつも笑顔でいられたのは、ここにいる僕の親友ハル君のおかげです。僕は、ハル君と違う中学へ行くことになり、独りぼっちになってしまいました。
僕は、弱虫だったんだ。今のように、毎日が輝いていなかったんです。僕は、生きていることがいやになりました。そして、よく覚えていないけれど・・・死のうと思って、マンションから飛び降りました。」
会場はザワザワし始めた。
「僕は大切な命を自分で失くしてしまうところでした。僕は、奇跡的に助かりました。でも、本当はそこで死んでいるはずだったんだ。僕はしてはいけないことをしてしまったんです。後悔しても時間は戻りません。僕は、自分を生んでくれた両親や僕を助けてくれていた友達を裏切ったんです。」
ゆうじは、涙をこらえきれずに泣きながら話した。
「命の大切さを知ることができたのは、仲間に出会えたからです。僕は今本当に幸せです。生きていて良かったと、心から思います。一日でも長く、生きたいと思っています。・・・だけど、神様はそんなに甘くはありません。自ら命を絶とうとした僕には、いろんな試練が待ち受けているんです。僕は、昨年の夏から、ギターが弾けなくなりました。自殺の後遺症だと思いますが、手の感覚が麻痺するような時があります。日に日にその症状はひどくなっています。僕は、なんとなくですが予感がします。僕の命は、神様がくれたプレゼントなんだって。期限付きのプレゼント・・・。
僕に生きる素晴らしさや、友情や愛を教えてくれるために、僕に時間を与えてくれたんだって思うんです。」
僕は、頬に流れる涙にも気付かないでいた。
嫌だ。
嫌だ。
そんなの絶対に嫌だ。
嘘だ。
絶対にそんなことはない。
「僕は、このライブをもって、しばらく休ませてもらいます。このまま帰ってこれなかった時は、大野君が僕の作ったたくさんの歌を歌い続けてくれると思います。
でも、きっとすぐに戻ってくるから待っていてください。ちょっと、行ってくるだけだから。」
会場に悲鳴のような泣き声が響いていた。
僕は、ゆうじの笑顔がまぶしすぎて見つめることができなかった。
どうか、ゆうじにもっと幸せを味わってほしい。
ゆうじに、恋を知って欲しい。
ゆうじ、お願いだから期限付きの命だなんて・・・言わないで。
僕は、心の叫びを声にした。
「いやだーーーーー!!!!!ゆうじーーーーー・・・」
僕の声は、会場中の声にかき消されて、すぐそばにいるゆうじに届くことはなかった。