第15話(母校へ)
春のように暖かい朝だった。
今日は、待ちに待った『Spring Snow』のライブ。
2時から始まるライブを待ちきれなくて、朝から高校へ来ていた僕とユキは懐かしい場所を歩いた。
「久しぶりだね〜!!この坂道も桜の木も変わってないね。」
ユキは、卒業式のあの日のように空を見上げる。
一年前、ここで誓ったことを僕はハッキリ覚えている。
いつか、ここでユキにプロポーズするからね。
あれから、もう一年か・・・。
気の早い桜の花びらと、春なのになぜか降り出した雪に僕は誓ったんだ。
「今日は雪降らないかな?」
ユキが少し寂しそうに、つぶやいた。
「覚えてたの?あの日の雪。」
「当たり前だよ。春の雪だもんね。今日もあの歌歌ってくれるかな?」
「絶対歌うだろうな。僕、泣きそう・・・。」
視聴覚室でリハーサルをしていると言うゆうじと大野君に、早く会いたい気持ちが高まる。
その時、電話が鳴った。
「おぉ!ハルっぺ??俺だよ、俺。今から行くから、ライブ!」
懐かしい大好きな声に僕は耳を疑った。
「水野さん??大丈夫なの?今日来れるの?」
「おう!当たり前だよ。俺の担当してる患者さんの中にファンがいたから連れて行ってもいいか?もちろんハニーも一緒だから!」
電話を切って、涙ぐむ僕の頬をユキが優しく撫でた。
「良かったね、ハル!」
僕らは、視聴覚室へこっそり忍び込んだ。
なにやら話し声が聞こえるその部屋を覗いてみた。
スタッフの人しか見えなかったが、ゆうじの声が聞こえた。
「僕、もうだめかもしれない。」
その声だけは僕とユキにハッキリ届いた。
その後、大野君やスタッフの人の声が入り混じり、聞き取ることができなかった。
僕らは、ここへ来たことを後悔しながら、門の方へ歩いた。
そこには、ファンが大勢集まっていた。
この高校を卒業した人や、噂を聞いて集まった人もいて、長い列ができていた。
「ハル・・さっきのゆうじの言った事なんだろ。」
「たいしたことじゃないって思うしかない。今、詩を書くことができない時期だ、とかそういうんじゃないか?」
僕は自分の不安をかき消すために、気にしていない素振りをしていた。
本当はとてもとても、心配だった。
というのも、最近ゆうじはギターを弾かなくなったからだ。
僕は歌に専念する、と言うゆうじの言葉を信じていたが・・・。
シンは、悩みに悩んでもまだ結論が出せずにいた。
父親としての責任はちゃんと取る、とだけ彼女に伝えた。
おそらく結婚はしないのだろう。
今日のライブを、楽しみにしていたという彼女だったが連れてくるはずもない・・か。
そう思った瞬間、遠くから僕を呼ぶシンの声がした。
隣には、まだ会ったことのなかったシンの彼女らしき人がいた。
まだ、妊娠の初期と言うこともあり、妊娠しているとは思えないほっそりとした人だった。
なんとなく僕の想像していたシンの彼女像とは、あまりにもかけ離れていた。
キャピキャピしたコギャル系を想像していたが、落ち着きのある雰囲気で年上に見える。
「初めまして・・シンの元彼女です。」
茶目っ気たっぷりに笑う彼女は、シンにはもったいないくらいのデキた人だと思った。
「おいおい、元彼女ってそんな言い方すんなよ・・。」
困ったようなシンの顔は、奥さんの尻にひかれてる旦那さん、という感じだった。
「別れる方向で、話が進んでいるんだ。ハルにも心配かけたけど、何とか自分の気持ちに整理が付いた。子供が生まれたら、毎月養育費を払うことになった。あいつは、そんなのいらないって言ったんだけど・・・俺が、それじゃ嫌だから。」
彼女がトイレに行ってるときに、シンが僕に話したことは、僕にとってはショックだった。
他人事だから言えるのかも知れないが、僕なら結婚すると思う。
だが、シンの人生はシンが決める。
隣で聞いていたユキもショックを隠せないようだった。
屈託のない笑顔で僕らに微笑んでくれた彼女の、心の中はきっと涙でいっぱいだろう。
「おぉ!!元気か、ハルっぺ!相変わらず仲良いね〜!」
僕とユキのつないだ手の間に割り込んできたのは、水野さんだった。
少しやせたような気もするけど、元気過ぎて僕は逆に心配になった。
「ひどいよ・・・。水野さんに捨てられたかと思った・・。」
「ごめんごめん、ハルっぺ。もう元気になったからな!ごめんよ〜!」
抱きしめる腕のガッシリさに僕は懐かしい安心感を思い出した。
どうして、今まで連絡くれなかったのだろう。
この数ヶ月一体何があったんだろう。
僕の頭の中は、破裂しそうだった。
ゆうじのさっきの発言、シンの決断、水野さんのこと。
考えることがいっぱいだけど、次から次へと知り合いに会うから考える暇もない。
そして、体育館に入場し、一番前の真ん中に座った。
みんなの高鳴る胸のドキドキが聞こえてくるようだった。
真っ黒なカーテンを閉め、暗くなった体育館に、ゆうじの声。
「みなさん、お待たせしました。今日は、僕の親友と大野君の母校であるこの高校でライブができることになりました。最後まで楽しんでください。」
ライトが一点に集中した。