第13話(それぞれの窓)
季節の移り変わりは早いもので、もう少しずつ春の香りがする頃となった。
ユキと僕は、以前より強い絆で結ばれている。
それは、僕の心の平安が物語っている。
相変わらず忙しいユキだけど、どこにいても何をしていても一緒にいる気がする。
水野さんとは、全く連絡を取っていない。
電話をするのが怖いというのが僕の正直な気持ち。
僕は、水野さんが運ばれた病院にユキと一緒に一度行った。
水野さんが退院していることはわかっていた。
あのタクシーの運転手さんに会いたかった。
話を聞いたユキが、すぐに会いに行こうと僕の重い腰を上げた。
ゆうじに会いに行ったときもそうだった。
ユキは、考えているなら行動を、と男らしく僕を引っ張る。
『山之上忠 55歳 趣味 ゴルフ 親切安全快適運転約束します!』
僕の記憶が鮮明なうちに、会いに行こうとは思ってはいたが、なかなか行動に移せずにいた。
山之上さんを見つけることができた。
「わざわざすまないね。若いのにしっかりして。私の息子もちょうど君くらいの歳なんだよ。お饅頭が好きだから喜ぶよ。」
ユキが買っていった和菓子を渡し、お礼を言ってすぐに別れた。
山之上さんが別れ際に気になることを言ったんだ。
「運ばれたお友達は元気になりましたか?私と同じ病気かも知れないねぇ。頑張ってほしいね。」
タクシーの中の会話だけで、水野さんの病気がわかったのだろうか。
あまりに別れ際だったため、そのまま会釈をして別れたが、今も気にはなっている。
今日は、ゆうじと大野君のライブの日程が決まったと連絡があったので、ユキとシンとユミちゃんと食事をすることになった。
母校の卒業式の後、2時間のライブにはファンも来ることが予想され、想像以上の大きなライブになりそうだ。
「よ〜!!ハル!相変わらず、仲良いなお前ら!」
僕達にも危機があったことを知らないシンは、くっついて座ってる僕とユキを冷やかす。
「ユミちゃんと一緒じゃないの?」
「一緒なわけないだろ!俺の恋はもう終わってるの!」
本当はまだ未練があるってことは誰の目から見てもわかる。
「ユミ、今彼氏いないらしいよ。」
横目で僕を見ながら、ユキが挑発的な目でシンに言う。
「え・・マジ??別れたの?彼氏と?」
必死になるシンに僕とユキは大笑いしてしまった。
「なんだよ!お前ら。笑うなよ!!」
ユミちゃんが来てからのシンの態度に僕らは何度も笑いそうになった。
シンはどこでどう間違えたのか、やっぱりユミちゃんと結ばれる運命だったんだろう。
今からでもやり直せるのなら、2人にはどうか一緒になってもらいたい。
懐かしい話に花を咲かせている時に、シンの携帯が鳴った。
おそらく彼女からだと思うが、血相を変えて走って先に帰った。
「別れ話かな??」
僕ら3人は軽くそんな風に思っていたが、そう軽い話でもなかったようだ。
ユキと2人でその夜は夜景を見に行くことにした。
「やっと、ハルの念願の夜景だね!これでタケに勝てた?」
「ばか!!ユキも夜景見たかっただろ?」
最近視力が落ちてきている僕には、そこまでの感動はなかったが、ユキは相当喜んでくれた。
「すご〜い!綺麗!!」
ユキの喜んでいる顔を見ることが僕の心を癒す。
夜景を見て、思ったことがある。
小さな窓からの明かりがたくさん集まって夜景になる。
小学校で習った国語の教科書に載っていたスイミーを思い出した。
一人の力は小さいけれど、それがたくさん集まることですごい力になるんだ。
その窓の中にも、それぞれの家庭があり、家族がいる。
ここからは見えない、家族の物語が存在する。
この夜景のどこかで、彼女にプロポーズしている人がいるかもしれない。
この夜景のどこかで、別れていくカップルもいる。
今、この世に生まれた命もあるかもしれないんだ。
僕とユキも、ここから見れば小さな小さな2人だけど、きっといつかこの夜景に負けないくらい大きな愛でユキを包みたい。
そんなことを考えながら、心地よい風に吹かれていた。
その時、シンから電話がかかってきた。
内容の重さに僕は何も言ってあげられなかった。
決して他人事ではない話なだけに、僕もユキもうつむいたままだった。
食事中シンにかかってきた電話は、シンの彼女からだった。
シンは昨日、彼女に別れ話をしたのだと言う。
そして、今日手首を傷つけて死のうとした・・・・。
お腹には赤ちゃんがいるかもしれないと彼女は泣きじゃくっていたそうだ。
突然の別れ話ではなかった。
3ヶ月くらいうまくいってなくて、会っても体だけの関係のようでお互いに傷つくだけのような恋愛だった。
シンは泣きながら僕にこう言った。
「俺、どこで間違えたんだろう・・俺、やっと素直になろうと思ったのに。俺もうユミちゃんに好きだなんて言えねーよ・・。」
神様は残酷なことをするものだ。
シンはユミちゃんへの気持ちをやっと打ち明けようとしていた時だった。
彼女の手首の傷は、命に関わる程のものではなかった。
シンの気持ちを自分に向ける為だったのかもしれないが、それほどシンを愛しているということは確かだ。
「赤ちゃんには罪はないもん。赤ちゃんは、幸せにしてあげなきゃ・・」
ユキは夜空を見上げて星に向かってそうつぶやいた。