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盲目の少女とやさしい悪魔

作者: 本山昴

少女は突然、目が見えなくなってしまったのです。

それでも、必死にこの世に生まれてきたことを喜んでいます。

しかし、少女には親がいません。

昔は確かにいたのですが、風と雨が強く降る日。

少女の誕生日に買い物に出て行ったまま帰ってこなかったのです。

そして、その数日後、突然少女の目から光が失われてしまいました。

光を失うのと同時に、少女に一匹の悪魔が現れたのです。


悪魔はとてもその名に似つかない優しい声で――


「魂をいただけませんか?」


と、要求してきました。

悪魔の声は優しかったのですが、とても申し訳なさそうで、顔を見ることができない少女ですら、泣いてしまうのではないかと心配になるほど、悪魔の声は悲しそうでした。

少女は悪魔に――


「魂はあげませんわ」


と、はっきり言い返したのですが、悪魔は食い下がってきます。


「目が見えない生活はつらいだけだよ?」


など


「君の親は死んでしまって今どこにもいないから、君は何もできない。食べ物も食べれないし、遊ぶこともできないのに」


と、とても悲しいことを少女に言います。


「そんな、お父様と、お母様はあなたが、あなたが殺したのですか!?」


「違うよ。あの二人は雨で地面がやわらかくなって、倒れてきた木につぶされてしまったんだ。どうしようもない事故だったんだ。僕があの二人の魂を運んで、別れ際に君の事を聞いたんだよ」


など、様々なことを言って少女を説得しようとします。

それもそうです、悪魔が魂を奪うためには、彼女の「あげてもいいよ」という言葉が必要なのですが、少女も譲れないものがありますので、その説得は効果がありませんでした。

あまりに悪魔が引き下がらないので、少女は一つの提案をします。


「もし私が、この目が見えないことに怖くなって、生きているのが嫌になりましたら、私は喜んであなたにこの魂を差し上げますわ。ですけど、私が絶望するまでの間、あなたが付きっ切りで私の面倒を見てくださいませ。これが条件ですわ」


悪魔は悩みました。

この条件は悪魔側にとっていいことが少ないのですが、そのことがわかっていても、悪魔は承諾しました。

本当は、魂など奪いたくないのです。

生きていくことに悲しんでしているのは、悪魔のほうだったのですから。

この少女とずっと一緒にいれば、悪魔は誰からも魂を奪わなくて済むのです。

そうして、先ほどの条件で、二人に約束が交わされました。

これからは、たとえ悪魔が無理やり魂を奪おうとしても、少女の魂を奪うことができません。

少女が絶望しない限り魂を奪わなくても済むのです。

こうして盲目の少女――アイと心優しい悪魔――ベルの生活が始まりました。




「ベル、私、外の空気を吸いたいわ。昔お祖父様が使っていた車椅子が倉庫にあるはずですから、探してくださいませ」

渋々ながらもベルは埃にむせながらも車椅子を探しだし、車椅子にアイを乗せて外に出ました。

すばらしい天気ですが、アイにはその光を感じることはできませんでした。

少し気落ちしたアイでしたが、すぐに調子を取り戻して、声を出します。


「ベル、町の反対側には景色がとても綺麗な山がありますのよ?」


「それが、どうかしたのかい?」


「あら、察しが悪いのね。それとも、嫌味かしら?」


「さあね」


二人は山に向かいます。

山からの景色は、ベルが感嘆の声を漏らすほど素晴らしく、ベルは何とかして、その素晴らしさを口で伝えようと頑張りますが、どうしても、言葉が見つかりません。

その言葉を聴いて、アイは微笑みながら言います。


「大丈夫ですわ。私も何度もここに来ていますもの。目に焼きついております」


アイはため息を吐き出し、車椅子の手すりにひじを置いて頬杖をつきながら、言いました。


「ですが、もうこの目であの景色が見られないとなると、さびしいものですわね」


「何もしてあげることができなくて、ごめんね」


「ふふ、あなたは悪魔のようには思えませんわね。とっても、いい悪魔だわ。ベルは」


「何を言ってるんだよ。僕はただの悪魔だ」 


「ええ、でもいい悪魔よ。とても優しい」


「悪魔にいいも悪いもない。悪魔は悪魔でしかないんだよ。それに優しい悪魔なんていない」


「では、きっとあなたは悪魔ではないのね」


クスクスと笑いながらアイはいいます。

その様子が気に障ったのか、たちどころにベルは黙り込んでしまいます。

するとアイは急に不安になり、今までの強気が嘘のように叫び始めます。


「ベル? ベル!? もしかして、私をおいて、どこかにいってしまったの? ベル、ベル、お願い、怒ったのなら謝りますから、戻ってきてくださいませ……」


本当は、一歩も動いていなかったベルですが、アイの突然の豹変に戸惑いを隠すことができず、何を言えばいいかわからないまま、アイの後ろで立ち尽くしてしまっていました。

アイはやがて頭を抱え、首を大きく振り回しながら車椅子を自分の手で回し始め、どこかへ移動を始めました。


「やだ。いやですわ。一人はいやです。どこにいますのよ……ベル」


突然のことに驚いて立ち尽くしていたベルが気づいたときには、アイはどこにも見当たりません。

前日の雨のおかげで地面に、車輪のあとが残っているだけです。

ベルは急いでその車輪のあとをたどり、走り始めました。

途中、草むらの中で車輪のあとが消えてしまっており、近くに車椅子もありませんから、ベルは大きな声でアイを呼びました。

こだまが返ってくるほど大きな声でしたが、アイからの返事は返ってきません。

ベルは大きな木によじ登り高いところからアイを探しました。

すると、アイを発見することができましたが、アイが乗った車椅子はものすごいスピードでがけに向かって走っています。

アイもがんばって車輪を押さえていますが、下り坂でスピードが速くなっている車輪はアイの力では、もう止められないようです。

ベルは木から飛び降り車椅子の正面に回りこめるように走りました。


ベルが走り出して次に見たときには、アイはすでにがけのギリギリまでやってきていました。

今の位置からでは、間に合いそうにありません。

あのままでは、がけから落ちてしまいます。

ベルは走ります。

足が痛いと感じていても走ります。

自分でもなぜこんなに必死になっているのかわかりません。

彼女がこのまま丘から落ちて死んでしまえば、いとも簡単に彼女の魂を奪うこともできる上に、自分が手を下さなくても済むのです。

しかし、ベルは走りました。

何も見えていないアイを助けるために。

後数歩で車椅子の取っ手に手が届くというところまで追いついたところで、ベルはアイに向かって叫びました。


「アイ! 僕はここにいる。ここにいるよ」


「ベル!? どこです? どこに、きゃあ!」


叫び終わるころには車椅子は地を離れ、空に飛び立ってしまい、アイも投げ出されてしまいました。

ベルは迷わず追いかけるように大地を蹴り上げ飛び立ちました。

下は流れの急な川のようです。

そのことを確認しながら、ベルはアイを空中でなんとか捕まえ、抱きしめたまま川に落ちしました。

深さは十分ありましたので、岩などにぶつかり、命を失うことにはなりませんでしたが、急な流れによって二人は流されてしまいます。

アイは目が見えないので泳げません。

ベルもアイを抱えたまま、急な流れを泳ぎきることはできそうにありません。

ベルは川に流されながらも必死に考えました。

どうすれば助かるのかを考えて、はじめに思いついたのはアイを見捨てることでした。

アイがいなければ、一人で岸にまで泳ぐことができます。

すぐにベルはこの考えを振り払いました。

アイを助けないと魂が奪えない。

と、無理やりな言い訳を頭の中で考え、一緒に助かる方法を考えました。

川の流れが緩くなる様子はありません。

腕の中のアイは大量の水を飲んでいたようでしたが、まだ意識はあるようです。

ですが、そう長くもちそうにありません。

何とかしようと思った矢先、前方に大きな岩が見えてきました。

このままではぶつかってしまいます。

――もう駄目だ。ぶつかる!

そう思った瞬間、突然、何者かに腕を引っ張られ、気づいたときには岸までたどり着いていました。

二人とも立ち上がるのが億劫なほど体力を疲弊していましたが、幸いなんともありませんでした。ベルは大きく深呼吸しながら先ほどのことを考えました。


「ありがとうござい……ます」


助けてくれた人にお礼を言おうと思ったのですが、顔を上げたときにはもう、あたりには誰一人見当たりませんでした。

ここでようやく、横でむせていたアイに声をかけました。

アイは肩で大きく息をしながら息を整えています。


「大丈夫?」


「ごほっ、ごふ、だ、大丈夫ですわ。それよりあなたこそ大丈夫なのですか」


「僕は、なんともないよ。それにしても、突然どうしたのさ」


「そ、そうですわ。ベル、ごめんなさいませ」


「ど、どういうことなの?」


「私、あなたの気に触るようなことを言ってしまったようなので、だからあなたは、私から離れてしまったのでしょう?」


「あ、あの時は、考え事をしていただけで、別に離れていたわけじゃないんだよ」


「あ、あなたは紛らわしいことを! これは命令です。私から片時も離れないことですわ」


「わかってるよ。僕は君から魂をもらう契約が済まされるまで、離れることはないよ。それにしても、車椅子、流されちゃった。どうしよう」


「そんなの決まってますわ。ベル、家の方向はわかりますわね?」


「だいたいならわかるけど、どうするのさ?」


「もちろん、あなたが私をおぶさって帰るのですわ。光栄に思いなさい。この私をおんぶできるのですから」


「はぁ、わかったよ。ほら、来て」


ベルはアイをおんぶして、アイの家に向かいます。

おぶさったアイはとても軽く、少し驚きを感じながら歩き出しました。

川沿いに歩き、町が見え始めたころ、背中のアイがベルの首を強く抱きしめました。

首が絞まりあせるベル、何とか首を開放してもらいどういうことか聞くと、アイは顔を赤くしながら答えました。


「……ベル、ありがとうですわ。あなたは、騎士様みたいですわね」


それはささやく様な小さな声で、耳元で発された声だったにもかかわらずベルにはよく聞こえませんでした。


「なんていったの? ごめんね、よく聞こえなかった」


「な、何でもありませんわ。さぁ、きびきび歩きなさい!」


 ベルは首をかしげながらもゆっくり歩き出しました。

 家に戻るまでの長い時間、アイは何もしゃべりませんでしたが、ベルはとても心地よい感覚に包まれていました。

 二人は、時間が止まってほしい。そう思ってしまうほどにこの時間は優しいものでした。



しかし、幸せな時間は長くは続きそうにありませんでした。



 次の日の朝、アイの家に一人の女性がやってきました。


「ベル。ここにいるんでしょう? 出ていらっしゃい」


 黒いローブを着た大人の女性。

 ベルはその女性のことはよく知っていました。

 そして、一番会いたくない相手でもありました。


「……ルシ姉さん。何でこんなところにいるの?」


 ベルの姉、ルシはとても厳しい悪魔でした。

 人間の魂をうまく持ち帰ることのできないベルをいつもきつく叱り付けている怖い姉。

 ベルはルシのことが苦手でした。


「まあ、ベルのお姉さまですの? ということは、あなたも悪魔なのかしら?」


 声を聞きつけたアイが壁に手をつきながらやってきました。

 ベルはすかさずアイの手を引きイスに座らせました。


「ありがとうベル。あなたには本当に感謝していますわ」

 

その手馴れた様子を見て、ルシは小さくため息をしました。

悪魔が魂を奪うべき人間に手を貸している光景はとても変に見えたのです。


「ベル。あなたはまだ甘えたことを言っているの? 早くその娘の魂を奪いなさい」


「ルシ姉さん。僕はアイと約束したんだ。アイが僕に魂をくれるというまでは、アイの魂を奪わないって」


 ベルがルシに反抗したのはこれが初めてでした。

 厳しい姉。

 いつも怒鳴りつけ、自分の言うことを聞いてくれない姉。

 しかし、今回だけはベルも譲れません。

 横に座っている少女、アイを守ってあげたかった。

 一緒にいる時間が心地よかった。

 もっと一緒におしゃべりしたり、風や草木の匂いを一緒に感じたいと思ったのです。


「そう、あなたが奪えないのなら私が手を下しましょう」


 そういうと、ルシの目がとても鋭く、怪しく光りました。

 手にはいつの間にか、ベルの身長より大きい真っ黒い大鎌が現れていました。

 一振りで魂を奪ってしまう大鎌を見て、ベルは泣きそうになりました。

 姉は本気でアイの魂を奪っていこうとしているのです。

 アイにはなにが起きているかよくわからないようでしたが、自分の魂が危ないということはわかったので、少し不安げな顔をしていましたが、ベルの袖をつかみ笑いました。


「ベル。無理でも良い。絶対に助けてとも言いませんわ。でも、最後まで私の騎士様であってくださいまし」


 ベルの袖がしわくちゃになるほど強く握りしめられます。

 アイだってとても怖いのです。

 でも、それ以上にベルに裏切られてしまうことのほうが怖いのでした。


「お別れは済んだかしら? それじゃあ、これも仕事だから、ごめんね」

 

 ルシの大鎌が振り下ろされました。

 しかし、大鎌はアイには触れず、テーブルを二つにしただけした。

 ベルがアイを引き寄せて大鎌をかわしたのです。

 ベルはアイの手を引き駆け出しました。

 逃げ切る自身なんてありません。

 すぐに追いつかれてしまうことだってわかっていました。

 でも、何もしないであきらめたくはなかったのです。

 自分のことを信じてくれているアイのために、あきらめたくなかった。


「はぁ、はぁ、ベ、ベルこんなスピードで走り続けられませんわ」


「ごめん。僕におぶさって、今は逃げないと」


「無駄よ」


 いつの間にかルシが前に立ちふさがっていました。

 大鎌は手に握られたまま、太陽の光を浴びて怪しく光っています。


「こんなことなら、あの時助けるんじゃなかったわね」


 ルシは大鎌を構えながらつぶやきました。

 ベルは少し考えました。

そしてルシの言っているのは、川でおぼれていたときのことだとわかりました。


「あれはルシ姉さんが助けてくれたの?」


「そうよ。私はあなたのことが嫌いなわけじゃないの。むしろ好きよ。悪魔は死なないわけじゃないわ。あのままほっておけば、体は死なないけど、あなたの心が死んでしまっていた。見た目が同じだけのあなたを見るのは辛いわ」


 悲しそうに目を伏せるルシでしたが、そんな様子もすぐ治まり大鎌を構えなおしました。


「おしゃべりはこれでおしまい。連れて行くわよ。その娘を」


「いやだ。僕はアイを守りたい。だから、ルシ姉さん、僕の魂をあげる」


 突然のベルの決意にアイは驚きました。


「ベル、なにを言ってますの!? そんなの認めませんわ。ベルがいないなんて嫌です。あなたがいなくなるのであれば私の魂も持っておいきなさい」


「だめだ。僕の魂だけでいい」


「嫌ですわ」


 二人の口論が始まりましたが、お互いに相手の魂を守りたいので、話がつきません。

 ルシは大きくため息を吐き出して、横に大鎌をなぎ払いました。

 大鎌はアイとベルの体をすり抜け、鎌の先には青い炎があります。


「この魂はベル、あなたの悪魔としての魂です。今回はこれで我慢することにします。あなたたちが命を失うとき、私があなたたちの魂をもう一度貰い受けに行きます」


「……ルシ姉さん。ありがとう」


 さっきまではうって変わって、ルシの表情はまるで母親のように優しい顔になっていました。


「ベル、あなたはもう悪魔ではなくなりました。普通の人間の少年と同じです。時期に私のことも見えなくなるでしょう。幸せに暮らしなさいね」


 その言葉とともに、ルシの姿は霞に消えてしまいました。


「本当にあなた達、姉弟は優しい悪魔ですわね」


「僕の性格は姉さん譲りなのかもしれないね」


 二人は笑いあいました。

 安心して全身から力が抜けたせいで、ベルはその場に座り込んでしまいました。

 おぶさっていたアイも尻餅をついてしまいましたが、今の二人にはそんなことも心地よいものでした。


「アイ、僕は悪魔じゃなくなってしまったけれど、一緒にいてもいい?」


「なにを言っているのですか。約束したでしょう。あなたは、私が死ぬまで、私の面倒を見ていただくと」


「そうだったね。ずっと一緒にいるよ」


「当たり前ですわ。これからもずっと一緒にいてくださいまし」


 ベルはアイの目になり、アイはベルの大切な人になり、

二人は静かに優しい時間をこれからも続けていくのでした。


リハビリに久しぶりに書いた短編です。

読んでくださってありがとうございます。

どうも落ちが弱い気がしましたが、リハビリなので勘弁してください。

テーマは絵本のような物語だったんですが、いかがでしょう?

読みやすいように簡素に書いたつもりです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字? というものを見つけました間違っていたら申し訳ないです。 「お母様があなたが」 お母様はあなたが、ではないでしょうか? [一言] 面白かったです ルシもなかなかいい人だったしハッ…
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