真の聖女花子
むかしむかし、あるところに、花子という若い娘がおりました。
花子は、とても頭がよく、治癒魔法の天才でした。
普通の治癒魔法使いが十日かけて治す病気も、花子なら一日で治せます。
普通の治癒魔法使いでは治せない難病も、花子なら治すことができました。
そのうえ花子は勉強熱心で、医学や薬学にも詳しく、国中の医者が花子に教えを請うほどでした。
そんな花子を、王さまはたいそう高く評価しました。
「花子よ。そなたの力は、まさに神さまから授かった奇跡の力じゃ。今日から聖女を名乗るがよい」
こうして花子は、国から正式に聖女の称号を授かりました。
花子は大よろこびしました。
『当然ですわ! この国で一番優秀な治癒魔法使いは、私なのですから!』
けれども、困ったことがありました。
花子は、少しばかり人付き合いが苦手だったのです。
頭がよく、たくさんのことを知っている花子は、知らない人や間違える人を見ると、つい冷ややかな態度を取ってしまいました。
「花子さま。どうか母を助けてください!」
『まったく。どうして、こんなになるまで放っておいたのですか?』
「す、すみません……」
『もっと早く連れてくれば、簡単に治せたものを。あなた方は本当に無知ですわね』
そう言いながらも、花子は患者をきちんと治しました。
治療は完璧でした。
けれども、患者や家族は、どこか悲しい気持ちになりました。
また、若い治癒魔法使いが失敗すると、花子はため息をつきました。
『そんな初歩的なこともできないのですか?』
「申し訳ありません……」
『まったく。少しは勉強なさい』
花子の言うことは、たいてい正しいものでした。
しかし、正しいことを言われたからといって、必ずしも嬉しいわけではありません。
花子は、国中で最も優秀な治癒魔法使いでした。
それでも、花子を好きだという人は、あまりいませんでした。
◇ ◇ ◇
ある日のことです。
王宮の治療院に、新しい治癒魔法使いの娘がやってきました。
まだ若く、魔法の腕前も平凡な娘でした。
難しい病気は治せません。
大きな怪我も、すぐには治せません。
勉強も得意ではなく、何度も失敗しては、先輩たちに教えてもらっていました。
けれども、その娘はとても優しい人でした。
「痛かったでしょう。もう少しの辛抱ですよ」
「私の力では、すぐに治してあげられなくてごめんなさい」
「先生を呼んできますね。きっと良くなりますから」
娘は、いつも患者の話をよく聞きました。
お年寄りには、ゆっくりと話しました。
子供が泣いていれば、手を握ってあげました。
貧しい人にも、お金持ちにも、同じように接しました。
そして、治せない患者がいると、夜遅くまで勉強しました。
「もっと上手に魔法が使えたら、あの人を助けられたのに……」
娘は、そう言って何度も涙を流しました。
やがて、治療院の人々は、その娘を慕うようになりました。
「あの子がいると、安心するねえ」
「いつも一生懸命で、ありがたいことだ」
「本当に、聖女さまみたいな娘だね」
そんな噂は、あっという間に国中へ広まりました。
いつしか人々は、娘のことを「聖女さま」と呼ぶようになりました。
◇ ◇ ◇
それを聞いた花子は、たいそう腹を立てました。
『何ですって!? あんな平凡な娘を聖女と呼ぶなんて!』
花子は、王さまに訴えました。
『聖女とは、国で最も優れた治癒魔法使いに与えられる称号ではありませんの!?』
王さまは困ってしまいました。
「たしかに、そなたの治癒魔法は国一番じゃ」
『でしたら、なぜあの娘が聖女と呼ばれるのです!』
「しかし、民たちはあの娘をたいそう慕っておる」
『そんなもの、人気があるだけではありませんか!』
花子は鼻で笑いました。
『治癒魔法もろくに使えない娘が、聖女だなんて。馬鹿馬鹿しい!』
ところが、王さまは国中の人々の声を聞き、ある決断をしました。
「花子よ。そなたの能力は、今も国一番じゃ。
しかし、民が聖女と呼び、心から敬っておるのは、あの娘なのじゃ」
そして王さまは、若い娘に正式な聖女の称号を授けました。
花子は、聖女の称号を失いました。
『そんな馬鹿な!』
花子は怒り狂いました。
『私こそが真の聖女ですわ! あんな無能な娘に、私の代わりが務まるものですか!』
そして、王宮を飛び出しました。
『こんな国、こちらから願い下げですわ!』
『私がいなくなれば、どれほど困るか思い知るがいい!』
こうして花子は、国を出ていってしまいました。
◇ ◇ ◇
さて、花子がいなくなった国は、どうなったでしょう。
実は、たいそう困ってしまいました。
花子の治癒魔法は、本当にすばらしいものだったからです。
それまで一日で治せた病気が、十日もかかるようになりました。
花子なら助けられた患者を、助けられないこともありました。
治療院には、毎日たくさんの患者が並びました。
新しい聖女となった娘も、一生懸命に働きました。
朝から晩まで治癒魔法を使いました。
医者や薬師たちにも協力をお願いしました。
少しでも多くの人を救おうと、毎日勉強しました。
けれども、どうしても花子には及びません。
ある日のことです。
娘は、重い病気の子供を治すことができませんでした。
「ごめんなさい……」
娘は、子供の家族に頭を下げました。
「私に、もっと力があれば……」
そして、ぽろぽろと涙を流しました。
「私が聖女なのに……。何もできなくて、ごめんなさい……」
娘は泣きながら、何度も何度も謝りました。
それを見た人々も、涙を流しました。
「聖女さま。あなたのせいではありません」
「いつも一生懸命に働いてくださって、ありがとうございます」
「どうか、ご自分を責めないでください」
人々は、娘を励ましました。
そして、娘の力になろうと、医者や薬師たちもいっそう懸命に働くようになりました。
国の医療は、以前ほど優れたものではなくなりました。
それでも、人々は新しい聖女を心から敬っていました。
◇ ◇ ◇
一方、隣の国にいた花子は、故郷の噂を聞いて大よろこびしました。
『おほほほほ!
やっぱり私がいないと駄目なのね!』
『あの娘が泣いているですって?
いい気味だわ!』
『真の聖女である私を蔑ろにしたから、あんな国は苦しむのよ!
ざまぁみなさい!』
花子は、毎日ご機嫌でした。
『そのうち王さまが、私を迎えに来るでしょうね』
『国中の人々が土下座して謝ったら、戻ってあげてもよろしくてよ』
花子は、立派な馬車が迎えに来る日を楽しみに待ちました。
一日待ちました。
一週間待ちました。
一か月待ちました。
けれども、誰も迎えに来ません。
それどころか、故郷の人々は、花子の言葉を聞いて怒っていました。
「私たちが苦しんでいるのを、喜んでいるそうだ」
「たしかに花子の魔法はすごかった。でも、あんな人を聖女とは呼びたくないね」
「新しい聖女さまは、私たちのために泣いてくださったのに」
「花子は、私たちの不幸を笑っているんだ」
こうして人々は、ますます花子を嫌うようになりました。
そして、力不足を嘆きながらも懸命に働く若い聖女を、ますます敬うようになったのです。
◇ ◇ ◇
花子は、いつまでたっても迎えが来ないので、腹を立てました。
『まったく! どこまで愚かな国なのかしら!』
『でも、構いませんわ。
私ほどの天才なら、ほかの国が喜んで迎えてくれるはずですもの!』
そこで花子は、隣の国の王宮を訪ねました。
『私は、どんな難病でも治せる天才治癒魔法使いですわ!
ぜひ高いお給金で雇いなさい!』
役人は、花子の能力を調べました。
そして驚きました。
「これはすごい!
本当に天才ですな!」
花子は得意になりました。
『当然ですわ!』
ところが、役人はこう言いました。
「では、最初は新人治癒士の待遇になってしまいますが、それも良ければ働いて下さい」
『なんですって!?』
花子は怒りました。
『私ほどの天才を、凡人と同じ扱いで雇うつもりですの!?
院長より偉い聖女として迎えられるべきですわ!』
「ええ。
故郷で好かれるようなお人柄でしたら、そういう待遇でも不満に思う者は居なかったと思います」
『私の能力には、最高の価値があるのよ!』
「能力はすばらしいと思います。
しかし、あなたを高い地位に迎えるのは、少々心配なのです」
花子は、怒って王宮を飛び出しました。
『こんな国も願い下げですわ!』
そして、別の国へ向かいました。
けれども、そこでも同じでした。
「能力はすばらしいですね。
しかし、いきなり最初から役職には就かせられません」
また別の国でも、
「噂通り治癒魔法の腕前は見事です。
しかし、特別待遇はできません」
と言われました。
花子は、どこの国でも腹を立てました。
『どうして、私の価値がわからないの!』
『私は天才なのよ!』
けれども、どこの国でも花子の悪い評判は知られていました。
花子の魔法を使いたい人はいても、花子と同じ職場で働きたい人は現れませんでした。
◇ ◇ ◇
花子の治癒魔法は、相変わらずすばらしいものでした。
ですが、聖女として受け入れてくれる国はありませんでした。
普通の治癒士として働くことを断っているうちに、あれだけあった貯金も底を尽いてしまいました。
『どうしてですの!?
私は、こんなに優秀なのに!』
花子は不思議でたまりませんでした。
一方、故郷の若い聖女は、相変わらず平凡な治癒魔法使いでした。
花子ほど難しい病気を治すことは、最後までできませんでした。
それでも、患者のために働き、困っている人を助け、医者や薬師たちと力を合わせていました。
人々は、そんな聖女を心から敬っていました。
花子は、その噂を聞くたびに腹を立てました。
『あんな凡人の、どこが聖女だというの!』
『真の聖女は、私なのに!』
けれども、誰も花子の言葉に耳を傾けませんでした。
そして、ある寒い冬の日。
花子は、誰にも看取られることなく、ひとり寂しく息を引き取りました。
最後まで、花子は自分がなぜ嫌われているのか、わかりませんでした。
『おかしいわね……。
私の方が、ずっと優秀だったのに……。
本当の聖女は、私だったはずなのに……』
こうして花子は、ひとり寂しく死んでいきました。
花子の治癒魔法は、本当に国一番でした。
その才能によって、たくさんの人の命が救われたことも事実です。
けれども、人々が聖女と呼びたかったのは、魔法の上手な人ではありませんでした。
自分たちの苦しみに心を寄せ、共に涙を流し、懸命に助けようとしてくれる人だったのです。
おしまい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
本作を見つけて下さってありがとうございます。
小西にこ(蒼き流星ボトムズ)と申します。
色々なジャンルに手を出すのが好きで、今回は童話に挑戦してみました。
多くの作品が連載途中にも関わらず申し訳御座いません。
この場を借りて作品進捗を報告します。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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