お花畑の子ねこたち
タマが、タマって名まえをもらう、すこしまえ、
タマは、いまとはちがうお家に、すんでいました。
じゅうたく地のすみっこの、ふるいあき家――
のらねこだったおかあさんが、そこに住みついていたのです。
そして、タマたち五ひきを、うんだのです。
うまれてすぐは、ふる着のつまった箱のなか。兄さんたちと、姉さんと、みんないっしょに、みーみー、にゃあにゃあ、ないていました。
おかあさんが、だっこしたり、ぺろぺろしたり、おっぱいチューチューさせたり、してくれました。
あき家には、いろんなものが、ありました。
からっぽの本だなや、こわれたそうじ機、やぶれたおふとん。ゴムのボールに、古ざっし・古しんぶん。
おきすてられた、ゴミみたいなものが、ごちゃごちゃ、ひっくりかえっていたのです。
だんだん手足がしっかりして、目もぱっちりあいてくると、タマたちにとっては、それが、いいあそび場になりました。
とん、とん、よいしょ。
本だなのてっぺんまで、のぼったり。
そこから、ぴょーん。
とびおりたり。
ボールをつついて、ころがして。
追っかけまわして、走ったり。
つかれたら、まどの下で日なたぼっこ。
青いお空を、ながめたり。
でも、なにより、たのしいのは、やっぱり、ごはん。
子どもたちが、おっぱいをそつぎょうすると、おかあさんは、かわりに、虫や、小鳥や、トカゲや、ねずみ。そんなオイシイごはんを、とってきてくれるようになりました。
しかも、さいしょのうちは、ただオイシイだけで、うごかなかった、そのごはん――
だんだん、子どもたちが、おおきくなると、おかあさんったら、ぴくぴくうごく生き餌のまんま、もってきてくれるようになったのです。
「行くわよ、行くわよ」
おかあさんが、ぱっと手をはなすと、ジタバタ逃げだす、そのエモノ。
みんなで追って、つかまえるの。
それは狩りのれんしゅう。おにごっこ。
たのしいあそびで、おいしいごはん。
いちばん上の兄さんが、やっぱり、じょうず。
にばんめの兄さんも、負けてない。
さんばんめの兄さんは、ちょっとヘタ。
姉さんは、よこどりめい人。チャッカリやさん。
いちばんのへたっぴは、やっぱり、いちばんちびのタマ。
つんつんしたら、バタバタあばれる、ごはんたち。タマは、ついつい、びくぅってなっちゃうの。
兄さんたちに笑われて、姉さんにはフンッてされて……。
それでも、タマは、気にしない。そのうち、きっと、じょうずになるもの。
いまは、兄さんたちを、おうえんして。とんだり、はねたり、走ったり。それで、いいの。たのしいの。
ごはんのあとは、おかあさんが、毛づくろいしてくれて。
あそびつかれて、おなかもいっぱい。
みんなで、おねむに、なるのでした。
*
そんなまいにちが、ある日とつぜん、終わりました。
おかあさんが、帰ってこなくなったのです。
さいしょは、みんな、待ちました。
おなかがすいて、にゃーにゃー、ないて。
あそぶ元気も、なくなって。
それでも、待って、待って、待ちました。
けれど、とうとう、待ちくたびれて――
いちばん上の兄さんが、いいました。
「おかあさんを、さがしてくる」
そして、それきり、帰ってきませんでした。
にばんめの兄さんが、いいました。
「兄さんを、さがしてくる」
そして、それきり、帰ってきませんでした。
さんばんめの兄さんは、いいました。
「おかあさんも、兄さんたちも、しんぱいだけど。でも、このままじゃ、お腹がすいて、死んでしまうよ。ぼく、ごはんを、さがしてくる。おまえたちは、待っておいで」
そしたら、姉さんが、いいました。
「いやよ。兄さんまで、帰ってこなかったら、どうするの。あたし、いっしょに、いくわ。おいしいごはん、とってくれたら、うんと、やさしくしてあげてよ」
「じゃあ、おいでよ」
兄さんは、姉さんを、つれていきました。
そして、それきり、帰ってきませんでした。
のこされたのは、タマひとり。
おかあさんを、待ちました。
おなかがすいて、さみしくて。
からだが、だるくて、おもくって。
なんだか、あたまが、ボーッとして。
おなかがすいているのか、いないのか、あんまり腹ペコすぎて、もうわからなくて。
それでも、おかあさんがこいしくて。
待って、待って、待ったのです。
すると、あるとき……
ひらひら。
ひらひら。
一ぴきの、きれいなチョウが、あき家に、迷いこんできたのでした。
そしたら――いったい、どこにそんな力がのこっていたのでしょう。タマは思わず、ぱっ、と、とびかかっていたのです。
でも、ただでさえ、へたっぴな、タマですもの。
チョウは、なんなく、身をかわしました。
ひらひら。
ひらひら。
ばかにするみたいに、とびまわります。
タマは、むきになって、追いかけました。
「なんだ、このっ、こいつ」
そして、ふしぎに思いました。
あれ?
さっきまで、あんなにからだがおもかったのに。
さっきまで、あんなに力がはいらなかったのに。
どうして、こんなに、からだが、かるいんだろう?
タマは首をかしげて、あたりを見まわしました。
そしたら、いつものねどこの箱のなかに、いっぴきの、こねこの死がいが、見えたのでした。
「うわっ、ばっちい」
タマは、思わず、さけびました。
死んだこねこは、ガリガリにやせて、うんちやおしっこにまみれて。まわりには、ブーン、ブーン、おおきなハエが、とんでいるのでした。
この子、だれ?
どうして、ここに、いるの?
そこ、ぼくの、ばしょなのに……。
死がいは、きたなくって、くさくって――
タマは、フンフン、つんつん、してみました。
すると、タマの手は、その子のからだを、つきぬけてしまいました。
すかすかして、ちっとも、さわることが、できません。
「!?」
タマはびっくりして、あとずさりました。
そして、やっと、気づきました。
「もしかして、ぼく、おばけになっちゃった?」
そうです。
目のまえの、その死がいは、ぬけがらになった、タマのからだなのでした。
さっき、チョウにとびかかったとき、タマのからだは、もうぴくりとも、うごかなくなっていたのです。
ただ、たましいだけが、ぴょんとうごいて……からだから、はみだしてしまったのでした。
「どうしよう……」
タマは、ぶるっと、ふるえました。
さっきのチョウが、もどってきたのは、そのときでした。
ひらひら。
ひらひら。
でも、さっきみたいに、ばかにされているって気は、しませんでした。
それどころか――なぜでしょう、タマには、そのチョウが、元気をだしてって、はげましてくれているような気がしたのです。
にゃー。
にゃー。
気づくとタマは、チョウにむかって、よびかけるみたいに、ないていました。
そしたら、チョウは、タマの顔に、ちかづいてきて……さっと身をひるがえすと、まどのほうへ、行きました。
まるで、さそっているみたい。
そして、すうっと、ガラスに吸いこまれてしまったのです。
「待って!」
タマは思わず、かけだしました。
とたんに、ふわっと、からだが浮いて、ちゅうをすべって――
ぶつかる、と、思ったしゅんかん、ガラスを通りぬけてしまいました。
*
まどの外はお花畑でした。
みわたすかぎりの野っぱらに、色とりどりの花が咲いています。
お空は高く、まっ青で。夢みたいに、きれいでした。
タマは首をひねりました。
お家のそと、なんで、こんなに、なってるの?
こんな、お花畑なんて、なかったはずなのに……。
でも、すぐに、それどころではなくなりました。
お花畑のなかに、三びきのこねこが、すわっていました。
タマはうれしくなって、かけだしました。
「兄さん!」
そうでした。三びきは、いなくなってしまった、兄さんたちなのでした。
にゃあ、にゃあ。
みい、みい。
にゃあご、にゃあご。
四ひきは、からまりあって、じゃれあいました。しあわせだったあのころみたいに。
チョウが、ひらひら、見まもるみたいに、とんでいました。
「みんな、いままで、どうしてたの? ここ、どこなの?」
あそびつかれて、ひといきつくと、あらためて、タマは、たずねました。
兄さんたちは、顔を見あわせました。
「さて、どこだろう?」
「てんごくなのか、じごくなのか」
「とにかく、死んだらくるところ、かなあ」
タマは目をぱちぱち。
「やっぱり、みんな、死んじゃったの?」
兄さんたち、ためいきをつきました。
「そうだねえ。そうみたいだねえ」
「それじゃあ、しようか、その話」
「ぼくら、どうして、死んだのか」
さいしょは、いちばん上の兄さんでした。
こんな話をしてくれました。
「お家を出るとすぐ、ニンゲンたちに、でくわしてね。おかあさんを、さがすどころじゃ、なかったよ。
『うわっ、きたない』
『またノラか』
『ほけん所にでんわしろよ』
追っぱらわれたり、追いかけられたり。とうとう、つかまっちゃった。マチビカセンター? ほかにも、いぬや、ねこが、いっぱいでね。そこから、なんびきか、えらばれて、せまい箱みたいななかに、おしこまれてさ。
くらくて、いやなにおいがしてね。みんなおびえて、にゃあにゃあ、わんわん。そのうち、ゴーッて、音がするのさ。そしたら、息ができなくなってね。もがいて、ひっくりかえって。手足が、かってに、ピクピクしてね。
気がついたら、ゆうれいみたいになって、死んだ自分を、見おろしていたよ。そこへ、チョウが一ぴき、ひらひら、きてさ。ちょっと追いかけたら、もうここだった」
つぎは、にばんめの兄さん。
「兄さんを、さがしたよ。でも、見つからない。へとへとで、おなかもすいて。そんなときさ。すごいエモノを、見つけたのは。
ほんとに、すてきな、ねずみだったよ。白と、茶色の――いや、あれは、金色だな。ぴかぴか、つやつや。見たこともない、おおごちそう。
でも、こまったな。そいつったら、がんじょうな、オリのなか。あんぜんな場所で、カラカラ、赤い輪っかを、まわしてるんだ。どうしたって、手が出せない。
とつぜん、ものすごい声がしたのは、そのときだ。
『なにしてやがんのよっ!』
あわてて、逃げだしたよ。そしたら、ブオーッ! でっかい、じどう車が、つっこんできてね。キキーッ! ぐしゃっ! つぶされちゃった。うんてんしゅさんが、『うわあ』って、いやそうな顔をしていたっけ。ぼく、それを見たよ。やっぱり、ゆうれいみたいになってさ。そこへ、あのチョウが、きてくれたんだ」
さいごは、さんばんめの兄さんです。
「あき家の庭に、トカゲがいてね。『あれ、とってよ』って妹がいうんだ。でも、すばしっこくってねえ。するする、ささーっ。れんしゅう用とは、おおちがい。
おまけに、こっちは、腹ペコだ。そのうち、へたばってしまったよ。『だめな兄さんねえ』なんて、ばかにされて、くやしくってねえ……。
そしたら、
『わっはっは』
へいの上に、でっかいオスが、すわっていてね。笑うんだ。
『ぼうやに狩りなんて、じゅうねん早いぜ。おとなしく、ママのおっぱいでも、すってるんだな』
ぼく、いいかえそうとしたけど、へとへとで、声もだせなくってねぇ。そしたら、妹のやつが、そいつに、きくんだよ。
『ねえ、あなただったら、あんなの、かんたん?』
そいつ、にやっと笑ってさ。ものもいわずに、とびおりてね。つぎに顔をあげたときには、もう、トカゲをがっちり、くわえていやがるのさ。
妹は、おおよろこびさ。
『あなたって、つよいのねえ』
いつのまにか、そいつのそばでね。うふん、なんて、いっていたよ」
兄さんは、ためいきをつきました。
「そいつ、妹だけ、つれていったよ。ぼく、追っかけたけど、追いつかなかった。おなかがすいて、気がとおくなって。そこへ、チョウが、きてくれたのさ」
*
「姉さんったら、ひどいんだあ」
タマはプンプンしました。
でも、姉さんを、かばったのは、とうの兄さんでした。
「まあ、そういってやるなよ。おかげで、あの子は、まだ当分、こっちに、こられないんだから。おかあさんに、会えないんだから」
「おかあさん?」
タマの耳が、ピクってしました。
兄さんたちは、顔を見あわせました。
「そうさ。おかあさんは、せんから、ここにいるんだよ。帰ってこれなくなったのは、そのせいなんだ」
「でも、ぼくらのことが、しんぱいでね。ここからさきへ、行くことも、できなくて」
「ずっと、待ってて、くれたんだよ」
タマは、顔をかがやかせました。
「それじゃあ、おかあさん、帰ってくるのが、イヤになったんじゃないんだね? ぼくらのこと、キライになったわけじゃなかったんだね?」
あたりまえじゃないか、ばかなしんぱい、するんじゃないよ――兄さんたちは、口をそろえて、そういいました。
タマは、もう、うんと、うれしくなって、
「わーい、わーい」
その場で、くるくる、かけまわりました。
「おかあさんは、ぼくらがすき。きらいじゃない。きらいじゃない。わーい、わーい」
兄さんたちが、わらいました。
とってもやさしく、わらいました。
「それじゃあ、いこうか。おかあさんのところへさ」
「どこに? どこにいるの?」
「すぐそこさ」
「チョウが、おしえてくれるよ」
すると、そう、さっきのチョウが、すいっ、と、タマの鼻づらをかすめて、とんだのでした。
「「「そらっ、追いかけろ!」」」
兄さんたちは、いっせいに、かけだしました。
タマもいっしょに走りました。
走りつづけていくと、やがて、きらきらひかる、川が見えてきました。
底の砂がひとつぶひとつぶ見えるくらい、きれいな、とうめいな川でした。
チョウは、川をとびこえ、向こう岸に、まいおりました。
すると、チョウがおりた、その場所から、むっくり、からだをおこして、こっちを、見たのは――
「おかあさん!」
見まちがえるはず、ありません。
おかあさんは、にっこりわらって、うなずいて。にゃあ、と、やさしく、なきました。
兄さんたちは、よろこびいさんで、川をわたっていきました。
泳いだんじゃありません。
水の上を、そのまま、走っていったのです。それで、しずみもしなければ、ぬれたりだってしないのでした。
そして、あっというまに、向こう岸に、ついたのです。
でも、タマは……。
パシャンッ!
つられて、一歩を、ふみだしたとたん、しぶきがあがって、冷たくて。
「うわっ、うわっ」
あわてて、岸にひっかえしました。
そして、向こう岸をみつめました。
「どうしたんだい」
「はやく、おいで」
「がんばれ」
向こうで、兄さんたちが、よんでいます。
おかあさんが、にゃあ、と、しんぱいそうに、なきました。
でも、やっぱり、なんどやっても、タマの手足は、
――ちゃぽん。
水にしずんでしまうのでした。
これじゃ、わたるなんて、とうてい、ムリ。みんなのところへ、行けません。
にゃー。
にゃー。
おかあさん、おかあさん。
タマは、せつなく、なきました。
おかあさんも、かなしそう。タマをみつめて、にゃあー、と、長くなきました。
兄さんたちが、ためいきをつきました。
「そうか。おまえは、これないのか」
「そっちに、やることが、のこってるんだね」
「だから、まだ、だめなんだ」
あきらめたみたいに、そういいました。
そして、わかれをつげて、背中をむけてしまうのでした。
「それじゃあ」
「元気で」
「いつか、また」
おかあさんは、さいごのさいごまで、タマを見つめていました。
でも、やっぱり、ついには、背中をむけてしまいました。
「待って、行かないで」
タマはさけんで、かけだしました。
でも、でも、やっぱり、
パシャン!
川は、どうしたって、こえられなくて。
にゃあ、にゃあ。
水ぎわで、ないて、ないて、泣くばかり。
遠ざかっていく、兄さんたちと、かあさんは、いつか、光につつまれて……
気づけば、白く、まぶしく、かがやいて、まるでチョウチョみたいに、お空へとんでいくのでした。
「おかあさん、おかあさん」
タマはもう、さみしくて、かなしくて。
なんにもかんがえないで、とびだしました。
そしたら、
ドボン!
「ゲホッ! ゲホッ!」
つめたい川に、おっこちて……
バシャバシャ。ひっしに、もがいたけれど。
あっというまに、押し流されて。
なんども、しずんで、水をいっぱい、たくさん、のんで。
苦しくって、痛くって。
目のまえが、暗くなって。
「おかあさん……」
ひとことかなしくつぶやくと――
とぷん。
とうとう力がつきて、水にしずんでしまうのでした。
はいた息が、ごぼっと、白いあわになって、あかるい水面めがけて、のぼっていく。それが、さいごに見えた景色でした。
………………。
……………………。
*
「おーい、まだ、なにか、あるぞ」
作ぎょう員の、さとうさんが、あき家からでてきました。
うごきはじめていたパワーショベルが、ぶるぶるっとふるえて、とまりました。
なんだ。どうした。同りょうの、みやけさんと、にのみやさんが、あつまってきました。
「ねこの死がいだ」
さとうさんは、ふる着のつまったダンボール箱を、かかえています。
「まだ、ほんの、こねこだよ」
どれどれ。二人が、のぞきこみました。
いちのせさんも、ショベルカーから、おりてきました。
「ちっちゃいなあ」
「ガリガリじゃないか」
「母ねこは、どうしたんだ」
ここは、じゅうたく地のすみっこの、ふるいあき家。
もとのたて物をこわして、あたらしく、たてなおすのです。
そのまえに、たて物のなかを、かくにんしてみたのです。
そしたら、その箱が、みつかったのでした。
「かわいそうに。つらかったろうなあ。さみしかったろうなあ」
どうぶつ好きの、さとうさんは、泣きながら、こねこの死がいを、だきあげました。
すると、
「!」
さとうさんの顔が、かがやきました。
「うごいた! 生きてる! 生きてるぞ!」
なんだって? 仲間たちが、顔をよせました。
すると、どうでしょう。
さっきまで、ぴくりともせず、息をしているようにも見えなかったこねこが、たしかに、ぴくぴく、手足をうごかしているのでした。
くるしそうに、空中をひっかいて、ケホッ、ケホッ、せきをするのでした。まるで、水に、おぼれているみたい。
「どいてくれ!」
さとうさんは、仲間たちを、おしのけました。
やれやれ。三人は、やさしい顔で、にがわらい。行ってこい、と、手をふりました。
さとうさんは、片手で三人をおがむしぐさをしてみせると、こねこを抱いて、走りさっていきました。
「よーし、こわすぞー」
三人は、おしごと、さいかい。
ふたたび、パワーショベルが、うごきはじめました。
あき家のかべが、めりめり音をたてて、くずれていきました。




