第9章「封鎖海域」
日本海の冬は、容赦がない。
鉛色の空の下、荒波が佐渡ヶ島の岸壁を叩きつける。
だが、その日――
気象庁のデータ上、波は「穏やか」だった。
「……もう一度確認しろ。レーダー、どうなってる」
防衛省地下、統合作戦センター。
大型スクリーンに映し出される佐渡周辺の海域に、説明不能な歪みが映っていた。
「目標反射……固定です。船舶でも潜水艦でもありません」
若い海自隊員の声が、わずかに上ずる。
「位置、佐渡ヶ島南東沖。距離約二キロ。深度……不明」
深度不明。
それは、ありえない。
統合幕僚監部の空気が、静かに張り詰める。
「また、か」
内局の幹部が低く呟いた。
異変は一週間前から始まっていた。
漁船のコンパス異常。
GPSの瞬断。
そして、島民からの不可解な証言。
――海が、沈んだように見えた。
――夜、水平線が光った。
――何かが「開いている」感じがした。
すべて、公式には否定されている。
「自衛隊は関与していない」
「自然現象の可能性が高い」
だが、現場は違う結論に達していた。
「例の“向こう側”の案件と、完全に一致します」
防衛装備庁の分析官が、資料を投影する。
「座標変動、空間歪曲、エネルギー値……いずれも、数か月前に消失した“第一次事案”と同一傾向」
第一次事案。
それは公式文書には存在しない。
ただ一部の人間だけが知っている。
――陸自特殊作戦群の一個分遣隊が、
訓練中に「消えた」事件。
「……連中は、生きているのか」
誰かが、そう問いかけた。
答えはない。
だが、希望はあった。
「この歪みは、完全ではありません」
分析官が続ける。
「不安定です。閉じても、再び開く可能性が高い」
「つまり?」
「行き来が可能になる可能性がある」
室内の空気が、わずかに動いた。
「ただし――」
分析官は言葉を選ぶ。
「安定化には、人為的制御が必要です。現状では、偶発的に発生し、消失するだけ」
偶発的。
不安定。
制御不能。
それでも――
軍と政府は決断した。
「佐渡ヶ島全域を“特別管理区域”とする」
総理補佐官の声が、冷静に響く。
「名目は災害対策。実際は、極秘封鎖だ」
既に動き始めている。
海自は海域警戒を強化。
空自は上空監視。
陸自は島内に「災害派遣部隊」を展開。
すべて、表向きは平常運用。
だが、その中心に――
特殊作戦群の影があった。
「……帰還ルートになり得る」
ある将官が、静かに言った。
「彼らが戻るなら、ここだ」
佐渡ヶ島。
日本本土から隔てられ、
同時に、日本でありながら“孤立”できる場所。
「もし、向こう側から“別の何か”が来たら?」
誰かが問いかける。
沈黙。
「……その場合は」
将官は、言葉を切った。
「軍事事案として対処する」
人か、
人でないか。
味方か、
敵か。
それを判断するのは、現場だ。
一方その頃――
異世界。
蒼真は、焚き火の前で地図を見つめていた。
敵が示した言葉が、脳裏を離れない。
「帰れる場所があるんだろ?」
偶然ではない。
あの男は、何かを知っている。
(……佐渡か)
理由はわからない。
だが、感覚が告げていた。
帰還点は、すでに動き出している。
そしてそれは、
救いにも、戦場にもなり得る。
蒼真は立ち上がる。
「……次は、向こうが動く」
選択の時は、
確実に近づいていた。




