第7章「敵を知るということ」
敵を知らずに勝てる戦争はない。
蒼真はそう教えられてきたし、実際その通りだと思っている。
森の奥、前日の戦闘地点からさらに二キロ。
蒼真は伏せた姿勢のまま、地面に残された痕跡を追っていた。
(撤退が綺麗すぎる)
魔物は本来、秩序だった後退をしない。
生き残った者から散り散りになる。だが今回は違う。進路が揃い、足並みが揃っている。
「蒼真、どう見える」
斎藤の声が無線に入る。
「誰かが制御してます。少なくとも、指示を出せる存在がいる」
「魔王、か?」
「可能性は否定できませんが……個人的には、もっと現実的な相手です」
蒼真は視線を前方へ戻す。
折られた枝の高さ、踏み跡の間隔。大型個体と小型個体が混成している部隊構成。
(軍隊だ)
訓練を受けている。
それも、かなり実戦的な。
「王国軍に伝えますか」
「いや、まずは確証を取る」
慎重さは、生存率を上げる。
その時、斥候に出ていた隊員から短い報告が入った。
「接触あり。人工物を確認」
人工物。
蒼真の思考が一段階引き締まる。
進んだ先にあったのは、粗雑だが明らかに意図的に作られた陣地だった。
木材を組み、土嚢のように土を詰めている。見張り台まである。
「……完全に人間の発想ですね」
斎藤の言葉に、蒼真は頷いた。
「魔物を使った部隊です。操っているのは、間違いなく知性体」
問題は、誰か、だ。
その瞬間、空気が変わった。
蒼真は反射的に手を上げ、隊を止める。
視線の先。
人影。
――人間だ。
鎧は王国のものではない。色も形も違う。
動きが洗練されている。
(同業者か)
蒼真はそう判断した。
交戦は一瞬だった。
相手もこちらを認識していた。躊躇はない。
蒼真は横へ転がり、木を盾にする。
矢が刺さる音。
「弓だ、複数!」
位置を知らせる声。
斎藤が即座に判断を下す。
「撃ち返すな。距離を取れ。包囲を避ける」
正しい判断だ。
ここで深入りする意味はない。
撤退しながら、蒼真は敵の動きを観察する。
追ってこない。
深追いを避けている。
(指示がある)
その夜、拠点に戻った蒼真たちは王国の会議に呼ばれた。
蒼真は地図を広げ、淡々と報告する。
「敵は魔物だけではありません。人間、もしくはそれに準ずる知性体が指揮しています。装備、行動、全てが軍事的です」
場がざわつく。
「裏切り者か?」
「別の国家か?」
疑問が飛ぶ。
「断定はできません」
蒼真は首を横に振る。
「ただ一つ言えるのは――彼らは戦争を理解しています」
その言葉は重かった。
会議後、エリシアが蒼真を呼び止める。
「……怖いですか」
同じ問いだ。
だが、以前とは意味が違う。
「ええ」
蒼真は正直に答えた。
「でも、それは敵が見えてきたからです」
「見えない敵より、ずっといい」
エリシアはそう言い、少し安心したように息を吐いた。
「あなたは……この戦争を、どう終わらせたいですか」
蒼真は答えに時間を要した。
「終わらせ方は選べません」
兵士としての答え。
「ただ、守れる範囲は、全部守ります」
エリシアは何も言わず、ただ隣に立った。
距離は近い。
だが触れない。
蒼真は思う。
これは恋ではない。
だが、守ると決めた感情だ。
翌朝、新たな命令が下る。
敵陣地への強行偵察。
危険度は高い。
蒼真は装備を確認しながら、心を切り替える。
感情は持つ。
だが、引き金は冷静に引く。
それが、彼の戦い方だ。
そしてこの戦争は――
もう後戻りできない段階に入った。




