第4章「境界線の内側」
拠点として割り当てられた建物は、城郭都市の外縁に近い石造りの詰所だった。
蒼真は中に足を踏み入れた瞬間、無意識に評価を始めていた。壁厚、出入口の数、視界の抜け、死角。癖のようなものだ。任務地に入れば、まず生存性を計算する。これは意識的な行為ではない。
「……悪くないな」
斎藤の呟きに、蒼真は内心で同意した。二階建て、屋上に上がれる構造。周囲は開けており、接近警戒が容易だ。即席の前進拠点としては及第点以上だった。
隊員たちは無言で装備を外し、各自の役割に移行していく。誰に指示されたわけでもない。長年染み付いた分業だった。警戒、整備、補給確認。蒼真は窓際に立ち、外の様子を観察する。
異世界だ、という実感は未だに薄い。だが、空の色も、匂いも、音も、どれも日本とは違う。それでもやることは変わらない。任務をこなし、生き残る。それだけだ。
背後で足音がした。
「……やっぱり、落ち着いてますね」
エリシアだった。城からの随行という形で、しばらく彼らと行動を共にすることになっている。
「兵士だからな」
蒼真は短く答える。余計な感情を混ぜる必要はない。
「でも、皆さん……怖くはないんですか」
その問いに、蒼真は一瞬だけ考えた。怖くないわけがない。未知の世界、未知の敵、帰還の保証もない。だが――
「怖いかどうかで行動は変えない」
それが答えだった。
「怖さは排除しない。ただ、判断材料にしないだけだ」
エリシアは黙り込む。その横顔は、まだ戦場に慣れていない人間のものだった。蒼真はそれ以上踏み込まなかった。感情教育は任務ではない。
その時、外で短い笛の音が鳴った。
蒼真の思考が即座に切り替わる。
「斎藤さん」
「ああ。斥候だな」
城壁の外、森の方向。警戒線に配置されていた王国兵の一人が、慌てた様子で走ってくるのが見えた。
数分後、情報は共有された。
魔物の小規模な集団が移動している。数は不明。だが、進路はこの都市方向。
「迎撃は王国軍がやるそうだ」
斎藤の報告に、蒼真は首を傾げた。
「練度は?」
「正直、期待できない」
予想通りだ。蒼真は即座に次の可能性を考える。迎撃失敗。突破。市街戦。被害拡大。
「……介入するべきだと思います」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。
斎藤がこちらを見る。その視線には試すような色があった。
「理由は」
「このままだと、被害が広がる。都市内部に戦闘が持ち込まれれば、制圧は困難になります。非戦闘員が多すぎる」
それは感情論ではない。戦術的な判断だ。
斎藤は数秒黙考し、頷いた。
「同意だ。小隊で出る。あくまで支援だ」
命令が下る。空気が引き締まった。
蒼真は装備を再確認しながら、ふとエリシアを見る。
「危険になります」
「……それでも、行きます」
即答だった。その声は震えていたが、逃げてはいなかった。
蒼真はそれを評価する。勇気ではない。覚悟だ。
「後ろから離れないでください」
「はい」
城門を出ると、風の匂いが変わった。戦場の匂いだ。
蒼真の中で、余計な思考が消えていく。任務、状況、役割。それだけが残る。
異世界だろうが、ここが戦場であることに変わりはない。
そして彼は――兵士だった。




