第2章 「現実のまま、異界の戦場へ」
戦闘が終わった直後の森は、耳鳴りがするほど静かだった。
蒼真は膝を軽く落とし、89式小銃を肩付けしたまま周囲を切り取るように視線を走らせる。撃発後三十秒。最も危険な時間帯だ。敵は倒した――そう思わせておいて、背後や側面から来るのが常套だ。
「全員、生存確認」
斎藤准尉の声は低く、必要な情報だけを含んでいた。
「二番、生存。弾倉一本消費」 「三番、生存。負傷なし」 「四番、生存。擦過傷、行動可能」
「了解。円形警戒継続。音を拾え」
蒼真は弾倉を抜き、残弾を目視で確認する。
二十四発。
多くもなく、少なくもない。だが補給のない状況では、二十四回の判断ミスが命取りになる。
視線を横にずらすと、倒木の陰に伏せていた少女――エリシアが、まだ身動きできずにいた。瞳は開いているが、身体が硬直している。
「……怪我は?」
声量を抑えて聞く。
「……ありません。ただ、足が……」
蒼真は一歩距離を保ったまま、周囲を警戒し続ける。
戦場では“助ける動作”が隙になる。
数秒、異常なし。
蒼真は彼女に手を差し出した。
エリシアは一瞬ためらい、それから掴む。
軽い。
戦闘員の体重ではない。
「立てるか」
「……はい」
完全ではないが、自立できている。問題ない。
斎藤が周囲を見回し、即断する。
「この場所は不適切。魔物がいた以上、近辺に仲間がいる。高所へ移動する」
分隊は即座に再編成される。
先頭に斎藤、続いて三番、中央にエリシア、最後尾に蒼真。
非戦闘員同行時の基本陣形。
移動中、蒼真は常に後方三百六十度を意識していた。
森の音が、妙に多い。風ではない。生物の動きだ。
「……蒼真」
小さな声。
「何だ」
「その……さっきの……」
エリシアの視線が、小銃に向く。
「雷みたいな音……あれは……?」
「銃だ。人を止めるための道具だ」
「……魔法じゃ、ないんですね」
「違う。使う人間が判断を誤れば、味方も死ぬ」
エリシアは黙り込んだ。
それ以上、聞いてこなかった。
数分後、視界の開けた小高い丘に到達する。
「ここで一時停止」
斎藤の指示。
「蒼真、彼女から情報を」
蒼真はエリシアと向き合った。
「名前と立場」
「エリシア・レインフォール。……王国第三王女です」
斎藤と視線が交わる。
冗談にしては、声音が落ち着きすぎている。
「ここは?」
「レインフォール王国北部。最近、魔物の活動が急激に……」
その言葉を遮るように――
角笛。
低く、断続的。
人為的な合図だ。
蒼真の背筋が即座に緊張する。
「……来ます」
森の縁が揺れた。
「数、十以上」
斎藤が即断する。
「迎撃。撤退路は後方。蒼真、非戦闘員最優先」
「了解」
蒼真はエリシアを伏せさせ、身体で遮蔽物になる位置に立つ。
「伏せろ。頭を上げるな」
「……はい」
魔物が姿を現す。
小柄な人型が前列。
後方に体格の大きい個体。
さらにその後ろ――杖を持つ二体。
「優先目標、後方。魔法使い」
蒼真は照準を切り替える。
距離六十。
風なし。
単発。
一体、倒れる。
即座に次へ移行。
二体目が詠唱を中断し、身を引く。
だが前列が突進してくる。
蒼真は無駄撃ちを避け、脚部を狙う。
動きを止めることが目的だ。
「左、回り込み!」
斎藤の声。
蒼真は即座に移動。遮蔽物を使い、側面へ。
その瞬間、火球が飛ぶ。
蒼真は地面に転がり、爆風をやり過ごす。
判断が一瞬遅れれば、致命傷だった。
立ち上がりながら、射界を確保。
二十メートル。
オークの首元、装甲の隙間。
二発。
倒れる。
背後――
「蒼真!」
斎藤の叫び。
振り向いた瞬間、エリシアの背後にゴブリンがいた。
距離、十メートル。
蒼真は迷わず走る。
間に割って入り、射撃。
ゴブリンは倒れた。
エリシアは、その場に崩れ落ちる。
「……大丈夫だ」
そう言ったのは、彼女のためか、自分のためか。
数分後、敵は撤退。
分隊は即座に再警戒。
斎藤が息を吐く。
「……確定だな。ここは戦場だ」
蒼真はエリシアを見る。
震えてはいるが、目は逸らさない。
「……ありがとう」
その一言が、不思議と胸に残った。
蒼真は思う。
兵士としては、合理的ではない。
だが――
この世界で、最初に守ると決めた存在。
それだけは、揺らがなかった。




