第14章 「蛇口を握る者」
蒼真が確信したのは、12章で日本との通信が断続的に回復した、あの一瞬だった。
――通信は、帰還点が“開いている時だけ”。
それはもはや仮説ではなかった。
事実だった。
佐渡ヶ島で観測された異常、こちらの世界で周期的に発生する魔力の脈動、敵が力を増す瞬間と減衰する瞬間。その全てが、同じ周期で一致していた。
「……あいつは、魔法が強いんじゃない」
蒼真は夜明け前の丘で、地図代わりの羊皮紙を見下ろしながら呟いた。
「“蛇口を握っているだけ”だ」
斎藤准尉が視線を上げる。
「供給源がある、と?」
「はい。しかも一つじゃない。主幹が一つ、補助が二つ。佐渡と同じ構造です」
敵は魔王ではない。
異世界の理から選ばれた存在でもない。
世界の境界から漏れ出すエネルギーを、意図的に集め、流し、使っているだけの人間。
だからこそ、強かった。
だからこそ――切れる。
「目標は討伐じゃない」
蒼真は分隊を見回す。
「中枢を破壊する。敵を“ただの魔法使い”に落とす」
全員が無言で頷いた。
彼らは英雄ではない。
やるべき仕事を、やるだけだ。
敵の拠点は、旧王都南方、崩れた神殿の地下にあった。
地上は囮だ。
異様に濃い魔力反応、派手な結界、わざとらしい警戒配置。
「……浅いな」
蒼真は思考を切り替える。
敵は賢いが、軍人ではない。
戦力の見せ方が“魔法使い”のそれだった。
地下侵入は夜明け前。
レンジャーの基本通り、音を殺し、光を使わず、呼吸を揃える。
最初の接触は、魔獣三体。
蒼真は合図だけで分隊を左右に割った。
銃声は一発。
即座に距離を詰め、刃で止める。
異世界での戦闘は、弾薬を使い切る前に終わらせるのが鉄則だ。
だが――地下に入った瞬間、空気が変わった。
魔力が、濃い。
「来るぞ」
蒼真の言葉と同時に、壁が歪んだ。
敵が現れる。
人間だ。
蒼真たちと同じ年齢。
だが、その背後で“流れている”。
魔力が、まるで水のように。
「……なるほど」
蒼真は構えながら、理解した。
敵の魔法は、本人から湧いていない。
境界から流れ込み、術式を通って放出されている。
蛇口だ。
敵は、世界と世界を繋ぐ蛇口を握っているだけ。
敵が手を振り下ろす。
光が奔流となり、分隊の位置を薙ぐ。
だが威力が一定だ。
増幅に時間がかかる。
「右翼、時間を稼げ!」
斎藤の声。
蒼真は前進する。
銃弾は結界に阻まれるが、衝撃は伝わる。
敵が後退する。
――供給が追いついていない。
蒼真は地下奥を見る。
脈打つ結晶体。
魔法陣。
世界の“ズレ”を固定する装置。
「あれだ」
敵が叫ぶ。
「無駄だ! 壊せば世界が崩れる!」
蒼真は即答した。
「崩れるのは、お前の戦争だ」
爆薬を設置。
起爆まで、十五秒。
敵が全力を解放する。
魔力の嵐。
地面が砕け、空気が焼ける。
だが――流れが乱れた。
蛇口が壊れかけている。
蒼真は敵に肉薄し、銃床で叩き伏せる。
起爆。
地下が、沈黙した。
魔力が、消えた。
敵は膝をつく。
「……あ、れ?」
もはや魔王ではない。
ただの、魔法を少し使える人間だ。
蒼真は引き金を引かなかった。
「戦争は終わりだ」
敵は歪んだ笑みを浮かべ、転移術を発動する。
不完全な術式。
逃走。
蒼真は追わなかった。
目的は達成された。
世界は、静かだった。
帰還点の魔力が、減衰していくのを感じながら、蒼真は思う。
――勝った。
だがこれは、終わりではない。
蛇口は閉めた。
だが、水源は、まだ世界のどこかに残っている。
蒼真は銃を下ろし、空を見上げた。
二つの月の下で、
兵士としての戦争は、一つの区切りを迎えた。
次に戦うのは、
世界そのものかもしれない。




