第10章「沿岸接触」
午前三時十二分。
佐渡ヶ島南岸、両津湾から外れた岩礁地帯。
冬の日本海にしては、異様な静けさだった。
風速二メートル以下。波高五十センチ。
だが、海上自衛隊の沿岸監視レーダーは、**“何も映らないのに、何かがいる”**という矛盾した反応を示していた。
「反射、断続的。位置固定……いや、沿岸方向に寄っています」
モニターを見つめる隊員の声が硬い。
「船舶じゃないな」
海自佐渡臨時監視所の責任者が、即座に判断する。
「潜水艦でもない。――海保には?」
「該当なし。漁船も全て港内です」
この海域はすでに、**名目上“気象観測強化区域”**として封鎖されている。
実際には、防衛省と政府が極秘指定した管理区域だ。
「……来るぞ」
誰かが言った瞬間、
海が、盛り上がった。
波ではない。
海面そのものが、内側から押し上げられるように歪む。
「空間エネルギー反応、上昇!」
防衛装備庁の計測官が叫ぶ。
「座標安定……開きます!」
次の瞬間、沿岸から約二十メートルの浅瀬で、空間が裂けた。
円形。直径約四メートル。
内部は暗く、奥行きが認識できない。
「……上陸地点だ」
陸自の臨時展開部隊が、一斉に銃を構える。
だが、発砲命令は出ていない。
まだ、“敵”と断定できない。
歪みの中から――
何かが落ちてきた。
水しぶき。
人間ではない。
体長一・五メートル前後。
灰色の皮膚。
四肢は細く、関節が異様に逆方向へ曲がっている。
「……人型、だが違う」
誰かが呟く。
次いで、二体目、三体目。
計五体。
それらは、浅瀬で体勢を立て直すと、喉を震わせて鳴いた。
意味を持たない、獣の声。
「――モンスター、か」
誰もが同じ結論に辿り着いていた。
「敵対行動は?」
「……確認。こちらを認識しています」
一体が、岩を掴み、投擲した。
岩は外れたが、意図は明確だった。
「敵性行動確認」
その一言で、状況は変わる。
「発砲許可、限定的に出す。沿岸部のみ。市街地への侵入を阻止しろ」
「了解!」
銃声が夜を裂いた。
陸自隊員の射撃は、必要最低限。
連射はしない。
一体ずつ、確実に止める。
だが、モンスターは倒れない。
「……防弾?」
「違う、生命構造が違う!」
一体が跳躍し、岩場を越えようとする。
「止めろ!」
分隊支援火器が火を噴く。
今度は、倒れた。
残る個体は歪みの方を振り返り――
引きずられるように、消えた。
歪みが、急速に収縮する。
「閉じるぞ!」
数秒後、海面は元に戻った。
残ったのは、
浜辺に倒れた二体の異形と、
焦げた岩、そして――現実だった。
「……これは」
指揮官は、短く息を吐く。
「“帰還”じゃない。侵入だ」
即座に判断が下される。
「佐渡全域、完全封鎖」
「上陸想定で防衛配置を再構築」
「この事案は、“対異世界脅威”として扱う」
誰も異論を唱えなかった。
なぜなら――
次は、人間とは限らないと、全員が理解したからだ。
一方、異世界。
蒼真は、遠くで感じた“引き戻される感覚”に、歯を食いしばった。
「……出たのは、あいつらか」
隊員じゃない。
人でもない。
敵は、試したのだ。
日本を。
境界を。
そして次は、
より明確な意思を持って来る。
蒼真は、静かに立ち上がる。
「……もう、選択を先延ばしにはできないな」
佐渡の海は、
すでに戦線だった。




