理想の恋をしたいからと婚約破棄され、別の男性には理想の女性像を押し付けられました。男なんて男なんて。今は幸せです。
「お前なんぞ、私の婚約者にふさわしくない。婚約破棄をしてやる」
ブルドの言葉に、マリーアディア・アフェント公爵令嬢は、目を見開いて、婚約者ブルド・レテル公爵令息に詰め寄った。
「どういう事ですの?ふさわしくないだなんて。いきなりそう言われても困りますわ」
「そうだ。どういうつもりだ?レテル公爵令息」
マリーアディアの背後から圧をブルドにかけているのはフェレウス・ベルン公爵。バルド王国の騎士団長である。
長い銀の髪の青い瞳の美しい騎士団フェレウスが何故、ここにいるのかマリーアディアは理解できなかった。
「おかしいじゃありませんか?ベルン公爵様。何故?あなたがこんな所にいるのです?」
「ついてきたのだ」
「いつの間に?わたくし、馬車に一人で乗っていたはずですわ」
ずいっと顔を近づけて、フェレウスは、
「当たり前ではないか。そなたはベルン公爵派閥で最大の影響力を持つアフェント公爵家の令嬢だ。家と家との結びつきである婚約が破棄されると聞けば、ついて来るに決まっている」
ブルドが驚いて、
「いや、今、初めて宣言したんだ。何故に?知っている?」
「勘だ。勘でついてきた。我が派閥の一大事だからな」
マリーアディアは、ともかくブルドに向かって、
「家と家の問題ですわ。我が両親にこの話を持って行って下さいませ。わたくしは、両親の決定に従います」
そう言って、その場を後にした。
フェレウスの事は薄気味悪かった。
彼と親しい訳ではない。まだ16歳のマリーアディアは正式な接点がない。
顔を見たことがある程度の知り合いだ。
急いで馬車に乗り、家に戻った。
ブルドが自分に不満を持っている事は解っていた。
16歳のマリーアディア。金の髪に青い瞳のマリーアディアは自分の美しさに自信を持っていた。
婚約者のブルドも黒髪碧眼の美しい男性で16歳。
レテル公爵家と縁を結びたい父アフェント公爵は、レテル公爵と相談して、二人は一年前に婚約者になった。
勿論、派閥の主であるベルン公爵フェレウスも承諾したのだ。
フェレウスは28歳。公爵と王国の騎士団長を務める激務である。
引退した両親の力を借りて、公爵領の経営と、騎士団長の仕事をやっている有能な人物だ。
王国一の美しさを持つ彼に憧れている女性も多い。
何故にいまだ結婚していないのか?彼自身が忙しすぎるからだと言われているが。
王宮に連れて行って貰った時に、見た覚えがある。そんな程度だ。
そんな彼が何故?いつの間に共についてきたのか?マリーアディアは見当もつかなかった。
ブルドは酷い男で、マリーアディアに会うたびに、
「私はこの婚約に納得していない。いかにお前が美しいからと言って、私にふさわしいと思うな」
訳が解らなった。
勉強だって、それなりに良い成績を収めている。
顔だって普通より美しい自信だってある。
何故、彼は自分を拒否するのだろう。
「訳が解らないわ」
派閥の女生徒達に愚痴れば、女生徒達は、
「反発したい年ごろなのではありませんか?」
「そうですわね」
反発したいですって?家と家の婚約をどう思っているのよ。
頭に来たから、ブルドの前に行って聞いてみた。
「どういうことですの?納得していないのなら、お父様にかけあって、婚約を解消してもらうなりすればよいではありませんか。婚約を継続したまま、この態度では困りますわ」
「父には逆らえないのだ。だがお前と結婚なんてしたくはない。私は愛するものと結婚したいのだ」
「思っている方がいらっしゃるのですか?」
「いや、いない。だが、きっとこれから恋をするだろう。お前なんかみたいに生意気な令嬢ではなく、心優しい令嬢と」
「はい?どういう事ですの?わたくしのどこが生意気だと?」
「こうして詰め寄る所は生意気だろう?」
「訳を聞いてみただけではありませんか」
「女性はおとなしく百歩下がって男性の言う事を聞くものだ」
「社交をするのに、大人しいだけでは生きていけませんわ。それが貴族の女性というものです」
「お前のそう言うところが嫌いだ。私は理想の恋をする。その女性と結婚する」
「だったら、婚約解消を」
「だから、父上には逆らえない」
頭に来た。そんな感じだからブルドとは仲が悪かったのだ。
かといってふさわしくないと言われるのはおかしい。
先行き、公爵夫人としてしっかりとやっていけるだけの美しさと知識を自分は持っているはずだ。
家に帰って父に会ってその話をすると、父アフェント公爵は、
「あそこの息子はどうしようもないな。我儘で。まぁいい。婚約は解消する。安心しなさい。それに」
「それに?」
「新たな婚約の申し込みが来ているのだ。まぁ無事にレテル公爵令息と婚約解消出来たらの話だがな」
「どなたです?」
「派閥の主であるフェレウス・ベルン公爵だ」
「お父様。あの方、変なんです。今日、いきなり背後に現れて、何故、わたくしに婚約の申し込みを?家と家の都合なのですか?」
「まぁ派閥の主であるベルン公爵家との婚姻は、我が公爵家の利益になるが」
訳が解らなかった。だが、家の決定に従うしかない。
ともかくブルドと婚約が無事に解消されますようにと願うしかなかった。
婚約は解消された。
互いに合わなかったという事で。
彼は家と家の結びつきをどう思っているのか。
きっと理想の恋人が現れるのを楽しみに待っているのだろう。
婚約が解消された翌日、フェレウス・ベルン公爵が花束を持って現れた。
「マリーアディア嬢。先日は失礼した。改めて、婚約を申し込みに来た」
父アフェント公爵は、
「ベルン公爵。よろしいのですか?うちのマリーアディアで」
「勿論。マリーアディア嬢を我が婚約者に」
「わたくしは家の方針に従いますわ」
「有難う。よろしく頼むよ。マリーアディア」
この男、とんでもない男だった。
「ドレスは、桃色がいい。それがマリーアディアに似合う色だ。髪飾りはそれに合わせた色にしよう」
「有難うございます」
「緑と青は君には似合わない。これからは私が選ぶものを着て欲しい。いいね?」
「解りましたわ」
フェレウスは忙しい。忙しい合間を縫って、テラスでお茶をする。
「ケーキはチョコレートケーキに限る。イチゴケーキなんて持っての他だ。チョコレートケーキを食べるように」
「でも私はリンゴのタルトも‥‥‥」
「リンゴなんて外道だ。香り高いチョコレートケーキを共に食べよう」
何故、彼が結婚しなかったのか凄く良く解った。
今まで彼の事が噂に上らなかったのは、付き合った相手の令嬢が口止めをされていたからであろう。
こんなに、細かく理想を押し付けてくる男性ならば、結婚した後はさらに自由を奪われて、自分の意志なんて持つ事も許されないであろう。
ブルドだって、仲が悪い婚約者だった。彼は恋に憧れていただけだ。
だが、この男はもっと始末が悪い。
それに派閥の主だ。
今まで彼と付き合ってきた女性はどうやって逃げていたのだろう。
婚約したという話は聞いていない。
フェレウスに聞いてみた。
「あの、今までお付き合いした方はいらっしゃったのですか?」
フェレウスは優雅にチョコレートケーキを食べながら、
「勿論。いたけれども気に食わなかったから、婚約まで話はいかなかった。見た目がね。君の美しさは私の理想だ。だから目をつけておいたんだ。良かったよ。婚約が結べて。
これから、私の理想の女性になるように、指導してあげる。楽しみだよ」
ぞっとした。
この男と共にいたら、自分の人生は真っ暗だ。
留学している兄を頼った。
「お兄様。わたくし、遊びに行ってよろしいかしら」
手紙を出したら兄クラウドは、快諾してくれて、2週間の旅行と言う事で学園を休んで兄の元へ行った。
そして兄に訴えたのだ。
「わたくし、このままフェレウス様と結婚したら自由も何もかもなくなって。お兄様。助けて」
「しかしだな。派閥の主からの婚約を解消する訳にはいかないだろう」
「でも、わたくしっ。お兄様。わたくしこのままでは‥‥‥」
「貴族の令嬢を捨てる勇気はあるか?そうしたら私がどうにかしてあげよう」
「え?貴族を?」
今まで一生懸命努力してきた。美しさも磨きをかけてきた。
全て貴族として生きる為。いずれ嫁ぐ家の力になる為に。
それを捨てる?捨てることが出来るかしら。
クラウドは、
「捨てる覚悟があるなら、マリーアディアには行方不明になってもらう。行先は私に任せておいてくれ。いい?」
「わたくし、フェレウス様と結婚したくありませんわ。お兄様。よろしくお願いします」
こうして、マリーアディアは貴族を捨てたのであった。
「変…辺境騎士団の?」
「違う。ちゃんと名前がある。ヴォルフレッド辺境騎士団だ」
目の前のカウンター越しに対応しているのは辺境騎士団の美男アラフだ。
四天王の一人である。金の髪に青い瞳の男は、マリーアディアに、
「仕事は慣れたか?お嬢さん」
「慣れましたわ。はい。薬草採取の仕事でしたかしら」
「違う。魔物退治だ。魔狼の大軍が出ただろう?東の山に。それを受けてやる」
掲示板に貼ってあった依頼を渡されてマリーアディアはにっこりと、
「受け付けましたわ。変…辺境騎士団の皆様方なら確実でしょう」
「変、言うな。名前が一応‥‥‥ヴォルフレッド。変だなんて書くなよ」
ギルドの受付は大変な事も多いが楽しい。
辺境騎士団に名前があったなんて、知らなかったわ。
あれが、へんた‥‥‥四天王の一人なのね。屑の美男って、前のブルド様は屑だったかしら?理想の恋をしたいと言って冷たい態度を取っていたけれども、泣かされたわけでもないし。
フェレウス様は屑だったかしら。結婚していたら苦労していたから屑よね。
だなんて思っていたら、大股で入って来た人物がいた。
フェレウスだ。まずいと思った。
婚約は解消されたはずだ。自分が行方不明になったから。
フェレウスと共にブルドもいた。
フェレウスはマリーアディアを見つけると、
「見つけたぞ。さぁ帰ろう。美しいマリーアディア。再び婚約を結ぼう」
ブルドも身を乗り出して、
「恋に恋していただなんて、なんて私は馬鹿だったのだ。マリーアディア。君程の女性はいない。私と婚約を再び結ぼう」
マリーアディアは受付にいる二人の前で立ち上がって、
「わたくしは、今、ギルドで働いております。もう貴族の令嬢じゃないわ。お帰り下さい。どちらとも婚約を結ばないわ」
フェレウスが身を乗り出して、
「だったら、無理やり連れ帰ってやる」
フェレウスの首筋に刀を突き付けた人物がいた。
「美男の屑、発見。さらっていってやろうか?」
アラフだ。
フェレウスはアラフを睨みつけて、
「私は私の婚約者であった女性を連れ戻しに来たまでだ。騎士団長で、ベルン公爵である私の妻になるのだ。幸せだろう?」
マリーアディアは首を振って、
「この人と結婚したら、わたくしは自由が無くなります。自分の好きなドレスも着る事が出来ない。食べ物だって、好きなアップルタルトも食べられない。そんな生活は嫌。わたくしは貴族をやめたの。だから二度と王国に戻らないわ」
アラフが頷いて、
「よく言った。お嬢さん」
フェレウスは悔し気に眉を寄せて、アラフに向かって、
「決闘だ。騎士団長である私の実力を見るがいい」
二人は外へ出て行った。
ブルドがマリーアディアの両手を握り締めて、
「今のうちに私と共に王国へ帰ろう。私と再び婚約を結ぼう」
「ちょっと、派閥の主であるベルン公爵家を出し抜いて、それは無理でしょう。貴方っていつもそう。わたくしとの婚約破棄も何も考えないで、宣言したでしょう?ちゃんと家の事を考えなさいよ」
ブルドにも呆れた。
まぁ屑というよりは、この男の場合は愚かというべきね。
アラフがフェレウスを簀巻きにして担いで。
「こいつは貰っていく。そっちの男はどうする?」
マリーアディアはブルドに、
「付きまとうならば、辺境騎士団へ差し出すわよ」
ブルドは悲鳴をあげて逃げて行った。
男なんて男なんてこんなもの。
結婚なんて諦めてずっとギルドで働こうかしらと思っていたら、
S級冒険者であるグラセルという男に告白された。
「マリーアディア嬢。いつも俺の為に良い仕事を紹介してくれてありがとう」
「いえ、紹介した覚えは‥‥‥掲示板に貼ってあるのを持ってきたのをわたくし、受付しているだけですわ」
「いや、それならば、いつも笑顔で仕事の受付をしてくれて有難う」
「それが仕事ですから」
何だか訳の解らない事を言ってくるこの男性。
魔石でできた指輪を差し出して、
「これをプレゼントしたいんだ。魔物から採れた魔石で作った指輪だ。綺麗だろう?」
グリーンがキラキラしていてとても綺麗、綺麗なんだけど。
「指輪を貰うのはちょっと困りますわ」
「誰か、付き合っている人はいるのか?いるのか?マリーアディア嬢っ」
「いえ、仕事関係の方に高価なものを貰うのは」
「俺の心だ」
身を乗り出してグラセルは叫んだ。
「どうかマリーアディア嬢。結婚してくれ」
マリーアディアはグラセルに向かって、
「いきなり結婚と言われましても」
「だったら、デートしよう。デートっ」
ちょっと嬉しかった。
彼の事は好ましく思っていたからだ。
よく菓子を差し入れてくれた。
ちょっと粗野な感じがするが、まっすぐでギルド内でも性格に評判がいい。
恋をしてみようかしら。
でも‥‥‥
ブルドは理想の恋を追っていた。
フェレウスは理想の女性像を追っていた。
わたくしも理想の恋人を追っていないかしら……
彼とデートした。
グラセルは色々な話をしてくれた。
巨大な闇竜を剣を持って退治した話。
呪われた石が引き起こした騒動。
美しき聖女から依頼された聖跡探索の話等。
話を聞いていて楽しかった。
彼は紳士で、歩き疲れたらベンチで休もうかと気遣いもしてくれた。
休んでいたら、飲み物を買ってきてくれた。
甘いアップルジュースだ。アップルが好きだと覚えてくれていたらしく、嬉しかった。
剣を扱うだけあって、グラセルは逞しい。
「ちょっと無骨だろう?筋肉だけはついちまった」
「冒険者は皆、そうですわ」
「そうだな。マリーアディアにふさわしいかな。こうして隣で歩いているだけでも照れる」
愛しさを感じる。
手を差し出して来たので、繋いだら、更に真っ赤になって、
「照れるな。もう、恥ずかしいな」
こっちも恥ずかしくなった。
グラセルは、
「マリーアディアと結婚したい。冒険者で無骨な俺だけど、君と一緒になりたい」
過去の思いが胸をよぎる。
この人と結婚して大丈夫かしら?
グラセルに聞いてみた。
「わたくしは貴方に理想を求めていないかしら?それはとても悪い事ではないかしら。以前の婚約者は理想の恋を探していたり、理想の女性像を押し付けてきたわ」
グラセルは笑って、
「ちょっとぐらい理想を追ったっていいんじゃないか?俺もマリーアディアが可愛いから、可愛い嫁さんになるだろうなと。だが、理想と違ったってそこを受け入れていくのが夫婦ってもんじゃないかな。互いに妥協して互いに成長して。そういう感じな生活をしていきたい」
「わたくしがわたくしであってもいいのね?」
「ああ、マリーアディアはマリーアディアだ。尊重するよ」
嬉しくて抱き着いた。
マリーアディアは後にグラセルと結婚した。
互いに、こんな感じだったの?みたいな所はあったが、そこは擦り合わせて、互いの個性を認め合った。
ブルドは結局、愚かだということで廃嫡されて、領地の片隅で寂しく暮らした。
フェレウスは、辺境騎士団に拉致された後、屑の美男教育をたっぷり受けた。
辺境騎士団のアラフは、フェレウスに向かって、
「お前の理想を押し付けるな。女性だって一人の人間だ。お前の理想と違うことだって多々あるだろう?」
「それでも私は、私の理想のマリーアディアと結婚したかった」
「これは難航しそうだな」
だが、ここでくじけては四天王の名が廃る。
四天王フルコースで教育を施したら、泣いて改心した。
マリーアディアは幸せだ。
今日もギルドで受付をする。
自分が自分でいられるこの環境に、愛しいグラセルに感謝した。