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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私の記憶が薄れる前にここに記す

作者: 大河 太郎

 これは私が体験した不思議なお話。私の記憶が薄れる前に記す大切な思い出。


 春、桜咲く青空の下で私はとある高校に入学しました。私の名は日々野仁美といいます。特筆すべき点は運動部顔負けの運動神経と人より目がいいことです。

 持ち前のコミュニケーション能力と有り余った元気で、一ヶ月経つ頃には私の友好関係はクラスの壁を越えようとしていました。


 そんな賑やかながらも普通の日常を過ごしていました。ある日のことです。私はヘアピンを落としてしまいました。お母さんから貰ったお気に入りのヘアピンです。日の落ちかけている人気の無い校舎の中を探し回りました。なんとか見つけ出したので帰ろうとしたところ、何故か至って普通の扉が目に留まりました。扉を見た時に不思議と行かなければ後悔する。そのような感覚に襲われたのです。表示を見ると物理準備室。手を掛けてみるとなぜか鍵は開いていました。そっと扉を開けてみると儚い空気を纏う女性が夕日を見つめて佇んでいました。

 その女性はこちらを振り返るとじっと見つめてきました。それに負けじと私も見つめ返します。根比べに負けて先に口を開いたのは女性の方でした。


「あなたは……」

「日々野仁美。一年生です!」


 そう返すと少しだけ目を見開いたあと、表情を緩めてくれました。何かを思い出すように目を閉じると


「いい名前ね。私は古宮香澄。そうね……あなたの先輩よ」


 そのように自己紹介をしてくれました。

 私は先輩という言葉の響きに目を輝かせました。まだ部活に所属していない私にとって学年の壁は高く険しかったからです。


「よろしくお願いします! 古宮先輩!」

「一年生はまだ部活もないでしょ? 暗くなる前に帰りなさいね」

「はいっ! それではまた明日! さよなら!」


 私はそう言うと先輩の返しも聞かずに飛び出しました。今日はいい人と出会ったぞ。また明日も会いに行こう。そう思いながら帰路に着きました。



 それから毎日毎日先輩のいる物理準備室に通いつめました。色んなお話をして過ごし、いつの間にか香澄先輩、仁美ちゃんと呼び合う仲になっていました。

 ある日、いつも通り香澄先輩の元に顔を出すとこのようなことを聞いてきました。


「仁美ちゃん。神隠しって知ってる?」

「神隠しって、いつの間にか人が消えてしまうアレですか?」


 先輩はそうだと肯定するとさらに言葉を続けました。


「実はこの学校では神隠しが起こっている。そう言ったらどうする?」

「えっ!! 神隠しってほんとにあるんですか?!」


 先輩は微笑み浮かべたままどうする? と再度問いかけてきました。


「もし本当なら助けないとです!」


 私の言葉足らずの返答でも先輩は満足そうに微笑みながら頷きました。

 そして次の提案をしてきたのです。


「仁美ちゃん、私とこの学校の神隠しについて調べない?」


 まるで神隠しがあるかのような物言いに私は引っ掛かりを覚えました。もしかしてと思い先輩を見るとゆっくりと大きく頷きました。それは神隠しの存在を確信した反応です。

 もし本当だとしたらきっと犠牲なった人がいるはず。そしてこれから犠牲者が増える可能性があります。そんなことは許せません。

 椅子が倒れるのも構わず立ち上がり


「やります。香澄先輩。解決しちゃいましょう、神隠し!!」


 この時の私は思いもよりませんでした。これが非日常への大きな第一歩だったということに。



 翌日、物理準備室を訪れると白衣を着た女性が先輩と語り合っていました。見たことある顔と姿。堺未来という物理の担当教師です。大げさで独特の言い回しをすることで早くも一年生の人気を集めている人です。

 話に熱中している様子に首を傾げつつ声を掛けます。


「堺先生? 何故此処に?」


 余程話に夢中になっていたのかたった今気が付いたと言わんばかりの顔でこちらに顔を向けます。咳払いの後、わざとらしい厳かな顔を作ると徐に口を開きました。


「よく来たね。日比野君。私は君のような存在を待っていたのだよ。ずっと……ね」

「待っていた……ですか?」


 私のことを事前に聞いていたとかそういうことでしょうか。しかし、それにしては言い回しが可笑しいのです。堺先生は大げさに言うことはあれど核心は外さない。そのような信頼があるのです。


「日比野君。君は幾つもの疑問を抱いているね。一つずつ答えていこう」

「その前に仁美ちゃん。一息つこっか。コーヒー飲む?」


 そう言って先輩は机の上のビーカーを指差します。中には黒い液体。そこから薄っすらと湯気が立っていました。


「これコーヒーなんですか?」

「インスタントだけどどう?」

「い、いただきます」


 砂糖が欲しいなと思っていると先生がシロップとミルクと一緒に持ってきてくれました。苦いのは得意じゃないので有難く使わせていただきます。

 それからしばらくコーヒーの好みについて語り合いました。先輩はブラック、先生は砂糖をたっぷり入れたものが好きみたいです。


「それじゃあ、話を戻そうか」


 先生は立ち上がるとホワイトボードを持ってきました。


「まず日比野君、君は神隠しの調査に協力してくれる。ということで良いのかな?」

「はい。何があってもいいように覚悟は決めました」

「良かろう。まずは神隠しとは何かを説明しよう」

「お願いします!」


 先生はホワイトボードに『神隠しとは?』と書くと説明を始めました。


「神隠しとは簡単に言うと人が消える現象のことだ」

「伝説や言い伝えにあるようなあれですか?」


 私たちがイメージするものは突然人が消えてしまうアレです。しかし先生は否と首を振りました。


「伝説にある話は神隠しの一種ではある。だが我々の調べているものとは別物、いや本物と言うべきだろう」

「本物、ですか?」

「私たちが相手にする神隠しとは被害者の全てが消えてしまうのだよ。現在も未来も、そして過去すらも」

「それはいったどういうことですか?」

「消えてしまうのは姿だけではないということだ。被害者に関する記憶や記録、この世に存在したというありとあらゆる事象が消滅してしまうのだ」


 そう言われてもピンときませんでした。そこで例え話をしてもらいました。

 例えば私が被害にあったとします。そうすると私の姿が見えなくなる、他人の記憶から私が消える、学校の名簿などから私の記録が消える、私が使っていたヘアピンや洋服、机や部屋すら無くなるか別の人に使われているようになってしまうのだそうです。

 つまり人の記憶に神隠しがあったことすら残らないから『本物』なんだそうです。


「あれ、じゃあなんで先生たちはそのことを知っているのですか?」

「良い質問だ。一言でいうのなら我々が特別な人間だからだ」

「特別、ですか」

「あぁ。日比野君はスポーツ選手なんか比にならないほど他人よりも突出して優れた、もしくはスーパーマンのような超能力を持っていたりはしないかい?」


 そう言われると確かに心当たりがあります。普段は抑え込んでいる、誰にも言ったことのないものが。


「私、目がとてもいいんです。昔授業で細胞を観察したんですけど裸眼で見えたんです。全部」

「そ、それはすごいね」

「頑張れば構成している原子も見えます。あと幽霊さんも見えます」

「それはやばいね」


 でもこれではっきりしました。この目が特別なものだと。先生は私の話に納得するとこの目を指さして次のように告げました。


「君の目が特別なモノだとこれではっきりしたね。やはり君も『特異点』だったということだ」

「特異点ですか?」

「その通り。特異点とはその身に特別な力を宿す人間のことだ。普通の人間には不可能なことが出来るのだよ。私や君のようにね」

「堺先生もですか?」

「私は異世界を見ることが出来るんだよ」


 簡単に言うとその名の通り別の世界を見ることが出来るそうです。同じ能力をご先祖様も使えたそうで先祖返りだと騒ぎになり、そんなご先祖様もいたからか堺一族は特異点についての研究を行っているのだそうです。

 ここでふと気が付きました。先輩も何か能力があるのだと。


「あれ、では先輩も?」

「私にはあなた達のような特別な力を持ってないわ」

「では何故?」


 問いに答えるように私に向かって手を伸ばします。しかしその手が体に触れることはありませんでした。静電気のようなチリチリとした痺れと共に、体をすり抜けて貫通しているのです。次に扉へと向かうと開かずに廊下へ出ていきました。

 戻ってきた先輩は


「これが今の私。神隠しの被害を受けたただの一般人よ」


 衝撃の事実を告白しました。

 確かにボディタッチや物に触ることがなかったり、椅子に座っているところは見たことがありませんでした。しかし私は驚きで口が閉じませんでした。

 私が再起動すると先生は私の目が特別だから神隠しの影響を受けなかったのだと推測を話してくれました。他の特異点の方には先輩のことが見えていなかったそうです。


「最後に大事なことを教えておくわね」

「大事なことですか?」

「えぇ。それはね、この神隠しはこの学校でしか起こっていないということよ」

「そうなんですか?」

「そうなの。だから原因もここにあるはずなのよ」

「ならその原因を解決すれば神隠しもなくなるんですね!」


 神隠しについての説明も終わるとその日は解散となりました。

 翌日から調査を行います。万全の状態で臨むために私は眠りにつきました。



 調査初日、授業が終わった私は物理準備室で先輩と合流して校内探索を開始します。

 この学校は新校舎と旧校舎の大きく二つに分かれています。新校舎は私たちが普段過ごしている校舎、旧校舎は老朽化しているため立ち入りが禁止されている場所です。私たちは旧校舎が怪しいとにらんでいるのですが原因が身近にある方が危険なため、新校舎から回っていくことにします。

 私は普段は使っていない目を使い、可笑しなものがないか探していきます。

 廊下に出ると異変にはすぐに気が付きました。


「なんですか、これは」


 目の前にはまばらに散らばっている、半分ほど地面に埋まった道具類。シャーペンや消しゴム、中には水筒や傘など落ちていました。しかもその全てが不自然に微振動をしているのです。まるでゲームのバグでスタックした時のように。


「仁美ちゃん、何かあるの?」

「香澄先輩……色んなものが落ちてます。さっきまでは無かったはずなのに!」

「そう? 私には綺麗な廊下に見えるのだけど」


 そんなはずは無いと思い傘に手を伸ばします。しかし掴むことは叶いませんでした。手がどうしてもすり抜けてしまうのです。それで私は気が付きました。これらは全て神隠しの被害にあった物なのだと。

 それを先輩に説明すると私の足元に手を伸ばしました。見えてはいないため、傘を掴めるように誘導してあげます。


「あっ、あった」

「え? あったって見えてないんですよね?」

「えぇ。でも今は傘だけは見えるわ」


 ふと手元を見ると先輩の手は傘の持ち手がしっかりと握られていました。私には見ることはできても触れることはできなかったのに。

 もしかすると触ることさえできれば存在を見ることができるのではないでしょうか。これが先輩だけに出来ることなのか被害者の方が全員出来ることなのかはわかりません。

 しかし、いったいどういうことでしょうか。何故触るといきなり見えるようになったのでしょうか。


「仁美ちゃんは『シュレーディンガーの猫』って知ってる?」

「シュレーディンガーの猫さんですか?」

「箱の中に猫と三十分後に一定確率で放出される毒薬を入れて一時間放置する。一時間経った時、猫が生きているか死んでいるかは見て確認するまで重なっている状態であるという思考実験のことよ」

「意味がわからないです!」

「安心なさい。理解する必要は無いわ。言いたかったのは今回の神隠しも同じで、私が触って確認するまでこの傘は存在しているけど存在していない状態だった。だから仁美ちゃんは見えても触れなかったし、私は触るまで見えなかった。そういうことだと考えたのよ」


 よく分かりませんが可笑しな事が起きているのはわかりました。

 それからいくつか検証をしていきました。分かったことがいくつかあります。まず先輩が持っている傘であっても私は触れません。また物を介せば遠くからでも触れるようです。そして傘を手放すとまた見えなくなってしまうこともわかりました。


 この日はこれらの検証だけで下校時刻になってしまいました。翌日は土曜日なので一日中探索ができます。そのためこの日は真っ直ぐ帰路に着くことにしました。



 土曜日の朝、まだ部活の始まっていない時間の学校に到着するとすぐに目を使うことにします。きっとこれまで見えていなかった景色が見える。そう思ったのです。案の定、様々な物が見えてきました。グラウンドには廊下と同じ様にサッカーボールやバット等が落ちています。中にはど真ん中で寝ている人までいます。……寝ている人がいます?! どこかに人がいることは想定はしていましたがこんな野ざらしのところにいるとは思いもしませんでした。

 どうするか考えた結果声をかけてみることにします。近づいてみると女の子だとわかりました。


「あのー。大丈夫ですか?」


 反応がありません。ぐっすりと寝ているのでしょうか?

 揺すり起こすつもりで手を伸ばすとすり抜けてしまいました。この子も被害者なのだと確信しました。再び声を掛けてみます。


「こんなところで寝ていたら風邪引ますよ?」


 やはり反応がありません。頭を悩ませます。そこで閃きました。きっと先輩なら何とかしてくれる。そう思い急いで物理準備室へ向かいます。


「おはようございます。香澄先輩」

「おはよう。仁美ちゃん」

「ちょっと来てくれますか?」


 どうしたの? と困惑する先輩を引き連れてグラウンドへ急ぎます。


「あの人です!」

「誰もいないわよ?」


 やはり先輩には見えていないようです。予想はしていたので驚きはありません。先輩の手を誘導してあげ倒れている子に触れさせます。


「あら。確かに誰かいるわね」

「私では起こせなかったんですが先輩ならと思って」

「そういうことだったのね」


 そういって肩を揺すって起こそうとします。しかし目を覚ますどころかピクリと動く気配すら全くありません。


「起きないですね」

「起きないわね。どうしようかしら」

「この子を抱えて戻れたりしますか?」

「私の細腕じゃ抱えられそうにないわ」


 唯一触ることのできる先輩が持ち上げられないとなるといよいよ方法がありません。


「とりあえずこのまま寝かせておきましょう」

「そうですね。不幸中の幸い誰も干渉できませんし」

「それ自体が不幸そのものなのだけれどね」


 一先ずこの子は置いといて校内を回ることにします。もしこの子を動かせる台車かなにかを見つけたら最優先で回収することにします。


 ★そういって肩を揺すって起こそうとします。しかし目を覚ますどころかピクリと動く気配すら全くありません。


「起きないですね」

「起きないわね。どうしようかしら」

「この子を抱えて戻れたりしますか?」

「私の細腕じゃ抱えられそうにないわ」


 唯一触ることのできる先輩が持ち上げられないとなるといよいよ方法がありません。


「とりあえずこのまま寝かせておきましょう」

「そうですね。不幸中の幸い誰も干渉できませんし」

「それ自体が不幸そのものなのだけれどね」


 一先ずこの子は置いといて校内を回ることにします。もしこの子を動かせる台車かなにかを見つけたら最優先で回収することにします。

 校内へ入ると下駄箱があります。ここにも履き捨てられた靴や傘、教科書が散乱したままの鞄などが落ちています。

 しばらく歩いて他の異常がないか見て回っていると再び人影を見つけました。


「先輩……」

「どうしたの?」

「人が……下駄箱に埋まってます」


 一体何があったのか、男子生徒が半分ほど埋まっていました。その姿はまるで何かに吹き飛ばされたかのようでした。

 声を掛け、揺すって起こそうとしますが欠片も反応しません。

 さらに校内を回っていると教室の隅、廊下の壁際、トイレの個室等のいたるところで人が倒れていました。しかも全員が神隠し被害者なのか私の目にし映らず、揺すろうが大声を上げようが何をしても目を覚ますことはありませんでした。まるで魂を引き抜かれたかのように眠ったままの姿に私は恐怖とともに強く怒りを覚えました。


「流石に気味が悪いわね」

「皆さんの寝顔も何かに怯えるように引きつっていましたからね」

「一体何があったのかしら」


 私たちは警戒心を引き上げてさらに校内を探索していきます。

 日が暮れ始めて午後五時のチャイムが鳴るころには旧校舎を除いた学校の敷地内のほとんどを見て回りました。その結果男子生徒四十七名、女子生徒三十五名、教員五名の全八十七名が倒れているのを発見しました。しかも全員が私しか見えない上にどうやっても目を覚まさない人たちでした。

 物理実験室に戻ると堺先生がいたため校内で見たことを伝えます。


「なるほど。倒れたまま目を覚まさないね」

「起こしてあげるかせめてちゃんと眠れるところへ運んであげたいです」

「よし。起こせないかどうかはこちらで試してみよう」

「ほんとですか! ありがとうございます!」


 この日は後のことは先生に任せて家に帰ることにします。先輩と一緒に教室を出て校門へ向かいます。ついでに気になっていることを聞いてみることにします。


「そういえば香澄先輩はどこに住んでいるのですか?」

「私? 私は学校に住んでいるわよ」

「やっぱり自分のことを覚えてない家族のところには帰りにくいですか?」

「そんな理由じゃないわ。物理的に無理ってだけなのよ」

「物理的に、ですか?」

「えぇ。私、この学校の敷地の外に出れないのよねぇ」


 それからこの体になってから何故か敷地の外に出れなくなったと言いました。まるでこの学校が先輩にとっての檻のようです。

 そんな他愛もない話をしているとどこからともなくギチギチと音がしました。普段学校では聞かない音でしたので様子を見に音のなる方へ近づいてみます。すると奇妙な生き物がいました。体長は私たちより一回り大きく、長く細い十三本の脚を持つラメの入った青色の体色をしたゼリー状の蜘蛛のような生き物でした。パッと見て生き物かどうかも怪しいのですが目と口らしき突起を忙しなく動かしているため生き物だと思うことにします。この生き物を見ていると本能的に危険な物だと、近づいてはいけないと感じます。

 しばらく物陰から観察していると不意に謎生物が動きを停めました。すると突然私たちに向かって走りだしました。 すぐさま私達も逃げます。


「なんでっバレたの!」

「たぶん感知の方法が目視じゃないんでしょうね」


 いくら逃げても追ってきます。それどころか段々と距離も縮まってきました。そのうち追いつかれるのは明白と言えるでしょう。


「迎え撃つのはどうですかっ?」

「どうやって? また触れないかもしれないのよ」

「やってみます!」

「あっ仁美ちゃん!」


 先輩の制止の声も振り切って踵を返して謎生物に向かっていきます。


「やぁ!」


 肩から体当たりをかまします。すると弾力のある感触を感じたとともに謎生物を吹き飛ばました。


「香澄先輩! いけますっ」

「行かないで。今のうちに逃げるわよ」


 先輩は私の腕を掴むと走り出しました。後ろでは謎生物が起き上がり、再び追ってこようとしています。なるべく離れようと校舎から出て外に行きます。しかしそれでも追ってきます。

 気がつくとすぐ後ろにまで迫ってきています。もう一度体当をしかけますが今度は避けられてしまいます。


「仁美ちゃん! 後ろ!」


 振り向くと脚を大きく広げて覆いかぶさってきました。どうにか逃げようと暴れようとするも力が強いのか身動きがとれません。先輩が助けようと体当をしても吹き飛ぶどころかビクともしません。謎生物が口を近づけてきます。もうダメだと思ったその時でした。


「貴重な特異点に手を出すなよ」


 そんな声とともに謎生物が蹴り飛ばされました。声の持ち主を見ると堺先生でした。


「堺先生。助かりました。ありがとうございます」

「まだ気を抜くな。奴はまだ生きている」


 そうだったと謎生物を見ると既に立ち上がっていました。私たちは捕まらないように立ち回りながら体当たりをしたり蹴り飛ばしたりしていました。しかしとても頑丈なのか倒れる様子はありませんでした。

 若干の疲れも見え始めた頃今度は先輩が捕まってしまいました。どうにか助けようとするも謎生物も学習していて先輩を盾にするように行動し始めました。何故か先輩を持てていることに疑問は感じますがとにかく助けることを優先します。

 しかしこの戦闘は突如終わりを迎えることになります。先輩が振り回した腕が謎生物の目を直撃。奥まで突き刺した訳ではなく叩いただけだったのに謎生物は倒れました。

 先輩が倒れた謎生物よ下から這い出てきます。また動き出すかと警戒しますが倒れたままピクリとも動きません。堺先生が近づき確認します。


「うん。恐らく死んでいるな」


 その言葉に安堵しその場に座り込んでしまいました。


「香澄先輩、大丈夫ですか?」

「えぇ。大丈夫よ。仁美ちゃんは大丈夫?」

「大丈夫です。にしても一体なんなんでしょうね」


 倒れたままの謎生物を見やるとやはり本能的な嫌悪感が湧き上がってきます。まるでここに居てはいけない生物であるかのように見えてきます。そんな謎生物を興味深そうに見ていた先生は後始末は任せて帰るように私に言いました。私はその言葉に甘えさせてもらいその日は帰宅しました。


 日曜日は一日家で休み月曜日から調査を再開しました。それから何度も探索していると誰もいなくなる時間になると決まってあの謎生物が出てくるようになりました。先輩や先生の協力もあり、この生物についてわかったのは目が非常に悪く、弱点でもあり叩いただけで死んでしまうほど脆いのです。

 探索を続けて金曜日、見つけたのが学校の地下へ続く階段。旧校舎の奥の方に扉で隠すように存在していたそれはあまりにも異質でした。


「ここは一体どこに繋がってるんでしょうか?」

「どこかは分からないわ。けどきっとこの先に何かがある。そう思うわ」


 この先に進むのは翌日にしてその日は準備に当てます。物理準備室に戻り堺先生に発見した階段のこと、明日その先に向かうことを話します。


「そうか。私は明日学校に居ないからな。二人に任せることになるが大丈夫か?」

「はい。頑張ります!」

「この子の面倒は私が見とくので安心してください」

「頼むぞ。楽しみに待っているよ」



 翌日この日は珍しく土曜授業があったため午前中は授業を受けてお昼から階段の先へ行くことにします。

 先輩と階段へ続く扉の前で合流します。


「仁美ちゃん。準備はいい?」

「はい。任せてください!」


 扉を開くと階段が現れます。下へ続く階段は暗く終わりが見えません。それが恐怖心を抱かせます。神隠しが終われば多くの人の助けになると心を奮い立たせて一歩目を踏み出します。

 明かりの無い中、下へ下へと降りていくと遂に光が見えてきました。階段の終わりです。

 最後の一段を降りるとそこはとても広い空間となっていました。学校の敷地に相当するような広さの空間です。視線を巡らすと何やら大きな機械が鎮座しています。機械の一部は水槽のようになっており光が歪んで先の光景が見えないようになっていました。柱の影からあれが何なのかを見ていると、錆びた扉を開けるような音と共に歪みの中から今まで見つけてきた謎生物と似たようなものが這い出てきました。

 じっと息を潜めていると謎生物は階段から外へ出ていきました。その様子を眺めていると背後から声を掛けられました。


「やぁ。二人ともよく来たね」


 その声に驚き振り向くとそこに居たのは今日学校に居ないはずの堺先生でした。いつもと同じく白衣を着て笑みを浮かべて立っているのです。

 これには先輩も驚き口を開けないのかじっとしたままでした。


「堺先生? 何故ここに? 今日はお休みじゃなかったんですか?」

「日比野君。君の疑問に一つずつ答えていこうじゃないか」


 堺先生は大きく身振り手振りを加え機械へ向けて歩き出しながら語りだしました。


「まず今日はお休みじゃなかったのか。答えはイエス、お休みさ。今の私は教師としての堺未来ではなく研究者としての堺未来としてここに居る。二つ目の疑問、何故ここにいるのか。答えは此処が私の研究室だからだ。そしてあの機械こそが私の、いや堺一族の集大成『SAKAI-039E』である!」


 恍惚とした表情で喋る先生はどこか不気味です。『SAKAI-039E』に手を当てるとこれについても説明を始めました。


「『SAKAI-039E』は我々堺一族が研究、開発した物質輸送機だ。初代堺家当主の『異世界を見る』特異点の力をもって彼は世界に異世界は存在すると発表した。しかし世間はそれを認めなかった。そんな世間を見返すために彼が死んだ後も堺家では代々研究したのだ。どうすれば異世界を証明できるかを。それから三十九もの世代交代が起きた。先が見えない中、一筋の光が我々を照らした。そう。私の誕生だ。初代と同じ『異世界を見る』力と圧倒的な頭脳をもって私は『SAKAI-039E』を完成させた。これにより異世界の照明が可能となった。やはり初代は正しく特異点だった。歴史の流れを変えうる存在。それが特異点。彼が未練を残さなければ、堺一族が研究を続けなければ、私がいなければ異世界は異世界のままで終わったのだろう。しかし今ここに異世界との道ができた。この装置を使えば向こう側の物質や生き物を持ってくることが出来る。これを足がかりにすれば行き来すら可能になるだろう」


 得意げに喋り続ける堺先生はふと言葉を切ると私に向けて言葉を放ちました。


「日比野君、君も一緒に研究をしないか? 今は自力で抑えられてるとはいえその目は周囲から忌避されてきただろう。心無い言葉で傷つけられてきただろう。嘘つき呼ばわりされてきただろう。だが私たちは違う。特異点についてもその能力についても理解がある。もう隠さなくていい。存分に自分を出していいんだ。馬鹿にしてきた奴らを見返さないか? 君と一緒ならこの研究は更なる飛躍を可能とするだろう。なんて言ったって特異点が二人だ。歴史を変えうる人間が揃えば確実に偉人に名を連ねることも出来る。どうだこの手をとらないか?」

「……堺先生、何故あの生き物は私たちを、人を襲ってきたのですか?」

「あいつらかい? 最初はそういう習性なのだろうと思ったのだが違うらしくてな、この世界に適応するために適応度の高い人間のエネルギーを吸収しようとしているのだろう。これも生徒たちの協力があってこそわかったことだな」


 これには違和感を覚えました。私たちはそんなことに協力したことがなければエネルギーを吸われたこともないからです。


「その生徒っていうのは私たちの事じゃないですよね?」

「そうだな。君たちも見ただろう? あの眠っていた人たちを彼らは皆あの生き物に襲われてエネルギーを吸われた結果倒れてしまったんだよ。今思えば副作用で起こってしまったこの神隠しも協力してくれた人や日比野君に出会えたといった良い方向に転がったな」


 え? 今なんて?

 同じことを思ったのか香澄先輩が口を挟みます。


「横から失礼します。堺先生、今何とおっしゃいましたか?」

「ん? 倒れている人達はエネルギーを吸われたからだと言ったのだが」

「その後です。貴女が、今まで私に協力してくれていた貴女が神隠しの元凶だと、そう聞こえたのですが?」

「あぁ。そういう事か。うん。最初は想定してなかったんだけどね。けど何事にも犠牲は付き物だしね。寧ろ君たちの犠牲のおかげで世紀の発明まで漕ぎ着けたんだ。感謝しているよ」

「貴女が、私の体をこうしたのですね」

「香澄先輩。……よし。堺先生」

「お、遂に一緒に来る気になったかい?」

「いいえ。例え最初は偶然だったとしても人に危害を加えることを許容するなんて許せません。貴女と一緒にはやれません! でも堺先生も他の方法を探しましょう。そして一緒に神隠しの解決法を探しましょうよ!」


 確かに異世界を証明するなんて驚きの研究だと思います。しかしそれにより人に危害を加えるなんてどうしても許すことができませんでした。

 これを耳にした先生は笑みを引っ込めると目に失望の色を浮かべました。


「残念だよ。私は君のような人をずっと待っていたというのに。……ここのことを外部に知られる訳にはいかないからね。始末させてもらうよ」


 堺先生は装置に接続されたゴーグルのようなものを身につけると装置のレバーを下げました。すると水槽の中が再び歪みだし、今まで見た中で一番大きい謎生物が現れました。


「香澄先輩!」

「えぇ。なんとしてでも止めましょう」


 謎生物は目の前に餌があると思ったのか私に向けて飛びかかってきます。横に転がりつつ避けると反対側から先輩が脚を蹴り抜きます。ビクともしませんがそちらに気を取られた隙に後ろから体重を乗せて体当をします。やはり私が攻撃をすると面白いように吹き飛びます。

 転がっていく謎生物が体制を立て直さないうちに目を潰そうと追いかけたその時錆びた扉を開けるような音がしました。まさかと思い振り返ると二匹目の謎生物が現れてしまいました。私たちの動きが止まったこの一瞬で元いた方も起き上がってしまい、挟まれる形となってしまいます。


「香澄先輩、私が新しい方をどうにかするのでそちらをお願いしてもいいですか?」

「わかったわ。気をつけてね」

「はい!」


 先輩から離れるように新しく現れた謎生物を誘導します。


「やっ!」


 突っ込んできた謎生物に合わせて正面から体当たりを当てます。弾むようにころがっていきますがダメージは無さそうです。

 それから数分捕まらないように立ち回りつつ攻撃をします。このままだと体力的な面で劣勢に立ってしまいます。


「仁美ちゃん!」


 声が響きます。謎生物を突き放して振り向くと香澄先輩が仕留めた謎生物をその場においてこちらに向かってきます。これで人数的に有利になり、状況が好転します。

 先輩と二人で翻弄しつつチャンスを伺っていると気づくと装置の前まで戻ってきていました。


「香澄先輩。あそこに!」

「いいわね。やってみましょう」


 謎生物が踏ん張れないように転がすと二人で息を合わせて体当たりを当てます。狙うは装置、その水槽です。歪みの先へお返しします。


「「せーのっ!!」」


 そのまま謎生物は水槽を突き破るように光の歪みへ飛んでいきました。

 歪みに触れるとそこに無理矢理吸い込まれるように消えていきました。


「よしっ」

「やったわね」


 油断していると装置からガコンと不穏な音がします。

 目を向けると一枚一枚金板が剥がれるように歪みに吸い込まれていきます。その吸い込まれていくガラクタの中にはなんと堺先生もいました。浮かびそうになる体を装置にしがみついて必死に支えています。


「堺先生!」

「よくもやってくれたな! 我々一族の希望をよくも!」


 更に吸い込まれる力が強くなり、私たちがたっている場所も吸い込まれそうになってしまいます。柱の影で風がおさまるのを待ちます。

 先生はもう無理だと悟ったのか手を離し浮かび上がると叫びます。


「次会ったら覚えておけ! 堺一族の執念を侮るなよ!」


 その言葉を最後に歪みの中へ消えていきました。

 しばらく待っていると装置は最初から何も無かったかのように地理ひとつ残さず消えてしまいました。


「香澄先輩、これで良かったんでしょうか」

「これ以上神隠しが起きるよりはマシだと思うわよ」

「でも堺先生まで消えてしまいました」

「そうね。元凶はあの人とはいえ助けてくれたのも確かだものね」


 こんな話をしていると突然不協和音が鳴り響きます。まるで黒板を引っ掻いたかのような音が四方八方から、頭の中から、いえ、世界から鳴り響きます。


「あっああぁああぁああああああぁぁぁ」


 耳が、頭が割れるように痛い。思わずたっていられず頭を抱えて蹲ります。吐き気を催すほど気持ち悪い音です。

 どれくらい時間が経ったのでしょうか。気づくと音は鳴りやんでいました。


「何の音だったんでしょうね。香澄先輩」


 返答がありません。

 ふと隣を見ると先輩の姿がありませんでした。


「香澄先輩? 何処に居るんですか?」


 声をかけても反応がありません。探せど見つかりません。突然姿を消してしまいました。まるで神隠しにあったように。


「あっ。もしかして」


 もしかして、もしかするとまた神隠しが発生したのでしょうか。しかし元凶は無くなりましたし、私の目に映らないのはここにいない証拠です。

 それとも神隠しが解決したのでしょうか。元いた場所に、本来居るべき場所に戻ったのでしょうか。そう考えるときっとそうだとしっくりきます。


 不意に瞳に涙が溜まってきました。でもこの涙を零す訳にはいきません。もし神隠しから開放されたのなら、それは喜ばしいことです。例え寂しくてもこれは良いことなのです。私は大丈夫だと自分に言い込ませて、きっとまた会えると信じ込ませます。

 気を取り直して立ち上がると階段へ向かいます。行きは二人で歩いた道も帰りは一人。一歩一歩踏み出すごとに胸が締め付けられます。寂しい。一人は嫌だ。おいていかないで。そんな気持ちはここにいるからだ。早く出ないと。そんな渦巻く心に蓋をして気丈に振る舞います。そうしていないと涙が溢れ出しそうだからです。

 階段を登りきり、自分の教室へ向かいます。ふと視界に違和感を覚えました。よく見るとグラウンド、廊下、向かいの教室、あらゆる場所が綺麗になり、色んなところに普段見ない顔があります。しかし私は知っている。あの人たちは神隠しにあい、謎生物に襲われて倒れていた人たちです。ここに来る前までは倒れていたのにその雰囲気を微塵も感じさせずに生活しています。

 これで確信がもてました。神隠しが終わった、解決したのだと。きっと香澄先輩もどこかで暮らしている。そう思えたのです。


 これが私が体験した不思議なお話。倒れていることは誰も覚えていませんでした。だからこそ私の記憶が薄れる前に此処に記す大切な思い出です。



 春、進級して桜舞う桜並木を歩いているとふと見たことのある顔が通り過ぎます。私と共に戦った、大切な先輩。あれから会うことはありませんでした。きっと私のことも覚えていないでしょう。でもそれでいいのです。なんて言ったって平穏が一番なのですから。

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