3おじさん
僕は木の葉でも根でも、なんでも食べられたけどお母さんは違う
木の実しか食べられなかった。
僕は森を駆け回って、お母さんが食べらる物を一生けんめい探したよ。
その日は谷沿いの木の洞で眠った。お母さんが僕を抱いてくれて一緒に眠った。
暖かかくってすごく幸せだった。
ある日、突然、歩きやすい所に出た。
お母さんは見たことないほど嬉しそうだったよ。
「これは道っていうのよ」
「みち?」
「そう、道よ人が作ったのよ」
道か、言葉が違うので知らないけど、本当は知ってる。
でもこんなのは国道って言わない。
「国道って、知ってる?」
「知らないわね」
お母さんの言ってる事は、大体僕の想像だ。本当のところはわからない。
僕は、お母さんが知らない事を知ってる。なんでだろう。
僕の中の知らない人のせいかな。
でも、前みたいにはっきりとは、彼の声は聞こえなくなっていた。自分と区別がつかなくなってきていた。
そんなことを考えていると、なんか聞いたことのない音が聞こえて来た。
お母さんはまだ気がついていない。僕の方が耳が良いみたい。
僕はなにか怖くなって、お母さんの手を引っ張ったけど、お母さんは動かなかった。
音が近づいてきて、それはお母さんにも聞こえたんだ。
「…馬車の音だわ」
「ばしゃ?」
お母さんは長い髪を整え、服をはたきだした。
「なにしてるの?」
「久しぶりに人に会うから、みっともなくないように…」
お母さんはその時、僕を見て少し驚いていた。今まで見せたことがない顔だ。怖がっているみたいな顔だった。
どうしたんだろう、変なの?
馬車が遠くに見えると、母さんは両手を上げて駆け出した。
僕も追いかける。お母さんが嬉しそうで、なんか僕も楽しかった。
笑いながら走った。走るって何か楽しい。
馬車は止まった。緑じゃない大きな人が二人いた。ずいぶん大きな人だった。こんな大きな人は見たことなかった。
見たことがなかったのに、懐かしい感じがした。
頭に髪の毛が生えていて、お母さんに少し似てるけど、似てない。
仲間ともだいぶ違う。
でもやっぱり、なんか懐かしい。
頭だけじゃなくて、あごにも毛が生えた人が馬車を飛び降りて僕の目の前に立った。
そう言えば、僕には髪の毛が生えているんだろうか。
触ってみると生えてなかった。僕はお母さんの子だけど、緑の仲間とまるで一緒だった。
頭に二つなんか出てる。そう言えば、みんなにもツノがあったっけ。
「ねえ…」
あごの毛は、なんて言うんだっけ?それを聞こうとした時、僕は蹴り飛ばされた。
地面に倒れてしまった。痛いよ。
お母さんも最初は蹴ったよね。お約束なの?
でも、その人はなんかすごく怒っていた。大声で僕を驚かすと、ナイフを出した。
銀色にギラギラ光っていた。
思い出した、ヒゲだ。
あごのとこに生えてるのはヒゲっていうんだった。おじさんに生えているものだ。
おじさんは怖い顔して、近づいて来た。
お母さん。
お母さんの方を見ると、僕と目を逸らした。
ヒゲのおじさんが、怒った顔のまま、ギラギラ光るナイフを突き出した。
「お母さん…」
お母さんは、もう一人のおじさんの腕につかまったままだ。
守られたままだ。
なんかわかった。
急にわかった気がする。こういうの知ってる。
僕、ここで死ぬんだね。