5、狭量世界と鳥の伝説
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ここが地獄の続きならば……。
どうしたものかと、頭を抱える。
選択肢は手のひらの中にある。
外部から運び込んだ実験器具やら薬品やら実験生物やらと一緒のパレットで運ばれてきたのは携帯電話だった。それも、地下数十メートルのこの研究室でも使える専用とも言える衛星電話らしい。
分かっているのは簡単な事だ。進むのも戻るのも俺は地獄に堕ちると言う事。
それは、
(十字架だよな)
ここまで歩いた道の一歩一歩が血塗られていて、十字架で罪の重さという物を俺に背負わせる。そうでなければならないと思う。
第三世代と言われる彼女らもうちの研究室では残り四人。谷の研究室では残り三人だが……。
(比べてどうって話じゃないしな)
引き返せる点も取り返せる点も既に過ぎている。それじゃあ、どうしたらいいのか。
衛星電話と一緒に入っていた手紙には……。
「投降しろ……か」
それはまぁ、死刑宣告だ。だが、
「悪くはないなぁ」
どうしようもない。諦めても良い。諦めるのは嫌いじゃない。代わりに、『助けてやる』か。
それは俺をじゃない。検体の少女を、だ。だから、たぶん、この手紙は俺に送られた物だろう。
「……うみ、か」
どこから情報が漏れたのかは知らないけれど、俺があの子に目をかけているのは公然の秘密である。そして、外に張っている情報網からは第三世代の少女達を買ったあの組織が壊滅したということを聞いた。それも警察の取り締まりではなく『記憶操作の柊』、『魔術師』と同じ程度の領域にある都市伝説の様な存在に襲撃され滅ぼされたのだとか。
その都市伝説の名は御鳥という。
鳥の名を持った護衛の一族。幼鳥の雛と成鳥の御鳥。
成鳥の御鳥は金と条件で雇う事が出来るらしいが、雛は自分の正義を通しながら鍛錬の為に、
(……正義の味方のまねごとを)
――いや、とも思う。そんな事があるのだろうかと。
だけど、と否定が更に来る。
御鳥というのが偽名で名を利用しているだけであってもこの手紙の内容が本物であるなら、大事なのは御鳥という名を騙るに相応しい強さがあるのかと言う事。
つまり、この研究所を壊してくれる程に強いのか、というその一点だ。んー、と考えて、この電話自体が罠だという可能性も十分にあると知りながらも、うみには被害が行きそうにないなと考えて。
――それが背を押す。
俺は押された勢いを消さないように、電話のボタンを押した。
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ぷらぷらと腕を振る。痛みという程ではないが甘いしびれがある。感覚が鈍くなっていると分かる。両腕を換装したために重量のバランスが少し取りにくい。
ぷらぷらと振りながら調整。動きは結構滑らかだなぁ、と思っていると。
「うみ、良く聞いて欲しい」
リハビリに近い訓練の合間に、あーが話しかけてきた。それも耳元に。息が掛かる距離で。
びくんと体が震えたが、あーの声の質から騒ぎ立てて欲しくはないのだろうと静かに聞いた。
「ここから出られる」
端的にあーが言って、思わず振り向こうとした私はしかし、爪を立てるように強く掴まれた肩の痛みに振り向く事を止めた。
どういう、と意思の上で疑問に思うと。
答えが来た。
「三日後、この研究室は襲われる、その混乱は君を逃がすための物だから、それに乗じれば外に出られるはずだ」
そこまで告げてあーは離れていった。他の人に怪しまれないためというのもあるだろう。後は私に考える時間を与えるためだとか。
「……外」
知らない。どんなところなのかは。以前にはいたのだろう。そう思うと頭の中がざりざりと痛むがその痛みはとりあえず無視して。
この研究所は世界として完結しているには年齢構成が歪すぎる。
二十代後半から四十代までの上の世代と、十代の前半くらいな下の世代、その二つにしか人口がない。
これは歪というよりもあり得ない。
だから外があるという事は容易に想像できるし、私も外から来たのだろうという事はその発展として推測できる。
けれど、出られるというのはどうなのだろうか?
外というのはそんなに良いところなのか?
逆に、ここはそんなに悪い場所なのか?
それを知るための手段がない。
それにここには少なくとも……あー、が居る。
でも、と言葉を置いて思うのはさっきのあーだ。
彼がそれをわざわざ私に告げたという事は外の方が私にとっては良いと思ったからだろう。
聞いた方がいいのだろうか、言う事を。
そうして知らない外の世界へ……。
――考え事をしていた私は無理の無いフォームで跳んで、130センチに達した。
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