2、妹香
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「記憶処置、ですか?」
助手の声を聞いた。それは理由を問うような色を含んでいたので一秒と半分程考えてから、あぁ、と頷く。
「記憶と言うよりも自覚に対する干渉、だがな」
「自覚に対する干渉……」
簡単に言うと、義肢というものは異物だ。体の表面に付着させる形のコンタクトレンズ程度ならなんと言う事もないが、第一世代、第二世代の検体は義肢の拒絶反応で精神を錯乱した。
肉体の機能を代替する義肢を神経接続すると異物としての認識が強くなるようだ。結果、それを排除しようとする肉体とそれを留めようとする技術の間に挟まれて、肉体が義肢を異物としない判断を置いた所、逆に精神の一部が異物と認識されて変質したらしい。記憶や判断や性格に異常を来し、多くが暴走、殺処分となった。
「谷は拒絶反応のない義肢を作る方向性で研究を進めるらしい、科学者としては正しい態度だ、問題点に真っ向から取り組む。が、私にはその問題は強固に見える、少なくともちょっとやそっとの工夫では覆らない程度の」
というと、助手の表情が硬くなる、俺の事を無能だと思っているのかも知れない。
まぁ、それには否定をしないでおくけれど――と思いながら。
「だから、うちは逆のアプローチだ。取り付ける物を変えるのではなく、取り付けられる側を変える」
そう言うと助手は眼鏡をあげる。そして疑問。
「えっと、免疫系を変える、とかそういうことですか? 免疫抑制剤のような」
――ふむ、まぁ、それもアプローチとしては有りだろう。俺も一度は考えたし、と肯定を心中に浮かべながらしかし、動きとしては首を横に振る。
「それでは、目先の成果を上げられてもその先に続かない。目的はびっくり人間を作る事ではなく戦場でも運用可能な武器の作成である以上免疫系を全体的に抑制する薬の類は使えない」
風邪一つでも死の原因になる戦場が清潔な訳はない。
そんなところに免疫の低い状態で行くのは死因を持って行くような物だ。
「ですか……それじゃあどうするんです?」
と、まだ、疑念の消えきっていない視線を向けられる。
「だから、記憶の操作なんだよ」
そう言うと助手の言葉が止まる。俺は構わずに言葉を続ける。
「骨の固定のためのボルトだの何だのは普通の外科処置にも使われ拒絶が来ない、しかし、それが神経接続をしたとたんに発生するというのはつまり、脳の処理にノイズが走っているのだろう」
例えば、といって言葉を溜める、この発現は科学者としては駄目だなぁと思いながら。
「手で触れていない物を動かせるというのは何だろう」
そう言いながら、占い師が水晶に手をかざすような動きをする。
「トリックです」
助手は端的に表現する。……まぁ、そう考えるのが、正しいのだろうが。
「トリックではない、としたら?」
俺の追加条件に助手は、数秒考えてからおずおずとした様子で。
「超能力と言わせたいんですか?」
慎重だなぁと思いながら、頷く。
「――先に言っておくが、別に俺は超能力に肯定的というわけではない、ただ、見た事がないので肯定も否定もしないが」
そういって、先の言葉を紡ぐ。
「仮定として超能力があったとして、超能力を処理するのはどこだと思う?」
「――手を動かすように物を動かすなら、どちらにしても脳からの指令だと思いますが」
そうだな、と思う。
「道具を持てば、普通に手を動かすのとは違う部分の脳味噌を使う。なら、超能力の使用に脳の特殊な領域を使っているというのは仮説としてはあり得ると思わないか?」
「――仮説に仮説を重ねる事に意味があるのかどうかは知りませんが、思考実験としてはありかと」
「通常の脳が使わない部分をナイトヘッドと言うらしいが、普通の超能力者じゃない人間はその部分が『無い』か『働いていない』と考える事も出来るわけだ」
「――突然変異か特殊技能かってことですね。言いたい事は、まぁ、分かります」
「うん、じゃあ、話を戻して義肢だ。これは腕か? それとも道具か?」
「――腕で道具じゃないですかね?」
確かにそうだ、と思う。
「けれど、思うだけで動かせるというのは超能力的であると思う。結局このタイプの義肢を動かすというのはナイトヘッドを使っているのと同等なんだよ」
はぁ、と気がなさそうに頷いて。
「それじゃあ、谷さんの研究は義肢を完全に腕であるものか、完全に道具である物に変えようとするもので、東主任の研究は……」
「うん、まぁ、義肢に関するナイトヘッドを持った人間を人工的に作るってことだ」
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それは、可能な事なのかどうか。
自分としても自信があるわけではない。
だがしかし、生まれつきそうであるという人間はそうでない人間には及びも付かない能力を得る事があるというのは知っている。
例えば、目の見えないある少年は音だけから自分の周りの状況を識別していた。
「凹凸による反響の変化を音だけで聞き分けるなんていうのは、普通の人間が真似しようとしても処理能力を超えてるしね」
「……そうですね、意識していませんが、視覚情報は相当に処理能力を喰ってますし、それを他の器官感覚で処理代行しようとすればそれ以上かもしれません」
「だから必要なのは『それを行える』という単純な物ではなく『それを当然』とする生まれつきの異能だよ」
「……異能ですか」
「オプションかデフォルトかって話でしかない。記憶操作、自覚干渉はそのため。当たり前を当たり前にこなせるようにするには……そうだね、OSの組み替えから必要だ」
「――それで一度フォーマットするということですか」
「はじめはそうするしかない、と思うんだ。それで出来るようならば、段階的に消去の範囲を狭めていけばいい」
自分の発言に不備はないかと、思い直すがとくにそう言う物は見あたらない。人間的にどうかという思いはあるが、健康な体を壊すような研究を健康な心を壊す研究にするだけの事、ここで躊躇するというのは前提から間違っている。
「相手の事を勝手に判断するのは良くないと思うんだけどね。それでも、彼女たちにとって幸せな記憶というのは瘡蓋でしかないんじゃないかとも思うんだよ」
「――自己正当化ですか?」
痛い指摘だ。
「正しいとは思っていないからね。これはただの理由に過ぎないよ正しくなくてもやる事は出来るが理由がない事はやりにくいからね」
大義名分など必要ない、要るのは自分を騙し納得させる事。それは自分に技術と知識をたたき込んだ師匠も言っていた事だ。
「……だけど、記憶消去なんてSFじゃないんですからどうやるんですか?」
「どれが合ってるのか試すのも研究の内だよ」
そう言って、俺は在るところにメールを送った。
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「……にしても、本当に信頼できるんですか?」
「さてねどうだろう。出来たら面白いな、とは思うけれど」
「眉唾じゃ、無いんですか?」
「ふむ、そうだとするならこれから会う女は俺の師匠を騙しきった事になるな」
そう言うと、助手は眉根を詰めた。
「――ウズロ博士をですか」
驚きの声、それも仕方のないことだろう。
助手にとっては雲の上とも言える人で、しかし、あこがれの人間だ。その人間の判断と自分の判断が違えばショックを受けるのは致し方ないだろう。
そして、すねたような口調で、
「それでも信じられないですね――魔術師なんて」
言った。
魔術師とそう呼ばれる人間はまぁ、居ないわけではない。
フィールド上の魔術師だとか、そういう類でそれは技術が高い事を示していて。また、普通に考えるとあり得ないことをなせるような人間をさしてそういうこともある。
だが、今回の相手はそれが肩書きではないと言う事だ。
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「柊黒衣……記憶師です」
背の高く線の細い物静かそうな女だった。
紫のサテン地のワンピースと黒いタイツ、ヒランヤというのだろうか六芒星を象ったネックレスをしていた。
「柊――仙治という方に依頼した筈ですが」
メールで仕事の依頼をした、それ以外はお断りらしい。『一族秘伝の法理をもって仕事をこなす』と師匠のメモには書かれていた。
それ故に他の人間には再現不能な仕事をし、だからこそ偏屈でも許されるのだ、と、仕事内容にもよるが一日の労働に対して百万かららしい。だが――とおもう、師匠のおかしな人脈帖には柊仙治と書かれていた。
「――継ぎました、柊は一子相伝であり柊の記憶師は常に一人です。そして、あのアドレスは『柊仙治』への依頼アドレスではなく『柊の記憶師』への依頼アドレスです」
(――まぁ、いいか)
そう思う、若い女性が来たというのは確かに意外であるがどちらにせよ、記憶師という物の実力を知らないのだ。この女が駄目ならば他に頼める記憶師もないし、薬と機械でやるしかない。
「……ところでそちらの子は?」
柊黒枝の隣に一人の少女が居た、年の頃は十三、十四と言ったところか。学校の制服らしい黒のセーラー服を着ていて部屋に入ってきた最初の瞬間に部屋をぐるりと見回して以降顔を上げない。
「ボディーガードです」
「――そうですか」
別に良い。それで満足して仕事をしてもらえるのなら問題ない。
「それではこちらに」
柊黒枝を検体の居る部屋に連れて行った。
なぜかボディーガードは部屋に残った。
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「――あら、何なの?」
私はその人物に目を止めた。東の連れていたのは背の高い女であり。
「珍しい服を着ているわね」
普通の服装……なのかも知れないが研究所には似つかわしくない服装だ。あぁ、彼女は、と説明しようとする東を手で制してその女はこちらに右腕を伸ばす。握手を求めているようだ。
そのジェスチャーの意味を一瞬思い起こし損ねて、しかし、私はあわてていない風を装ってゆっくり手を伸ばして握手をした。
――柔らかくて温かい手だ。
「特別見学の技師……のような物だと思ってくれて良いわ」
「そう……貴方も生物学の先生なの?」
私はこの間から思っていた疑問を口にした。
食堂での研究員達の話を聞いていると色々な事が分かった。
私たち――あの組織から買われた皆はこの研究所では第三世代と呼ばれる検体であることとか、第一世代は東と谷の師匠が始めた研究なのだとか、第二世代は東と谷の共同研究なのだとか、――私たちはアプローチ手段の違う東と谷の研究室に振り分けられたのだとか。
そして、顔を覚え声を憶え内容を重ねていくと、東の研究室にも谷の研究室にも同数程度の医療知識を持った人間が居るがそれ以外の構成が違っており、
(東の方には脳科学者が谷の方には工学系が多い)
ということだ。
私の質問に答える物は居なかったが応じる者はあった。
一つは東のほぅ、という感嘆であり。
くすり、という女の笑いが重なった。
「東さん、此方のお嬢さんで私の実力を見ていただきましょう」
女は言った。その時私は違和感を得た。
その笑い方は不快なものの筈で、危険と言える粟立ちを背に感じても良いはずなのに。
(それがない……?)
理由は分からない、ただ、任せて良いのではないだろうかとそんな思いがあるだけだった。
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「見ないでくださいね」
と、どこかの昔話のようなことを言って柊女史は白い部屋に入っていった。白い部屋の中にはあの子がいて柊女史がいて、柊女史の技術を使っている、らしい。
「……中は見なくて良いんですか?」
助手が尋ねてくるが俺は首を振る。見なくて良い、と。
「見せてはくれないんだろう?」
ボディガードの少女に聞くと、こくりと頷いた。
「魔術師なんて、本当に居るのかい?」
まだ言っている、その質問を助手がボディガードに聞くとボディガードはいやいや、という感じで口を開く。
「……在ると思えば在る、無いと思えば無い」
「っはん、オカルトめいた事をいうね」
助手はボディガードの言う事が気に入らないらしく敵意をむき出しにする。
「隠秘的な要素はある」
「隠さなくてもいいだろう?」
「……科学は広く知らしめ多くの人間をその道に引き込む事で大きくなる。魔術は量よりも質、体積よりも密度、闇が濃くなる程先に進める」
「原理が違うっていうのか?」
「――何が在るのかは教えない、ただ、その部屋から柊が出てきた時、彼女は結果を出している。外から見れば魔術なんてそんなもの、猫の箱、科学的な説明が出来るのかも知れない現象を密室で起こし、だからこそ本当に魔術なのかどうかが分からないようなものが魔術の現代における有り様の一つ」
は、と息を吐いて、少女は口を噤む。これ以上言う事はないというように。
「まぁ、いいさ、結果が出るのならそれで良いし、依頼する限り再現性はあるんだろうし」
だから助手も話を切って。白い部屋の扉が開いた。
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「とりあえず、仰ったとおりに」
「出来たのか?」
「えぇ、記憶と知識と運動に関する記憶、所謂、身体記憶はあの子の中にはもうありません」
さして疲労している風でもなく柊女史はそう言った。
「呼吸や心拍等の不随意筋はいじっていませんがもはや自分の足で歩くのをどうしたらいいのかも分からないでしょう」
「――それで、今は?」
「眠っています、アンインストールをした後に再起動といった感じですね。次に目覚めたときには少女の体に赤子の脳味噌といった感じです。脳の回路自体は残っているので学習効率は高いでしょうが」
「学習効率?」
「釈迦に説法だとは思いますが、赤ん坊の様なもの、と言っても『脳の使っている部分』がそれに近いと言うだけで『歩けるようになる』とか『言葉を話せるようになる』とかそういう機能の習得は普通の赤ん坊よりも早いです――なぜなら正確には思い出しているからです」
どの程度、と疑問に思う、だがそれを言葉にする前に柊女史は答えた。
「今の脳の中身は空っぽとも言える状態ですが、空と言っても器は成長しています。普通なら一年程かけて歩ける段階まで脳の器を成長させますが、今のあの子は器が完成していてそこに中身を注いで行くだけですからリハビリ的な治療をすれば一週間もせずに歩けるようになります」
一週間……か。
「いま、眠っている間なら歩行に関しては真っ白、と考えて良いのかな?」
「そうですね、スペックとして可能でもやり方が分からない状態ですから真っ白と表現しても良いかと」
なるほど、それなら今の内に脚だけでも付け替えるか、と思いながらもう一つの疑問が生まれた。機械の体をつけたときに人間の体の意識があると拒絶反応が起こる、ならば。
少女の体に赤子の意識というのは異常が出ないのだろうか?
「心配は在りません」
と柊は言う。理由はと言えば。
「その点に関しての処置は前例も在りますし」
と言って、少し視線をボディガードの方に向けて、しかし、すぐに此方に向き直って。
「意識操作で異常は押さえ込めます」
それなら、機械身体に対しての拒絶反応も押さえ込めない物かと思ったが。
「機械の身体に関する拒絶は柊のデータには在りませんし、情報蓄積による勘も通用しにくいです。分かりやすく言いますとリスクが高すぎます」
との事だ。
「無論、通常の記憶操作でも個人でやり方を少しずつ変えますし身体欠損や呪い憑きのような物なら柊に蓄積がありますが……機械というのは」
無理、なのか。無理と言うよりもリスクが高い――そして、気が乗らないのだろう。それくらいは表情を見ていれば分かる。
「分かりました、とりあえず今回はここまでで。貴方の技術でいけそうならまたお願いします」
そういうと、柊女史は頷いた。そして、先に椅子を立ったボディガードの少女に促されるように立ち上がる。
――去っていった。
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