EP、父娘と償いの条件と何時かの夢
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なんだかいやに張り切った黒服の人があーに質問をしていた。
あーは答えていたのだが。そのうち黒服の人がどこかに行ってあーは一息ついていた。
「あー」
「――ん? どうしたうみ。あ、苦しいか?」
そう言って私を膝の上から下ろそうとした。
ん、と私は足を絡めた。腕は動かないから代わりに、だ。
「――あ、と」
東が戸惑った顔をしたので力を緩める。
「苦しくはない、か」
赤ん坊を抱く女性のように私の頭の下に腕を回す東。
「重くない?」
「重い」
と言ってから天を仰ぐあー。
「でも、この重さはどこかに無くした俺の大事な重さだから」
あーの表情は何を思っているのか分からないけれど、研究室で見るよりも明るく見える。
「私は、誰かの代わり?」
尋ねるとあーの表情は揺れる。怒りとか戸惑いとか……いろいろがだけど最後には笑顔になって。
「そうだった」
という、続けて。
「でも今は違う。と思う」
言葉を探す沈黙で。
「うみは……いや、君は君だ」
「私は私?」
等号は当然と思って、でもそれは間違いだとも思う。
「私は、でも与えられた私なんでしょう?」
「――それは違うよ、君は、あえて言うなら失った事で今の君になったんだ」
与えられたと、失った。
生まれ変わりと生まれ直し。
それは――。
「頭でっかちの零歳児ですか?」
「……何の話だよ」
あーは苦笑する。
「――今の君が君だ、ってそういう風に思えば良いと思うよ」
真っ直ぐに見つめて言われる。
だが、そのあと、『無理矢理変えた俺が言う事じゃないけどな』という、だから。
「無理矢理変えるのは悪い事じゃないらしいですよ?」
え? とあーが疑問の表情になる。
「助手のお姉さんが言っていましたが、『無理矢理変えてくれる人が良い』と」
それは、と何か反論しようとしたあー、けれど。
「いいのです私は『無理矢理変えられて』良くなったのだと思う事にします。そうでなければそうなります。それが私の自由です」
あ、と息を詰めて。え、と驚きを放って。
空白の表情けれど、数秒、私の視線の向こうにいたあーは。
「そうなったらいいね」
と言った。
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「償いなんて、出来ると思う? 歌成ちゃん」
「――誰の話? 一日ちゃん」
「東って研究員の話」
研究資料、あの地下研究所にあった分で回収できた分で重要な物は目を通したところだ。
ちなみにあの研究室は狭域性の磁気爆弾で電子情報を消去したあと、爆破して水浸しにした。
「記録によると、三十人くらいかな実験過程で死亡させたり腕をもぎったりしたのは。――最初は師のもとで、そのあとは谷とかいう研究員と協力したり競合したりしながら」
「……東?」
「そう、善人面してとんだマッドっぷりだね」
「――でも」
「話は償いが出来るかどうかって事かしら、一日ちゃん?」
「――うん」
無責任な事は言えない……けれど。
「出来るんじゃないかしら? 私は……あくまでも私は、人が幸せになる権利は無くならないと思うの」
「でも、他人を不幸にする人間はいる、と思うよ?」
「それはあくまで外力による幸福の阻害よ。幸せになっちゃいけないっていうのは嘘よ、まぁ、自責とかで『幸せにならない』と決める事はあるけどね」
「幸せに……」
「幸せになりたい、っていうのは少年でも少女でも父親でも母親でも殺人犯でも愚か者でも誰が言っても良いの。ただ、他人を不幸にした人間は幸せになりにくいのだと、そう言う事だと思う」
「それじゃあ」
「良いんじゃないの? あの人が幸せになるのかどうかはしらないけどね。でもうみちゃんが幸せになるためにも幸せなふりぐらいは出来るようになって欲しいわね」
はぁ、と息をついてすっかり冷めた珈琲を口に含む。
「それで? そのうみちゃんは家に連れ込んだの?」
「いやいや、連れてっただけだよ。歌成ちゃん」
うん、でね。と一日は話を続ける。
「結局、父様に気に入られて養子になった。新しい名前も与えられたみたい」
「新しい名前?」
「うん、元々の名前と東につけられた名前と、それと私と私の妹と並びの名前でみうみ、三海って名前だって」
「みうみ?」
「自分の事は『みみ』って言ってる『みみは~』みたいな。親からもらった『み』と東から貰った『み』を重ねて『みみ』」
あー、いいなその考え。
名前は外から与えられる物だ。
命もそうだけど、命は自分で出来たのかもしれない。
贈り物として与えられる最初の物。
自分としてではなく、自分のために、で貰える物は名前だ、と。
――親になった事のない僕は思う。
「二月ちゃんは?」
「うん、結構楽しそう。『服とか選んであげる』とか言ってた、――センスもないのに」
ひど! もう一人の妹にもこの態度。
鬼だよこの子!
「後片付けもあるしね色々あるよ。――谷とかいう研究員は雛子って検体の子に攫われていったからね」
「だ、大丈夫なの?」
「連絡先は持って行ったし、どうしようもなくなったら連絡してくるよきっと、そうじゃなきゃ、まぁ、自分の責任だよね」
冷たいとも思える言葉をいって。
「――大丈夫かなぁ」
一日はまた、疑問を口にする。
「何が大丈夫か、って?」
「んー、いろいろ?」
色々か。答えのしにくい質問だ。というか、回答不能だ、でも。
「きっと大丈夫だよ。生き残った子達は自分で生きていけるし、悪い大人達は今度こそ子供達が幸せになるために働いて貰うから」
僕は思った事を言った。
うん、と一日は頷いてくれた。
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彼女は何もかもを失った地獄の中でもう一人の父親に出会った。
その父親もきっと、いつかの地獄で娘を亡くした父親だった。
父親は娘を守る、後ろから包むようにして守る。
けれど、娘はいつか親から飛び立つ。
後ろからではなく、隣で守ってくれる人を得て。
そう、きっといつか、彼女にも隣にいるべき人が現われる。
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「幸せにして、くれませんか?」
と少女は言って。
「一緒に、幸せになりましょう」
と誰かは答えて。
「こんな私でも?」
と少女は疑問し。
「そんな貴女を」
と誰かは解答し。
「隣にいてくれますか?」
と少女は縋り。
「貴女の為の席ですよ」
と誰かは掴む。
きっといつだって、必要なのはそれだけだった。




