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8、打算と快進と本気の欲求

 

「……」

 警報の音は鳴っているけれど……。

「どうなんだ、これは?」

 警報以外の音があまり聞こえない。戦闘には音が伴う筈なのに、外から聞こえたのは幾つかの焦ったような足音だけ。

 警備員が動いていると言う事は少なくとも何者かの侵入があったのだろうが……。

――音が一方向からしか。

「それはつまり、侵入者が一人?」

 数十人からなる警備体制を一人で突破できるのだろうか? ……まぁいいか。誰とも知らない侵入者の心配をしても仕方がない。

 そして、失敗しても問題は無い。うみに関しては現状では成功例の一人、処分される事はないだろう。

 俺は……まぁ、ここで行き止まりでも仕方がない。

 けれど、侵入者が一人だというなら辿り着いたときにはブラボーぐらいは言ってみよう。

 

 そして、扉が外からの力で無理矢理に開いた。

 

 

「――あら、面倒ね」

 迂回路を使ったのだろう、後ろを取られた。

 白衣ではない紺の制服は……、

「警備員といったところかしら?」

 手に持っているのは拳銃……ではないようだ、恐らくテイザー、拳銃型のスタンガンだ。それが五人。

 さて、と思って懐に手を入れる。

「~♪」

 後ろに無造作に放り投げたのは瓶だ。ガラスの破砕音がして。一リットルには足りない程度の液体が廊下にぶちまけられる。

 その内容物は。

「ごきぶりホイホイってところかしら?」

 粘着性の液が廊下を満たす。幅二メートルの廊下は隙間なく満たされた。

「検体暴走時の捕獲用、だっけ?」

 一緒に確保しておいたゴム手袋を着用する。そのタイミングで粘着質の海の向こう側からワイヤー付きの針が跳んでくるが。

「ん」

 と息を止めて振るった鉄パイプで払う。針に直接あてなくてもワイヤーを絡めればいいので難易度としては高くない。

 海の向こうで顔の見合わせの後に、残りの四人が同時に此方に向かい発砲する。

「あら……っと!」

 先の二倍にあたう力で鉄パイプを振るう。先頭の針がはじけ飛び後続のワイヤーにからみつき威力を失う。

 海の向こうの五人がどうしようかと戸惑っているので、そこらに落ちている針を拾う。五本を手にとって、

「えい!」

 思いっきり引っ張る。此方の動きに今更気がついた五人は焦ってワイヤーを切ろうとするがもう遅い。繋がっているワイヤーに引かれた五人は粘着の海にダイブした。

 

 

「よう、東」

 ……谷?

「どうしてここに?」

「同僚の研究室をのぞきに来ちゃ駄目かよ、ってな。別に大した用がある訳じゃないただ、裏切り者は誰か、って話だ」

 そういって、谷は俺に銃口を向ける。非殺傷のスタンガンだろう。警備員には制式として装備されている物だ。

「……ふぅん、それで? 裏切り者は誰なんだ?」

「くく、知っているくせに――他人に言葉を求めるのがお前の駄目な所だな。有能な割に人の下に付くのが好きな奴隷根性か?」

 照準は俺の胸だ。頭は殺せるかも知れないが動かすのが容易だし的も相対的に小さい。戦闘経験のない俺なら胸で十分に戦意喪失するだろう。

「そうだな、……うん。裏切り者はお前だよ谷」

 告げる言葉に谷は笑みを深くする。

「そうだとも、分かってるなら口にすればいい、その事実を周囲がどう解釈してどのように使うのかは実務家が決めればいい。俺たちはただ、力のある言葉を吐くだけだ」

 作りたい物を作り知りたい事を知る。原子力という力への扉もそのようにして開かれた、科学者は人を殺そうとしたわけではない、ただ、結果として人が死んだ。

 それを悪だと思う事も出来るし、使用者の責任だと思う事も出来る決めるのは周りの人間だ。

「お前、俺が裏切り者だと思ってたんだろ? 何であの電話を使ったんだ?」

 電話、衛星電話だろう。あれは外部から届いた物だが、あんな物を持ち込もうとすれば外部の人間だけでは無理だ。内側の人間の手引きが必要で、それも少なくとも俺と同じレベルの権限が必要。

 なら、容疑者は簡単に絞り込める。

「溺れている奴はそれが藁なのか罠なのかも気にせずに掴むだろうさ」

「ふうん、溺れてたのか東?」

「……知ってるだろ?」

 先ほどの谷の言葉を返すように言葉を告げると。

「くふふ、あの娘。お前がうみと呼んでいるあの少女だ」

 そうだ、と相づちを打つ。

 けれど、と思う。

「谷、お前の目的はなんだ?」

「目的、か」

 んー、と右手の銃は固定したまま、左手で俺を指す。

「お前の本気だよ、東」

「本気?」

「あぁ、お前さぁ、頭良いくせに手ぇ抜いてるよな」

 そう言って俺に向けた左手で頭を掻く谷。

「――俺も天才だけどよ。だからわかんだよ。お前の方が優秀なくせにな、周りに気ぃ遣ってんのか本気を出すのが格好悪いと思ってんのか、それとも本気が怖いのかはしらねぇが本気を出してねぇ。――はん、俺はそいつを見たい、そんでそいつを超越してぇ」

 言いがかりだと思いながら、谷の目に師匠の狂死の間際の目と同じ物を見る。

「――それで俺の何の本気が見たい?」

 理性で感情を律する。激情の全てを殺して土を被せる。冷たい声と自覚できるくらいの。

「お前の本気は用意した。あの電話で乱戦になると言われただろう? だったらお前はあの検体に出来る限りの事をしようとするはずだ。それこそありとあらゆる状況で生き残れるような防御力と機動性を――俺の本気としては雛子を用意した。この状況を知らない分の穴埋めはお前の娘への愛といった所か」

「……あ? 話が見えないが」

「簡単な事だろう? 上層部には検体調整に関する中間報告として模擬戦闘を行うと言ってある、侵入者にとっては俺が内通者として通ってる。警備員どもは侵入者に手を取られるだろうし雛子とお前のうみが戦う理由としては『内通者である東の検体を止める為に雛子を出した』という事にする。うん、お前の味方は居ないよな」

 あー、と言って追加する。

「お前の他の検体どもは既に脱出可能な場所にいるぜ。――戻っては来ない」

「つまり、……なんだ、谷。お前は俺と被造物の比べっこがしたいって事か」

「くはは、そんな言い方したら俺がガキみたいじゃんかよぅ」

 そう言って谷は手元に携帯用のコンソールを持つと、左手であやつる。仕込みが済んでいるのだろう。――俺の研究室の一番大きな画面がついてどこかの部屋が表示される、その部屋は。

 

「――訓練室?」

 

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