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0、養鶏場、飼育籠

 拙作『夏のヒムノス』とR-18『六角花学園・外伝-匂花-』の間の話です。

 時系列は断続で、一貫性はありませんが同じ世界の物語です。


――この物語は単体でも完結しています

「幸せになれますか?」

「こんな私でも?」

「誰か居てくれませんか?」

 疑問の声は昏い籠に響き。

 谺だけが答えだった。

 

 

 好きにしていいんだな?

 と、檻の向こうで誰かが言った。

 ……私の命の値段は1000万らしい。

 

 気がついたらここにいた、という表現が正しい。

 暗い暗い、檻の中。

 去年までは普通に学生をしていたはずだ。

 漢字を覚えて、面白くもない単純な四則演算をして、下らない実験をして、昔の事を憶えて、海の向こうの言葉を覚えて。

 けれど、今、目の前に在るのは白い服。衛生的ではあるのだろう。匂いはあまりしないのは『商品価値』が落ちるからか。

 下着はない、鑑定の手間を省くためだろう。

 隣の檻の誰かが、この白い服の事を『照る照る坊主』と呼んでいた。寒さを凌げる程度のポンチョの様な服。但し、ポンチョと違うのは腕を出す穴があって袖のような生地が出ているが、その袖は先に穴がない。昔映画で見た、拘束衣に似ている。と言うか、コンセプトはそれなのだろう。袖は胸の少し下で組むようになっていて、外側からベルトで固定されている。

 首には緩めに拘束し袖はきつく拘束し、裾の広がりは膝に掛かるくらい脚は自由だ。膝に掛かる程度の裾の広がりはフレアしていて――なるほど、照る照る坊主というのは言い得て妙だ。

 そのフレアは、外から中が容易に覗けるようにというものだ。または排泄物で汚れにくくするためか。はじめの頃に抵抗の一部として、顎先を超えるほどに長い徳利襟に噛みついたが、歯形が浅く残るぐらいでかみ切れなかった。そう言う素材らしい。

 猿轡などは噛まされていないが、大きな声や音をあげると『お仕置』が在るので、檻が幾つも連なっているらしいこの部屋(もしくは音の広がりからして倉庫だろうか?)に、すすり泣きの声はすれど、明確に誰と分かる声はしない。

 そして、口が自由であるという事実は一つの絶望を私に与えていた。このような拘束衣を用意できる組織が猿轡を用意できない筈が無く、大声を上げる事を心配しないのならば逆に大声を出しても助けは来ない環境なのだと言う事が理解できたからだ。

 他に生活環境で突起すべき点……あぁ、『給仕係』による食事は悪くない味だ、残すと叱られるのは躾の問題ではなく品質管理のための栄養計算がされているからだろう。

 時折、機械音とともに、扉を開く音が二回連続で空間に響く。

 恐らくは、二重扉なのだろう。防犯の意図だと思われるが(防犯――犯罪を防ぐというのはこの場合正しいのだろうか?)音で空間の大きさが何となく推察できた。壁の素材にもよるのだろうが、監禁のための設備ならば壁は防音である可能性が高い、そこから推測しても、学校の体育館の体積で六倍程度はあると思われる。

 光量が足りず、私の入った檻からでは向かいの壁は見えない。

 扉が開くときの多くは『給仕係』、『保健係』、『掃除係』がこの空間に出入りするときの音だが、希に、(食事、十数回に一回くらい)『飼育係』が用務員の様な服ではないスーツを着た男を連れて入ってくる事がある。

 前三係は狂気を秘めた陰気さで淀んだ目をしている事が多いが、『飼育係』は事務的な冷たい目をしている事が多く、スーツの男は大抵が脂ぎった目をしている事が多い。

『飼育係』はたまに人が変わる事がある、三つの係は沢山居るシフト制の様だ。スーツの男はいつも違う男だ(ごく希に女もいる)。スーツだけでなく和服の事もある。

 スーツの男は恐らく、『客』なのだろう。この陰気な施設は陳列棚だ。値段交渉は飼育係との間で交わされている。大抵は数百万から千何百万と言ったところだが、時折、何キロというわけの分からない単位と取引されることもあるし、物々交換も在るようだ。

 さて、商品の立場から分かった事だが、商品の展示はここでしている事が多いが、購入はここだけではないようだ。

 時折、多くの檻が一気に動かされる事があって、その時は競りにかけられているようだ。

 

 ある時もその大移動が有り。競りがあったのだろう。

 出られなかったのだという落胆だとか、買われずに済んだという安堵だとか様々な溜息が響いた後に、二重扉が開いた。

 そして、入ってきたのは『飼育係』と白衣の男。

 檻を全て見下せる階段の上から猛禽の様な目で全てを睥睨した白衣の男。隣の『飼育係』が話しかけても耳に入れない。


 その男と、目があった。


「――ぁ」


 目で見られただけで、心臓を止められたかと思った。危険だ。と思う事すら間に合わない。あの目は三役や飼育係のように、『少女であり商品だ』という目ですらない。『材料であり道具だ』というそれだけの目。

 その後三十秒程男は全体を見下ろして、にぃ、と笑った。それは喩えるなら、『新しい玩具を手に入れた子供の笑み、それを大人らしく隠そうとして、それでも漏れ出た』といった感じ。滲み出す黒い喜悦だ。

 白衣の男は私の入っている檻の辺りからぐるっと指先を回して、『飼育係』に指示を出す。『飼育係』はとても感謝したようで頭を下げた。

 そして、確認するように檻の間を歩き出して。

『飼育係』に確認したのだ。

「好きにして良いんだな?」

 と。

 

 

 白衣の男に買われた少女は合計23人だった。

 一括購入現金払いの二億三千万。命の売買は私たちの目の前で行われた。それもまた、絶望の烙印を焼き付けるための演出なのかも知れない。取引は命の尊厳などとは無関係のところで進行し滞りなく終了した。

 品質確認の為に、『照る照る坊主』を剥がれて体の隅々まで見られた。だが、その確認を行う白衣の男の目には暗い愉悦も脂ぎった情動も浮かんでいないように見えた。

 白衣も相まって医者のイメージが浮かぶ。

「……ぉ医者さん?」

 喉が痛い。声を出していなかった声帯を震わせたからだろうか。私の腕を上げて胸の横から脇の当たりまで丹念に傷がないかを確認していた白衣が目を上げて私を見た。

 真っ直ぐな視線。

「あぁ、元、というか、踏み外したようなものだけれどな」

 そう言ってまた検査に戻る。

 逆側の腕を上げてまた肋骨をなぞる。

 内股も脚の裏も丹念に検査をして、一人十五分くらい。

 全員が終わって輸送車に乗せられた。全員が『照る照る坊主』を再度着用させられた。

 輸送車の外観は普通のトラックの様だった。大きな荷台の鉄の箱はまた、二重扉。偽装だ。

 乗せられたのは二十三人の少女と白衣の男。白衣の男の上司らしいスーツの男は別の高そうな車で帰っていった。

 運転は白衣の男の部下らしい。すこし、昏い目で私たちを見た後に白衣の男に睨まれて運転席に向かった。

 鉄の箱の中はすし詰め、と言う程ではない。が広くもない。二十四人も人間がいれば当然だ。

 白衣の男は最後に乗り込み、扉に一番近い場所に座った。少女達はその白衣の男を怖がるように奥に非難する。

 私は――。

「……」

 白衣の男の隣に座る。カルテの様な物を確認しながら書き込みながら、白衣の男は一瞬だけ此方に視線を流した。

「……処世術か?」

 作業は中断せずに、呟くように言った。

 処世術という事は詰まり、これから先の生活でひどい目に遭わないように移転先の環境で上になりそうな人間の機嫌を取っておく……と、そのような人間だと思われたと言う事だ。

「ちがう……奥は混んでるから」

 私は言って、白衣は奥を見る。少女達は巣の中の雛の様に身を寄せ合っている。私には世界の冷たさに怯え暖め合っている仔猫のようにもみえる。

「そうか、だが、普通はあぁなのではないか?」

 奥を見た視線で問う。確かにそうなのかもしれない。

「でも、今の状況は普通じゃない」

 私は思った事を言っただけだが。く、と白衣は思わず漏らしたというような苦笑の声を出す。

「確かに、な」

 そして、私を見る、今度は作業を中断して。真っ直ぐに。

「奥に行こうとすれば阻むのだろう?」

「どうかしら? 多分、といっておくわ」

「お前はきっと立ち塞がるよ、く、母犬のようだな。昔、犬の赤ん坊に触れようとして噛みつかれた」

 そういって、カルテに書き込みをしていたペンを胸ポケットにしまい右手を見せてくる。そこには周りと対して引きつりという形で色を白くする部分があった。細身の櫟の葉のような痕。

「子供に手を出そうとすれば当然だわ」

 ふ、と口先を尖らせて息を吹きかける。

 ふん。と答えて白衣は手を引く。

「子供に手を出せば……か。くく。その通りだな」

 白衣のカルテへの書き込み作業を邪魔するうちに車は止まった。

 

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