前編:いざ婚活パーティへ
「皆さま、本日はこの『転生者の集い』にようこそお越しくださいました。司会は私、王立結婚相談所の――」
司会者の開会挨拶が聞こえてきた。
そう、今日はホテルの中にある小洒落たレストランを貸し切って『第1回 転生者の集い』が開催されているのだ。
この『第1回』という数字に惑わされてはいけない。
通算で優に300回を超えるこのパーティは、もう数字を表記するのがわずらわしいという理由で、一年間の開催回数で呼ばれる習わしだから。この方式に切り替わってすでに十数年がたつという。
なので今回は、新年が始まって1回目という意味である。
(さて、と……)
ヤヤルは20才になったばかりの乙女(だと自分では思っている)。
そっと会場を見渡してみた。
立食中心で、壁際にソファが置かれているレストラン。参加者はざっと80名ほど、今は皆そろって司会者の開会宣言を、シャンパングラスを片手に聞いている。
その表情は明るい――これは、なかなか盛況で期待できそうだ。
パーティの主催者は王立結婚相談所。
つまり、これはお見合いパーティなのである。
++++++
この世界には異世界からの転生者が存在する……というのは、はるか昔からの常識だ。
だいたい人口の3%ほどがそうであるらしく、統計を取ってみると不思議なことにどこの国でもだいたい同じ割合らしい。
転生者は、幼心にふと気がつけば前世の記憶があり、違和感がないまま暮らしている場合がほとんどだ。生活にも仕事にも何の支障も出ないが、近年は少々の問題が発生している――それが、結婚問題である。
別に転生者側に問題があるわけでも、その他大勢が差別しているという事もない。
ただ、前世の記憶がある場合は『どれ、ちょっくら昔の話でもしてみたいな』という気持ちになりやすく、そういうときは同じ前世持ちのほうが話は盛り上がるのは当たり前。
だが悲しいかな人口の3%という少数派。
学校や職場で偶然知り合う確率は低い。
ひと昔前なら親族や近所の世話好きおじサマおばサマの紹介で転生者以外と結婚することが多かったが、世の中の主流が自由恋愛になったとたん、結婚率が下がってしまった。
転生者も皆、国民であることは同じ。
事態を憂えた国は対策を講じ、結果、この『転生者の集い』という名の、実質はお見合いパーティが開催されることとなった。
――というのが子供のころに学校で教えられる、この世界の転生者事情。
しかしヤヤルも、他の転生者も、
(別に、伴侶は絶対に転生者じゃなきゃ、なんて思っているわけじゃないんだよね)
ただ、例えば趣味が同じひととはウマが合うのと、似たような感覚で。
互いに前世の記憶が〝ある〟ことで、連帯感のようなものが芽生えるし。
そこでもう一つの問題が浮上する――実は、転生者の〝元の世界〟は一つではない。分かっているだけで十を超える世界があるという。
(一体なんなんだ、この現世界は。転生の吹き溜まりなのか?)
などと不思議に思っても、今のところ研究者にも原因はわからないらしい。
そんなワケで、転生者同士が出会ったからといって前の世界が違うなら思い出話に花が咲くとは限らない。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。同じ世界の似たような環境で暮らしていた転生者に出会えたらラッキーなのである。
――と、ヤヤルのすぐ近くで男女が挨拶を交わす会話が聞こえた。
「初めまして、ご機嫌いかがですか?」
「ええ、初めまして。今日はパーティ日和ですね」
「全くです」
無難な会話を皮切りに互いの出身世界を確認している二人は幸運を掴んだらしい。なんと同じ世界からの転生者だったのだ。
(こ、これは……ロマンスの気配っ!!)
もはや自分の伴侶探しも友人探しもそっちのけで、彼らの会話に聞き入るヤヤル。というか、近くにいる男女の耳は全てこの二人に向いているだろう。
そんな中、貴族らしい服装の当事者ふたりは会話を続け、
「貴女は前世でどんな生き物だったのですか?」
(おお……!!)
これは聞き耳一同の、心の声。
今の状況でその質問は〝二人の仲を進展させたいですね〟と同義である(転生者あるある)。
「わたくしは、海の中を泳いでいましたの」
「なるほど、それで貴女の瞳は深い海の色をしているのですね……ずっと見つめていたくなる、水底まで覗き込みたくなる、神秘的な色です」
「まぁ、お上手ですこと」
(ほほぅ……なかなかやるな、このオトコ)
実は、前世の姿形や生息地域は現世に引き継がれない。今の姿が〝人間〟なのだから当然である。
だからこの青年の台詞はハッキリとお世辞なのだが……そこはそれ、これも転生者あるあるで。
要は相手の前世と現世をうまく絡めて互いを褒め合うのが、恋人になるためのワンステップ。こういう言葉遊びを楽しめるのも転生者の醍醐味なのだ。
案の定、言われたほうのご令嬢は可愛らしく頬を染めた。これは脈アリか。
「そういう貴方は、どんな生き物でしたかしら」
「僕は空を飛ぶ鳥でした」
(まぁぁ、なんてロマンチック!)
ヤヤルは思わず片手を口に当てて感嘆のため息。
だって、海の魚と空の鳥だなんて。前世では決して関わりがなかった二人の人生が、いまこうして交わって――。
「鳥、ですか……」
女性の声がワントーン、下がった。心なしか目元がキツくなったような……?
「何という鳥ですか?」
「グンカンドリです」
「まぁ、あの悪名高い」
……なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。
「あの鳥どもは、わたくし達が家族総出で海中から追い詰めた魚の群れを、水面すれすれで何度もかっさらって行きましたわね。盗人猛々しいとはまさにこのこと」
「そう言う貴女はもしやクロマグロ、いや違うな……首長竜プレシオサウルスの生まれ変わりか!」
青年の瞳にも剣呑な光が現れた。
「えぇそうですわ」
「なるほど? そちらこそ、僕のきょうだいを何匹も捉えて喰らってくれましたね。その節は、ご丁寧にどうも」
(あ、あわわわわ……っ)
向かい合って嫌味の応酬。二人の視線は絡み合っているが、色気どころかバチバチと火花が散っている。
まさか前世で獲物を取り合う敵同士だったとは。
こりゃダメだ、このヒトたち絶対ムリだ、ロマンスはもはや海の藻屑と消え去った。
いっそ二人が雲雀とシーラカンスだったなら! ……いや待て、それはまた別の意味で世界が違う。とても会話にならないだろう。
今やご令嬢と青年はハッキリとにらみ合っている。
「あら、まぁ。何ともひどい言いがかりですわね! わたくし達が水面に口を出したときにそちら様が勝手に突っ込んで来るのですから、据え膳喰わぬは海竜族の恥というもの。おまけに、あの鳥の姿ったら……不格好で鈍臭い魚が水面に跳ねたのかと、勘違いもしますわ」
「何を、この……そちらこそ首ばかり長くて手足は短い、まさに首長短足。おっと失礼、いくら真実でも言っていいことと悪いことがありましたね」
「っ、ごめんあそばせ!」
「では失礼」
つーん。
ふんっ。
二人は顎を上げ、ひときわ強く睨み合って、次の瞬間には背を向けて互いに反対方向に歩き出してしまった。
(あ~あ、またこのパターンか……)
(なかなかうまく行かないもんだよな)
見守っていた人垣が崩れていく。
そう。
同じ世界を前世に持つからといって、気が合うとは限らない。
これが、別名『ババ抜きパーティ』とも呼ばれるこの会の現実、なのである……。
++++++
さて、ヤヤルだって他人の恋愛模様を観察だけして終わるつもりはない。
せっかくの初参加なのだ、できれば恋人になってくれる人を探したい。それが無理なら、せめて友人を――と思いつつ、まずは腹ごしらえとばかりに中央のテーブルで料理を見繕っていると。
反対側から強い視線を感じた。
(えっと……誰?)
そこに立っていたのは若い男性。
おそらくニ十代前半。金色の髪に一筋だけ濃い飴色が混じっている、特徴的な短髪。グレーの瞳は切れ長で理知的な印象を受ける。
――にっこり。
(あ、笑った)
思わずヤヤルの頬が染まった。
だってだって、まだ男性と深いお付き合いなどしたことがない純情乙女であるからして。明らかにコチラに興味がありますよ、という体で微笑まれると、どうしていいかわからない。
ヤヤルがそわそわしているうちに、その男性はテーブルのこちら側までやって来た。
「はじめまして、少しお話してもいいですか?」
「は、はい。どうぞ……」
「ありがとうございます。俺はユーレニ。貴女の名前を教えてもらえますか?」
彼は物腰柔らかな、上品な人であるらしい。
「私は、ヤヤルといいます」
「可愛らしい名前ですね。前世のことを聞いても?」
うわわ、しょっぱなから来たぞぅ……!
「えっと、野ウサギでした」
「ああ、思った通りだ。貴女の緑の瞳は、ゆるやかな風が吹く草原を思い起こさせますね。髪は柔らかで上等な干し草色で……」
うん、前世と現世の繋ぎもバッチリだ。
ここはヤヤルも勇気を出して聞いてみることにした。
「貴方は、どのような?」
「俺は草原から湿地帯にかけてが居住地でした」
そこはヤヤルの前世の生息域と重なっていたかもしれない。
穏やかそうな彼の微笑みからすると、きっと草食獣だ。それはガゼルだったか、シマウマだったか。
それとも、さらに大きなキリンとか、もしかしてカバとか象だってあり得るのでは……大型で強い彼らは肉食獣に狙われることがほとんどない。か弱い野ウサギだったヤヤルからすると憧れである。
「あっと……すみません。ここにいては料理を取る人のジャマになってしまうようです。ヤヤルさん、どうぞこちらに」
ユーレニは流れるようなエスコートで会場の端へヤヤルを移動させ、シャンパンのお代わりまで取って来てくれた。ゆったり広々とした二人がけのソファに、すこし離れて座って。
互いの話をすり合わせると、やはり前世では同じ世界に暮らしていたらしい。
丈の高い草原で暮らしていたヤヤルと、その周辺に広がる湿地帯にも足を伸ばしていたというユーレニ。見ていた景色、感じていた匂い、周囲の動物たち……いくらでも話題が湧いてきて尽きることがない。
そろそろパーティがお開きという頃、ユーレニが言ったのは。
「俺……もう少しヤヤルさんと話をしたいです。次の週末にもう一度会ってくれますか?」
「も、もちろんです」
そんなこんなで、受付に〝とりあえずのカップル成立〟を報告して、その日は会場を後にした二人であった。
作品中に出てくる生き物の生態や、生息年代(地質学的年代)は超適当です。
イメージを崩してしまったらごめんなさい……。
プレシオサウルスが鳥を食べるという事実(化石など)は無いようです。
このあたりはフィクションということで、お収め下さいませ m(_ _)m