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秋の楽しみ方

 紅葉が鮮やかな本日、亜矢が待ちに待った焼き芋大会の日がやってきた。近くの森で紅葉狩りを楽しんだ後、焼き芋大会の予定なのだがほとんどのあやかし達が焼き芋にしか興味がない模様。

「早く芋食べに帰ろうぜ」

 陽もまた、まったくもって紅葉には興味がない。こんなにも綺麗なのに。燃えるように色づいた葉は風に揺られてひらひらと儚く落ちる。

「こんなに綺麗なのに。貴方には風情というものは無いのですか?」

「それじゃあ、腹は満たされねえだろ」

「まったく」

「まあまあ、二人とも」

 夏葉と私で彼らを引き離す。花月と陽はとことん合わないらしい。どちらの言い分も分かるから、なんとも言えない。空腹を満たすことは生きる上で最も大切なことだろう。ただ、時には心を満たすことも疎かに出来ない。


 心に何もなくなった時、私は自分が誰だか分からなくなった。好きなものも無ければ、楽しいこともない。何もなくなってしまうのだ。それはとても恐ろしいことで、大切なことさえ忘れてしまう。だから、一瞬の時さえ見逃したくないのだ。

「晴子さん、すみません」

「いいんですよ。違うのは当たり前です」

 意見が合わないのも好きなものが違うのも当然のこと。だって同じなんて人は一人もいない。それはあやかしだって同じだ。

「彼のことが嫌いではないのですよ」

「分かってます」

「ふふ」

 花月が笑っている。何かおかしいことを言っただろうか。思い返すも、笑いが出るようなことは一つもしていない。鬼と人とでは笑いのつぼが違うのかもしれない。

「悪く思わないでください。貴方が可愛らしくて」

「私ですか?」

「ええ、冬治郎の気持ちが分かります」

 彼の言っていることはよく分からなかった。けれど、冬治郎の名前に少しだけ心臓が跳ねた。もっと知りたい、もっと聞きたい彼のこと。


 何が好きなのか、どんなものに心動かされるのか。食べ物はどんなものが好物で、興味のある本の題名。何でもいい。どんな些細なことでもいいから知りたい。けれど、他人に聞くのは少し違うと思った。

 聞けば答えてくれるだろう。私の言葉を待つように首を傾げる。知りたくてたまらない。他者との関係を築くのに近道はない。簡単に紡いだものでは意味がない。時間がかかるかもしれない。遠回りになるかもしれない。少しでも近づいて行けるのならそれでいい。

 山のようにある質問を抑え込むように、空を見上げた。ここは丁度紅葉の切れ間。赤の間から、青い空が見える。穏やかな日々は心をなだめてくれる。それでも、少し心揺さぶられる時はある。そんな時は一人空を眺める。


 ゆっくりと流れていく雲は、心の重りを少しだけ軽くしてくれる。確かに流れている時に安心するのかもしれない。今まで、私だけ時が止まっているように感じていた。

 季節に取り残されていく感覚はいいものではない。不安に駆られた夜、空を見上げることを教えてくれたのは陽だった。

「冴えない面だな」

 縁側で悲観に暮れていると、いつものように無遠慮に踏み入ってくる。けれど、彼を責めることは出来ない。一人になりたいなら、部屋に帰ればいいだけ。彼はその奥にまでは入ってこない。そうしないのは、誰かに心の不安を知って欲しいのかもしれない。

「私……」

「何があったかは言わなくていい」

 話すのは苦しい。でも、それでは伝えられない。だから話したいのに言葉が出てこない。

「俺の周りだけ、時が進んでいるようだった」

「そうだったんだ」

「俺はいつも空を見ている。そうしていると、誰かと繋がっている気がするから」

 どれだけの間一人だったのだろう。陽はここへ来る前は孤独だったと言った。誰もがそばに来ては通り過ぎていく。そこに居ることは許されているのに、まるでひとりぼっち。誰の目にも映らない日々は、今でも悪夢を呼び起こすのだそう。


 そんな時は彼もまた眠れない。いつもとは違う陽に少し戸惑いがらも、明けそうな夜を過ごした。

「晴子も空を見るといい」

 いつもそばに居ると言ってくれているような眼差し。少し泣きそうになった。一人でいることに慣れていた。だから、その優しさの受け取り方が分からなかった。だけど、嬉しくてたまらない。この気持ちの伝え方が分からなかったから、空を見上げた。 


「晴子ー。話してないで早く帰ろう。俺、もう腹減ってしょうがない」

 こんな陽も好きだった。優しい顔も、少し悲し気な背中も全てが陽だから。彼の元気なない時はそっとそばに居て、いつも通りの時は私もいつも通りに接する。最初はその違いに戸惑ったが、それでいいのではないだろうか。だって、陽は楽しそうに笑っているから。

「みんなで美味しいお芋食べたいね」

 陽の一言で、皆のお腹が鳴る。早く帰りたいあやかしが大半。けれど、芋を焼くための枝は必要。亜矢の一声で皆で落ち葉や枝を拾い集めた。そのおかげで、すぐ籠一杯になった。予定より早く切り上げ屋敷に戻る彼らの足取りは行きよりも軽かった。

 もう少し眺めていたかったのだが、私もお腹が空いてきた。一枚だけひらひらと落ちてきた紅葉を手に取り、彼らの後を追った。


 あの屋敷からは紅葉は見えないだろう。だから、これを冬治郎に見せたい。嫌な顔をされるかもしれないが、それほどに綺麗だった。それに、彼の部屋へ行く口実になる。

 ほんの一瞬しか会っていないのに、どうしてこんなも彼のことが気になるのだろう。彼の名前が頭に浮かんでは消えていく。きっと知らないことが多すぎるからだ。それだけだと思うのに、心のざわめきが消えなかった。

 そのざわめきの正体が知れるのかは分からないが、今はただ冬治郎に会いたかった。

「冬治郎さん。晴子です」

 案の定返事が無い。だが、今日の私いつもとは違う。突破口を夏葉に教えてもらったのだ。冬治郎は誰が行っても返事をしないらしい。でも、彼らはそんなことお構いなしに部屋に入るという。そうでもしないと冬治郎に会えないという。

 

 そうと分かれば私も彼らのように扉を開ける。少々気が引けるものの、どうしても話をしたかった。彼自身のことを教えてくれないならそれでいい。私を知ってもらいたいとも思うから。この前は出来なかった自己紹介をさらに更新して用意した。

 恐る恐る戸を開けると、振り返り怪訝な顔をした冬治郎と目が合った。怯むもここまで来たのだから、逃げたくはない。

「勝手にすみません」

「出て行ってくれ」

「あの……、紅葉が綺麗ですよ」

 小さな皿に載せた紅葉を見せる。追い返されるだろう。返事すらしてもらえないかもしれない。やはり帰ろうかと思いつつもここへ来たのは、少しでも笑って欲しいと思ったから。部屋の窓はほんの少しだけ開いているだけで、景色を見るどころか光なんてまともに入ってこないだろう。

 いつからか、冬治郎にかつての自分を重ねていた。暗い部屋に一人。誰に対しても怪訝な顔をして寄せ付けない。それは時に自分を守ってくれる。けれど、ふとした瞬間に空しさに駆られるのだ。


 その苦しさを知っているから、放っておくことは出来なかった。歓迎されていなくても、頑張れるのはその思い一つだ。

「今ちょうどさつま芋を焼いているところなんです。だから」

「その顔を止めろ」

 静かな顔には似合わない鋭い目に睨まれ、それ以上何も話すことが出来なくなった。何がそんなに彼を怒らせたのか分からない私はただ、謝ることしか出来なかった。もうその目を見ることは出来ず、許してもらえたのか分からぬまま部屋を出た。焼き芋大会への招待状は皿の上で寂しく揺れていた。

 落ち葉と一緒に燃やしてしまえばよかったと思った。きっと紅葉を見るたびにあの目を思い出してしまうだろう。

「冬治郎さんは来るって?」

 遠慮がちに夏葉が聞く。

「今、忙しいみたい」

 先ほどの出来事を思い出し、少し泣きそうになった。みんなが楽しみにしている状況で泣くわけにはいかないとなんとか堪えたと思ったが、うまくいかなかったらしい。心配そうに見つめるみんなの目は優しかった。どうしてだろう。優しくされれば嬉しいのに、辛くなる。逃げ出したくなる足を必死に制止し、笑って見せた。

 手に乗せられた焼き芋は熱くて食べられない。みんなが美味しそうにしている姿でお腹いっぱいになってしまった。これは後にとっておこうと手の中にしまった。


 皆がいなくなり、静かになった庭は寒さが増すようだ。枯れ葉をつついてみてももう、火は消えていた。片手をポケットに入れると、渡せなかった招待状に触れる。

 胸が痛み、自分の腕に顔をうずめるとお香の香りがした。冬治郎の部屋へ行った時に香りが移ったのだろう。それがさらに私の胸を絞める。

「恋って苦しいわよね」

 不意に後ろから聞こえたふぶきの声に驚き、枯れ葉の山に木を突っ込みそこら中に散らばらせてしまった。

「そんなんじゃないです」

 慌てて言うけれど、こんな様子では強がっているようにしか見えない。別に恋なんかではない。彼の存在が気になるだけ。好きとかそんなのではない。恋はもっときらきらして胸があったかくなるものだろう。ずきずきと痛む心は恋なんかじゃない。


 そもそも冬治郎とはまともに会話をしたことが無い。結局自己紹介も出来なかった。仲良くなろうと思ったはずなのに、嫌われに行ったみたいだ。こんなことなら波風立てずに過ごした方が良かっただろうか。少し寂しくなる心には秋の終わりを告げるように、冷たい風が吹いた。

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