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季節の移り変わり

 こんなに早く治るのはみんなの看病のお陰。もう一つ理由があるとすれば、それは藤庵の野菜だろう。そんな彼の野菜作りが気になって、庭を覗きに来た。そこで見たのは庭というより、もはや畑だ。家庭菜園の域を超えている。


 遠くの方で藤庵がくわで土を耕している。近くに行って話をしたいのだが、どこを歩いていいのか分からない。うろうろとしていると、私に気付いた藤庵が手を振ってくれた。


 冷えた麦茶を差し出すと、氷ごと一気に飲み干した。

「新しい野菜を育てるんですか?」

「ああ、キャベツに白菜、あとは大根だな」

「お鍋に入れたら美味しそうですね」

「ああ、これから旬を迎えるから美味しいだろうな」

 野菜には旬があったことを忘れていた。いつでもどんな季節でも手に入る様々な野菜は便利だ。けれど、季節の流れを感じ取れる旬の野菜は美味しい。そう言えば、食堂で出てくる食事はとまとや茄子やとうもろこしなど夏の野菜が毎日のように出てきていた。

「どうして野菜作りを始めたんですか?」

「みんなにうまいもん食わせてやりたかっただけだ」

 彼らは昔、食事をしていない時期があったそう。人の住んでいない期間は食材など無く、どこかから盗んでくるなんてこともしていなかった。けれど、ある日冬治郎に畑を耕してはどうかと言われたそう。土地なら好きに使っていいというお許しが出たので、雑草で埋もれる場所を開拓して今の立派な畑を作った。

「どうだ、はるちゃんも一緒にやってみないか?」

 唐突な誘いに考える暇もなく、「はい」と返事していた。渡された種を、藤庵が耕した土へと乗せていく。


 一つ一つ丁寧にやるものだから藤庵に笑われた。

「そんなんじゃ日が暮れちまう」

「でも、大切にしたいんです」

 みんなへの思いが込められた野菜を作るのだから、半端なことはしたくない。かといって時間をかけすぎれば藤庵の負担になる。けれど、彼は怒ることもなくいつものように豪快に笑った。

「ありがとな。みんなも喜ぶ」

「はい」

「いつか、もっとうまいもの食わせてやりたいな」

「十分美味しいですよ」

 胃を満たす優しいぬくもりは心まで温まる。久しぶりに味わった食べ物の味は、人であることを思い出させてくれるようだった。

「優しいな。でも、限界があるからな」

「何か足りないんですか?」

「ああ、野菜や米以外は作れないことは無いが、難しくてな」

「でも、この前の羊羹はお砂糖を使ってましたよね」

「あれは捨てられていたものだ。心配ないよ。ちゃんと食べられるものだから」

 少し驚いた私の表情に言葉を付け加えた。

「これ、売ってみませんか?」

「え?」

「この野菜を私が売りに行きます。そのお金で藤庵さんの欲しい食材を買うんです」

「そんなこと考えたことなかった」

「藤庵さんの野菜なら完売しますよ」

「はるちゃんに売り子をお願いしていいのかい?」

「もちろん」

 嬉しそうな藤庵と握手を交わした。これでも接客業をしていた。基本は分かっている。問題はそれが出来るかということなのだが。自分から言い出しておいてちょっと不安はよぎるが、恩返しが出来るなら頑張ろう。


 藤庵との打ち合わせは済み、明日試しに駅前で売ってみようという話になった。無人販売にしてもいいと彼は行ったが、それではこの野菜の魅力は全て伝わらない。立派に育った野菜は美味しそう。だから、その美味しさを後押しする売り文句が必要だ。

 どんな種を使っているのか。水をやる時のこだわりや収穫の仕方。その全てを一晩で頭に叩き込んだ。布団の中で何度も繰り返しては声に出した。



 出発前、みんなが見送ってくれた。何人ものあやかしが手伝いを立候補してくれたが、これは私なりのお返しだ。断るのは心苦しかったが、一人で行ってて来ると伝えた。皆それ以上は何も言わなあったが、心配してくれているよう。

「暗くなる前に帰って来るんだよ」

「知らない人について行かないように」

「しっかり水分補給しなさいよ」

 もう大人なのに、まるで子供のお使いのような心配よう。そんなに頼りないだろうかと思うも、みんななりの応援なのかもしれない。

「はるちゃん、何かあった時は大声で呼んでね。すぐに助けに行くから」

 夏葉のまっすぐすぎる言葉に少し泣きそうになったが、その手に背中を押されて外の世界に駆け出した。


 荷台に積まれた野菜を落とさないように体勢を保つのは難しかった。幸い坂道はないものの、整備されていない道。大荷物を引きながら進むのは体力がいった。早めの休憩を挟んだ後は、慣れてきたのかだいぶ軽くなった気がした。


 駅前は期待したはいなかったが、人は一人もいない。電車が来るまでまだしばらく時間はあるが、歩いている人も買ってくれるかもしれない。そう思い早めについたが、やはり誰もいない。

 いつからいるの分からない猫が私の足元で丸まっている。なんだか鈴蘭のように見えたが、彼はこんなに可愛げはない。鈴蘭だったら良かったのにと思ったが、ひとりぼっちではないことに少し気が軽くなった。


 それにしても人が通らない。こんなにいないもだろうか。確かに家など近くにない。あの屋敷に居る時だって、人の声はほとんどしない。売れなかったらどうしようかと不安が何度もよぎる。なんの収穫もなしに帰るわけにはいかない。みんなの残念そうな顔は見たくないし、藤庵の思いをどうにかして叶えたい。


 ここが駄目ならどこまでも歩いて行けばいい。だから大丈夫。美味しい野菜なんだからきっと買ってくれる人がいる。藤庵があんなにも一生懸命に作ったのだから。

「おや、野菜売りなんて珍しね」

 軽トラックに乗ったおばあさんが、少し先に車を止め下りてきた。

「今日初めてなんです」

「そうかい。じゃあ、茄子ときゅうりを三個ずつ頂けるかい?」

「いいんですか?」

 私はまだ何も紹介していないし、値段も言っていない。それなのにこんなにも買ってくれるだなんて。

「美味しいお野菜なんだろ?」

「そうですけど」

「あんたの顔にそう書いてあるよ」

 まさかどさくさに紛れて誰かが野菜の値段を書いたのではなかろうか。顔をこすっていると、おばあさんにけらけら笑われた。

「あんた、よっぽど真面目なんだね」

「え?」

「なんだか嬉しそうに見えたから、よほどいいお野菜なんだと思ったんだよ」

 私は意外と顔に出るらしい。どうやって笑ったらいいか分からなかったなんて嘘みたいだ。笑おうとしなく手も笑顔になれていた。ここへ来て私の中でいろんなものが変わった。どれも難しいと思っていたことばかり。


 黒く塗りつぶしていた未来を染めてくれたのはほかでもないあやかしのみんな。それぞれの色で彩ってくれる。それは時に混ざり合い不思議な色になるけれど、それも味があっていいと良いと思えた。

 まだ荷台には沢山の野菜が残っているけれど、先ほどまでの不安は無くなっていた。どこからか勇気が湧いてきて、なんでもできるような気がした。

「お嬢さん」

 声を掛けてきたのは先ほど茄子ときゅうりを買って言ってくれたおばあさん。その隣の席にはもう一人のおばあさんがいた。

「美味しい野菜だったからね、みんなに教えてあげたんだ」

「私にもくれるかい?」

「はい、もちろん」

 野菜は次々に売れていき、見事完売した。美子さんの声掛けのお陰で、隣町に住む人々がわざわざ車で買いに来てくれたのだ。二十分程車を走らせた先にある町から来た彼らは、代金とは別に漬物やら味噌やらを持ってきてくれた。皆が私を孫のようだと言い、出会って一日で気に入ってもらえた。

「また明日も来るのかい?」

「ええっと、その……」

 今日野菜を売ることだけが目標だったので、明日のことなんてまだ決めていなかった。

「でも、近々来るんだろ?」

「はい。でもいつになるか分かりません」

「構わないよ。毎日ここ通ってるから」

「わしもじゃ」

「同じ時間に居るので、またお願いします」

 皆が車に乗り込みエンジンの音が聞こえなくなるまで見送った。いまだ丸まって寝ている猫にお別れして、思った以上に早くなった帰路に就く。がたがたと思と鳴らす荷台は軽くて走り出したい気分だ。

 

 けれど、行きと同じく慎重に帰る。無事帰りつくまでが私の仕事だ。出先で怪我なんてしたら、もう売り子をさせてもらえないかもしれない。せっかくうまくいきそうな予感がしているのだ。最後までやりきりたい。みんなの笑顔を見るまで気を抜かない。


 そう言い聞かせ、はやる思いを抑えながら家の前まで辿り着いた。戸を開ける必要は無い。皆が玄関の外で待ち構えていた。それだけではない。二階の扉は全部開いており、体を乗り出して手を振ってくれている。

 もう抑える必要は無いだろう。走り出すと、玄関に続く石畳につんのめり皆が差し出した手に飛び込んだ。

「危なかったね」

 もう鬼面に驚いたりはしない。花月はいつもと変わらぬ表情だったが、その声は明るい気がした。そして、みんなからの「ただいま」の嵐は一時止まなかった。



 それから藤庵の野菜が収穫できると駅前に売りに行くのが仕事になった。私が種を撒いた野菜は彼のお陰で立派に育った。中でもキャベツは好評で、一番先に売れた。

 だいぶお金も溜まり、厨房には沢山の調味料や食材が並んでいる。そのおかげで、料理の種類は驚くほど増えた。藤庵はみんなが食事している姿を嬉しそうに眺めていた。


 みんなで囲む食卓はいい。囲める程の少ない人数ではないのだが。長い机がいくつもある食堂は、入り口に座布団が重ねられている。それを好きなところに置くのだ。誰の場所なんて決まっていなくて、いつも隣に居るのは違うあやかしだ。そのおかげでもうずいぶんと仲よくなれた。そんな秋の夕暮れ、亜矢が私の背中をつついた。

「どうしたの?」

「私ね、お芋が好きなの」

「お芋なら、もう少しで収穫できるはず。そうですよね?」

 皿を洗っていた藤庵に少し背伸びして問いかける。

「ああ、もう数週間すれば食べられるよ」

「やった。私、焼き芋がいいな」

「それはいい。じゃあ、焼き芋に必要な枝や葉を集めてくれないか」

「分かった」

 意気揚々と返事をしている亜矢だがどうするつもりだろう。心配していたが、そんな必要は無かった。



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