たなぼたロマンス
帰ると、家の前に柳の木があった。
ああ、そうか。今日は。
「ただいまー」
「おかえりー。配るやつ手伝って」
台所から母の声が聞こえた。
「あーはいはい」
居間のテーブルには、大袋のお菓子がいくつも載せられていた。
今日は8月7日。七夕だ。
北海道の七夕は8月である。
そもそも夏休みや冬休みも長さが本州と違うんだし、涼しいから時期がずれてるのかなと思っていたのだけどそういうわけでもなく、新暦と旧暦とかなんとかあるらしい。
「これ一個ずつ袋でいいの?」
「そう。袋足りる?」
「足りなそうだけどこんなに用意しなくてよくない?」
「余ったら食べるからいいか」
大雑把に言って、母が笑う。
北海道の七夕にはローソクだせ、という行事がある。
8月7日の夜に子どもたちが近所を「ローソク出せー出せよー」と歌いながら練り歩いて、お菓子をもらうのだ。
和製のハロウィンみたいなもので、出さないとかっちゃくだのひっかくだの物騒な言葉が続く。織姫と彦星は天の川の下でこんなことが行われているのは問題ないのだろうかと思うし、正直ロマンチックさのかけらもない行事である。
ちなみに正式にはローソクもらいというらしいけれど、小さい頃からローソク出せと言い続けて育ったのでローソク出せのほうがしっくりくるし、まわりでローソクもらいと言ってるのを聞いたこともない。
やり方は地域によって差はあるらしいのだが、うちは町内会で管理されていて、お菓子を用意している家は決められており、目印に玄関に柳の木を出している。子どもたちは、引率の大人が見守る中、その柳の木のある家にお菓子をもらいにいくのだ。
大学生になった私はすっかり配る側になっていた。
母が買ってきたお菓子を一緒に袋に入れていく。
「去年もマシュマロ入れてなかったっけ?」
「そうだっけ。あんた好きじゃん」
「えっ私?お母さんが好きなんだと思ってた」
家によってそれぞれだが、うちは大袋の、いわゆるファミリーパックのお菓子を何個かまとめてかわいい小袋に入れる。手間はかかるけど母は毎年そうしている。母のそういうところが私は好きだ。もらう側だった時も味よりもかわいいものやちょっとめずらしいものが私はうれしかったのを思い出す。
「まあお母さんも好きだけど」
そう言って母は余ったマシュマロを開けて食べる。
「私も好きだけどさ」
ごきげんな母につられて私も真似をする。
夏にあまり似合わないマシュマロが甘く溶けた。
夕方になると、母は町内会のほうに出かけた。
私はいつでも出られるように居間で適当にテレビでもつけながら待機をする。
父は飲みに行って今日は遅くなるらしい。まあ、町内の子どもたちがわらわら家にくるのはめんどうなのだろうし、そこそこ強面なのでローソク出せと立ち向かう相手には強すぎるのでいないほうが正直いい。
だらだらと待っていると、元気な略奪行為の歌が近づいてきた。
お菓子の山の入った袋を持って玄関に向かう。
外には近所の子たちがたくさんいた。中には浴衣を来ている子もいる。後ろに控えた大人がよろしく、と目配せをするのを合図にお菓子を配り始める。
トリックオアトリートみたいなものはなく、あんな物騒な歌を歌っていたくせにみんな一列に並んで流れ作業でお菓子を受け取っていく。集合場所の町内会で先に配布された大きな袋を広げて、私はそこにばしばし入れていく。これがいっぱいになるのがたのしいのだ。
配り終えると,ありがとうございました、と丁寧に言われつつ、後ろにいた町内会の係の人に軽く挨拶をして戻る。
それで任務完了。余ったお菓子を食べながらだらだらする。というのがいつもの流れなのだが。
浴衣の少年が1人、玄関の柳を見ていた。
きれいな男の子だな、と思った。
「どうぞ」
せっかくだしあまっているお菓子を掴んで渡すと、彼は不思議そうにこちらを見て言ったのだ。
「俺が見えるの?」
「…は?」
中学生くらいだろうか。みんなとはぐれたのか、弟や妹の引率で来ていたのだろうか。まあ町内会では参加者の出欠確認も特にしていないし、現地集合、現地解散みたいなものなので、近くがやっていないから友達のとこに参加する子もいるくらいゆるいものなのだ。だから見たことがない子が紛れ込んでいてもおかしくはない。
「いや、普通に見えるよ」
「本当に?」
「本当に」
彼は不思議そうな顔をした。いや不思議な顔をしたいのはこっちだ。
薄暗くなってきた景色に、きれいな顔はなんとも浮世離れした印象を覚えるが、私にははっきりと見えている。
これはもしかして、誰しもが患うあれだろうか。わかる。わかるよ少年。同じ病を患った先輩として、くすぐったい気持ちになりながらもその設定に付き合ってあげることにしよう。
「どこから来たの?」
「この辺りに来たのははじめて」
「そっか。七夕だから?」
「今日はお祭りか何か?」
「お祭りといえばそうなんだけど、まあただお菓子をもらうだけというか」
「そうなんだ」
厨二病ならもっと斜に構えた感じでくると思っていたので、素直な質問に戸惑う。引越してきたばかりで本当に知らないのだろうか。
それにしても、大学生が玄関先で見知らぬ少年と立ち話しているのはどうなんだろう。
「もう暗いし、帰ったほうがいいよ。大丈夫?」
「何が?」
「道に迷ったんだったら案内するけど」
駅はすぐ近くだし、はぐれたなら町内会館まで連れていけばなんとかなるだろう。
「ああ。大丈夫」
「そう?じゃあ私は戻るから早く帰りなよ」
家の中に戻ろうとドアノブに手をかけると、少年の声が引きとめた。
「これ、ありがとう!」
お菓子を手にそういう少年はなんだか少し幼く見えて、微笑ましかった。
「どういたしまして」
「あのさ」
「なに?」
「また俺が見えたら、話そう」
「いいよー。したっけね」
私は不思議な少年に軽く手を振って家に入った。
ちゃんと帰ったかな、と2階のベランダから玄関のほうを覗いたら、少年の姿は見えなくなっていた。
また見えたら、なんて言っても厨二病だったとしたら真っ最中に会話した相手にはもう二度と会いたくないだろうし、もしかしたら本当に私にしか見えていなかった妖や幽霊だったのかもしれない。
せっかくだから、何年か後の七夕にとびきりかっこよくなった少年が会いに来ますように、なんてふざけたロマンスみたいな願いを短冊に書いた。