第三話
ロイに地下から引きずり出され、私の部屋へと戻された。
呆れたような、そしてちょっと怒ってる? だって、ロイにあれだけ念押しされたら逆に気になるじゃない。でも実際、噂のような事は無くて本当に良かった。むしろ、あの地下では噂とは真逆の事が行われている。夜な夜な聞こえる子供の泣き声というのも……かなり小さな子も居たから、夜泣きか何かだろう。
「どうして地下に? あぁ、いえ、それはもういいです……今後は地下に近づかないでください」
「……やだ」
明確な拒否の意思を露にする私に、ロイは一段と大きなため息を。
「それよりロイ……あの子達、奴隷として売られて、伯爵が買い取ってるって……。ラグナル伯爵は人身売買に手を染めてるの?」
「……そうですよ。あの子達は奴隷商から買った子達です」
「なんで通報しないの? そんな奴隷商……さっさと捕まえてしまえば……」
「あの子達は攫われたわけでは無いんです。ほとんとが戦争孤児、もしくは食い扶持を減らすために……売られた子達です」
ロイは伯爵の意思だと、事の経緯を説明してくれた。
今、この世界で戦争してる国なんて珍しくもないが、現在進行形であんな子供達が次々と奴隷商の手に渡ってくる。そして比較的平和で治安も安定しているこの国に、売りに来るそうだ。
もし私が言った通り、奴隷商を通報して捕まえてしまったら。戦争孤児や口減らしに捨てられた子供達は、そのまま野垂れ死ぬ事になる。だから伯爵はあえて奴隷商を泳がせ、子供達を引き取っているそうだ。
「勿論、全ての子供達を救えるなんて……伯爵も思っていません。でも出来る限り……救いたいとは思っています……」
「……じゃあ、あの噂の出所は……」
「あぁ……あれは伯爵が奴隷商に子供達を売らせるための方便ですよ。もし治療しているなんて知れれば、奴隷商達は警戒するでしょう。子供が生き残れば、それだけ自分達の所業が明るみにでる事になりますから。奴隷として売られた子供の寿命は短い、だからこそ奴隷商は露見しにくいんです。高額で買い取ってくれて、その証拠となる子供達を伯爵が処分してくれる、奴隷商達にとって、この上ない条件でしょう。そう思わせるための物です」
伯爵は……そんな人だったのか。
いい人に違い無いのだろう。でも……それなら何故姿を見せないのか。
「あの、伯爵は今何処に?」
「……しばらく留守にすると……それっきりです。別に珍しい事じゃありません。自由奔放な人なんですよ」
子供達の治療をしているのはロイだけなのか。
分家の人間を近づけさせないのも、子供達の存在を隠し通す為? 人の出入りが多ければ、奴隷商も警戒するだろうし……。不気味で静まりきった屋敷という設定が一番いいと思ったのかもしれない。
「そんなわけで……地下室には近づかないで下さい」
「……どんなわけ?」
「いや、ですから……子供達の存在を明るみに出すわけにはいかないんです。これからも奴隷商から子供を買い取る為に……」
「……私、口は堅い方よ。それに……あんな子供達が居ると分かって……何もしないわけにはいかないわ。明日はクッキーを焼いてもっていくわ」
「はぁ……知りませんよ、伯爵になんて言われても……」
そのままロイは諦めてくれたのか、部屋を出ていく。
そしてその夜……私は一睡も出来なかった。アンネのような子が、大人の玩具にされて地獄のような日々を送っている。今、この時も……世界のどこかで。
奴隷商を利用して子供達を集めるのは……正直疑問が残るが、伯爵がその方法を取りたくなる理由も分かる気がしてしまう。奴隷商達がここに子供達を売りに来る理由は、伯爵が誰よりも高額で買い取ってくれるからだ。
……他の、悍ましい大人達の手に渡らないように。決して、渡すわけにはいかない。そんな伯爵の意思を感じた。
※
翌朝、私は早速クッキーを焼き始める。子供達が喜ぶように、色々な動物の形に整えたクッキーを、石釜で。それにしてもこの石釜……滅茶苦茶デカい。ちゃんと火は通るのだろうか。
「おはようございます」
「ぁ、ロイ。おはよう」
「……美味しそうな香りですね。焼けたら教えてください。僕が持っていきますから」
「やだ!」
「またそんな子供みたいに……」
だって……私だって……何かしたい。
クッキーを焼くだけなんて嫌だ。もっと、あの子達の役に立ちたい。傍に居たい。
「……伯爵がいい人だと……勘違いしていませんか? あの方は基本、厳格な方です。今の貴方の振舞いを見て……その、怒り狂うと取り返しの付かない事に……」
「あら、聞いてないの? 元々、伯爵が私の家の借金を肩代わりしてくれなかったら……私達一家は心中しようとしてたんだから。今更そんなの怖くもなんともないわ。むしろ感謝しかないもの」
それに……私は心から願っている。
出来る事なら、アンネと同じ目に遭いたい。この体を切り刻んでほしい。今まで安穏と生きてきた自分が許せない。あの子達が味わった地獄を、私の身にも……。
「……分かりました、勝手にしてください。どうなっても知りませんから」
「はいはい。わかりましたよ……おっと、そろそろ……」
うんしょ……と石窯の重い引き戸を開き、クッキを乗せた鉄板を取り出そうと、重い鉄の棒を突っ込む。
その棒の先端のとっかかりに鉄板を引っ掛けて、引っ張り出したい……のだが
重い、重すぎる! 入れる時はこんなに重くなかったのに!
「貸してください」
ロイは私から棒を取り上げると、そのままクッキーを引っ張り出して、分厚い手袋をつけるとコルクで出来た敷物の上へと置いてくれる。おお、いい焼き加減だ。
「美味しそう、ロイ、味見してくれる?」
「……いいんですか?」
「勿論」
ロイは隅っこの、如何にも欠片みたいなクッキーを取ると、そのまま口の中へ。ちょっと熱かったようで、口を手で塞ぎつつ
「……うん、美味しいです。これなら子供達も喜んでくれますよ」
「そう? ありがとう」
お互い笑みを浮かべて顔を見合わせる。ロイも喜んでくれてる……と思ったら、プイっと顔を逸らされてしまった。
「……お皿、出しますね」
大きなお皿を出し、そこにクッキーを移していくロイ。私も焼き加減を見つつ、一緒にお皿へと乗せていく。
さっき、一瞬だけロイの隠れた目が見えた。
本当にうれしそうに、クッキーを食べて、喜んでくれたのに……途端に仏頂面になってしまった。
まだ私は認められてないんだ。
子供達の為に……もっと頑張って、私もお世話係として認めてもらわなければ。