第二話
地下室への入り口は簡単に見つかった。
別に隠されているわけでも無い。一階の広間の隅、その床に、一応付けました的な扉があるだけ。鍵もかかっていない。
扉をゆっくり開くと、そこには階段。
ゴクっと生唾を飲み込みながら、一歩……踏み込む私。
「ロイ……ごめん。きになって仕方ないのは、貴方の念押しのせいでもあるんだから」
完全にロイのせいにして、ゆっくり階段を降りていく私。
心の中で私は、子供の手足を切り刻んでいるなんて、嘘だと確信していた。
この国の治安維持は主に騎士団が受け持っているが、彼らは人身売買を極端に嫌っている。それはこの国に根ずく神話が原因だ。とある一人の女神の神話。
「はー……ふぅー……」
深呼吸しつつ、一歩一歩、階段を降りていく。
すると光が見えてきた。蝋燭の光? いや、もっと明るい。なんだろう、窓でもあるかのような明るさだ。しかしここは地下。日光など届く筈もない。
そのまま階段を降り切ると、一枚の扉が。その扉には小さな窓が付いていて、そこから光が溢れていた。
そっと窓を覗く。でも何も見えない。
「……開けるしかない」
ドアの取っ手へと手を伸ばしながら、押し開く。
そして部屋へと入った瞬間、私の腰に飛びついてくる暖かな感触が。
「え?」
「ローイ! すきすき、だいすき……って、あ」
可愛らしいネグリジェの少女。その少女が私の腰に抱き着き、すきすきアピール。
しかしその愛は本来私ではなく、ロイへ向ける筈だったものらしく、少女は私がロイではないと気付くとそのままパタパタと走り去ってしまった。
「……今の子、手に包帯が……」
いや、落ち着け。手に包帯巻いてるからって、あの噂が本当だと決まったわけじゃ無い。
というか、あの女の子はあんなに明るいんだ。手足を刻まれて、あんな風に振舞えるわけがない。
女の子が走り去った先、少し廊下があり、その先から光が溢れていた。
何故地下でこんな光が……?
ゆっくり先へと進む。そのまま薄い、白いカーテンを潜ると、思わず目を奪われる光景がそこにあった。
「……すごい」
思わずそう口に出してしまう。
その円形の部屋、その天井は庭にあった丸い池の底。分厚い水晶の壁の天井、そこには魚が自由に泳ぐ様子が観察出来て、まるでアクアリウム。そして太陽の光がこれでもかと、この地下室に溢れてきている。
その円形の部屋の壁にはベッドルームらしき部屋が。時計のように十二個の部屋……? いや、私が入ってきた入り口が六時の部分として、部屋は十一個か。一応数えてみよう。
「1,2,3,4……」
「ごー、ろくー、ななー」
「はちー、きゅうー」
「じゅうー!」
「ひゃく!」
思わずビクっとしてしまう。いつのまにか私の周りには小さな子供達が集まってきていて、私と一緒に部屋の数を数えていた。どの子も体のどこかに痛々しい包帯を巻いている。
「えーっと……こんにちは」
「こんにちはー!」
私が挨拶すると、子供達は一斉に、息を合わせて返してくれた。
なんだこれ、可愛い。
「突然お邪魔してごめんなさい、君達は……ここに住んでるの?」
「そうだよー」
しゃがみ込んで子供達と目線を合わせつつ、質問してみる。
正面の栗色で巻き毛の男の子は、片目を隠すように包帯を巻いていた。でも体を揺らしながら、満面の笑みで私の質問に答えてくれる。
「なんで……ここに住んでるの?」
「ぼくたち、どれいなんだー」
一瞬固まった。
時間が停まった。奴隷? やっぱり人身売買? こんなに可愛くて明るい子供達が……
「ほらほら、みんな朝ご飯食べてから歯みがいたの? 磨いて磨いて!」
すると子供達の中で一番年上であろう……先程私の腰に抱き着いて、ロイ大好きアピールをしてきた女の子が、子供達の指揮を執る。歯を磨けと、子供達を十二時の部屋へ押し込むと、再び私の前に。
「……ここには来ちゃ駄目って言われなかったの?」
うっ……
「言われた……」
「ならダメじゃない」
「ごめんなさい……」
「素直でよろしい」
どうやら許して貰えたみたいだ。
すると途端に顔を真っ赤にする女の子。
「さっきの……わ、わすれて!」
「え、絶対やだ!」
「なんで?!」
「か、かわいかったから……私も大好きって言われたい!」
「じゅ、十年早い!」
なんだと。十年も……。
「というか、さっきの男の子……奴隷って言ってたけど……えっと」
「私はアンネ。お姉さんは?」
「ぁ、ヒルデ……よろしく、アンネ」
包帯を巻いた手と、軽く握手。そこで気が付いた。アンネの人差し指と中指が欠損している事に。
「アンネ、この手……」
「あぁ、前の雇い主にやられたの。こう、大きな刃物でずがーんって」
前の……雇い主?
思わず息が荒くなってくる。そして想像してしまう。こんな可愛い子の指を、大人が笑顔で切り落とす様子を。怒りで体が震える。そして同時に目頭が熱くなってくる。
「ちょ、なんで泣くの?!」
「アンネ……なんでそんな……」
すると私を慰めるように、アンネが傷ついた手で頭を撫でてくれる。
これじゃあどちらが年上か分からない。
「大丈夫。今は……伯爵様が私達を引き取って治療してくれてるんだ。ほら、今はもうこんなに元気」
私を励ましてくれているんだろうか。
今まで地獄のような体験をしてきた筈だ。私が想像も出来ないような、悍ましい事をされてきた筈だ。
それでもアンネは明るく、私を慰めてくれる。
自分が情けなくて仕方ない。余計に涙が出てくる。
「ちょ、ちょっと、もう泣かないでよ。今は大丈夫だって」
「ご、ごめん……ごめん……。伯爵が……治療してくれてるの?」
「うん。ここに居る子達は皆奴隷として売られた子だよ。伯爵はそんな子供を皆買い取っちゃうの」
奴隷として売られた子を買い取っている?
一応人身売買には手を染めているのか……でも子供達は奴隷として扱われているわけではない。むしろ皆明るくて幸せそうに笑みを浮かべている。
私は涙をぐしぐしと涙をふき取りつつ、鼻を啜って無理やり笑顔を作ってみせる。
そのままアンネへと、私は子供のように抱き着いた。
「うわっ、ちょ、鼻水垂れてない?!」
「垂れてない……」
「うそよ! さっき思いっきり鼻から垂れてたじゃない」
「垂れてない……」
そのまましばらくアンネに甘えていると、階段を降りる音が聞こえてきた。
あれ、まさか……帰ってくるの早くない?
「ぁ、ロイだ」
アンネがそう呟いた。途端に慌てふためく私。するとアンネは満面の笑みで私の肩をポン、と叩き
「がんばって」
「何を?!」
すると後ろから近づいてくる足音。
そのまま私の真後ろまで来ると、呆れたような声が聞こえてきた。
「あれほど……言ったのに……」
「……ごめんなさい……」