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⑤ 茶番劇の開幕


 コールリッジ先生の話から、王太子殿下が私の苦しみを、私が何も言わなくても気付いていて下さったこと、それに対処して下さっていたことを知りました。

 私は嬉しくて、先生の前で泣いてしまいました。

 

 私達の婚約は政略的に結ばれたものでしたが、幼馴染みということもあり、元々仲は良かったのです。

 いいえ、殿下のお気持ちはわかりませんが、私は王太子殿下のことはずっとお慕いしていました。

 それがこの件によって、さらに殿下への思いが深まっていきました。

 

 しかしそれと同時に、その頃、私の体重が少しずつ増加していたところだったので、殿下に対して申し訳なさを感じるようにもなっていました。

 殿下への愛が強くなればなるほど、不釣り合いになっていく辛さが増していったのです。

 

 そして当然の如く父親や親類の人達からは色々と注意をされました。王太子の婚約者としての自覚が足りないと。

 ところが、何故か王宮では全く注意を受けませんでした。

 仲の良い女官に言わせれば、私はストレス太りだから仕方ない、と皆そう思っているので注意をしないのだそうです。

 

 それは学園でも同様で誰にも注意をされませんでした。それに寧ろ朗らかで優しい雰囲気になったと、友人ができたくらいでした。

 もちろん王太子殿下や従兄妹にも何も言われませんでした。

 しかし二学年に進級する頃、王太子殿下や兄はさすがに私を見ると、眉間に皺を寄せるようになってきました。私の首から下がビア樽のようになってきたからです。

 

 私だってその一年何もしなかった訳ではありません。医師の指導の元、運動に励み、食事にも気をつけましたが、体重は減るどころか増える一方だったのです。


 そもそも私はストレスを食欲で発散していた訳でなかったので、人並みの食事しか摂っておらず、食事そのものを減らしても何の意味もなかったのです。

 ですからどうやって減量すればいいのか、私にはさっぱり見当が付きませんでした。

 

 そのことを知っていたので、兄と王太子殿下も困惑していたようです。ですから不快だからだというよりも、私の体を心配して厳しい顔をなさっていたのでした。

 そしてその後優秀なこの二人のおかげで私が太る原因は突き止められたのですが、それによって私は、自分の置かれている立場の重大さを改めて思い知らされたのでした・・・

 

 

 そうこうしているうちに私は二年間で三年分の単位を全て習得しました。

 その結果、私は最終学年では学園には通わずに、学生である王太子殿下の執務の手伝いをすることになり、王宮に通うことになってしまいました。

 殿下のお役に立つのならそれも吝かではありません。

 しかし本音を言えば学園生活の最後の年くらいは、生徒会のお手伝いをしながら、殿下の側でゆっくりと過ごしたいと思っていました。

 ところがそのために努力したことが、却って裏目に出てしまったのでした。

 

 こうして王太子殿下とは滅多にお逢いすることもかなわなくなった結果、結局私は殿下に浮気をされ、学園の卒業パーティーで婚約破棄される浮き目にあったという訳です。

 

 殿下が編入生の平民の女生徒と仲睦まじい様子だという噂は耳にしていました。ですからさすがに私も心配はしていました。

 ですからコールリッジ先生やイアナ女官長に手紙で相談をしていました。

 ですがお二人からは、王太子殿下は貴女を一筋に思っているのだから何も心配することはありません、という趣旨のお返事を頂いただけでした。

 あのお二人がそう言うのだから大丈夫だわと、私はそれを単純に信じていたのですが……

 やはり人の心ばかりは、あれ程人生経験を積まれてきた立派な方々でも、結局読めなかったということなのでしょう。

 

 私は王太子殿下を愛しています。だからこそ、殿下が本当に愛する人を見つけたのならば身を引かなければとは思います。

 しかし、何故あの方を選んだのですか?

 

 途中編入で学園に入ってこられたくらいなのだから、きっと優秀な方なのでしょう。しかも生徒会の役員にもなれたのですから。

 

 その上私とは正反対で、王妃殿下そっくりの愛らしくてかわいらしい方ですから、殿下が惹かれるのはわかります。

 しかし殿下は王族としての立場を誰よりも理解されていましたよね? 

 国王陛下と王妃殿下の恋が国民に熱烈歓迎されたからといって、二番煎じの婚約破棄の茶番劇が皆に受け入れられると思ってはいらっしゃいませんよね?

 

 いいえ、恋をするということは、全ての理性をなくしてしまうものかも知れません。

 真実の愛の前では正道など何の意味もなさないのかも知れません・・・


 ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽

 

 私は学園の卒業パーティーの会場で、ただぼーっと立ったままひたすら過去回想に耽っていました。現実逃避というヤツでしょうか?

 

 そんな私を現実世界に呼び戻したのは、私の耳元近くから突然聞こえてきた第二王子レイモンドの声でした。

 

「兄上、いくら学園内での行事とはいえ、卒業パーティーは公の場と同等です。

 そのような場所で勝手に私的な発言をするのはいかがなものでしょうか。

 それに兄上とエディーナ嬢の婚約は王家と侯爵家が結んだ契約です。

 それを勝手に破棄するのは掟破りです。そんなことは王太子である兄上が一番よくご存知ですよね。

 それなのに何故このような暴挙に出られたのですか!」

 

 いつのまにか私の側に立っていたレイモンドが私の肩を抱きしめようとしながら、兄である王太子を咎める口調でこう言いました。

 レイモンドは私を庇おうとしてくれているのでしょうが、私が巨体過ぎて私の肩に彼の手は届かず、周りからは失笑が漏れ、私は余計にいたたまれない気持ちになりました。

 

「何故? それはエディーナがこのままでは痩せられないからだ」

 

 王太子ルーリック殿下がこう答えると、レイモンドは軽蔑するような眼差しを兄に向けました。

 

「エディーナ嬢は頭脳明晰な上に性格も素晴らしい完璧な淑女であり、まさに国母に相応しい女性だ。

 それなのに太っているという体型だけで彼女を蔑ろにし、婚約破棄しようとは信じられない。

 人を体型だけで判断するような人間に、将来この国を任せてよいものだろうか!」

 

 会場が一層ザワザワし始めました。

 そして卒業生及び一部の在校生の顔に、益々困惑の色が帯びてきたのがわかりました。

 

 王太子殿下は学園において弟の第二王子よりもずっと人気がありました。眉目秀麗でしかも穏やかで優しいお人柄だったので。

 しかし、私は詳しくは知りませんが、王太子殿下は半年ほど前から転入生のエリス嬢と人目を憚らず親密になさっていたようです。

 それ故に、殿下のそれらの振る舞いに対して、以前から疑問視されていた方々も少なからずいたのでしょう。

 いくらこんなに醜く太っているとはいえ、殿下には私という婚約者がいたのですから。しかも……

 

「しかも、婚約者であるエディーナ嬢が兄上の代わりに王城の執務をなさっている間によその女性と浮気をされているなんて、到底許されることではありません。

 エディーナ嬢がこれ程太られたのは、兄上の裏切りによるストレスなのではないですか?」

 

 周囲の皆様のザワザワが、次第にはっきりとした批判の声へと変わっていきました。

 

「酷いわ。エディーナ様がそれ程尽くさせられていたというのに、ご自分は浮気をして楽しんでいたなんて」

 

「ご自分のせいでストレスを溜めてお太りになったというのに、それを責めて浮気するとは、男として風上にも置けないな」

 

「優しくて誠実な方だとばかり思っていたのに残念だわ」

 

「エディーナ嬢がお気の毒だ」

 

「母親と同じピンク髪の女を好きになるなんてマザコンか?」

 

「庶民の中では、ベルウルブズ侯爵家が悪者になっているけど、昔の侯爵令嬢が悪役令嬢だっていうのも、本当は違うのじゃないか?」

 

「そうよね、よく考えてみれば王太子殿下に婚約者がいたのを知りながら付き合ってたんだから、お二人は不倫じゃないか」

 

 しかし周りが熱を帯びていくのに反比例して、私は段々と冷静になっていきました。

 するとこの状況になんだか違和感を覚えました。

 そして次のレイモンドの発言に、私は疑問、いや完全なる疑念を抱きました。

 

「エディーナ嬢、こんな不誠実な兄のことは早く忘れた方がいいですよ。婚約破棄されたのだから貴女はもう自由だ。兄に代わって仕事をする必要もありません。

 急にこんなことを言ったら驚くだろうが、僕は幼い頃から貴女を好きだった。

 今までこの感情を抑えて貴女達の側にいるのがどんなに辛かったかわかるかい? 

 でも、もうそれを我慢しなくてもいいよね? 

 エディーナ、どうか僕の婚約者になって下さい」

 

 レイモンドは片膝を突くと、何と私の右手を取ってキスをしてきたのです。

 

 キャー!!と会場のあちらこちらからから黄色い声が沸き起こりました。

 そして女性達が興奮して私達に注目しているのがわかりました。

 しかし、私は周りとは反対にスーッと冷静になってレイモンドを見下ろしました。

 

 何なのこの茶番は?

 レイモンドが私を子供の頃から好きだったなんてことあるわけないじゃない。

 まあ、嫌ってはいなかったかも知れないけれど、従妹や幼馴染みとしての感情以外にあるわけないわ。

 いいえ、やはり私を疎んじていたわよね。何でもやたらと私と競いたがってたわ。

 学園に入ってからは成績で私に負けるのが悔しくて、生意気だといつも文句を云っていて、陰で私の悪口言っていたのを知っているんだから。

 負けず嫌いで無駄なプライドばかり高くて、母親とそっくりじゃない。

 それなのに私の婚約者になりたいだなんて、王太子狙いなのがバレバレじゃないの。

 

 私は大きく深呼吸してからゆっくりと辺りを見渡しました。

 卒業生のほとんどは、最初は期待していなかったはずの芝居のようなこの展開に目を輝かせています。

 私がレイモンドのプロポーズを受けてハッピーエンドになり、王太子殿下とエリス嬢が断罪されれば、ようやくスクルトゥーラ王国における婚約破棄ドラマ第二部の幕が下りるのだろう。

 残念ながら今回は悪役令嬢物にはならなかったけれど……。

 

 壇上を見上げると、ルーリック王太子と目が合った。最初の熱の籠もった赤い顔からいつもの冷静な顔に戻っていた。

 そしてその彼の唇が音を発しないまま動いたのです。私はその唇の動きを素早く読み取りました。

 それからいつの間にか壇上に立っていた国王陛下と王妃殿下、側妃殿下、そして宰相である父親ベルウルブズ侯爵と、宰相見習いである兄グレアムに目をやりました。

 兄はいつもと変わらない柔和な顔をしていたが、何かを企んでいるのが丸わかりでした。

 そう。ルーリック殿下とは口パクで意思疎通をしますが、兄上とはなんと目と目で会話ができるのです。何せ魑魅魍魎が闊歩する我がベルウルブズ侯爵邸においては、私達には必須の能力だったので。

 

 私は何故この場でこの婚約破棄、いや婚約解消されたのかを悟りました。そして自分がこれからどう行動すればよいのかも。

 

 

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