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④ 苛められる悪役令嬢


 私は自分の一族への不信感をおくびにも出しませんでした。

 それは兄からきつく言われていたのです。王妃殿下とルーリック殿下を守りたいのなら、絶対に余計なことを口にも顔にも出してはいけないと。

 

「たとえこの人は信頼できる人物だとお前が確信したとしても、その人の正義とお前の考える正義が同じとは限らない。正義は立場によって変わるものなのだから。

 だから、無闇矢鱈に人を信用して大切なことを話してはいけないよ」

 

 それを聞いて私は恐ろしくなりました。誰のことも信用しないでこれから生きて行くのかと想像したら、目の前には漆黒の闇だけが広がっているようで、怖くてとても先に進んで行ける気がしませんでした。

 

 すっかり落ち込んだ私を見て兄はニヤッと笑いました。

 

「もちろん僕のことは信じていいんだよ。僕はディナを絶対に裏切らないからね。

 それに王妃殿下とルーリック殿下に関する話を人にするなと言っているだけで、一切誰とも話すなとは言っているわけではないよ。それはわかるよね?」

 

 私が頷くと兄は優しい目で私を見てこう続けました。

 

「兄様は周りの人間全てを疑えと言っている訳じゃないよ。寧ろ君は君らしくただ実直に真っ正直に生きればいい。

 どうせ魑魅魍魎の貴族社会の中で権謀術策を巡らせるなんて子供には無理な芸当なのだからね。余計な真似をすれば却って足元をすくわれる」

 

 あの当時兄の言っていることは難し過ぎて、まだ幼かった私には正直ほとんど理解できませんでした。

 ただ兄が私の味方であることと、王家に関することは話をしてはいけないこと、そして自分らしくしていればいいのだという事はわかりました。

 

 ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽

 

 そして学園に入学後に再び兄から色々な話を聞いた私は、周りからどんな対応をされたとしても、私は私らしく過ごそうという覚悟を一層強くしたのでした。

 ですからコールリッジ先生の冷たい視線は正直辛かったのですが、それでもただ実直に真面目にコツコツと努力を続けていました。

 その結果コールリッジ先生以外の先生方の態度は少しずつ軟化をしていき、やがて私の頑張りを認めて褒めて下さるようになっていきました。

 

 しかし、クラスメイトや先輩方との仲は一向に縮まりませんでした。

 入学当初、私は婚約者であった王太子殿下と行動を共にすることが多かったのですが、男女で別々の授業になると、当然私達は別行動になりました。

 

 王太子殿下は私と違ってすぐに親しい友人達が出来ました。

 ルーリック殿下はとにかく穏やかで優しい性格の方でしたから。

 その上王族の印である金髪碧眼に、王妃殿下によく似た美しい(かんばせ)の少年でした。ですから入学当初から、殿下は女子生徒の憧れの的になっていたのです。

 

 そして殿下の人気が上がれば上がるほど、それに反比例するかのように、私は益々周りから嫌われていったのです。

 そりゃあそうでしょう。

 王太子殿下と私の婚約は宰相である私の父親、ベルウルブズ侯爵のゴリ押しで結ばれた事は周知の事実なのですから。

 

 しかも私の顔の造りそのものは母親似でしたが、父親や叔母そっくりの黒髪に黒い瞳だったので、どうしても人には重くて暗くて冷たい印象を与えてしまったのだから。

 

『あの侯爵令嬢はあの悪役令嬢の姪なのだから、やっぱり彼女も悪役令嬢に違いない。

 あんな人が婚約者だなんて王太子殿下がお気の毒だ……』


 皆が殿下に同情するようになっていきました。

 

 もし私がもっと愛らしい容姿で可愛げがあったら……そして人に甘えられる性格だったら、私も周りの人と上手に付き合えたのかも知れません。

 

 しかし、私は甘え方がよくわかりませんでした。

 未来の王太子妃として人に頼らず一人で凛々しくいるべきだと、幼い頃から侯爵家でも王宮でも厳しく教育されてきたからです。

 

 しかし私は悲しくなると同時に、自分が悪役令嬢になったことで王太子殿下への風向きが変わったことに、少し安堵もしていました。

 というのも、王太子殿下は社交界では、平民の王妃の産んだ王子、馬鹿な婚約破棄騒動を起こした恥知らずな親から生まれた子供……そう揶揄され、冷遇されていたからです。

 

 このことは第二王子のレイモンド殿下も意外に思ったようです。学園に入学する以前は彼の方が周りからちやほやされていましたから。

 

 ところが学園に入学すると弟の方は従兄妹の私同様に、周りに警戒されました。それは彼の容姿が私と同じくベルウルブズ家の遺伝が色濃く表れていたからでしょう。

 

 レイモンド殿下は兄ルーリック殿下同様に金髪碧眼ではありましたが、彼は母親そっくりの顔をしていました。

 確かにレイモンド殿下も整った顔をしていたのですが、ルーリック殿下のような甘い美少年というより、少しきつい男らしい顔だったのです。

 ですから母親の悪役令嬢を連想されて避けられたのでしょう。

 

 とはいえ彼は元々世渡り上手でしたから、半年も過ぎればそこそこ学園生活に溶け込んでいきました。たいしたものです。

 

 こうして徐々に王子達の行動範囲が広まっていくと、当然私は一人でいる時間が多くなっていきました。

 すると、私は色々と嫌がらせや苛めを受けるようになりました。

 教科書を隠されたり、後ろから椅子を引かれたり、個室に閉じ込められたり、噴水に突き飛ばされたり……

 

 まるで昔大流行した悪役令嬢のお話のようでした。悪役令嬢の姪が何故かヒロインの立場になってしまいましたが。

 そしてさすがにいつまでもやられっ放しというのもなんなので、私が色々と自己防衛の対策を取るようになると次第に被害は減りました。ただし、完全になくなることはありませんでした。

 しかし私はこのことを誰にも話しませんでした。

 何故ならこれが父親の耳にでも入ったら、必ず学園に圧力をかけてくるに決まっているからです。

 そうなれば学園の自主性、独立性がまた損なわれ、今まで尽力なさってきた諸先生や兄を含む生徒会の方々の努力が無になってしまいます。私はそのことを恐れたのです。

 

 そうこうしているうちに、一学年も終わりに近づいた頃、ようやく私への嫌がらせはピタッと止まりました。

 そしてある日のこと、なんとコールリッジ先生からお茶のお誘いを受けました。

 そこで私は先生から、苛めに気が付けずに長い間何も対処できなかったと謝罪をされました。

 

 先生に深々と頭を下げられて私は戸惑いました。目上の方から謝罪をされるのは初めてのことだったからです。

 

 先生がおっしゃるには、私の兄とのこともあるので、たとえベルウルブズ家の人間だからといって最初から色眼鏡で見るのは誤りだと先生は思っていたのだそうです。

 ですから、冷たく感じていた私への視線は、ただ冷静に私を見極めようとなさっていただけなのだそうです。

 

 ただ、私達王族関係者が三人も同時に入学してして来たことで、今年は平民の新入生の方々が皆入学を辞退していました。

 それ故に、他の学年の平民出身の生徒が退学しないようにと、そちらにばかり神経を使い、私に対する配慮が足りなかったというのです。

 

 つまり、平民の方々が苛めをされないようには気を配っていたが、彼らの方が私を苛めるかもしれないとの発想はなかったというのです。

 

 しかし、私を恐れて今年入学できなかった平民の皆様はかなり多かったようなので、上級生の中にはその方々の身内や知り合いもいたのでしょう。そして、私を恨む者も少なからずいたのでしょう。

 それに貴族の中にも我がベルウルブズ侯爵家を嫌う者がいるでしょうし・・・

 

「学園内は皆平等。身分の上下は一切無し。これを破る者は恥を知れ! これがこの学園のモットーでしたよね。

 この学園では王族も貴族も平民も関係ないはずですよね? それなのに、平民出身者が自分達は弱い立場なのだからといって、一方的に何も悪くない貴族を苛めるのはいいんですか? それって平等なんですか?

 

 私の婚約者のエディーナは、自分が苛めを受けていると父親に知られたら、この学園に圧力がかかるのではないかと恐れて、一人じっと耐えているんですよ。

 僕はこの学園の自浄能力を信じて今まで我慢して様子を見てきましたが、それもそろそろ限界です。

 この国の未来の国母となる大切な僕の婚約者に対する、卑怯極まりない様々な行為を、僕はこのまま見逃すことはできません。

 

 先生にはかつて僕の母がお世話になっていたので感謝し、尊敬していましたが、どうやら貴女への評価を変えなくてはいけないようで残念です。

 

 王族だろうが貴族だろうが、そして平民だろうが、清廉な心の持ち主もいれば悪党もいる。

 それを一概に貧しい者、弱い者の側の立場にだけ立って物事を判断するのはいかがなものでしょう。

 特に教師たる者が中立的立場で生徒を見られないのは問題だと思います」

 

 一学年の半ばを過ぎたある日、コールリッジ先生はルーリック殿下にこう言われたのだそうです。

 

 先生は私への苛めには本当に気付いていなかったそうで、真っ青になって気を失いかけたそうです。

 そして教師を辞めて罪を償わせて欲しいと申し出て、さらに王太子殿下の失笑を買ったのだとおっしゃいました。

 

「辞めたところで何の意味もありません。それは単なる逃げです。

 本当に先生が反省しているのなら、二度とこのようなことが起きないようにきちんと対策をとって下さい」

 

 そう言われたコールリッジ先生は、いつのまにか自分は驕っていたのだと気付いたのだそうです。

 先生は私が王宮へ行って学園にいない日に全生徒を集めて、ご自分の教育者としての誤りを告白し、新しい学園のあり方を説いたそうです。

 

 そして、本来なら王太子殿下の婚約者に対するこのような行為は牢獄行きや鞭打ちの刑に処されてもおかしくない犯罪であり、懐の深いベルウルブズ侯爵令嬢のおかげでその罪を問われなかったことを感謝するようにとお話しになったそうです。

 

 道理で休み明けに学園へ登校した時、机の中にたくさんの謝罪の手紙や贈り物が入っていた訳です。

 私は謝られたことよりも、こんなにたくさんの人から嫌われ、嫌がらせを受けていたのかと、そちらの方に驚きましたが・・・

 

 でも、このことでコールリッジ先生の私に対する目付きが変わってくれたことは良かったです。

 いえ、それどころか先生は私の良き相談相手となって下さいました。イアナ女官長のように……

 

 でも一番私が嬉しく思ったのは、ルーリック殿下がちゃんと私を見ていてくださった……それを知ることができたことでした。

 

 

 読んで下さってありがとうございました!

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