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③ 悪役令嬢の姪っ子


 我がスクルトゥーラ王国の貴族の子は、十五歳になると王都にある学園に入る事になっています。

 優秀な者であれば平民の子であっても奨学金をもらい、無料で寄宿舎に入って勉強もできます。

 国の活性化のためには、門戸を広げなければ優秀な人材を確保出来ないからです。


 ところが、一時期それが停滞してしまった事があるのです。

 それはベルウルブズ侯爵家の令嬢を中心とした選民意識の高い高位貴族が、平民出身の生徒を苛めたり嫌がらせをして、学園から退学させていたからです。

 悪役令嬢の噂はすぐに市井に広まり、平民の優秀な子供達が貴族を恐れて、悪役令嬢が卒業してからも、数年経っても学園に入学してこなかったのです。

 

 当然学園への世間の風当たりは強くなり、教師達は頭を抱えました。しかしなかなか良い打開策を打ち出せませんでした。

 そんな時、ずっとこの選民意識をなくしたいと考えていた数人の新人教師と、一部の志の高い生徒が立ち上がりました。

 そして生徒会役員を中心とした学園の改革が始まり、その後ようやく平民の生徒達が再び入学してくるようになりました。

 

 とはいえ、未だに学園に入学するのを躊躇する、そんな平民出身者が多いのも事実です。

 特に私が入学した年は、平民の新入生が一人もいませんでした。

 その上、在学生の中には退学しようとする者まで現れて、学園総出で必死に引き止めたそうです。教師が責任を持って守るから安心してくれと説得して。


 学園の教師達が誰から平民出身の生徒達を守るのかというと、それは第二王子と私からです。

 何せ私達は例の悪役令嬢の息子と姪ですから。

 しかもそれが飛ぶ鳥を落とす勢いの権力者、ベルウルブズ侯爵の甥と娘なのですから、そりゃあ平民だけではなく貴族の方達も怯えますよね。

 

 私達は入学当初、どうしてそんなに遠巻きにされヒソヒソと陰口を囁かれるのか、その理由がわかりませんでした。

 私と第二王子であるレイモンドは王宮育ちの世間知らずでしたから。

 その中でも副学園長のコールリッジ先生の厳しい視線に、私は心が折れそうになりました。

 

 そのことを学園を卒業したばかりの三歳年上の兄グレアムに相談すると、兄は苦笑いをして、自分も当初は嫌われていたよと言いました。それを聞いて私は正直驚きました。

 

 兄は幼い頃から天才児と呼ばれ、勉強のみならず、剣術も体術も馬術も芸術にも優れ、学園時代は歴代でも一番と言われる成績を残しました。

 もちろん生徒会でも大活躍していました。

 その上兄は性格がとても良いのです。優しくて思いやりがあります。

 しかもきちんと叱るべき時には叱り、謝るところは身分や年齢など関係無しに謝罪することができる人です。

 私は兄を世界で一番尊敬し、敬愛しています。(もちろんルーリック殿下を除いてですが……)

 

 そんな兄を嫌う人がいるだなんて信じられませんでした。コールリッジ先生はよほどおヘソが曲がっているのか、性悪女なのか……と私は思ってしまいました。

 すると兄はこう言いました。

 

「先生は叔母上やベルウルブズ侯爵家が大嫌いだからね」

 

「どうしてですか?」

 

「先生は叔母上の同級生で、叔母上のことをよくご存知だからだよ」

 

「先生が叔母上に何かされたのですか?」

 

 あの先生が叔母に負けていたとはとても思えなかったのですが……

 兄は私の考えていることを見抜いたようで、真面目な顔でこう教えてくれました。

 

「先生自身が何かをされたというより、叔母のしていたことを止められなかったというか、防げなかったことでご自分を責めていらっしゃるのだろう。

 先生は陛下や王妃殿下と共に生徒会役員をしていたそうだから。

 叔母上のせいで学園を辞めさせられたり、恋人達が引き裂かれたり、家を取り潰されたりした平民出身者の学生が相当いたみたいだからね。

 叔母上は侯爵家と王太子の婚約者の立場を利用して、それこそ好き放題していたようだから」

 

 その話を聞いて私は絶句しました。

 私は正直叔母のことが嫌いでした。気位ばかり高く、人を見下したり、使用人に対して躾と称して苛めのようなことをするのがたまらなく嫌で、全く尊敬ができなかったからです。

 しかし学園時代からそんな酷いことをしていたとは思いもしませんでした。

 

 父親や祖父、そして親族達から王家や王妃殿下の悪口を散々聞かされて育ってきましたが、それに違和感を感じることが多々ありました。

 それがこの兄の言葉でようやく納得できたような気がしました。

 

 叔母は悪役令嬢の汚名を着せられたのだと親族の者達は口を揃えて言っています。

 しかし実際に叔母は悪役令嬢だったのでしょう。そして平民出身だった現在の王妃殿下を苛めていたに違いありません。

 

 メアリード王妃殿下は特定の公の行事に出席されるだけで、ほとんど離宮にて生活をなさっています。

 未だに王妃としてのマナーが出来ていないので、あまり表に出られないのだというのが一般的な認識です。

 しかし、貴族社会に出回っているそんな王妃殿下の評判が、全てでたらめであることを私は知っていました。

 

 側妃である叔母は、兄と私が王妃殿下と会うことを良しとしませんでしたが、私は王太子殿下の婚約者だったのです。

 外遊で留守がちな叔母の目を盗んでは、私は兄と共に度々王妃殿下に会いに行っていました。

 学園に入ってからは忙しくなって、滅多にお会いできなくなってしまいましたが。

 

 国王陛下は役立たずだからと王妃殿下を離宮に追いやったのではなく、側妃から王妃殿下をお守りするために隔離されているのでしょう。

 それに王妃殿下がマナーを知らない無能なお飾りの王妃だなんて、それこそ真っ赤な嘘です。

 

 私が王妃殿下に初めてお目にかかったのは婚約した直後の七歳の時ですが、今思い返してもその時の王妃殿下の淑女としてのマナーは既に完璧でした。

 

 しかも教養があって物知りで、お人柄に奥深さを感じさせる、それはもう聡明で素敵な王妃様でした。

 その上ピンク色の髪も決して下品ということはなく、花のように可憐で美しい方でした。

 

 政務もきちんとこなされていました。医療や貧困、孤児などの公共福祉対策は王妃殿下がなさっておられたのです。教育改革もです。

 いずれ私が王妃になった時にはそれを引き継ぐのだからと言って、お会いする度に少しずつ噛み砕いてお仕事を教えて下さいました。

 

 そして王妃殿下はとても慈悲深い方でした。

 私が母を亡くしたばかりの頃、王妃殿下はよく膝の上に私を抱き上げて、優しく頭を撫でて下さいました。

 そして泣きたくなったらいつでもここにおいでなさい、と言って下さいました。

 きっと王太子殿下から母の葬儀の日の出来事をお聞きになったのでしょう。

 

 

 王太子殿下と婚約して半年ほど経った頃、突然私の母が亡くなったのです。

 元々心臓が弱かったのですが、流行病にかかってあっけなく逝ってしまいました。

 うつるといけないと侍女頭に部屋に閉じ込められて、私は母の死に目にも会えませんでした。

 そして葬儀の最中にずっと泣き続けていた私は、侍女頭にこうしかられたのです。

 

「貴女は将来王妃、国母になるのですよ。それなのに母親が亡くなったくらいで人前でそのようにみっともなく泣きじゃくるものではありません! 

 レイチェル様は先代の奥様が亡くなられた時だって、涙一つこぼさず凛となさっていましたよ。

 高位貴族の令嬢たるもの、何があろうが感情を表に出してはいけません」

 

 私はこの侍女頭が大嫌いでした。いつもいつも優しい母に辛い口調で当たっていましたから。そしてまるで口癖のように母に向かって、

 

「レイチェル様を見倣ってもっとシャッキリとなさいませ」

 

 と言っていました。

 侍女頭は元々は叔母レイチェル付の侍女だったのです。

 叔母があんなに冷酷で選民意識が強いのは、もしかしたらこの侍女頭のせいなのかも知れないと私は思っていました。

 

 彼女にしかられて余計に声を上げて泣き始めた私を見て、兄が眉間にシワを寄せました。

 

「しかって恫喝すれば子供が泣き止むと思っているのか? いい年をして稚拙な考えだな。

 お前はもう僕達に構わず、これからは父上の世話だけをしていろ!

 今後一切僕と妹に近寄るな。

 僕は次期当主だ。逆らえばお前の老後はどうなるかわからんぞ!」

 

 兄もあの侍女頭にはずっと思うところがあったのでしょうが、逆らえば母親がさらに強く当たられる恐れがあったので、これまでは我慢していたのでしょう。

 しかしその母親は死んでしまった。そしてその母の死に目にも会わせてもらえなかった妹は、泣くことさえ叱責されている。

 それを目の当たりにした時、兄はついに覚悟を決めたのでしょう。

 この屋敷でまるで女主のように振る舞うこの侍女頭を、いつまでも見逃す訳にはいかないと。

 

 父親や叔母に後で何を言われようが知ったことではない。自分を廃嫡できるものならしてみろと。

 その時兄はまだわずか十歳でしたが、天才少年の呼び名も高く、既に王族や官僚からも目をかけられていました。ですから次期侯爵家当主の座に就くのは誰の目にも明らかだったのです。

 

 兄の言葉に葬儀の弔問客の目が、出過ぎた態度の使用人に集中しました。

 思いもかけない注意を受けた侍女頭は驚きの表情を浮かべた後、顔を赤くして怒りの表情をしたかと思うと、最終的には真っ青になりました。

 そんな彼女に兄は最後のとどめの一言を発したのです。

 

「客人の前でそのように顔色を変えるなど、ベルウルブズ侯爵家の侍女頭としては失格だね。自分の身の振り方をよく考え給え!」

 

 いつもは優しい兄の厳しい言葉と態度に私は怖くなって、体がガクガクと震えてきました。そして、涙も余計に溢れてきてしまいました。

 また誰かに怒られてしまう。早く泣き止まなきゃ……と思った時、隣にいたルーリック殿下が私の手をギュッと握って下さいました。

 私が驚いた顔で殿下の顔を見ると、殿下が優しい顔でこうおっしゃったのです。

 

「君の大切な母上が亡くなったのだ。泣いて当然だ。悲しい時に泣くことは人として当り前なんだよ。それは王族だっておんなじだよ。だって王族は神様ではなく人間なのだから」

 

 その後私は殿下にしがみついて、わんわんと声を上げて泣いたのでした。

 

 私は母の死の辛さを兄と王太子殿下、そして王妃殿下のおかげでどうにか乗り越えることができたのです。

 私にとって王妃殿下は私の第二の母のような存在でした。

 ですから、そんな王妃殿下を見下したり悪く言う父親や叔母、そして自分の一族に嫌悪と共に疑惑の念を抱くようになったのは当然の流れだったでしょう。

 

 

 読んで下さってありがとうございました!

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