表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/10

② 婚約破棄の余波

 

 二十年前に起きた婚約破棄騒動は、スクルトゥーラ王国において前代未聞の出来事でした。

 

 学園の卒業パーティーで侯爵令嬢を一方的に断罪して婚約破棄するだなんて、いくら王太子であってもただでは済まないことでした。

 婚約とは家と家の契約なのです。しかも国王が結んだ婚約なのですから、それを王太子が勝手に破棄していいはずがありません。

 

 ところが前国王には王子が一人きりだったので、王太子を廃嫡するわけにはいきませんでした。

 しかも、フランク王太子殿下は何故こんな愚かな行為をしたのかと皆が頭を傾げるほど、文武両道で、人格者だと他国にまで評判の優秀な人物でした。

 それ故に簡単に彼を切り捨てるわけにもいきませんでした。

 今回は何かの気の迷いに違いないと、国王も貴族達も皆がそう思いました。

 

 そこで当時の国王は、王太子とその平民の娘は別れさせるから元の鞘に戻って欲しいと、御自ら侯爵と令嬢に頭を下げて許しを請い、懇願しました。

 平民の娘をどんなに教育しようと、王妃としての役目が果たせるとは到底思えなかったのでしょう。

 

 婚約破棄された令嬢の父である侯爵は怒り心頭でしたが、国の事を考えて渋々それを受け入れようとしたようです。

 

 ところがです。今度はそれを国民が許さなかったらしいのです。

 王太子と平民の娘の身分違いの恋は運命の恋なんだと、二人の恋物語は小説や歌や歌劇になって市井では大いに盛り上がっていたからです。

 

 そのため、王太子と侯爵令嬢との婚約破棄がまた破棄された!とどこからかその話が漏れると、侯爵は世紀の運命の恋人達を引き裂く冷徹人間だ!ということになってしまいました。

 そして侯爵令嬢の方は王太子の想い人を苛める悪役令嬢だ、という噂があっという間に世に広まってしまいました。

 すると侯爵家の屋敷内に物を投げ入れられたり、馬車に生卵をぶつけられたりと、ありとあらゆるいやがらせをされるようになったのです。

 

 いくら力のある侯爵家といえど、大多数の国民の悪意を相手にしては、到底太刀打ちができませんでした。

 侯爵家は困惑しました。このまま娘が王太子妃になればどんな被害を受けるかわかりません。

 かと言って破談にすれば、これだけ悪役令嬢として名を轟かせてしまったのだから、いくら侯爵令嬢であろうと今後娘に良い縁談話が来るとは思えませんでした。

 

 踏んだり蹴ったりの侯爵はきっとはらわたが煮えくり返る思いだったでしょう。

 しかし彼に残されている選択肢はもう一つしかなかったのです。

 そう。それは娘を王太子妃ではなく側妃として王家に差し出すことでした。

 

 そして結局王太子はその運命の恋人であるメアリードを王妃として迎え、その半年後に元婚約者であった侯爵令嬢のレイチェルを側妃にしたのです。

 

 しかし侯爵はその後もまた王家によって煮え湯を飲まされることになったのでした。

 というのも娘がせっかく王子を産んだというのに、それは第二王子だったからです。

 

 側妃の産んだ王子でも、もし長子であれば王太子にすることも可能だったでしょう。侯爵という大きな後ろ盾もあることだし。


 しかし運の悪いことに、王妃の方が側妃よりも半年前に男子を産んでいたのです。

 母親が元平民であろうと正式な王妃が産んだ王子が長子ならば、彼が間違いなく王太子になるのです。第二子とたった半年しか違わなくても。

 

 これによって侯爵家の王家に対する恨みつらみは一層深くなっていったのです。そしてその怨念の犠牲になったのがこの私です。

 

 

 そう、私はその昔娘を婚約破棄されたベルウルブズ侯爵家の娘なのです。

 件の婚約破棄された侯爵令嬢というのは私の父親の妹……つまり私の叔母のレイチェルでした。


 そして第二王子のレイモンドは同じ年の従兄に当たります。

 私はベルウルブズ侯爵家の娘として生まれ落ちてしまったせいで、ルーリック=スクルトゥーラ王太子の婚約者になることが運命付けられてしまったのです。

 

 叔母は王太子の婚約者でありながら、平民の女性にその座を奪われてしまいました。

 そして側妃という屈辱的な地位に置かれた上に、王妃の分の仕事をさせられ、生まれた子も王座には就けない。

 こんな馬鹿なことが許されるだろうか。否、許せん……それが我が侯爵家及び一族の思いだったようです。

 

 祖父から侯爵の爵位と大きな権力を譲られた父は、王家に対して強行な態度に出ました。

 なんと生まれたばかりの自分の娘を、次期王太子の婚約者にしろと迫ったのです。

 それを認めなければ自分は宰相の地位には就かないし、妹である側妃も実家に連れ帰る。

 それによってどんな罰を受けようとも構わないと、半ば脅しのようなことを申し入れたようです。

 

 そう。甥が王太子になれないのなら、自分の娘を王太子妃にしようという訳です。  

 我がベルウルブズ侯爵家はこの国の中でもかなり羽振りがよく、貴族社会の中でもかなり力を持っていたのです。

 ですから一族の長である父が高官の職を退くと、他の優良な官僚までその後を追うことになり、当時は国の運営まで支障をきたしかねない状態だったようです。

 

 しかし脅迫によって結ばれた婚約なんて、ある意味一種の王家乗っ取りと同じではないのですか? 

 そう私が感じた通り、その後学園に入ってから、私は周りから散々嫌がらせや苛めを受けました。それも当然のことだと私は思いました。

 

 当時の王家は今とは違って、地盤がかなり弱体化していたところだったので、父の要求を呑まざるを得なかったようです。

 とはいえ、さすがに赤ん坊であった私がどのような令嬢になるかは不透明だったので、正式な婚約は私達二人が共に七歳になってから、という覚え書きが作られました。

 

 そして私は物心付く前から三歳年上の兄と共に王宮へ連れて行かれて、第一王子や従兄でもある第二王子の四人で遊んでいました。

 私は二人の王子とはいわゆる幼馴染みでもありました。

 

 その後私は将来の王太子妃になる資質があるとみなされて、七歳の時に第一王子と婚約したのです。

 そして前国王が崩御なさった十三歳の時に、私の婚約者だったルーリック殿下が王太子となりました。

 

 正式に王太子の婚約者になると、お妃教育がさらに一層厳しくなりました。

 そしてその指導者も王宮の専門教師から側妃である叔母に変わりました。

 叔母は王妃殿下とは違い幼い頃からお妃教育を受けていたからです。

 叔母は姪だろうが決して容赦せず、鞭を使ってビシバシと厳しく私に対峙しました。

 

 

 一般的な勉強や習い事だけでも大変だったのに、王妃教育がさらにハードになったことで、私には自由になる時間がほとんどなくなりました。

 それでも十六の頃お妃教育が全て終了したので、これでようやく学園生活を楽しめると思った途端、今度は王太子の執務の手伝いをするようにと叔母に言い渡されました。

 その時、私は生まれて初めて叔母である側妃に反論しました。

 

 王太子殿下の執務は王太子殿下がすべきですと。

 すると側妃は私が逆らったことに激怒し、いきなり私の頬を叩き、

 

『この私に口答えするとは何を思い上がっているのだ! 

 貴女にはいずれ王太子を支える立場になるという自覚はないのか』


 と怒鳴りました。

 叔母は一見もっともらしい台詞を吐いていましたが、私はそれに強い違和感を覚えました。

 

 そして私の腫れ上がった頬を氷水で冷やしながら、イアナ女官長がこう言ってくれました。

 

「お妃教育、淑女教育を施す立場でありながら、己自身が自分の感情を抑え切れず、女性の顔に手を出すだなんて信じられません。

 エディーナ様、いつもよく辛抱なさっておられますね。ご立派ですわ。

 あの方がエディーナ様に厳しくされるのは妬みですよ。ご自分より二年も早くお妃教育を終了なさったから。

 それに王太子殿下の補助だなんて建前で、これは単なる嫌がらせなんですよ。

 大体あの方が王太子殿下の為に何かしようなんて、間違っても考える訳がないじゃないですか!」

 

 彼女の言葉に、厳しい淑女教育を受けてきた私でも驚いてしまいました。

 イアナ女官長とは十年以上の付き合いでしたが、彼女が私的な感情を露わにするのは初めてだったからです。

 私が暴力を振るわれたことに腹を立てたようでしたが、私が側妃の姪だと分かっていて、それでも私を心配して下さったことが嬉しくてたまりませんでした。

  

 その時私は、イアナ女官長の顔が学園の副学園長のフレイヤ=コールリッジ先生の顔と重なった気がしました。

 

 学園の副学園長は私の学園入学以来、ずっと厳しい態度で接してきました。

 彼女はいつも凛とした方で、誰に対しても甘い顔をしませんでした。

 それは身分や成績、男女の区別もなく皆に平等な態度だと聞いていました。

 それなのに、何故か私と従兄弟のレイモンドに対してだけは違うように感じていました。

 もっともレイモンドはそれに気付いてはいないようでしたが、私は人の感情の機微に敏感でした。

 

 しかし、一年後のコールリッジ先生の視線は明らかに変化していました。

 そう。ベルウルブズ侯爵家の人間ではなく、エディーナ=ベルウルブズという一個人として私を正当に評価して下さるようになっていたのです。

 

 イアナ女官長の厳しい中にも優しい眼差しは、まさしくコールリッジ先生と同じものでした。

 

 読んで下さってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ