表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

⑩ 一途な王子と黄金の姫

 これで最終話です。



 北の隣国から自国の王都までは、通常は途中宿に泊まりながら、馬車で五日ほどかかります。

 そして二泊目の宿に着いた時、私はルーリック殿下から一枚の書類を手渡されて、それにサインするように言われました。

 

「何故婚姻届けなのですか? まずは婚約してから半年してからでないと婚姻できないのでは?」

 

「元々僕達は十年も婚約していたのだから問題はない。今回のは婚約破棄ではなく、一時的な解消だったしね。

 それに、君の父上がこの一月間君の側に付き沿ってくれていたことで、君の身の清らかさは保証されている。だから問題はない…」

 

 殿下の言葉に私は自分の無知さを恥じました。婚約から婚姻までに何故半年の時間をかけるのか、その意味に気付いていませんでした。

 

「ごめんね、本当は再婚約をして半年後に婚姻すれば済むことなんだけど、僕はもうその半年が待てそうにもないんだ。

 だから君の父上に君の同伴を依頼したんだ。

 

 大体最終学年の一年間、君と会えなくてずっと辛かったんだ。それなのに後半年も待つなんて我慢できそうにもないんだ。

 だって、いつまた横槍が入るかわからないじゃないか」

 

 そう言ってルーリック殿下は私を強く抱き締めました。殿下の体が震えていました。

 何にそんなに怯えているのか私にはわかりませんでしたが、殿下を不安にさせるのは本意ではありません。ですからこう言いました。

 

「殿下が謝られることはありませんわ。私も一日も早く殿下の妻になりたいのですもの」

 

 私は殿下とキスをしたあと、婚姻届けにサインをしたのでした。

 

 そしてその翌日には、なんと私はルーリック殿下と結婚式を挙げていました。もちろん王城内の神殿ではなくて、旧ドルグク王国の宮殿の遺跡で。

 

 旧ドルグク王国と我がスクルトゥーラ王国では言葉が違いますが、同じ民族だったようで、信仰している神様も同じなのだそうです。

 ですから、この遺跡で結婚式をしてもちゃんと正式に認めてもらえるのだそうです。

 

 そして結婚式にはなんと国王陛下と王妃殿下、そして兄までが王都から来て下さっていました。

 兄が言うには、とにかく殿下が一日でも早く私と結婚をしたいと言ったので、兄がここで式を挙げる事を提案したのだそうです。

 普段からドルグク語で愛を語り合っているのだから、どうせならドルグクの旧王都で式を挙げ、ドルグク語で結婚の宣誓をすればいいのではないかと。

 

 兄のことなので、多分殿下と私がここで結婚式をすれば、その真似をしようと多くの観光客が集まってくるのではないか!と考えて提案したに違いありません。

 

 私は殿下が準備して下さった純白のウェディングドレスを身に着け、黄金のティアラをかぶり、白いカラーの花束を手にしました。

 そして古い石畳に敷かれた赤いジュータンの上を、父に導かれてゆっくりと歩きました。親子の最後の別れを惜しむかのように。

 

 やがて石の祭壇の前で待つ殿下の横に立つと、父は今までで一番慈愛の籠もった目で私を見つめてから、そっと離れて行きました。

 それまでは父が側にいないのが当り前のことだったのに、何故か胸がキュンとなりました。もう父とは家族ではなくなるのだと……そして大好きな兄とも……

 

 しかし、ルーリック殿下の輝くばかりの笑顔を見た瞬間、そんな切なくやるせない気持ちは霧散しました。

 ようやく私は殿下の隣に堂々と立って、共に歩んで行けるのだという喜びが胸の中に広がって行きました。

 

 地元の司祭様に従って母国語による婚姻の宣誓をし終えた後、私達は口パクではなくはっきりとしたドルグク語でも愛を誓い合いました。

 

「貴女を心から愛しています。一生僕の側にいてください」

 

「私も貴方をずっと愛してきました。そしてこれからもずっと愛し続けます」

 

 

 ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽ ✽

 

 

 結婚式を挙げた三日後に私達一行は無事に王都に戻ってきました。すると王城へ続くメインストリートは物凄い数の人々で埋め尽くされていました。

 そして祝福の嵐の中を私達は幌なし馬車に乗り換えて進みました。つまりパレードです。

 

 もちろん国民の皆さんに祝福されるのは王太子妃として嬉しいに決まっているのですが、あまりにも熱烈歓迎されているのを不思議に思いました。

 そして皆さんが私を『黄金の姫様』と呼んでいることに暫くしてからようやく気付いて、私は首を傾げました。

 

『黄金の王子様』ならわかります。ルーリック殿下はそれはそれは美しい金色の髪をお持ちですから。

 しかし私は黒髪に黒い瞳です。まあ今は夫から贈られた夫色の金色のドレスに身を包んではいますが。

 

 すると、殿下が私の耳元でこう教えてくれました。

 

「今巷では、魔女である叔母に魔法をかけられ醜く太ってしまった侯爵家の令嬢が、ずる賢い弟に王位を狙われている王太子を助ける為に奔走する、という芝居が大流行しているんだよ。

 

 多くの令嬢にモテモテでいい気になっていた眉目秀麗な王子が、王太子の座を降ろされると、今までチヤホヤしてくれていた令嬢達はサッといなくなってしまった。

 そんな中で醜い容姿のヒロインだけは、命をかけて王子を守ろうとした。

 そして二人で力を合わせて色々な危機を切り抜けていくうちに、王子の心の中でそのヒロインへの思いが大きくなっていく。

 

 やがて弟をやっつけた王子が王太子の座を取り戻して凱旋パレードをするのだが、その途中でヒロインはいつのまにか姿を隠してしまう。

 王太子はヒロインを探すためにパレードの途中で馬車から降りるが、あまりの人の多さに彼女の姿を見つけらない。

 そこで彼は空に向かってこう叫んだ。

 

『私は彼女を心から愛しています。私は彼女だけを愛しています。彼女と一生を共にしたいのです。天よ!どうか彼女に遭わせて下さい!』

 

 すると、王太子のずっと前方の人垣の一箇所が、眩いばかりに光を放った。

 王太子が人混みをかき分けてその光の元まで近付いて行くと、そこには光り輝く美しい少女が座り込んでいた。

 

 長く艷やかな黒い髪に、黒く輝く美しい瞳をした美少女。

 その姿は王太子が愛している醜女の少女とは違ったが、同じ魂の持ち主であると王太子は直感でわかった。

 

 王太子は『ディナ!』と彼女の名前を呼んだ。そして愛を告げ、これからも共に生きて欲しいと懇願した。

 すると彼女は顔を上げ微笑んだ。まるで黄金の花のように……」

 

 殿下からこの話を聞いて、私の目は点になりました。

 二十年前と同様、学園の生徒会役員の話を元にしたこのお芝居が上演されると、すぐに大人気になったそうです。

 そしてその芝居の題目は、

『王太子へ一途な愛を注いだ健気な醜女〜黄金の姫の真実〜』

 というのだそうです。

 

 しかし今回の話は、前回とは違い大分事実と異なります。

 大体これは完全にファンタジーの世界じゃないですか! 話が盛られているというより事実と反しています。

 

 ルーリック殿下はご令嬢達にモテモテでもいい気になんかなっていませんでしたし、私は悪人である叔母や従兄から殿下を守れませんでしたし……

 

 それに私は魔法ではなくて家畜用の成長促進剤を叔母から盛られていたのですから、ロマンもへったくれもありません。

 

 私がそう言うと、殿下はクスッと笑った後で真剣な顔になってこう言いました。

 

「君は確かに武器を持ったりはしなかったが、僕のために必死で努力をして耐えてくれていたよね。

 つまりそれは僕と共に戦ってくれていたと言うことと同義なんだよ。

 今まで本当にありがとう、ディナ。君はまさしく僕の黄金の姫君だよ」

 

 そしてルーリック殿下は私に優しいキスをしてくれたのでした。

 

 

 

 ・・・蛇足・・・

 

 

 何故殿下がこんなにも結婚を急いでいたのか、その後兄からその理由を聞かされました。

 

 私の療養中、北の隣国の王太子殿下が私のことを気に入って、何度も父に結婚の申し込みをしていたらしいのです。

 私とルーリック殿下は一時的に婚約を解消していましたから。

 

 もちろん父は断固それを拒否したそうですが、父からの手紙でそれを知った殿下は、いつまた誰かに求婚されてはたまらないと焦ったのだそうです。

 それで帰国途中で挙式となったようです。

 

 まあ、私としてはその横槍のおかげで二人の憧れの地であった、旧ドルグク王国の遺跡で式を挙げられたので僥倖でしたが。

 

 それに兄の思惑通り、あの古都はその後結婚式や新婚旅行の地として人気になったので、彼の地はこれからも大切に保全されることでしょう。

 

 読んで下さってありがとうございました!


 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 あとがきで書くのはよくないとは思うのですが、ヒロイン視点からだったので、上手く伝わらくて誤解された方もいらっしゃるようなので、少し説明させて頂きたいと思います。


 二十年前王太子だったフランク国王は、レイチェルを未来の王妃にしたくなかったのです。

 しかし侯爵家の力が強くて破棄出来なかったので、悪役令嬢の話を利用して婚約破棄の茶番劇をでっち上げました。何も知らないメアリードを勝手に利用して…

 廃嫡覚悟でやっていたので、メアリードを王妃にするつもりはありませんでした。もちろん嫌ってはいませんでしたが。

 国民の『真実の愛騒ぎ』が盛り上がったせいで、結果的に二人は結婚することになったのです。ですから、メアリードがこの話の最大の被害者だったのです。

 フランクはレイチェルを矯正しようとしたのですが、無理でした。

 実際に国王を補佐していたのは優秀なメアリードで、お飾りは社交だけをしていたレイチェルの方でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ