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Step 5. あなた、わざと負けたでしょう


 結果として、第二試合でシャノンは負けた。相手は、トマス・アーキンという長身の卒業生だ。

 けれど、落ち込むわけでもなく真剣な表情で考え込んでいたセラフィーナは、眉を寄せて兄に問いかけた。


「お兄様、シャノン・ハーシェルの今の相手……アーキン大佐のご子息?」

「そのようだね」


 パーシヴァルは苦い笑みをこぼす。


「セラにも気づかれるようでは、まだまだ素直だね、彼は」

「負けてしまったけれど……どうするの、セラフィーナ」


 ミルドレッドが案ずるように言う。

 セラフィーナは決意を込めて答えた。


「変わらないわ。専属近衛には、シャノン・ハーシェルを選びます。いいわよね、近衛隊長」

「しかと、承りました」


 近衛隊長アシュトン中将は、恭しく敬礼した。





 御前試合の翌日、士官学校の卒業式が行われた。辞令が出され、配属先が発表される。内々に事前通達があるが、近衛だけは別だ。候補者には近衛隊に配属になる可能性があることは知らされるが、御前試合で王族が選ぶまで決まらないのだから、辞令が出て初めて本人も知ることになるのだ。


 卒業式で、セラフィーナ殿下の専属近衛としてシャノンの名が呼ばれたとき、かすかなざわめきが起こった。

 近衛に選ばれることは大変な名誉であり、華型ともいえる職だ。けれど十年前に隣国であるルクセン帝国との戦争が終結して以来平和が続くこの国では、王家の人気も高く国内の軋轢もない。有事などほぼ無いに等しい近衛を、閑職だといって疎む軍人も多くいた。

 やっかみも、蔑みも、どちらも刺すような不快感をまとった視線だ。けれどシャノンはまっすぐに顔を上げていた。


 卒業式の後、近衛隊長に呼び出されたシャノンは、王女たちの離宮へ通された。セラフィーナ殿下が日中勉強などをして過ごされるという部屋の前で、近衛の隊服を身につけた、見知った顔が待っていた。


「シャノン、久しぶりだね」

「ユーイン?」


 士官学校の一つ先輩である、ユーイン・ボールドウィンだった。シャノンが見上げて首が痛くなるほどの長身のがっしりとした体はいかにも軍人らしく鍛え上げられているが、特徴的な下がり眉をはじめとする優しすぎる顔立ちのためか威圧感を感じさせない。子爵家の三男坊であり、同じく末子のシャノンと気が合って、学校でも何かと世話を焼いてくれた。


「ユーインは、第二王女殿下の近衛だったのでは……」


 優しい見た目とは裏腹に、ユーインはかなりの実力者だ。昨年の御前試合で準決勝まで勝ち進み、第二王女殿下の目に留まった。

 シャノンの疑問に答えるように、ユーインは頷いた。


「うん、もうすぐ降嫁されるだろう? それでセラフィーナ殿下の近衛に配置換えになったんだ。もとより、ミルドレッド殿下はそのつもりでいらっしゃったようなんだけどね」


 王族の女性が降嫁するとき、嫁ぎ先に近衛を連れていくことはできない。結婚前の短い期間にユーインが近衛に選ばれたのは異例であったが、妹に引き継ぐつもりだったということだ。


「シャノンになるだろうとは思っていたけど、君で良かったよ。君の代は気が強くてプライドも高いやつが多かったから」


 ユーインは、もともと下がっている眉をさらに下げてこぼした。その情けない表情が妙にハマっていて、少しおかしい。

 いつのまにか緊張していたらしい気持ちがほぐれた。


 ノックをして入室の許可をもらい、中に入る。片膝をついて礼の姿勢を取る二人をまるで待てないとばかりに、部屋の主がソファからぴょんと立ち上がった。


「殿下、」


 行儀を咎めるような侍女の声を意にも介さず、少女は二人の傍に駆け寄って来た。


「顔を上げなさい」


 幼い声ながら、命じる口調は風格があった。顔を上げた二人の近衛をじっと見て、セラフィーナはまずユーインの方に顔を向けた。


「ユーイン・ボールドウィンね。わたしはまだお姉様みたいにあちこち出かけないから退屈かもしれないけれど、よろしく頼むわね」

「はい、殿下」


 真剣に答えたユーインの顔をまじまじと見つめ、やがてセラフィーナは金に近い茶色の瞳を輝かせた。


「ユーイン、あなた……よく見たら、ベルナールに似ているわ!」


 急な発言にユーインは目を瞬いた。セラフィーナはにこにことさっきまで座っていたソファの方を示す。


「ほら、あそこにいるのがベルナールよ、可愛いでしょう」


 ソファに鎮座しているのは、焦げ茶色のテディベアだった。柔らかそうな毛並みがすこし波打っていて、目は青い石で作られている。確かに、ユーインの見た目と配色が同じだ。

 今にもベルナールを取りに戻ろうかというセラフィーナの動きを止めたのは、侍女の咳払いだった。

 セラフィーナははっと表情を改める。


「ごめんなさいね、急に変なことを言って。でもわたし、嬉しかったのよ」


 専属の近衛を持つことになり、はしゃいでいるのだろう。ワンピースのスカートをふわりと揺らして、セラフィーナは今度はシャノンの方を見た。


「シャノン・ハーシェル。あなたの卒業試合、見ていたわ」


 セラフィーナは、口元に笑みを浮かべたまま、次の言葉を告げた。


「二回戦目。あなた、わざと負けたでしょう」


 言い切られ、シャノンは驚いた。荒事とは縁遠いであろう第三王女に見抜かれたこともだが、それがわかっていてわざわざ近衛に選んだというのも不思議だったからだ。

 シャノンが答えられないでいると、セラフィーナは訳知り顔で頷いた。


「武門の家系出身というわけでもないあなたが、アーキン大佐の不興を買うのは得策ではないものね」


 負けた理由まで的確に言い当てられては、シャノンも心中穏やかではいられない。ごくりと唾を飲み込んで、口を開いた。


「発言を、お許しいただけますか」

「もちろん。そんなにかしこまらなくていいのに」


 セラフィーナが小首を傾げる。王族らしい振る舞いが身に沁みついてはいても、本人はあまりその気がないらしいところが、幼いアンバランスさを際立たせていた。

 シャノンは率直に尋ねる。


「……それほどに、わかりやすかったでしょうか」


 セラフィーナは首を横に振った。


「いいえ、お兄様は、会場の盛り上がり方からして、そんなに気づかれてはいないだろうって。わたしは、一回戦目からずっとあなたに注目していたから気づけたのではないかしら」


 注目していたと言われたが、シャノンはさほど驚かなかった。同年の卒業生の中で、ひときわ小柄であることは誰に指摘されなくともわかっている。加えて顔立ちも女性的であれば目立つのは必至だろう。

 けれどこのとき、シャノンは今までのようには不快にならなかった。セラフィーナがシャノンを見つめるまなざしには、ただただ純粋な好意が伺えたからだ。シャノンを選んだことに邪な心は何も差し挟んでいないことが明らかだった。

 その確信を裏付けるように、セラフィーナはますますにっこりと微笑んだ。花が開くような笑みだった。


「とっても残念なことに、可愛いからという理由では選べないの。あなたがきちんと近衛の候補に挙がるような人で良かったわ」


 こうして、シャノンはユーインとともに、第三王女セラフィーナの近衛となった。


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